このオレが粉々にしてやるぜ
「まずはお芋を茹でて、すりつぶしてもらってもいいかな」
「お任せください!」
テキパキと準備を始めるシャッハを横目に、ショークリアは綺麗に洗われたイエラブ芋を手に取った。
「シュガールはこっちの皮をお願いね」
「温めた奴と生の奴で二種類使うんですかい?」
「そんなところ」
それから、ショークリアは厨房を見渡し、皮むきを始めたシュガールに訊ねる。
「ところで、食材を削るような道具ってある?」
「削る?」
「えーっと……木工や細工の職人さんとかが使うヤスリみたいなもの、とか」
「ヤスリは知ってますが、料理用ってのは聞いたコトもないですぜ」
シュガールの解答に、ショークリアは胸中で顔をひきつらせた。
(おろし金やグレーターとかあるモンだと思いこんでたぜ……。
生のやつすり下ろしてぇんだけど、どーっすっかな……)
少しだけ考え、ショークリアは閃く。
(リンゴを手で握りしめてジュースを作るってネタを前世で見た覚えあんな。アレをやっかッ!)
幸いにして、今世では彩技というものを身につけている。それを使えばなんとかなるだろう。
「よし、シュガール。一つ貰うね」
「おう」
方針が決まれば実行あるのみ。
ショークリアは、皮の剥かれたイエラブ芋を手に取り、両手に魔力を集めた。
「お嬢様、何を……ッ!?」
左右から万力のように力を込め――パァンとイエラブ芋を粉々に粉砕してみせた。
当然飛び散る。
バラバラになる。
シャッハは思い切りビビっているし、シュガールは目を見開いているし、ミローナは胡乱な眼差しを向けている。
そしてショークリアの小さな手には、潰れた芋が申し訳程度に残っていた。
「…………」
手の中を見下ろしながら、ショークリアは沈黙する。
その手をミローナは拭いながら訊ねた。
「お嬢様。何がしたかったのですか?」
「削ってお芋の持つ水分を取ろうと思ったんだけど、削る道具がないなら、粉砕しようかなって……」
しどろもどろに答え、周囲を見渡す。
「……えーっと、ごめんなさい」
「お嬢様、貴族は下の者へ簡単に謝罪してはいけませんよ」
「そうは言っても今回はどう考えてもわたしが悪いし。身内だからいいでしょう?」
ミローナに注意されるも、ショークリアは申し訳なさいっぱいなのだ。何を言われようとも謝りたいと、反論してみせる。
そんな主従の様子に、シュガールが笑いながら薄い布を持ってきてくれた。
「オダコヴァの実から、油絞り出すみてぇなコトがしたかったんですね」
皮を剥いたイエラブ芋をその布で丁寧に包み――
「ふんッ!!」
シュガールはそれに向かって拳を振り下ろした。
「……ふつうオダコヴァの実から油を取る時は、金槌とか使いません……?」
「オダコヴァじゃなくイエラブ芋を粉砕すんだから、これで平気だろ。
……ちと、まだ実が荒いか。もうちょっとかね」
シャッハのツッコミに、シュガールはそう返してから、ふん! ふん! と数度拳を叩きつけ、納得のいく細かさになるまで続けた。
それから、ボウルの上でシュガールが布を強く絞ると、少し白濁した汁が滲みだし、ボウルの中へと落ちていく。
「こんだけやってこれしか出てこないのか……」
「少し待つと、水分と白い部分が分かれるはずだから、上澄みの水分は捨てて、残った白いのを使うの」
「何個分あればいいんだ?」
「うーん……えっと、シャッハは何個お芋を潰した?」
「とりあえず四つですけど」
シャッハの答えを聞きながら、ショークリアは前世でどうしていたのかを思い出す。
(デカい芋四つに対して、大さじ二杯くれぇの片栗粉使ってたよな。
この分量だと、大さじ半分くらいか? だとしたら、粉砕する芋も四つになっちまうけど……)
粉砕した芋をどうしようかと、ショークリアは考える。
(さっきのベーコン使えばいいか。予定にはなかったが、さらに一品追加だ)
よし――と、分量などを決めてショークリアが顔をあげると、ミローナが粉々に飛び散ったイエラブ芋の片づけをしているのに気がついた。
「……あ、ミローナ。ゴメン……」
「お仕事ですので。それに、どちらかというと謝罪よりも……」
「ありがとう?」
「はい。そちらの方が嬉しいです。
こちらのコトは気にせず、お嬢様はお料理の方をどうぞ」
「うん。ありがとう」
手慣れた様子で片づけているミローナに申し訳なさを覚えつつも、気にしないで良いと言われたので、シュガールの方へと視線を向ける。
「お芋、四つ分の白いのをお願いします」
「あいよ。ところで、お嬢。白いのって呼びづらいんですけど、なんか名前とかないんです、これ?」
「えーっと……」
言われて、ショークリアは言葉に詰まった。
(片栗粉の代わりのモンだけど……なんだ、これ?
