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緊急ハンカチ会議ってなんだよ


「それで、マスカフォネ。

 現実に納得できなくとも、理論的には納得したとか言っていたが?」

「そうですね」


 ソルティスの持ってきた花茶で口を湿してから、マスカフォネがハンカチを示した。


「縫い目には加護が宿りやすい。

 だからこそ、騎士も戦士も傭兵も冒険者も……身につける衣服に、彩術刻輪(カラー・クシード)を刺繍します」


 それはこの場にいるフォガードもザハルもソルティスも承知していることであり、ある種の常識だ。


 彩術刻輪(カラー・クシード)とは神代文字あるいは魔術文字とも呼ばれるもので、一文字一文字が異なる意味を持つ。

 魔術士は、それらを組み合わせて術式を作り上げ、それを世界に投射しているのだ。


 刺繍する場合は、五大神色(ごだいしんしょく)である白、青、黒、赤、緑に、創造神を表す銀、あるいはどの色にも属さないといわれる茶色のいずれかの色で円を描き、その中に文字を縫うのが基本となる。


彩術刻輪(カラー・クシード)は文字が意味を持つからこそ、そこに神の加護が宿り、刺繍が意味を持つのだろう?

 このハンカチに施されているのは、文字でも何でもなくシャインバルーンの絵だ」

「その通りなのですが……様々な偶然が重なりあったのだと思います」


 小さく嘆息して、マスカフォネはハンカチを開く。

 バサバサと暴れだすハンカチの両端をつまみ――


「薄氷よ」


 ハンカチを薄く透き通る氷の中へと閉じこめる。


「まずこのハンカチが白であること。

 言うまでもなく、意識的であれ無意識であれ、それが色を持つ限り、神の加護を得やすくなります。

 次に、刺繍に使われた糸もまた白であること。色味に陰影をつける為にか、濃淡の灰色を数色混ぜているようですが、基本的には白です」

「あー……つまりハンカチの白と、刺繍糸の白――この時点で、白の加護を得る可能性が上がっているというコトなわけ?」

「ええ。ザハルの言うとおりです。

 もちろん、本来であればその程度では、加護などありえません」


 頭が痛いと、軽くこめかみを押さえてから、マスカフォネがハンカチに施されたシャインバルーンの刺繍を示した。


「そこに、描かれたのがシャインバルーンであるという点が付与されます」

「それが何か意味があるのか……?」


 フォガードとザハルが訝しげに眉を顰める。

 ややして、ソルティスがハッとしたように顔をあげた。


「シャインバルーンという魔獣そのものが、白の加護を持った魔獣であるというコトですか?」

「その通りです、ソルト。

 それこそが、この刺繍に加護が宿った理由の一つですね。

 付け加えるなら、多少の誇張はあれど、精巧なシャインバルーンの絵であったというのも大事な要因です」

「……ほかにも理由があるのか?」

「ええ。もう一つ、重要な要因があるのです」


 これに関しては仮説の域をでませんが――と前置きしてから、マスカフォネは人差し指をピッと立てて告げる。


「ショコラ自身が強い白の加護を持っている可能性です」


 ここまでくると、フォガードたちも漠然と想像がついてくる。


「加護の強いものが、加護の強まる要因をいくつも重ねた結果、シャインバルーンを描く縫い目に加護が宿り、動き出した。

 これこそが、ショコラの刺繍したハンカチが動き出した理由でしょう。

 またこれを縫いながら、ショコラは強くシャインバルーンの姿を脳裏に思い描いていたのであれば、それは一種の術式反映の一端となったコトでしょう。さらに言えば、ショコラの内在魔力(カラー)量が高いのも要因の一つになってるかと」


 マスカフォネの推論に、フォガードたちは頭を抱えた。


「規格外がすぎる……」


 普段であれば、さすが我が娘――と喜ぶフォガードも、こればかりは何とも言えない顔をしている。


「奥様……例えば、赤の加護の強い旦那様が、赤い布に、赤い糸で、赤の加護を持つ魔獣を刺繍した場合は、どうなるのでしょうか?」

「……分からないわ。可能性はあるのでしょうけれど、そもそも未知な部分の多い現象だもの。フォガードには是非やってもらいたいところだけれども……」

「俺は刺繍なんぞ最低限の彩術刻輪(カラー・クシード)が動く程度のものしか出来ないぞ?

