ずいぶん心配掛けちまったようだ
――ショークリアたちが視察に出てから六日……
「父上。ショコラたちはまだ戻って来ないの?」
「……多少の遅れは気にするべきではないが……褐色地の魔力源泉まで往復にこんな時間が掛かるのは珍しいな」
ガノンナッシュの問いに、フォガードは腕を組みながら唸る。
不安な顔をしているガノンナッシュを落ち着かせる為に、フォガードは手を打ったのだと口にする。
「一応、両戦士団から、三名づつ募って派遣はした」
「……気の早い秋魔が発生した可能性は?」
「ゼロではない。だが、ショコラを含め、いくら秋魔相手でも後れをとるようなコトはあるまい。勝てない相手でも上手いコト逃げられるとは思うんだが……」
もちろんフォガードに確証などない。
そうあって欲しいという願望がかなり強く含まれている。
父のそんな思いを読みとったガノンナッシュは何ともいえない顔をして、天井を仰ぐ。
そんな時、誰かがフォガードの執務室のドアを叩いた。
「誰だ」
「ミローナです」
「入っていいぞ」
「失礼致します」
丁寧に挨拶をしながらミローナはフォガードの前へとやってくる。
「どうした?」
「ザハル団長よりショコラお嬢様以下四人の無事が確認できたと伝言を受けましたのでご報告に参りました」
その言葉に、フォガードとガノンナッシュは思わず大きく息を吐いた。
「それは何よりだ。
日程の遅れた原因は何か聞いているか?」
「はい。いくつかあるそうですが、一番大きな要因は褐色の四腕熊という褐色熊の変異体と遭遇したコトによりクグーロさんが負傷した為、移動速度が大きく下がったコトだそうです」
「そうか……クグーロは無事なんだな?」
「はい。致命傷ではなく、また同行していたカロマさんが治癒術の心得があった為、大事には至っていないとのコトです」
想定外の報告ではあったが、全員が無事だというのならばそれでいい。
「その褐色熊の変異体はどうなった?」
「お嬢様含む五人によって退治されたと聞いております」
「ならば、詳細は帰ってきてから聞くコトにしよう。
他に何か聞いているか?」
「はい。何でも褐色地は、見た目が褐色なだけで食材の宝庫だったようで、持ち帰れる範囲で色々と採取などをしたそうです。
また、熊肉が食べたいと言っていたお嬢様は、退治した四腕熊に目を付けたという話も聞き及んでおります」
「……え? 食べるの? その変異熊……?」
思わず――といった様子でガノンナッシュが呻く。
「そもそも褐色熊――いや熊は食べられるのか……?」
フォガードも眉を顰めるが、ショークリアの言うことだと軽く頭を振った。
「まあいい。それで、ショコラたちはいつ頃、領都に戻る?」
「早ければ今日の夜。遅くとも明日の昼頃にはつくだろうと聞いております」
「了解した。ならば帰ってくるのを待つとしよう。
下がっていいぞ、ミローナ」
「はい。では失礼します」
部屋から出ていくミローナを見送ってから、フォガードはイスに深く座り直して、盛大に息を付いた。
「……ともあれ、無事でなによりだな」
「本当に。しかし、熊肉かぁ……」
「確かに注目したくなる言葉だったが、別にもあったのに気づいているか?」
「褐色地が食材の宝庫だったって話?」
「そうだ。モーランは私の片腕として情報収集などをしている男で困った時にも相談に乗れるだけの頭を持っている。そしてサヴァーラとカロマは貴族の出だ。
そんなメンツが食材の宝庫を前にしたショークリアを見て、領地を潤わせるネタを閃かないと思うか?」
「……土産話の処理が大変そうだ……」
「せっかくだ、手伝ってくれ、ガノンナッシュ。おまえもそろそろ領地経営というものを覚えていいだろう」
「厄介ごとを少しでも分け与えられる相手がほしいの間違いなんじゃ……」
「否定はせんが、領地のコトを教えたいというのも本心だぞ?」
父の言葉にガノンナッシュは軽く肩を竦めてみせる。
「そういうコトにしておく。
じゃあ、手伝わせてもらうから」
「ああ」
翌日の朝食が終わった頃――
「お父様、お母様、お兄さま! たーだーいーまーッ!!」
ブンブンと手を振りながら、大きな声を上げるショークリアの姿が見えた。
先触れがあった為、屋敷の玄関の前に全員で待っていたのだ。
馬車の御者台に立って手を振っていたショークリアは、そこから大きく跳躍して、家族の前へと着地する。
その様子に、安堵の笑みを浮かべつつ、マスカフォネは窘めた。
「ショークリア。はしたないわよ」
「だって久しぶりの家なんだもん」
「そうね。おかえりなさい。ショークリア。無事で何よりだわ」
「ただいま。お母様」
マスカフォネはショークリアを抱きしめて頭を撫でる。
ショークリアは照れくさそうな顔をした。
それを見ていて我慢できなくなったのか、フォガードがマスカフォネの胸の中からショークリアを優しく奪い取って抱きしめる。
「まったく、無茶な子だ。
聞いたぞ。変異種相手に、我流の秘奥彩術を編み出してトドメを刺したのだと」
