オレに実害がねぇならそれでいいさ
「さて、タキーイックの返答がどうあれ、バーゲツムーン商会との契約は今月いっぱいで終了。来月からはエイトブリッジ商会に頼む形になるけど、そこは大丈夫よね?」
タキーイックとパシリールの二人が帰ったあと。
廃墟食堂の席について、ショークリアはそう切り出した。
二人とジーニー、スーシアも同じ席について真面目な顔をしている。
「はい。ミンツィエの実家であるオウメリオン農場との話もついています。
彼女のお父様であり農場主であるシガーレ様も、ノリノリで協力してくれるようです」
「……パパが調子に乗りすぎてる感じ、少し恥ずかしいですけどね」
ミンツィエの気持ちが何となく分かるので、ショークリアは少し苦笑した。
だが、しっかりと協力してもらえそうなのは何よりだ。
「仕入れの問題は解決ね。
次に内装やら何やらのテコ入れだけど、これに関しては問題があるのよね」
「名目上の食堂管理責任者であるガーウォッシュ・ノーム・フィンボール教師ですね」
しっかりと把握していたらしいイズエッタにショークリアはうなずいた。
「あの、二人とも……その先生に何か問題が?」
おずおずと訊ねてくるミンツィエにショークリアは首肯してから答える。
「典型的な、旧学園派教師でね。食堂管理責任者という名前の通り、学園にある全ての食堂に関する責任者という立場よ。
初期の学園長から役割を継いだ感じかしら。
まぁ男子寮や女子寮の食堂には文句はないと思うわよ? いや、女子の地棟の方には色々と思うところはあるかもだけど……まぁ口は出してる気配はなさそうね」
含みたっぷりに言えば、ジーニーが察したようだ。
「基本的には肩書きだけなのに、嫌がらせに余念がないってコトですね。
改装の企画書を書いても中身を見ずに破棄するだろうし、提案をしても絶対に却下される……と」
「そういうコト。廃墟食堂用の予算をケチりまくって、嫌がらせしつつ、仕入れや内装へのテコいれを突っぱね、最小限のお金だけ使って差額を懐に入れ続けてるのがこいつなのよ。学園側もそれを黙認してるワケだけど」
ミンツィエとスーシエは嫌そうに顔を顰めるが、ショークリアとイズエッタはそうでもなかった。
「単に嫌がらせが得意なだけの貴族でしたら、問題はないのでは?」
「さすがイズエッタ。たぶん、その想像は正しいわよ」
二人だけが分かったようなやりとりをしていて、ジーニーたち三人は疑問符を浮かべながら首を傾げている。
「調べた限り、嫌がらせは得意だけど権謀術数や暗闘とか苦手な人っぽいのよ。
嫌がらせだけして甘い汁を吸い続けてきてる――それだけで私腹を肥やし、権力を高めてきてる人だから、真っ正面からでも絡め手でも潰す手段はいくらでもあるわね」
それどころか、そうやってラクして稼ぎ続けてきたせいで、最低限の自衛的策略や暗闘すらヘタクソになっている可能性が高い。
本人が暴力を振るうほどのチカラがないのもラクだ。
そういう意味では暴力すら自分の強権を振るう為の道具にしていたマーノットの方が厄介である。
マーノットみたいなタイプは、こちらが相手の暴力を上回る暴力を振るった上で、敗北を認めず屁理屈をこねるアホとの舌戦に勝たなければならないのだ。
面倒以外の何者でもない。
「学園側のガーウォッシュ教諭への援護はありますか?」
「あるでしょうね。でもそっちも根回しでどうにでもなるでしょ。セアダス先生が協力してくれるはずよ」
ショークリアの答えに、イズエッタが何か考えるような表情に変わった。
今、彼女の頭の中では様々な計算がめまぐるしく駆け巡っていることだろう。
「――で、廃墟食堂の内装なんだけど」
「ついにこのボロボロとおさらばなんですね!」
スーシエがノリノリで身を乗り出してくるが、ショークリアは首を横に振った。
「このボロボロのままで行くわ!」
「え!?」
だいぶショックを受けているようなのだが、ショークリアとしてはちゃんと説明を聞いて欲しい。
「この雰囲気って唯一無二だと思うの。だから、それを生かしたい。