そういや、名称が分からねぇな……)
実際のところは、イエラブ芋の澱粉なのだが、その言葉が思いつかず、ショークリアは首を捻る。
ショークリアはしばらく考えていたが、澱粉という言葉がさっと思い出せず、新しく良い名称も思いつかなくて、最後に思考を投げた。
(あー……もういいや、片栗粉で!)
そして、そういう結論が出す。
「片栗粉……いや、粉じゃないから片栗、かな?」
「カタクリ……カタクリ、ね」
シュガールは何度か口の中で反芻して、小さくうなずく。
「それじゃあ、カタクリを芋四つ分つくればいいんだな?」
「お願いね」
「ところで、さっき言ってた食材を削る道具でどうやってカタクリを作ろうとしてたんです?」
「それはね――」
ザルとボウルを重ね、すり下ろしたイエラブ芋をザルの上へと落としていく。
ザルの上に溜まった芋からは水分が滴り、ボウルの中へと溜まっていくのだ。
あとは、同じようにしばらく置いておくと、上澄みとカタクリに分かれるので、上澄みを捨てるだけである。
「なるほどねぇ……そっちの方が、カタクリの作れる量は多いんじゃないんですかい?」
「かもしれないね」
などと、話をしているうちに、シュガールは四個分のカタクリを抽出し終えた。
「カタクリ、取り終わったぜ」
「こちらもすりつぶし終わりました」
同じタイミングで、マッシュポテトも出来たようだ。
「そしたら、ボウルに潰したお芋を入れ、そこにカタクリも入れて丁寧に混ぜ合わせて。そうすると滑らかになっていって、ダエルブの生地みたいになると思うから」
「カタクリを取り終わった芋はどうします?」
「勿体ないから、予定になかったけど一品作ろうかなって」
「よし来た! シャッハは、潰した芋とカタクリを混ぜる方を頼むぜ」
「わかりました!」
シャッハが芋を混ぜ始めるのを見ながら、シュガールには小さな鍋を用意して貰う。
そこに水を入れ、刻んだベーコンと粉砕した芋を一緒に入れる。
あとはそのままコトコトと煮てやり、ベーコンと芋に火が通り、スープにしっかりダシが出てれば完成だ。
「このスープも平民向けって感じですね」
そう言いながらシュガールは、小皿に注いで味見をする。
そして、目を見開いた。
「……なんだ、これ!?」
「シュガールさん?」
「シャッハ、お前も味見してみろ」
同じように小皿にとったものをシャッハに渡す。
それを恐る恐る口に付けたシャッハも目を見開いた。
「すごい。何の調味料も入れてないはずなのに、塩気があって甘みもあって……あと、なんて言うか深い……?」
「ああ。ただしょっぱいワケでも、ただ甘いワケでもない。複雑だが優しい味わいがある……」
二人の様子を見るに、どうやら成功しているようだ。
「ところでシャッハ。お芋の方はどう?」
「あ、はい! 滑らかになりました!」
ボウルの中を見せてもらい、ショークリアはうなずく。
「うん。そしたら、これを八等分に分けて丸めて貰えるかな?」
「わかりました!」
パパっと八等分し、小さなボールが八つ作られる。
「これを平たくして……こんな感じかな?」
「全部ですか?」
「うん」
「では、やりますね」
これまたシャッハはパパっと作ってくれる。
「そしたらフライパンを熱して、バターを落として、両面をこんがり焼くの」
「変わってくれシャッハ。焼くのは俺がやろう」
「わかりました」
シュガールは用意したフライパンを火にかけ、熱くなってきたところにバターを落とした。
「油を使わずに焼いてフライパンに張り付いたりしないんですか?」
「バターが油の代わりになる――というか、バターも油の一種だから、溶かしたモノをストルマオイルの代わりに使うのもアリだと思うよ。
風味が全然変わってくるから、どっちが良いかは料理や食材との相性になっちゃうとは思うけど」
「ほほう」
まるで面白い玩具を見つけた子供の顔で、シュガールが笑う。
これで、バターを使った料理をシュガールが独自に開発することだろう。
食べる楽しみが増えそうで、ワクワクしてくる。
お喋りしながらも、シュガールは手を休めることはなく、八枚全てを綺麗に焼き上げて、お皿に載せた。
スープも器に注いで、一緒に並べれば、本日二回目の試食準備が完了である。
「こっちの焼いた奴に、名前はあるんです?」
「芋餅!」
問われて、ショークリアは即答した。
少しだけ勢いが良すぎたかもしれない。
「芋モチ……? モチって何だか不思議な響きの名前ですね」
「まぁともあれ、芋モチと芋とベーコンのスープが完成だ。ほれ、ミローナも座れ座れ」
厨房の片隅のテーブルに皿を並べ、四人でそれを囲んだ。
「それじゃあ、みんな座ったところで、食べましょうか!」