ヘッドハンティングってのも悪くねぇ
パシリールくんが作者も知らない過去を語り出して少し長くなってしまいましたが、分割するような内容の回でもないので、そのままいきます٩( 'ω' )و
教わってないからやらない。
教えずともやってもらいたい。
まぁどちらも気持ちは分かる。どちらも正しいし、どちらも正しくない。
ショークリアはそんなことを思いながら、泥と野菜の汁で汚れた納品書に目を通す。
読めなくなっている部分もあるが、読める範囲で確認すればいい。
「イズエッタ、ミンツィエ。少し手伝って」
「かしこまりました」
「はーい」
厨房の方へと声を掛けて、二人を呼ぶ。
特に二人は気負った様子もなくやってきたのを見、そのことに笑みを浮かべながら頼んだ。
「今届いている箱の中に、トマト似の実はあるかしら?」
ジーニーも混ざりそれを確認し、「ある」と返事が来たので追加で訊ねてた。
「50個くらいはありそう?」
「それは……まぁ数だけならあるかも……くらいですけど」
ミンツィエの曖昧な返答にだいたいの中身を理解して、ショークリアは苦笑する。
けれど、ここでするべきことはキッチリと容赦なく指摘することだ。
なので――
「それじゃあ、ジーニーは普段の感覚で、イズエッタとミンツィエは自分たちの感覚で、ちゃんと50個納品されているかを確認して」
――ショークリアは追加でそう指示をした。
三人にオタモーツの数を数えさせていると、追加の箱を持ってきたタキーイックは思い切り顔を引きつらせた。
一方でパシリールは、何だこのガキども……という顔だ。
「あの、ショークリア様……ジーニーと一緒に、納品物を確認している女子生徒はどちら様なのでしょうか?」
恐る恐る聞いてくるタキーイックに、ショークリアはニッコリと笑って告げる。
「バーゲツムーン商会よりも大きい商会の会長令嬢と、とある村で村長よりも権力を持つ豪農の農主令嬢よ」
「でも所詮はガキでしょ? 親はカンケーねーだろ?」
パシリールの言葉に、タキーイックが泣きそうな顔になる。だが、ショークリアはタキーイックに問題ないと手で示してから、パシリールに向き直った。
「そうね。親の権力を自分の権力と思い込んでる子供に向けて言うのであれば、その言葉は正しさを持つわ。
でも、その家に生まれた者として、家の在り方や仕事に誇りを持って、後継者として正しく勉学に励んでいる子供はそうでもないわ。
あの子たちは、自分たちの扱いは親あってこそと理解した上で、そういう風に馬鹿にされないように自分自身のチカラを磨いているの。あるいは磨くために学園に入学している。
表社会であれ裏社会であれ、自分のコトを正しく理解した上で努力奮闘している者に対して嘲笑を向けるのは、あまり良くないコトよ。覚えておきなさい」
真っ直ぐにパシリールを見て、叱るでも見下すでもなく、指南するようにショークリアは告げる。
それに対してパシリールは少し驚いたような、困ったような……それでいて縋るような様子を見せてから、続けて訊ねてきた。
「でも、おれ……両親からの頼みゴト、何もうまくいかなくて、何に対しても使えないから無能のパーシーって呼ばれてて……まわりの皆からもそうで……タキーイックさんに助けてもらえるまで、ずっと無能のパーシーで……」
急にどうした――とショークリアは思ったのだが、話を聞いていると、漠然と理解をしてくる。
「タキーイックさんに仕事回して貰えて、ようやく仕事ができてるって実感があったんだ……なのに今、お前のせいで、また無能のパーシーになってる……やっぱりおれは、がんばったって、どこまでいっても無能のパーシーで……」
恐らくパシリールは、タキーイック以外とはまともに会話ができないのだろう。あるいは会話をしてくれる相手がいないか。
そうでなければ、最初から見下されたような扱いを受けているのだろう。
そういう意味ではパシリールにとってタキーイックから叱られたり怒られたりするのは、常人が想定する以上の恐怖があるのではないだろうか。
だから――ショークリアは告げる。
「違うわ。あなたは無能じゃあない」
「え?」
少なくとも、納品の仕事を彼なりの理解の範囲でこなしてきているというのは分かった。
問題はその理解のズレを、周囲の誰もが指摘したり指導しなかったことだ。
