それなら頼るのもアリかもな
「……と、ゴメンねシア。少し強く言いすぎたわ。王族なんだから、知らなくて当然よね。
でも、矜持というのは貴族だけでなく、どんな立場のどんな人にもあるものだし、それが傷つけられようものなら、人によっては身分や立場を忘れて烈火の如く怒るコトもある――っていうのはだけは覚えておいてね」
ショークリアはそう言って丁寧に謝罪の礼をする。
それを見て、トレイシアは内心大慌てだ。
(いえいえいえいえッ、完全にこっちが悪かったのですけれど……ッ!)
とはいえ、トレイシアは謝罪の仕方に迷うこちらを導いてくれているのだと、理解した。
実際のところは、ショークリア的に深い意味もなくとりあえず場の空気を元に戻したかっただけなのだが。
双方の思惑はさておき、ここに乗っからないという選択肢をトレイシアは選べない。
「いいえ。こちらこそ、貴女の料理好きっぷりは知っていたはずなのに迂闊でしたね。
併せて、私の不見識を指摘してくれたコトを感謝いたしますわ」
分かりやすい謝罪の言葉を使わずになんとか謝罪できたことに安堵する。
「厨房の皆さん、それで材料は足りているかしら」
「はい。問題ないです」
「そう。ならとりあえず今日はそれでお願いね。今日の夜には明日の分を含めて用意しておくから。
私は地棟に部屋があるし、普段は地棟の食堂を使ってるの。だから食材に関する相談とか、調達して欲しいモノがあったら、面倒かも知れないけど地棟の食堂の人に言伝やメモなどを残しておいて貰える? ショークリア宛てだと言えば通じるようにしておくわ」
「了解です」
厨房の人たちが納得したところで、ショークリアがトレイシアへと視線を向けると彼女もうなずく。
ハリーサとメルティアにも視線で確認すれば、大丈夫だと反応してくれた。
「それでは皆様お騒がせしました。
お食事の時間が押してしまいますし、私も地棟へと戻りたいと思います」
告げてから、ショークリアは下手な上級生よりも丁寧な一礼を見せると、天棟の食堂を去って行くのだった。
その日の自由選択授業は、騎士科を選んだ。
やはり、時間が経ってくると選ぶ授業の方向性が定まってくるのか、初期に比べるとだいぶ見慣れたメンツが集まっているようだ。
「ショークリア様」
授業前の隙間時間に軽くストレッチなどをして身体をほぐしていると、あまり聞き慣れない声で呼びかけられた。
ストレッチの手を止めて、そちらへと視線を向ける。
声を掛けてきたのは、見慣れた顔の女子生徒だ。
見慣れた顔ではあるものの、あまりやりとりをした覚えはなかった。
(えーっと、誰だっけな……)
僅かに逡巡し、ピンとくる。
以前、マーノットに腕を潰された姉がいると言っていた女子生徒だ。
確か名前は――
「オレリオッタ様、でしたか?」
「それ、姉の名前です」
「……失礼しました」
――やらかしてしまった。
「あ、気にしないでください。こちらも名乗っておりませんでしたから」
彼女はそう笑うと、自分を示す。
「改めて名乗らせてください。リッツェナ・モンド・ナビコスタと申します。
重ねて改めてのお礼を言わせてください。先日は姉の無念を晴らして頂き、ありがとう存じます」
薄茶色の髪を揺らしながら丁寧な仕草で告げる彼女に、ショークリアも丁寧に応じた。
「どういたしまして。ですが、あまりお気になさらず。やりたくてやったコトですので」
そう口にしてから、リッツェナの姉のことをふと思う。
いくらマーノットのことで溜飲が下がったとしても、剣を握れなくなったという事実は覆らない。
恨み辛みが薄れたことで冷静になり、剣を握れないという事実に今になってショックを受けることもあるだろう。
そう思って、ショークリアは告げる。
「リッツェナ様。
もしよろしければ、オレリオッタ様には――マーノット元教諭への恨み辛みには捕らわれず、今できるコトに目を向けて前に進んでください。もし気持ちが晴れてなおも道に迷っているのであれば相談にのります……と、そうお伝えください」
面識がないにもかかわらず姉を気遣うショークリアの言葉を聞いて、リッツェナは僅かに目を輝かせ、微かに顔を赤らめた。
見る者が見れば、憧れや懸想の抱き初めに見える表情だが、幸いなのかなんなのか、ショークリア含めてそれに気づく者がこの場にはいなかった。
「お気遣いありがとうございます。必ず姉に伝えておきます」
嬉しそうに礼を告げたあと、リッツェナは少し前のめりになる。
「ところで……何かお礼になるコトとかはありますか? ショークリア様からは貰ってばかりな気がしまして。わたしに出来るコトがあるなら、言って頂きたいのですけど」
「突然そう言われましても……」
ショークリアは困ったように視線だけ天を仰がせる。
「先ほども言いました通り、やりたくてやったコトです。誰かの為というつもりでもなかったのですけれど……」
「それでしたら、わたしもショークリア様へのお礼をやりたいからやらせて欲しいのです」
「う、うーん……」
その勢いに、ショークリアは察する。
(これ、断れないヤツじゃねーか……?
なんていうか、RPGで、何度『いいえ』を選んでもループするタイプのアレだろ……)
まさかリアルでそういう体験をするとは思わなかった。
(まぁでも、お姉ちゃん子かなんかで、本当に姉ちゃんが好きだったんだろうな)
大切な人を助けてくれた人にお礼がしたい。お礼をしないと気が済まない――という感情なのだろう。
だとしたら、あまり無碍にするのもかえって変なことを拗らせさせてしまいそうだ。
ショークリアは頭をフル回転させながら、必要なものを絞り出す。
「あー……えーっと、リッツェナ様は……騎士科の自由授業に出てるというコトは、主要学科は別なのですよね?」
「はい。侍従科ですけど……」
それを聞いて、ショークリアは胸中でガッツポーズを取った。
遠征会の兵站の件で、侍従科の生徒に顔を繋いでおきたいと思っていたところなのだ。
「実は、侍従科の方にお願いというかお話というか聞きたいコトというかがありまして」
ショークリアは淑女らしい笑みを浮かべながら訊ねる。
「遠征会についてのご相談がしたいのです。
お時間ございましたら、是非ともお話をさせていただけないでしょうか?」
「もちろんです。喜んでお受けさせて頂きます」
リッツェナの言葉にショークリアは小さく安堵した。
「先生がお見えになりましたね。では、詳細は授業のあとで――というコトで」
「楽しみにしておりますね」
そうして、騎士科の授業が終わったあと、ショークリアは相談を兼ねたお茶会の約束を取り付けるのだった。





