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よく考えない嫌がらせって悪手だよな


 廃墟食堂でドタバタとした翌日。


 ショークリアがモルキシュカ、ヴィーナと共に地棟の食堂へと降りてくると、なにやらザワついている。


 それどころか、ショークリアが食堂に踏み込むなり、一斉に注目された。


「ショコラ、何やったの?」

「ヴィーナ。やらかしたが正しくない?」

「どっちも違うわよ」


 目を(すが)めて失礼なことを言ってくる友人たちに、同じような半眼で返してから、表情を取り繕って前にでる。


「皆様、どうされました?」


 厨房前に集まっている人たちは誰が答えるかで、顔を見合わせ合う。


「…………」


 そのわりには誰も答えてくれそうになくて、どうしようか――と思っていると、その集団の中にマーキィがいたらしく、前に出てきた。


「あのー、ショークリア様のせいで食材の仕入れが止まったとかって話になってるんですけど、心当たりあります?」


 その目はヴィーナとモルキシュカと同種のモノだ。

 まるで、こちらが何かやらかしたようなこと前提だ。


「それを言っているのは誰かしら?」

「ガーウォッシュ先生って分かる?」

「分かるというかなんというか……思ったより動きが速かったわね」


 食堂全体の管理者という立場なら、ショークリアを悪者に仕立て上げるような嫌がらせをしてくることは予想済み。

 なんなら、何を仕掛けてくるなら食材の調達を断つ方向だろうというのも予想していた。


「やっぱ何かした?」

「失礼な。単に廃墟食堂の建て直しに協力してるだけです。

 それを面白く思わない方がいらっしゃる。そしてそれが学園の食堂の総合管理者であるガーウォッシュ先生というだけ」


 食堂に集まっている全員に聞かせるように、やや声を大きめに口にする。

 それから、人混みをかき分けるようにしながら、厨房へと訊ねる。


「食堂の料理人の皆様、食材があればすぐに作れます?」

「そりゃ、まぁ……」


 戸惑いながらもうなずく彼らを見て、ショークリアは失礼するわ――と厨房へと入ると、用意していた母から借りている魔導具のポーチを取り出した。


「コレ使って」


 昨日の時点で、イズエッタと共にこの状況は想定していた。

 だから、昨日の廃墟食堂でのやりとりのあと、イズエッタのお店にいき、食材を買えるだけ買って、このポーチに入れておいたのだ。


「なんだ? 小さなポーチの中から……素材がこんなに?」

「全部使っていいですよ。必要ならもうちょっと出します。魔獣肉とかもありますけど、使います?」

「い、いえ……十分です」

「というか魔獣肉というのは?」

「そのままの意味ですけど?」


 ざわつく厨房に対して首を傾げながらも、素直に答える。


「ああ、そうそう。時間が足りないというのであれば手を貸しますよ。

 こう見えて、殿下から依頼を受けて料理を作ったりしてますので」


 ショークリアの言葉にさらに厨房はザワつきだした。


(なんでこんなザワつくんだ? これだけの相手に今から急いでメシ作るんだから、手があってもいいだろ)


 本人としては手が足りないなら貸すぞ――程度のつもりなのだが、付随されている情報が多すぎて、厨房が混乱しているだけである。


「い、いや大丈夫です」

「そう。明日以降の仕入れも怪しそうなら、今日の放課後に声を掛けてちょうだい。今の食堂管理担当の先生がどうにも問題あるようでして、その上で私は睨まれてしまっているようです。