「話を聞いている範囲であれば、あなたに無能の札を張り続けてる連中の方が無能ね。そうやって言う人ばかりが周囲にいたら、無能でなくとも自分を無能と思い込んで、何かしらの才能があろうとそれを無意識に封印してしまうものよ」
とはいえ、パシリールのカウンセリングをやるのは自分ではない。
可能ならばタキーイックがやった方がいいだろう。少なくともタキーイックはパシリールを嫌っている様子はないのだから。
「今回あなたは致命的なやらかしをしたわ。でもそれは知らなかったから。
そして、私はそういう相手に寛大であったから、致命傷にはならない。だから今日の仕事が終わったらちゃんと反省会をなさい。正しく叱ってくれる人の言葉に耳を傾けなさい。
タキーイックであれば、何がダメでどうしてこうなったのか、色々教えてくれるはずよ」
ねぇ――と、視線を向ければタキーイックはうなずく。
その眼差しは間違いなく、保護者とか教師とかのそれだ。あるいは舎弟とか子分とかの扱いかもしれないが、可愛がっているし無碍にするつもりはないのが分かる。
「……ありがとな。おれが何か失敗したのはわかった……何が悪かったのはわかんないけど、お前が怒るくらいのコトはしたんだな……なのに、こんな風に言ってくれて……わるかった。ごめん。ありがと」
「ふつうの客であれば、貴方の過去なんてどうでもいいと怒るところだけれど、私はそういうの気にしてしまうの。だから、今回の貴方の態度は大目にみてあげるわ」
パシリールの態度は世代間の問題だけでなく、育ってきた環境そのものにありそうだ。
本来であれば、客からするとそんなバックボーンなんぞ知らん……とはなるが、ショークリアはそうはならないのであった。
「タキーイック。パシリールの態度は許すわ。仕事のあと、ちゃんと教えてあげてね」
「はい。寛大なだけでなく、指南・指摘までして頂き感謝いたします」
ちなみに――許すのはパシリールの態度だけである。
「ショークリア様。お話は終わりましたでしょうか?」
イズエッタが三人を代表して話しかけてきた。
ショークリアはそれにうなずいて、話を促す。
促されたイズエッタは小さくうなずき、手元のメモ帳を見ながら答える。
「オタモーツ50個に関しましてですが……ジーニーさんの基準では45個。私の基準では10個。ミンツィエの基準では3個の納品となります」
イズエッタの報告の意味に気づいたタキーイックはまたも顔面を蒼白させている。
そんな彼を、ショークリアはわざとらしく睨みつけてから、イズエッタに視線を戻した。
「単純な納品数のミス……ではないわよね。それだけズレてるってコトは。理由は?」
「共通の理由としましては、食用として使用不可能であると判断したモノを弾いたからです」
それを聞いて、ショークリアは思わず苦笑した。
(廃墟食堂の基準ですら弾かれる5個ってなぁ……どんなヤバいもんを納品してきやがったんだよ)
だが、その報告で十分だ――と、ショークリアはタキーイックに向き直る。
「ふだんの納品物確認をしているジーニーさんですら、不足と言ってますけどそのコトについての言い訳とかはありまして?」
「……中身を見せて頂いても?」
苦々しくうめくように、タキーイックが吐き出した言葉に、ショークリアは大仰にうなずいた。
「おれも見ていい?」
「ええ」
興味があるのだろう。パシリールも訊ねてきたので、ショークリアは許可を出す。
三人がオタモーツの箱からどき、二人がそれをのぞき込み――
「タキーイックさん、おれ……こんなの運ばされてたの?」
「いや。オレもココまでのモノとは思ってなかった」
――二人揃って天を仰ぐ。
「パシリール、この仕事を上から頼まれた時に何か言われたか?」
「……なんか、クズが無駄にがんばってる食堂だから、雑でいいとは言われたけど」
「中身に関しては?」
「なんも言われてないなぁ……納品書も中にあるからお前は運ぶだけで余計な対応しなくていいとか言われて」
二人のやりとりを聞きながら、パシリールの扱いがなんとなく分かってきた気がする。
(タキーイックの舎弟ではあるけど、商会としては邪魔者って感じか……。
廃墟食堂に嫌がらせができればよし、貴族が出てきて首を刎ねられても別に困らない小僧……そんな扱いなんだろうな)
