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はじめてのぷれぜん(前編)


 ショークリアはプレゼンなんてことをしたことがない。

 生まれて死んでさらに生まれてこの方、一度もだ。


 試食会はプレゼンじゃなかったのかと言われると少しだけ悩んでしまうので、脇に置く。

 とにもかくにも、はじめてのプレゼンだ。


(だけどまぁ――男は度胸だッ! ハッタリだッ! 今は女だけどッ!)


 戦士募集試験の日の夜。

 気合いを入れたショークリアは、ミローナを伴って父の部屋の前にやってきた。


 そこでミローナを一瞥すると、彼女は一つうなずき、部屋のドアをノックする。


「誰だ?」

「ショークリアです」

「入っていいぞ」

「失礼いたします」


 これから向かい合うのは父ではなく領主だと思え――自分にそう言い聞かせる。

 どんなに拙くとも貴族の淑女の一人として向かい合おうと、ショークリアは背筋を伸ばす。


 領地で雇う人材の話をする以上は、子供の我が儘として口にするのではなく、領地を治める一族の一人の意見にするべきだろう。そんな風に勝手に思ったのだ。


 父――フォガード・アルダ・メイジャン。

 一流の騎士であり、この領地で一番偉い人物。

 そう考えると、とんでもない人物が今世の父親だと苦笑する。

 いつの間にやら蒸発して行方の知れなくなった前世の父とは大違いだ。


 ミローナの開けたドアを、緊張のまま潜って中へと入る。ミローナもまたそんなショークリアの斜め後ろに付き従い、部屋へと足を踏み入れ、ドアを閉じる。


 そして父に手招きされるまま彼の前へと移動すると、静かな口調で訊かれた。


「用は何かな、ショコラ?」

「はい。女性採用試験の報告です」

「聞こう」


 父の鋭い眼光がショークリアを射抜く。

 それを受けてしまうと、どこまでも緊張が高まっていくが、物怖じしてる場合ではない。

 自分が意志を押し通す為には、ビビっていては始まらない。


 ――と、ショークリアは感じたのだが、実際のところフォガードは軽く視線を向けただけである。


(そうだ! こっちからもメンチを切れッ! 

 ケンカだケンカッ! 我を通す為にッ、同じくれぇのメンチぶつけてやんぜッ!!

 隣町にいた、下っ端のヤーさんと(つる)んでクソみてぇなコトやらかしてた阿呆と睨みあった時を思い出せ……ッ!!)


 自分に向けられる鋭い眼光――とショークリアは感じているだけなのだが――に対して、ショークリアも目を細めながらもまっすぐ見つめ返す。


 それを受けた父の内心はこうである。


(な、なんと鋭い眼光……ッ! 彩技(アーツ)まで乗せて威圧の域だぞ……ッ!! 試験の報告ではなかったのかッ!?

 まるで、何か――捨てられぬ何かを背負い戦場に立つ不退転を決意した兵のようではないかッ!?

 一体、採用試験で何があったというのか――……ッッ!!

 このままではショコラの雰囲気に飲まれる――俺もッ、あの眼光に対し威圧の眼光で受けて立たねば……ッ!!)


 父もまたショークリアに気づかれぬように、ゴクリと唾を飲む。


(ショコラも旦那様も……なぜこれほどの威圧のぶつけ合いをッ!? 戦士団採用試験で、二人になにがあったの……ッ!?)


 ショークリアの側で控えるミローナが戦慄を覚えるほど、親子の間の緊張感が高まり続ける。


 わずかな時間の出来事ではあるが、周囲にいて父の仕事を手伝っていた文官や侍従たちが背筋を凍らせ顔をひきつらせるに至っているのだが、当の親子は気づいていない。


「まず女性戦士ですが――全員採用で良いかと思います」

「全員……だとぉッ!?」

「はい。戦士を希望している者は全員シャインバルーンには勝てるようです。また、その中でも戦闘力が突出している者、指揮官に向いている者などはこちらにまとめましたので、ご覧ください」