 厨房も、地棟の皆様も、巻き込んでしまって申し訳ありませんわ」


 軽く膝を曲げ、この国なりの会釈をして厨房をあとにした。


 そうして、ヴィーナとモルキシュカの元へと戻ってくると、二人はさっきと同じ視線を向けてくる。


「やっぱり何かしてるじゃない」

「さっきの否定、否定に……なっていない」

「二人とも酷くない?」


 そんなやりとりをしていると、厨房の方から「普段のより、素材良くないか?」「これかなり良い肉だぞ!?」みたいな声が聞こえてきた。


「ところで、質が良いのを卸したの……意味があるの?」

「学園長や今の食堂管理担当の先生の息のかかった商会との縁を全部切りたいからね」

「あー……」


 モルキシュカは即座に理解してくれたようだが、ヴィーナは首を傾げている。


「廃墟食堂の改革をしようとすると、権力者から邪魔が入るから元から絶つ為の一手……みたいな?」

「え? 食材の提供がそれになるの?」


 やはりよく分かってないようなヴィーナに、モルキシュカが補足してくれる。


「供給が止まっても、普段より良い食材をショコラが……提供する。

 いつまでも……食材を寄越さない商会よりも、ショコラの方に信用が向くでしょう?」

「それはそうだけど、契約とかどうするの?」

「契約がどうこういって、失礼な指示を続ける管理人と……料理人や食堂に寄り添って身体張ってくれるショコラ、ヴィーナならどっちを頼る?」

「そこまで言われれば分かるわ。食堂だけでなく学園の改革のための根回しの一環なワケね」

「そういうコト」


 ヴィーナが納得したところで、お話は終了だ。

 厨房の方を見ればすごい勢いで、料理人たちが料理をしている。


「これなら、とりあえず朝ご飯は間に合いそうね」


 平民の多い地棟なら、これでとりあえずは大きな問題にはならないだろう。


(さて、ガーウォッシュ先生。供給を断つって手段は私には通用しないんだけど、次はどうする? どんな手を使っても全部叩き潰してやるけどなッ!)


 などと思っていると、そこへ天棟に部屋があるハリーサとメルティオがやってきた。


「あれ? 二人ともどうしたの?」

「ショコラ、聞きたいのだけれど……何かした?」

「えー……ハリーサまで、モカやヴィーナみたいなコトを……」

「そこに私の名前を付けくわえて頂けます?」

「メル姉様までッ!?」


 ショークリアがショックを受けている横で、モルキシュカが難しい顔をして訊ねる。


「食堂、使えなく……なってる?」

「はい。正しくは食材が届いておりませんの。ショコラのせいだという文言と共に」

「ガーウォッシュ先生ってもしかしなくとも馬鹿なのでは?」


 モルキシュカがそれを口にすると、ハリーサとメルティオが驚いたような顔をした。


「どうしてガーウォッシュ先生だと?」

「さっきまでこっちの食堂も同じ文言で食材の供給が止まってたからね」


 ハリーサの問いにヴィーナがそう答えてから、ショークリアへと視線を向ける。


「ショコラ。さっきの神具の(アーティファクト)ポーチの中、まだ食材はあるの?」

「あるわ」


 ショックから立ち直ったショークリアは、ハリーサとメルティオへと向き直った。


「とりあえずそっちの厨房に持っていくから、ハリーサとメル姉様は援護してくれると嬉しいかな」


 二人がうなずくのを確認すると、ショークリアは「ちょっと行ってくると」とヴィーナとモルキシュカに告げて歩き出した。




「――と、これだけあれば足ります? 足りないならまだ出しますし、時間がないならお手伝いしますよ。こう見えて、殿下から料理の依頼がある程度には料理できますし」


 地棟の時と似たようなやりとりをした上で、同じようなことを訊ねると、同じように首を横に振られた。わりと必死に。


 そこへ、妙な声が掛けられる。


「貴女のせいで食材が止められたのに、どうして平然としておりますの?」


 恐らくは天棟に住む生徒だろう。

 学年までは分からないが、そういう文句が出るのは分かる。


「はっきり言って言いがかりだからです。

 私は、セアダス先生から依頼されて廃墟食堂の建て直しをさせて頂いております。

 ですが、どうやら廃墟食堂の建て直しというのは、食堂管理のガーウォッシュ先生にとっては気に入らないコトのようなのです。なので、こういう迂遠(うえん)な嫌がらせをしてきているようです。

 そういう意味では、巻き込んでしまったコトは申し訳なく思いますが、食材がここに届かないコトへの謝罪をする気はありませんわ。それは私のせいではありませんので」

「平民向けの食堂なんて放置しておけば良いではありませんか! こっちに迷惑が掛かっているのですよ!」


 キッと(まなじり)を釣り上げるその女子生徒に、面倒くせぇな――とショークリアが思っていると、思わぬ助っ人が現れた。


「貴女みたいな単純な思考の方がそう言って暴れて同調者を集めるコト。それがガーウォッシュ先生の狙いなのですよね」


 トレイシアだ。

 どうやら彼女も食堂に来ていたらしい。


 声を掛けられた生徒は、驚いてからすぐに礼を見せた。


「そもそもセアダス先生は、私の父――国王陛下がこの学園の悪しき部分を改革するべく派遣された者です。そのセアダス先生からショコラが立て直しの依頼を受けているというコトをもう少し重く考えていただけないかしら?」

「どういう意味ですか、トレイシア殿下?」

「それを理解できない程度の思考力だから、目先の出来事にだけ文句を言うのですよ。

 言ってしまえば、国王陛下による改革の刃の一端であるという話です。それが気に入らないのであれば、ショコラやセアダス先生ではなく、国王陛下に直接の苦言を呈されるが良いかと」


 かなりトゲのある言い回しだ。

 案外、ガーウォッシュの雑な嫌がらせに対して、腹を立てているのかもしれない。


「理解できてもできなくても、邪魔だから退いて頂ける?