あるいは、そもそもタキーイックが邪魔なのか……商会内でタキーイックを邪魔だと思っている者の仕込みか。
なんであれ、内ゲバでこっちを巻き込むなといいたい。
「ちなみに、普段からこういうモノばかり納品されてるらしいんだけど、知ってた?」
「ごめん、おれ……知らなかった」
「自分も把握しておりませんでした。大変申し訳ありません」
バーゲツムーン商会の会長肝いりの嫌がらせなのか、幹部が勝手にやってる嫌がらせなのかは分からない。
「本当はもっとガンガン詰めていくつもりだったけれど……二人も完全に被害者っぽいから、やめておくわね」
「……後学の為に、触りだけでも伺っていいですか?」
タキーイックがそう言うのでショークリアは少しだけ口にする。
「元々廃墟食堂には、クズ食材ばかり納品されてるから、料理長は品質について文句は言わないけど、それを踏まえてさえ、使い物にならないと判断する商材が混ざってるみたいね。そんなものを納品しておいて、納品数足りてますとか、本気で言ってるの?」
とか――
「そもそも同じような商会基準のイズエッタがこれだけ弾く商品を納品するなんて、そちらの商会の質が知れたものね。値段も質に対して割高にもほどがあるのだけれど。これで良しとする理由を教えてくれないかしら」
とか――
「農家基準のミンツィエからすると、ダメなのばっかりみたいだけど、その辺りはどう思っていて? 納品してきた農家が悪いというのであれば、その農家がどこか教えていただけないかしら? ここまで劣悪な納品物を平気で納品してくるようなところよね? 流行ってない廃墟食堂とはいえ学園の食堂よ? しかも学園は国外からの留学生がいる年もあるのに……うちの国の農家がこんなにも低レベルだって思われるのは国益を損なうわ。そこのところどう思う?」
とか――
「こんな感じのコトを言うつもりではあったんだけど。
まぁそっちとの契約書からの屁理屈で返そうと思えば返せる範囲だけど、そっちで返してきたらさらなる反論も用意してあったわよ」
ニコっと笑顔で例を出してみると、聞かなきゃ良かったという顔をするタキーイック。
そこへ、無垢なパシリールが追撃を加えた。
「言われても仕方ないですよタキーイックさん。こんなスラムのゴミ漁りすら避けそうなオタモーツで料理しろって無理っしょ」
そこまでのシロモノか――と、タキーイックは大きく息を吐く。
それを見て、ショークリアはふと思うことが湧き、湧いてきたままに口を開いた。
「昔から――学園はある意味で王家もなかなか手の出せない、治外法権的なところがあったのよ。
そして学園は、学園の外よりも平民への差別意識が強い。だから平民向けの食堂が存在しているコトそのものを嫌った学園の上層部が、商会の上層部に甘い汁を吸わせるかわりに、廃墟食堂へ嫌がらせする――という理由で手を組んでたんだと思うわ。でも、最近になって学園には王家直々に改革の刃が入り始めてるの」
まずは説明を。
すると、タキーイックの糸目が僅かに開いた。
こちらの言葉を探るように、真意をうかがうように。
「その刃の一振り――廃墟食堂で振るわれているのが、私なワケね」
実際は自分ではじめたことだけど、セアダスから許可を貰っているのでこう言っても間違いではない。
「パシリールの態度を理由にせずとも、このオタモーツだけで、バーゲツムーン商会との契約を切るには十分だと思うのだけど?」
「あなたの権限でそれができると?」
「ええ」
実際には自分からセアダスを通じて――ではある。
とはいえ、すでにあの老教師には根回ししてあるので、事後承諾であれこれできるだろうが、そこまで口にする必要はない。
まぁ初期の責任者の学園長とか、今の食堂関連責任者とかの妨害はあるだろうけど、そこはそれだ。
「……なぜ、それを自分に?」
「ふふ」
訝しげなタキーイックに対して、ショークリアは意味深に笑う。
なお、意味深なだけで意味はない。だが、タキーイックであれば勝手に深読みしてくれるだろう――という予測あってのことだ。
この手のタイプの人間は腹に一物抱えていることが多い。
その一物を分かっているぞ――とばかりに笑って、その上でスカウトすると意外と効果的なのだ。
その腹の中身が一切分からなくても、分かってますという態度は結構強い。
「ねぇタキーイック。バーゲツムーン商会を辞めてうちの領地に来ない?
