ショークリア・テルマ・メイジャン
新連載第三話。3/4
四話連続の三話目です。
前世の名前は鬼原醍醐。
彼は――
統一神歴にして1974年。
この大陸における独自の暦、新陸歴にして591年。
茶月の第四週。茶の曜日。
まもなく、茶月が終わり、新たなる銀月が始まらんとする時刻。
まだギリギリ茶月と言える時刻に、新たなる命が産声をあげる。
――彼女となった。
今世の名前はショークリア・テルマ・メイジャン。愛称はショコラ。
かつて鬼面の喧嘩王として恐れられた少年は、愛らしい女の子として、この世界スカーバへと生を受けることとなったのだった。
○ ○ ○ ○ ○
新陸歴597年。
(馴れるモンだな、こういうのも)
自室の鏡に映る自分を見ながら、五歳になって少し経ったショークリアはぼんやりとそんなことを考える。
燃えるような赤い髪は丁寧に梳かれ、肩より少し下くらいまで緩やかに流れている。
瞳の深い茶色は、この歳にしては思慮深く知性が溢れていると言われることがあった。
(女としての自覚もあるし、女として生きていくのも違和感がねぇってのはありがたい)
前世の自分とは似ても似つかぬ綺麗な容姿だ。
将来的には間違いなく美人になることだろう。
(まぁ今世の両親はイケメンに美女だからな。こうもなるか)
父親譲りの髪に、母親譲りの瞳。
やや切れ長で鋭く見える眼差しは、どちらのものでもないようだ。
(フリルやレースにも、意外と抵抗感のなかった自分にびっくりだ。カワイイ服ってのも悪くねぇな)
鏡の前でくるりと回って、笑顔を浮かべる。
その鏡を通して見るその姿に、ショークリアは一つうなずいた。
(うんッ、オレ可愛いッ!)
可愛いとかカッコいいとか綺麗とか――容姿を褒めるような言葉というのは、前世では本当に縁遠かった。
それをこうして実感できる今世に感謝しかない。
自分が死んだという実感があったのに、次に意識が浮上した時は赤ん坊だった時はさすがに混乱した。
その混乱は赤ん坊だった自分の感情を刺激し、大泣きとなってしまったほどだ。
ほどなくして冷静になり自分の置かれた状況を把握した。
日本で目を閉じた時点で鬼原醍醐という人間は死を迎えたと理解する。
その瞬間、今の自分はショークリア・テルマ・メイジャンなのだと受け入れられたのだ。
その後で、実は自分が女だったことにまた混乱はするのだが、それもしばらくすれば馴れてしまった。
それに、それを受け入れたのにはもう一つ理由があった。
前世の母親のことだ。
(前世のお袋には、迷惑を掛けすぎた)
醍醐の父親は、醍醐が小学生にあがる頃に蒸発してしまった。それ以降は母親と二人で生きてきた。
――だというのに、高校に上がる頃には喧嘩屋と呼ばれるようになり、気が付けば喧嘩王だ。本当に迷惑ばかりをかけてしまっていた。
もともと強面で、何もしてないのに筋肉質で運動のできる大きな体を持っていた。
気づけば喧嘩を売られ、そして返り討ちにしていく。繰り返しているうちについたあだ名は、鬼面の喧嘩王。
不良のレッテルを張られ、それでも自分が睨みを利かせていれば、タチの悪い不良たちは街の連中にちょっかいは出さない。
なら、もっと不良っぽくなってやる。怖ぇ格好をしてやる――
ピアスを付け、髪を染め、大して好みではないがワルっぽく見えるデザインやイメージの服やアクセサリを身につける。
常に周囲を睨みつけるように歩き、肩で風を切る。
らしくない――そう思いながらも、やめられなかった。
その結果が、前世の終わりに繋がってしまったのだ。
補導されることを繰り返し、あげくの果てには命を落とした。
こんな自分を見捨てることなく、叱り飛ばし時には褒めて、ずっと育ててきてくれた母親に、なんと酷い仕打ちをしてしまったのか。
その後悔は、前世の記憶というものを持ってしまった以上、ずっとつきあうことになるだろう。
同時に、そんな記憶があるからこそ、この新しい人生はもっと大切に生きていこうと、覚悟をキメた。
(今世では、もっと家族と自分を大事にしてぇ)
その意志こそが、ショークリアとしての生と性を受け入れる切っ掛けとなったのだ。
そして、一度受け入れてしまうと、女も案外悪くないと気づいたのである。
――コンコン
鏡の前でポーズを取りながら思案していると、部屋のドアをノックする音で現実に引き戻された。
「はい」
「ショコラお嬢様。ココアーナです。入ってもよろしいですか?」
「どうぞー」
メイジャン家に仕える侍女の中で一番偉い、侍女長とも言える女性ココアーナが一礼をしながら入ってくる。
「ご自身でお着替えに?」
「どうかな、ココ? 似合わない?」
見て見てとばかりに、軽く腕を開きながらココアーナに見せると、彼女は微笑みながらうなずいた。
「いいえ。よくお似合いです」
「やった」
自分で選んだ服を褒められるのは、素直に嬉しい。
これも前世ではなかったことだ。
「ですが、少し整えさせてくださいね」
「はーい」
ココアーナは馴れた手つきで、ショークリアのおかしな部分を直していく。
後ろ髪は、リボンを使いうなじ辺りでまとめてくれる。
「お嬢様は頭の上よりもこういうところに付けた方が似合いますね」
「微妙に男の子っぽく見えるような……」
「ふふ、そこもお嬢様の魅力になります。磨いていきましょう」
そう言うココアーナは実に楽しそうで、ショークリアは改めて鏡に映る自分を見た
すっきりした顔立ちと鋭く見える双眸は、幼いながらも中性的に見えなくもない。将来イケメンになるのでは――と言われたら、そうも見える。
「ココは、わたしに男装して欲しいの?」
思わずそう訊ねると、ココアーナは何度も目を瞬き――その手があったか、と手を打つ。
「いつか来る日の為に、その用意もしておきますね?」
「それも楽しそうかも?」
目を輝かせるココアーナに、ショークリアも目を輝かせながらうなずいた。
家族を大事にする――それともう二つ。
やりたいことをやってみる。
その場その場を楽しんでみる。
それが、ショークリアにとって、今世の人生における人生指針であった。