何か大事になってきてねぇか?(終)
こんなサブタイですが、最終回ではありませんw
「実は、女性戦士を募集しようと思っている」
そう言ってフォガードは一枚の紙をテーブルに置いた。
「これが募集要項の草案なんだが、皆からの意見を聞きたい」
フォガードの切り出した話題に、ショークリアは思わず頬をひきつらせる。
どう考えても自分が発端としか思えない。
「フォガード。それはどういう意図があるのかしら?」
「単純に人手が欲しい。常に募集はしてるが、優秀な者は全く来ないからな。だったら女でもいいから、優秀な者を募集しようと思ったんだ」
「…………」
マスカフォネはフォガードからの返答に、難しい顔をして黙り込んだ。
その視線は、募集要項の草案に向いている。
ココアーナも同じような顔で草案を注視していた。
モンドーアはかなり複雑な顔をしている。
ソルティスは事前に聞かされていたのだろう。
みんなの反応を伺っているようだ。
ショークリアもテーブルに置かれた草案を見るために、身体を乗り出した。
・募集要項
・女性戦士募集
・給金 月払い 5万トゥード
・最低限の読み書きができる者
・ある程度の礼儀がある者
・ある程度の強さ
「うあ、雑」
思わずショークリアが言葉を漏らす。
「あくまで募集の草案だからな。これを基礎にして、募集の張り紙を作るんだが」
「えーっと、そうじゃなくて」
どう言うべきかと少し言葉を考える。
多少言い回しを変えたところで、どうこうなる内容ではない。
人を募集するならもう少し具体的な情報が必要だろう。
あるいは、この世界でこれが当たり前なのかもしれないが――
(当たり前だろうと、これは流石にねぇな)
前世であっても、そこまでアルバイトなどの募集要項を見たことはないのだが、それでもこれでは分かりづらいにもほどがある。
ましてや優秀な者を集めるのだから、優秀な女性が興味を引く内容などを盛り込むべきだろう。
「ミロ。ペンはある?」
「どうぞ」
「お父様、紙の裏を使っても?」
「ああ」
とりあえず、自分が思いつくままに、書いてみるとしよう。
・領衛戦士 募集中
「募集するのは女性だけ?」
「いや、男性が来るならそれにこしたことはないな」
「他には? 欲しい人の年齢とか身分とか」
「ふむ……。もともと戦士団はそれを問うてはいないな」
・出自・身分・年齢・性別 不問
「……最低限の読み書きってどのくらいを希望してるの?」
「ん? そうだな……まぁ名前くらいは必要だな」
・最低限自分の名前の読み書きができること。
「採用するかどうかの試験とかはする?」
「した方がいいか?」
「絶対した方が良いと思う」
・採用試験あり。
「やる気と実力はやっぱり欲しい。無論、礼儀もな」
・やる気と実力、そして礼儀ある者。
「戦士の募集だけど、戦士以外の能力が発覚した時とかどうするの?」
「それならそれで、是非とも採用したい」
・領衛戦士の募集だが、別の能力が発覚した場合、戦士以外の仕事での採用あり
「給金の5万トゥードって適正?
領衛戦士団の基本的な給金って月払いでどのくらい?」
「一般戦士は……10万くらいか?」
「なんで半額?」
半眼になってショークリアが訊ねると、フォガードは不思議そうな顔で目を瞬いた。
「何か問題がありますか?」
訊ねるのはマスカフォネだ。
ショークリアが何を言いたいのか分からないという顔をしている。
それに対し、ショークリアは背筋を伸ばし、貴族の顔で告げた。
「お母様も正気ですか?
ザハル団長からは、女性騎士の中にも男性より強い人がいると聞いたコトがあります。
そういう才能ある女性を拾い上げるのが、今回の募集の趣旨かと思いますが――お父様、その認識でよろしいですか?」
「あ、ああ……」
ショークリアに気圧されたような様子で、フォガードがうなずく。
「だとしたら、半額ではなく満額で雇うべきです。
月給10万トゥード。もちろん、仕事の出来不出来や功績なので昇給減給はありとします――と、いうよりも基本的な部分は男性と同じで良いかと」
そこまで告げて、ふと疑問が沸いた。
「ココアーナとモンドーアの給金差はどうなっているのでしょう?