その気があるなら、私が後ろ盾になってうちの領地で貴方の商会を作らせてあげて良くてよ」
「……その提案に乗った時、パシリールはどうなりますか?」
「好きになさいな。あなたの後輩なのでしょう?」
「…………」
(結構有能そうなタキーイックをヘッドハンティングしつつ、相手の戦力を削ぐ。
ドンに頼んでる幻夢館のコトもあるし、領地に裏と表の両方の仕事ができそうな商会とかあると、便利そうだな……と思ってたんだよな。
タキーイックならそれも出来そうだし、こっちの提案に乗ってくれるとすげぇ助かるんだけど)
彼の悩み顔を見ながらそんなことを思いつつ、ショークリアは笑う。
「すぐに答えを出す必要はないわ。来週の納品の時に答えを聞かせてちょうだい」
「間に数回の納品はありますが……コレをお使いに?」
今後も納品内容は変わらないぞ――と心配そうなタキーイックにショークリアは心配するなと笑みを浮かべる。
「今日納品されたものは受け取るわ。間に納品されるモノも。でも、すでに別の商会の手配もしてある。しばらくは私のお財布からいくばくかは出して、私からの寄贈という形で別の商会から仕入れる予定よ」
「……根回しは終わっているのですね」
「もちろんよ。貴族にしろ商人にしろ、大きな契約はそれが七割でしょう?」
「違いありません」
小さく嘆息し、タキーイックは訊ねてくる。
「最後に確認を。貴方からの提案、私が断って大丈夫なモノですか?」
「ええ。断られて逆恨みするような狭量な器ではないつもりよ。貴方やパシリールに何かしたりはしないわ」
タキーイックの返答がどうあれバーゲツムーン商会に対しては何かするかもね――という裏の意味は、正しく通じたようだ。
「かしこまりました。では来週初日の納品には顔を出します」
なお、そのタキーイック。何気にバーゲツムーン商会の乗っ取りを画策しているタイプの腹黒である。根回しもしっかりやっていたし、内部で自分の味方をジワジワと増やしていた。
ただ最近の商会の業績や態度から、乗っ取る価値があるかどうかが揺らいでいる面があったため、ショークリアからの提案には、かなり心揺るがされている。
「ええ。出来る限りその時間に私もいるつもりだけど、居なかったらジーニーに言付けておいて」
「はい。ではこれにて失礼します。本日はご指南、ご指摘、提案、色々とありがとうございました」
「えっと、ありがと。お邪魔したっす!」
礼をするタキーイックの横で、パシリールも慌てて礼をし、二人は去って行くのだった。
そうして、二人が完全に去って行ったあとで、イズエッタが口を尖らせる。
「はぁ――タキーイックさんとパシリールさん……私も欲しかったのですけど」
どうやら、イズエッタもあのコンビには目を付けていたようだ。
キッカケ次第ではパシリールも化けそうだという直感は、彼女も働いたようである。
「じゃあ、来週話に乗ってきたのであれば、イズエッタからも提案して、選ばせましょうか」
「よろしいのですか?」
「相手の戦力を削ぐのが大前提で、あとはこっちの味方に付けられれば万々歳だもの」
「ありがとう存じます。是非とも提案させて頂きます」
そう言って腹黒く笑い合う二人を見て、ジーニーとミンツィエは貴族と商人恐ぇぇ……と慄くのだった。