 このシャインバルーンみたいに精巧なもの、俺には無理だ」

「でしょうね」


 残念だわ――と、マスカフォネが肩を竦める。


「ともあれ、ショコラには魔獣の刺繍は一時的に禁じておいたわ。

 このシャインバルーンは空飛ぶハンカチの域を出ないものだけど、実際に火を噴いたり、毒を吐いたりするようなハンカチがでてきたら困るもの」

「そもそもハンカチは火を吹いたり、毒を吐いたりするモンじゃねぇと思うんだけどな……」


 ザハルのもっともなツッコミも、ここでは何の意味もない。

 実際、勝手に空飛ぶハンカチが生まれているのだから。


「しかし、理屈が分かれば、いろいろと面白そうではあるな」

「フォガード?」

「無害なものであれば、動くハンカチというのはちょっとした土産になりそうだと思ってな」


 そう告げたあと、フォガードはやや思案し、やがて一人納得するようにうなずいた。


「よし。マスカフォネ。

 そこまで予算は割けないが、多少は割り振ろう」

「どういうコトですか?」

「そのまんまの意味だ。

 ショコラのその動く刺繍。研究したいと思わないか?」

「それは、まぁ……」

「無害であるコトを証明し、可能であれば無害なモノの量産の目途を付けて欲しい」

「……この領地の特産品にするおつもりですか?」

「無論だ。

 出来ればシャインバルーンよりも、褐色ウサギのような、上手く描けば可愛く加工できて一般受けする魔獣を題材にして欲しいところだが」


 フォガードが浮かべるのは、まるでいたずらを思いついた子供のような表情だ。

 だが、マスカフォネはそれを咎めるつもりはなかった。彼女もまた、この手の魔術研究が嫌いではないのだ。


「魔術士マスカフォネ。謹んで拝命いたいしますわ、フォガード様」

「うむ。頼んだ」


 優雅に一礼するマスカフォネ。

 それに対し、フォガードは大仰にうなずいてみせた。


「そんなワケだ、ソルティス。

 悪いが、五色のハンカチと刺繍糸の手配を頼む。とりあえず、各二十づつだ」

「かしこまりました。では早速、動きたいと思います」


 一礼して退室していくソルティスを見送ってから、ザハルは領主夫婦へと視線を向ける。


「今更だが……旦那たち本気?」

「ああ。見ての通り本気だが?」

「動くハンカチ……上手く行けば上流貴族たちの流行に乗せられそうですもの。研究する価値はあると思うわ」

「研究が上手くいっても売り物にならない可能性だってあるでしょうよ」

「問題ありません。

 そうなったらそうなったで、中央の魔導研究所に研究結果を売りつけますので」


 多少のツテはあります――と良い笑顔で答えるマスカフォネに、ザハルは大きく肩を竦めた。


「おっかない夫婦だコト」


 割と本気でそううめいて、ザハルは大きく伸びをする。


「それじゃ、俺も持ち場に戻るわ。

 姉御は研究にのめり込みすぎて、お嬢から嫌われないようにな」

「忠告、傷み入るわザハル。気を付けておきます」


 真面目な顔をして応えるマスカフォネにザハルは苦笑してから、ひらひらと手を振って退室していく。


「では、私も退室しますわね」

「ああ。研究関連の書類などは後日作るから、その時は記入を頼む」

「ええ」


 そうして退室するマスカフォネを見送ったあと、フォガードは大きく息を吐いた。


「色々と案や機会は生まれるが、どれもこれも即効性としては低いな……」


 休憩点の集落化にしろ、刺繍の研究にしろ、成功したところで収入になるのはだいぶ先だ。


 もう少し、現状を打開できるような案が欲しいところだが――


「……若くて柔軟な頭脳に頼るのも、悪いコトではないか」


 時間をみて、ガノンナッシュとショークリアに相談してみるとしよう。

 フォガードはそう決めると、書類を片づけるべく、机の上へと意識を向けるのだった。


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