「えっと……ごめんなさい?」
「怒ってはいない、が……その歳で膨大な魔力を使った彩術など前代未聞だからな。副作用があるかもしれぬ。
医術士の手配はしてあるので、診断が終わるまでは大人しくしていてくれ」
「……シュガールと料理をするのもダメ?」
ショークリア自身は意識してなかったのだが、上目使いのかなりあざといポーズとなっていた。
我が子に弱いフォガードに、それは効く。
「ぐ……。まぁ彩術を使わないならいいだろう」
「やった!」
父から身体を離し、グッと握った拳を天に振り上げる。
「父上も母上もズルいです」
そんなショークリアを、今度はガノンナッシュが抱きしめた。
「お帰り、ショコラ」
「ただいま。お兄さま」
「健康診断が終わって問題ないようなら、秘奥彩技を見せてよ?」
「もちろん!」
その光景を眺めているサヴァーラの口元に笑みが浮かぶ。
「仲良き家族が羨ましい~って感じ?」
「からかうな、カロマ。否定はしないが」
「からかってはないかな。アタシもそう思ってるから」
サヴァーラもカロマも、中央騎士団を辞めた際、実家から勘当を言い渡されてしまっている。
女性騎士故にその権力を振るう機会はあまりなかったのだが、二人とも相応の地位にはいたのだ。
その地位が実家を増長させ、周囲の嫉妬を買い、二人の元へと心労ばかりを呼び込んだ。
だからこそ二人は騎士団を辞めたのだ。
勤務時期や担当などがズレている為に、騎士団時代に顔を合わせることはなかったが、同じような地位で同じようなことをしていたのだというのは、互いに話をしているうちに気づいていた。
だからこそ、だいぶノリの違うこの二人は、互いに親近感を抱いていたのだ。
「ここの家の人たちは、子供が突出した地位に立っても鼻にかけないだろうし、辞めたりクビになっても、見捨てたりしないだろうなぁ~って」
「そうだな。それを羨ましいと思う。
ただ、そんな家から縁が切れたおかげで、この領地に来れたとも言える。そこだけは感謝して良いと思わないか?」
「思わない」
「……そうか」
「だって、僅かでも感謝なんてしてみなさいよ。アタシの実家なんて、恩を着せて色々やらかすわ。たとえ絶縁を言い渡した娘であっても」
「あー……」
カロマの言うことに、サヴァーラは呻き声しか返せなかった。
なにせ、自分の実家も似たようなところがあるからだ。絶対にカロマの言うようなことをやってくるだろう。
「ま、そんなコトより……よ」
「ん?」
小さく笑って、カロマは手を差し出す。
「団長と副団長としての挨拶はしたけど、個人的な挨拶はまだだったなって。お仕事でも仲良くしたいけど、私的にも仲良くしたいなって。ダメ?」
その手と、自分より低い視点から上目遣いで見上げてくるカロマの顔の間に数度視線を巡らせてからサヴァーラは笑い、その手を握った。
「いいや。仕事以外でもよろしく頼むよ、カロマ」
「ふふ。こちらこそよろしくね。サヴァーラ」
「仲良きことは美しきかな……」
馬車の荷台から外を眺めていたクグーロが何ともなしにそう漏らす。
すると、外にいたモーランが中をのぞき込みながら訊ねてきた。
「大丈夫か、クグーロ?」
「ええ。しばらく仕事は休ませてもらいまさぁ。
カロマの治癒術も、そこまで強い訳じゃないみたいなんで」
それにモーランはうなずく。
怪我の様子は見ていたので、モーランとてすぐに無茶を言うつもりはなかった。
「わかった」
「無理はさせねぇでくださいね?」
「団長に言ってくれ」
「それ、完治前に無茶ブリ確定って話じゃねーですかッ!?」
思わずクグーロが叫ぶ。
自分にそう言われてもどうにもならないのだが――
そんなことを思いながらも、モーランは小さな笑みを浮かべた。
「今後は、団長以外からも無茶ブリが増える可能性があるぞ」
「……え?」
「嬢は褐色地に目を付けた。
旦那もその有用性を理解すれば第一休憩点あたりに集落が出来る。
人が集まるなら警備の増員も必要だ。街道にコーバンの設置もあるだろう。
ファム・ファタールが結成されて緩和された分、別の仕事が割り振られる。そうなれば忙しさはこれまで通りになるかもしれんぞ」
「聞きたくなかったッ!」
頭を抱えるクグーロだったが、それでもどこか楽しそうだ。
「停滞していた領地に吹き抜ける風、か」
誰ともなしにモーランが呟く。
それは、クグーロの耳にも届かなかったようだ。
モーランの視線の先には、ショークリアがいる。
「何とも不思議なお子さまだ」
この地にショークリアが生まれた落ちたのは奇跡だな――そんなことを思いながら、モーランは馬車に近づいてくるザハルに気づき、帰還の挨拶をするのだった。
明日、明後日(土曜日・日曜日)は更新をお休みします。
ショコラとは無関係ですが思いつきの 短編をアップしました。
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