やはり同じように半分くらいの差がついているのですか?」
「あ、ああ……」
うなずくフォガードに、ショークリアは額に手を当てて天を仰いだ。
前世とのギャップがすごい。
そういう意味では、歴史の授業などで聞き流していた女性進出運動などの成果というのが、前世ではかなり大きかったのだろう。それをこの瞬間に実感できた気がする。
「そうなると、満額は難しいですね。
まずは、長年勤め、その役目を全うしている女性従者たちの給金の見直しも必要でしょう。
なら、とりあえずこの募集での給金は男女問わず7万トゥードとしましょう」
・月給 7万トゥード 昇給もあり(男女差なし
「優秀な女性を使いつぶすのではなく、うちの領で独占して囲い込んでいく方が、将来の為になると思うのです」
正直言ってしまうと、ショークリアはこの世界の男女の待遇差を甘くみていた。
待遇一つとってもここまで差が出るとは思っていなかったのだ。
「あとは実際、どのくらいの応募があるか……だとは思いますが、人数によっては男女に分けて採用試験をした方が良いかもしれませんね」
実際、同時に行うと男性側から女性側へのヤジや妨害といった嫌がらせも発生しそうな気がするのである。
「その場合、女性の採用試験はショコラがやるか?」
「……わかりました」
僅かに逡巡したが、自分がやるのが一番公平に人を見れる気がするので、ショークリアはうなずく。
父にしろ母にしろココアーナにしろ、ショークリアの中にある前提とどうしても異なるところがあるだろう。それはきっとこの世界の常識からくるものなのだから仕方が無い。
「ショコラ」
フォガードとショークリアのやりとりを横で見ていたマスカフォネが、名前を呼ぶ。
「どうされました、お母様?」
「貴女は――何を考えているの?」
「えーっと……」
マスカフォネの質問の意味が分からず、ショークリアは少し動きを止める。
何を考えている――と問われても困る。
単にあまりにも差が大きすぎるし、女性だから――というような理由で不当な扱いが不満だったというのが主な理由だ。
それに、女性戦士を男性戦士と同様に扱おうとするなら、条件が不平等というのも、些か納得がいかなかった。
もちろん、自分の中の基準が日本になっていることは否めない。
それでも――だからこそ、男女がもう少し平等で良いのではないかと思うのだ。
(ああ、そうか……不平等感の強さが嫌なのか、オレ……)
自分の思考に納得したところで、ショークリアは口にする。
「優秀な人材として、領衛戦士という領地の主要業務に関わらせる以上、優秀な者を優秀な者なりの扱いをする必要があると思ったのです。
言ってしまえば、男女関係なく優秀は優秀であるという平等さ……男女の平等な評価をして採用しましょうというだけなのですが……」
その言葉に、マスカフォネとココアーナ――それだけでなく、サロンの中にいた女性たちが目を見開く。
「そうね。そうよね。その通りだわ」
「お母様?」
当たり前に受け入れていた概念に刃を入れられたような気分になったマスカフォネは何度もうなずき、フォガードへと向き直った。
「領地予算が厳しいのは理解しております。
ですが、雇用している女性たちの給金を全体的に増やしましょう」
「マスカフォネ?」
「ショコラの言うとおりです。
あなたが女性雇用を増やそうと言うのであれば、我が領地は良い機会だと思ったのですよ」
だからこそ――と、マスカフォネは告げる。
「募集要項は、ショコラの案を採用しましょう。
色々と問題が出てくるかもしれませんが、その都度、みなで相談して解決していこうではありませんか」
マスカフォネの静かな迫力に、フォガードは大きく息を吐いてからうなずいた。
「わかった。とにかく募集してから考えよう。
採用するかどうかは試験次第だし、採用した後のアレコレは、その時だ。それでいいか?」
「はい。ありがとう存じます。あなた」
こうして、キーチン領女性雇用状況改善が始まることとなる。
そんな両親のやりとりを見ながら、ショークリアは思った。
(……なんか、すっげぇ大事になってねぇ……?)
○ ○ ○ ○ ○
「トーン! これ、おかわりッ!」
「今日はもうおしまいだよトレ・イシャーダ様」
「だって、これ美味しいんだもの。
もっと強いお酒を使って作れない?」
「そうさねぇ、味の組立が難しいけど、やってみようかね。
明日、また来ておくれよ」
「えー……今日じゃダメ?」
「ダメだね」
「ぶー」
地上でサヴァランの試食がされている時、同様に青の神による試食が行われていた。
作るのは当然、食の子女神クォークル・トーン。
マッチョババアにして神たる彼女が作り出すサヴァランは、試作といえどもこの世界で作れる最高品質に至るもの。
自ら新しい料理を創り出すのは人間達と同じだけの努力が必要だが、人間界で新しく生まれた料理は、ただ再現するだけでなく完璧な品質にして最上のデキのものとして作りあげることができるのが、食の女神たる彼女のチカラだ。
「面白い料理さね。ウデがなるよ。
本当に楽しい嬢ちゃんだねぇ……彼女は」
「でしょー? あの子に関わると良くも悪くもみんな未来が変わっちゃうの。楽しくてしかたないのよねー」
どこかふわふわした口調の青の神に、クォークル・トーンは「おや?」と首を傾げる。
「トレ・イシャーダ様、もしかして酔ってるのかい?」
「そーかもー……なんかふわふわして楽しいのー」
青の神は、そこまで酒に弱い女神ではなかったはずだが――
「ふふ。美味しくって、わざと酒精への耐性を弱めて食べてたら、なんか楽しくなちゃってー」
不思議に思っていた答えを貰って、クォークル・トーンは合点がいく。
「最近、色々楽しいわー」
ふわふわふにゃふにゃとそう口にしながら、青の神は、テーブルへと突っ伏した。
ややして、すやすやと寝息を立て始める。
「やれやれ。本当に楽しそうな顔をしていらっしゃるね」
苦笑しながらも、クォークル・トーンは布を一枚どこからともなく取り出して、彼女に掛けた。
「儂はもう少しサヴァランとやらを作ってみるかね」
食べ終わった後もにわかに騒がしい、人間たちのお茶会に背を向けながら、クォークル・トーンは、今度はどの酒を使おうかと楽しそうに悩むのだった。