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そういや秋魔ってどーなった?


「だいぶ秋は深まってきたが……」

「出て来ないねぇ……秋魔(しゅうま)……」


 領主の執務室。

 書類を片づけながら何ともなしに呟くフォガードに、ザルハが小さくうなずいた。


「やはり、ショコラたちが戦った四腕熊(しわんぐま)が秋魔だったのか?」

「そう考えるのが順当じゃないかねぇ……出てこないワケでしょ?」

「何らかの条件を満たし秋魔化した直後の褐色熊だったというコトか」

「かもしれないわな。どっちにしろ、倒しちまってる以上は、検証しようがないけど。

 もしかしたら、あの状態からより魔力を高め、周辺の魔獣を喰らい力を付けたのが秋魔なのかもね」


 ザハルの言葉に、フォガードは顎を撫でながらうなずいた。


「その可能性は高いか。

 出現しない年というのは、褐色ウサギなどの弱い部類の魔獣が秋魔化したものの、秋魔として成長する前に別の魔獣にやられてしまった――とも考えられるな」

「その仮説が正しいなら、毎度成長する前に倒せれば気楽かもしれないけどね……」

「難しいだろう。今回はどう考えても偶然だ」

「だよねぇ……」


 とはいえ、これでこのまま秋魔が現れないのであれば、それに越したことはない。

 フォガードとザハルは推論を交わし合いながら、最後にうなずきあった。


「ともあれ、様子見は冬まで続ける。

 だが、警戒状況はやや緩めても良いのではないか、と考えている」

「同感だ、旦那。

 警戒部隊の三分の一は、コーバンに回して良いかい?」

「それで問題がないのであれば構わんぞ」

「了解だ」


 それから、コーバンを街道に増やす話。そして、第一休憩点ひいては第二休憩点を集落にしたいという提案に関しての相談を始める。


「荒涼の()(あと)の終端にある第二休憩点は、海岸付近に町や施設を作る時の拠点にもできるけどさ……第一休憩点の提案はどういうコトなの?」

「それは……ショコラ以外の視察組からの提案なのだ。

 褐色地は食材の宝庫な上に、褐色ウサギを筆頭に肉質が良く美味なものが多いそうでな。

 それ故に、ゆくゆくは食を楽しむ観光地というのがアリではないかと、言われた」

「秋魔に関するコトがすっぽ抜けてない?」

「そうでもない。大型のコーバンをそこに設置するという案が出ている。

 秋はそこに駐在する者を増やすコトで、秋魔の発生しやすい褐色地と万年紅葉林(まんねんこうようりん)を視察しやすくなるし、迅速な出動も可能になる」

「こまめに視察にでれれば、今回のお嬢たちみたいに生まれたての弱い秋魔を倒すコトが出来る可能性は増える……か」


 フォガードが首肯すると、ザハルは腕を組み、ふむ――と小さく息を吐いた。

 そんなザハルの様子を見ながら、フォガードは作業の手を止めて顔を上げる。


「秋魔対策もそうなのだがな……。

 個人的には、観光地という方法も魅力的ではあるんだ。

 もちろん、食だけでどうにかなるとは思ってはいないのだが……」

「その辺、お嬢と相談したらどうかね、旦那」

「ショコラにか?」

「常に人とは違うコトを考えてるっぽいからね。何か良い案を出してくれるかもよ?」


 今度はフォガードが、ふむ――と小さく息を吐いて黙り込む。


「そうだな。一人で考えていても何も思いつかないのであれば、ショコラだけでなく、みなに相談するか」


 そこで話は一段落といった時だ。

 コンコンと誰かが部屋のドアを叩いた。


「誰だ?」

「マスカフォネです」

「入っていいぞ。どうした?」


 入室を促すと、マスカフォネが入ってくる。

 誰も伴わずやってきたところを見ると、何か重要な話なのだろうか。


「ああ。ちょうど良かった。

 ザハル。このハンカチを警戒しながら開いてちょうだい。

 良いコト? 警戒しながらよ?」

「……姉御。何でそんなに念押ししてくるんだ?」


 若干、顔をひきつらせながらも筒状に巻かれているハンカチをザハルは受け取る。


「このハンカチを巻いてあるリボンを解けばいいんだな?」

「ええ。最大限の警戒をしながら、ね」

「……いきなし、爆発とか」

「しません」

「……いきなし、刃物が飛び出したり」

「しません」

「……いきなし、かみついてきたり」

「……するかも」

『え?』


 最後の言葉をマスカフォネが肯定すると、フォガードとザハルはそっくりな表情を浮かべた。


「まてまて、マスカフォネ。ハンカチがかみついたりはしないだろう」

「……そうですね。常識で考えれば」


 フォガードの極めて常識的なツッコミに、マスカフォネは遠い目をしながらうなずく。


「常識では考えられないハンカチとでもいうのか?」

「ええ、まぁ……。

 理論的に考えるなら、そういうコトもあるかなぁ……などとは思えますけれど。現実を受け入れるのに、少々時間はかかりました」


 縫い目には神の加護が宿るとはいったもので、こんな結果が発生するなど誰が想像するだろうか――とマスカフォネはうめく。


「……ザハル。覚悟を決めてくれ」

「……りょーかい」


 フォガードから暗に開けろと命令されたザハルは、ジト目だけ返しつつ素直に了承すると、リボンに手を掛けた。


 するり……と、リボンが解ける。

 次の瞬間――パタパタとハンカチが勝手に羽ばたき出した。


「え? え?」


 ザハルは慌ててハンカチから手を離すと、ハンカチはひとりでに開き、宙に浮かび上がる。


「マスカフォネッ!?」

「安心してください。かみつきますが危険はありません」

「やっぱりかみつくのッ!?」


 よく見れば、ハンカチには刺繍によってシャインバルーンが描かれていた。

 その絵が動き、その動きにあわせてハンカチが揺らいでいるようだ。


「……あの刺繍、動いてないか?」

「動いてますね」

「……刺繍って動くモンだったっけ?」

「動くワケがありません」


『――意味がわからないッ!』


 フォガードとザハルが同時に叫ぶと、マスカフォネは小さく嘆息してから、ハンカチに向けて気怠げに手を向けた。


 周囲に、術士以外には不可視の術式を投射する。

 その術式は、空飛ぶハンカチを囲うように配置した。

 それを確認した上で、マスカフォネは告げる。


「来たれッ!」


 瞬間、不可視の術式は不可視のまま起動して、ハンカチを捉え――一気にマスカフォネの手の中へと引っ張り込まれる。

 ハンカチを捉えたマスカフォネは手早く巻き上げ、ザハルが床に落としたリボンを拾い上げるとそれで結った。


「マスカフォネ……その、何だ……その、それ……?」

「ショコラが刺繍の練習としてハンカチに施したシャインバルーンです」

「なぜシャインバルーンなのかは理解できんが……いや、そんなコトより刺繍が動いてたぞ?」

「ええ。何というか、この現象について相談したいと思いまして」


 困ったように答えるマスカフォネ。

 その言葉に、フォガードとザハルは顔を見合わせた。


 ちょうどその時に、部屋のドアが誰かに叩かれる。


「誰だ」

「ソルティスです。

 ココアーナより、そろそろ皆さんが一息付きたい頃だろうと言われまして、お茶をお持ちいたしました」


 完璧な時機だ。

 ココアーナはどこまで見計らっていたのだろうか。


「助かる。確かに一息いれたいところだ」


 マスカフォネに視線を向ければ、彼女もうなずくのだった。


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