 そうしてショークリアはミローナの名前を呼ぶ。

 ミローナはうなずき、ショークリアがあらかじめまとめて来た紙束の一つを取り出した。


 その時になって、ようやくショークリアが放っていた威圧は落ち着き、それに合わせてフォガードも威圧を納めた。


「お受け取りします。ミローナ」

「お願いします。ソルトさん」


 すると、父の仕事を手伝っていたソルティスが近寄ってくるので、ミローナは彼に手渡した。


 手持ちぶさたになったショークリアが周囲を見渡すと、なぜか室内の者たちの多くの顔色が悪い。


「ソルト、文官や従者の中に風邪でも流行っているのですか?」

「皆さん旦那さまとお嬢様の威圧のぶつけ合いの余波で参っているのですよ」

「……えーっと、それは申し訳ないコトをしましたわ……」


 返ってきた答えが予想外だったので、思わず顔がひきつった。

 無関係な人たちを怖がらせてしまったのは本意ではない。


(魔法みてぇな力がある世界だからな……メンチの切り合いってだけで、周囲にも影響与えちまうコトがあんのか。気を付けねぇと)


 そう反省した時に、ショークリアはふと思う。


「ソルトは平気なのですか?」

「ソルトさん戦場では将も兵も出来る優秀な方ですから」


 ショークリアの疑問に、ミローナが自慢げにそう告げる。

 すると、父もまた自慢げにうなずいていた。


「すごいのですねッ! お父様のお手伝いや従者としての仕事だけじゃなくて、戦うコトもできるなんてッ!」


 掛値なしの賞賛をすると、ソルティスは朗らかに笑った。


「はっはっは。ですがそれでも器用貧乏でしかありませんよ。どの分野も専門的にやっている者にかないはしませんので」


 逆に言えば、専門家相手でなければそれなりに活躍できるという意味ではないだろうか。


(すごいじーさんなんだな……。

 ってか英雄騎士と称されるオヤジに、宮廷料理人候補だったシュガールに、上級器用貧乏のソルト……うちの領地って意外とハイスペックな人材多いのか……?)


 そこに、女性戦士まで採用したら、人材の宝庫になるのではないだろうか。領地のことを考えるなら、それはそれは良いことなのだろう。


「旦那様、こちらを」

「ああ」


 ショークリアがあれこれ考えているうちに、ソルティスが父へと紙束を渡す。

 それを見ながら父は驚愕したように目を見開いた。


「ショコラ……お前、これを一人でまとめたのか?」

「はい。えっと、多少はお兄さまとザハル、モーランに手伝いはしてもらいましたが、大体は」

「そうだとしてもこれは……」


 渡した紙束に記してあるのは、サヴァーラを筆頭とした戦士候補の女性たちの情報だ。

 戦闘力。採用試験中の態度。行動。言動。それらを踏まえた上での有用性。


 そしてそこから発展した、交番のアイデア。

 この世界で交番に相当する言葉が分からなかったので、前世で言うところのローマ字読みのような表記でコーバンとした。


 それを使うことで、シャインバルーンをようやっと倒せるような、やや戦闘力の低い――他の領地からすれば充分なのだが――者にも仕事を斡旋できるなどが書かれている。


 前世の頃からこういうものは得意ではない為、書き方や言葉選びに拙さが多くあるものの、それはショークリアの年齢もあって、無視された。


「……ソルト。お前も見てくれ」

「はい」


 父は眉間をもみながら、紙束をソルティスに手渡す。

 すると、ソルティスもまた父と同じような顔をした。


「コーバン……言葉の意味はよく分からぬが、やりたいコトは分かった。

 そして、コーバンの有用性もな。確かにシャインバルーンに勝てずとも平民より戦闘力があれば、町の中の犯罪抑止力としては悪くない……」

「一つの拠点から見回りの兵を出すよりも効率的でもありますな」

「それにコーバン単位で長を作って、長から拠点への定時報告をさせるコトで、有事の際の定時報告の決まりに関する基盤にしやすいかもしれん」

「それでしたら定期的に長を換え、可能な限り領衛戦士の多くに長を経験させると、事務や政治に関する部分への理解にもつながるかもしれませんよ」

「加えて女性戦士を必ず一人はコーバンに勤務させるコトで、女性であっても戦士になれるコト。女性であってもやりたい仕事をしても良いのだと思わせるキッカケとなるだろう。