もちろん、表面がささくれ立ってる机だとか、ガタガタしてるイスだとか、でこぼこした床だとか、そういう食堂として運用する上で危険な部分は全部綺麗にするけれど、見た目や雰囲気はこのままを維持したいと思う」
イマイチ納得のいっていないスーシエだが、逆にジーニーはショークリアの言葉を吟味するような顔をしている。
「廃墟食堂『ゴミ箱』って名前もそのままにしますか?」
「そうね。ある種の話題性としてはありだと思うけど……でも、さすがに食堂の名前でゴミ箱はないかしら?」
確かに――とみんなが苦笑した。そのあとで、ミンツィエが人差し指を立てた。
「なら、名前の雰囲気はそのまま『おもちゃ箱』とかどうかな?」
「それなら、『壊れた箱』とかもありですよね?」
イズエッタも乗っかってきた。
日本人の感性が残っているショークリアは、ネコローブという言葉の音が面白おかしく聞こえてしまうのはご愛敬だ。
(猫耳フード付きローブを着て、箱の中で寝っ転がってる感じのイメージが湧いちまうな)
「廃墟っていうのは残骸……残されたモノでもあるワケだし『残留箱』とかも?」
スーシエまで乗ってきたところで、ジーニーが笑い出した。
「みんな、箱は残す気まんまんなんだな」
「確かに」
言われて、ショークリアも笑い出す。
「じゃあ、箱以外は何かあるんですかー?」
少しだけ不満そうなミンツィエに、ショークリアも真面目に頭を捻った。
(箱、箱ねぇ……箱にあやかった名前なぁ……)
ショークリアが、無自覚に独り言のようにぶつぶつと案の断片を口にしていると、ふとハッキリとした言葉が漏れ出る。
「パンドラ、クオシブ……」
口にしたショークリア以外にとっては未知なる単語に、イズエッタがいち早く食いついた。
「ショークリア様」
「え?」
「パンドラとはどういう意味ですか?」
「え? あー……」
どうやら口に出していたようだ――と気づいて、後ろ頭を掻く。
いつものように、遠い異国の話だ――というていで語るしかないだろう。
「遠い異国にある物語よ。
パンドラって女の子が、神様が絶対に開けてはならないと言っていた箱を、ちょっとした好奇心から開けてしまう。
すると、中から不安や絶望、悪夢や恐怖といった様々な負の感情を撒き散らす呪いが解き放たれてしまった。
世界中が呪いに汚染されていくなかで、どうにかしないと――と、必死に解決方法を探していると、箱の奥底に希望が残っていた。
パンドラはその希望を使って、世界中に蔓延した呪いを解消したの。
元々名前の無かった箱だけど――以降はパンドラの箱と呼ばれるようになったとか……っていうお話。
かなり記憶が曖昧だから、実際のお話とだいぶ差異があるかもだけど」
詳しくは覚えてないショークリアは、だいぶそれっぽく語るだけだったのだが、それで十分だったようだ。
「絶望や不安が閉じ込められていた箱の底に残っていた希望……か。いいですね」
「確かに! その希望で今まさに立て直そうってところですしね!」
ジーニーとスーシエの二人は嬉しそうに口にする。
「廃墟食堂『パンドラの箱』。改革後の店名はそれにしましょう」
「お店にパンドラの物語を飾っておかないといけませんね! ショークリア様という希望が齎してくれた改革の物語と一緒に!」
「いやそこはパンドラの話だけにしておいて欲しいかなぁ……」
盛り上がる二人に声を掛けるも、どうやら聞く耳がないらしい。
「今のお話……絵本とかでまとめてもいいかもですね。
失敗は誰にでもある。その失敗の先に、解決の希望があるかもしれないという教訓モノとして」
「その絵本と一緒に、物語を思わせる箱入りのお菓子とかも一緒に売ってみたら?」
「いいですね、ミンツィエさん。実際に作るコトになったら、一枚噛みますか?」
「商売素人のあたしが噛んで良いなら是非!」
クラスメイトはクラスメイトで、新しい商売のタネに盛り上がっているようだ。
「……なーんか、いつもの光景でオチがついたわね」
一体どうしていつもこうなっていくのか。
(まぁ、いいか。オレには実害ねぇし……)
何の問題もないようであれば、みんな好き勝手やってくれても構わない。
……そう思わないと、冷静になれない気がするショークリアであった。