 ショコラや料理人の方々の邪魔をすればするほど、時間が押してしまって朝食を食べる余裕なんてなくなってしまいますので」


 その女子生徒を雑にあしらったあとで、トレイシアはショークリアに訊ねる。


「ところでショコラ。時間がないならあなたが料理をしてしまえば良いのではないかと思うのだけれど? ショコラなら手早く料理できるでしょう?」


 信頼からくる言葉なのは分かっているのだが、ショークリアは首を横に振る。

 その上で、敢えて砕けた言葉使いで返した。


「無理。ここにいるのは私の家の者でなければ、ここは私の厨房()ではないからね。

 ここで私に出来るのは調理補助がせいぜい。料理長や副料理長を差し置いて、勝手な振る舞いはできないわ」

「そういうものなの?」

「そういうものよ。シアなら分かってると思うけど、料理をする時の私は貴族である前に料理人になるの。料理人には料理人の矜持やルールがある。それを破る気はないわね」

「それでもお願いしたいと言ったら?」

「だとしたら、シアにはそれ相応の覚悟をして欲しいかな? そのお願いは私にとって、密守蜂としての主人や上司からの命令になるわ。

 それを理解した上で『赤の魔力を極めた相手に、青の魔力を用いて火を(おこ)せ』というのならば、そこから生じる問題や、派生して起こる女子寮内の食堂の廃止に繋がりかねないあれやこれや――それの責任を絶対にとってくれるという確約がなければダメね。そして、それ以降は私とシアの関係性も変わるわ」


 トレイシア殿下相手になんて口を――と思っている者たちが大半の中で、厨房の料理人たちや、一部の生徒たちはむしろ感心していた。


 口調はともかく、強権を持つ者が命令をすることの意味や、命令に対する責任など、それをしっかり言い聞かせることのできる者なのだ、と。


 そして、警告を無視してトレイシアが命令をするのであれば、二人の砕けた言葉でやりとりする関係性が終わりになるのだろう――とも。


 王家に近い高位の貴族たちの中でも、まともな思考がある者たちは、自分を目上の存在ではなく対等の存在として扱ってくれる希有(けう)な友人のありがたみや、重要性を理解できるからこそ、我がことのようにハラハラと見てしまう。


(殿下、どうか選択肢を間違えませんよう……貴方様にそのような正しき指摘をしてくれる友人を失ってはダメです……!)


 料理人たちは、ショークリアが貴族でありながら厨房に立つものの矜持を理解し、寄り添ってくれる者であるというのを理解した。

 不思議なポーチから出てきた食材の良さや、トレイシア殿下が直々に料理をしないのかと声を掛けたことから、その腕もまた高いこともわかる。

 その上で、敢えて厨房の主であるここの料理人を尊重してくれたということが、彼らにとってはかなり嬉しいことだった。


(この貴族の嬢ちゃん、本当に料理人なんだな……! 厨房を城と呼んでくれるなんて、分かってるじゃねーか! しかも、廃墟食堂の立て直しを依頼されるくらいにお偉いさんたちからの信用が篤いワケか! すげーな!)


 同時にトレイシアもまた、自分はショークリアに試されているのだと感じていた。

 発言が迂闊であったことを認めた上で、王族らしく頭を下げずに謝罪する必要がある。


(やらかしてしまいましたね……ショコラが料理に並々ならぬこだわりがあるのが分かっていたのに……。

 食い下がらなければここまで怒らせるコトはなかったのでしょう。

 あー……身内しかいない場ならともかく、こんな目の多い場でする王族らしい謝罪というのは、どうすれば良いのでしょう……この場をうまく納めつつ、ショコラと友人で居続けるには……)


 そして、当のショークリアは何を考えていたかというと――


(良いタイミングでシアが声を掛けてくれたぜ。

 こうやって大々的にシアとやりとりすりゃあ、ガーウォッシュ先生がどれだけ阿呆かが天棟の貴族たちにも伝わるワケだしよ!)


 ――色んな方面の深刻だったり信用だったりなどとは無関係なことを考えていた。


(あとは強めに言っちまったシアをどうフォローするか……の前に、この空気をどうにかしねぇとダメかもしれねぇけど……ちと、やらかしちまった気がするな)


 そして、ショークリアとトレイシアは二人揃って自分のやらかしに関して考えているという奇妙な状況が発生しているのであった。




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