 それを受けて領内のやる気になった女性が、様々な分野で活動できるようになれば、領内での人材不足解消につながるかも知れない……か」


 何やら書いていない範囲にまで思考が及んでいるようだが、感触は悪くなさそうだ。


「ですが、旦那様。女性ゆえの問題が存在します」

「問題だと?」

「はい。出産です」

「確かにな……」


 この国では、出産しない女性の肩身は狭い。

 身分関係なく女性とは子を成すものと考えられているのだ。


 女性が要職に付けない理由も、出産で穴があいたら困るからだと言われている。


(まぁ――そこは、そうなるよな。前世でもそういう考えは多少あったしよ。前世のお袋はそのせいで悩んでたし、酒かっくらいながら愚痴ってたコトもあった……。

 ブラック企業問題とかも、詳しくはわかんねぇけど、テレビやネットで見かけてたからな……。

 だからこそ――多少なりともアイデアはあるぜ……!)


 前世の母の愚痴を聞かされていたからこそ、ちゃんとアイデアを用意してある。


「お父様、ソルト。男性であっても、怪我や病気で仕事の穴は空きますでしょう? 一人が抜けた程度で回らない職場などというものは、大した職場ではない証明ではないでしょうか?」

「お前……」

「お嬢様……」

「ショコラ……」


 凛とした態度でショークリアが口にした言葉に、父とソルティスとミローナは胸中で悲鳴を上げた。


(なんて辛辣なコトを……ッ!!)


 そんな三人の胸中など気づかないショークリアは、言葉を続ける。


「それに比べたら女性の出産は、事前に分かるだけ良いではありませんか。

 加えて、女性は出産するべきという前提があるのでしたら、女性は出産するものとして、仕事の決まりを作っておけば良いのではないですか?

 むしろ、積極的に支援をして、その子供が成長したときにうちの領地で働きたいと思ってくれるような領地づくりをしていくというのも、良いかと思うのですが」


 前世の育休などの話を思い出しながら、ショークリアは語る。

 もっとも、制度として正しくは理解していないので、かなり雑ではあるのだが。


(出産すると職場から許可もらって長いコト休み貰える上に、給料の一部も貰えるとかそんな話だったよな……)


 この場においてはむしろそんな雑な理解だったからこそ、父とソルティスの心を動かしたのかもしれない。


 あまりにも詳細な内容を案として提出すると、逆に妙な疑いが生まれて、納得してもらえなかった可能性もあるだろう。


「身ごもった女性に、身ごもったコトを報告してもらえた場合、休暇を許可すれば良いのではないでしょうか? その上で、その出産を支援する為に、毎月の給金の半分ほどを休暇中にも出すとか、子供の手が掛からなくなったりしたら職場にすぐに戻れるような条件づくりしておくというのも大事ではないかと。

 同時に子育てを支援するのでしたら、男性も奥さんの出産の前後を助ける為の長い休暇とかを認めてあげて、復帰しやすい環境を作るとか」

「お前、どうしてそのような考えが出る?」

「えーっと……ザハルから女性騎士について聞いたのです。それがどうしても納得できなくて……どうすれば良いかなって自分で考えた結果なのですけれど……」


 父からの問いにしどろもどろに答えれば、彼は唸って黙り込んだ。

 ややして、黙り込んだ父へソルティスが声を掛ける。


「旦那様、お嬢様のアイデアを叩き台に領法を整えてみましょう。

 通常の人材募集しても集まらない。ならば女性も集めてみる――その発想が今回の大量の人材発掘につながっています。

 これを今後も続けるのであれば、お嬢様の言う女性の働きやすい環境を作るのは重要になるかもしれません」

「ふむ……これを実際に行うのであれば、お前たち従者たちにも適用してやらねばならぬか……」


 そう口にしてから、部屋の中を見渡し、一人の文官と一人の従者に声を掛ける。どちらも女性だ。


 ミローナではないのは、成人した女性から話を聞きたいからだろう。


「君たち、今のショコラの案をどう思うか。率直な意見を聞きたい」


 その様子を見ながら、ショークリアは胸中で口をひきつらせる。


(ただの思いつきが……またデカいコトになってるような……?

 ……しかし、個人的な本番はこの後なんだよなぁ……)


 戦士以外の人材を売り込む為に、度胸と勢いの女ショークリアは、改めて気合いを入れるのだった。

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