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上司が出てきてからが本番のハズ、だった…


「平民の態度や言葉遣いにはあまり目くじらを立てないコトにしているのだけれど……お前の今の発言は有り得ないわね。商人の発言じゃあないわね」

「あ? ガキで女のお前に商売の何が分かるってんだ」

「お前みたいな見た目が大きいだけのガキで女以下の、まともな使いっ走りも出来ないヤツよりは知ってるつもりよ」


 軽くやりとりをしながら、ショークリアはパシリールと話をしていても無駄だと判断した。

 そろそろ言葉遣いや態度も含めた、商人と呼べない言動などを理由に会話を切り上げるべきだろう。


 何より、裏口から少し離れた場所に人の気配があるのだ。

 明らかにこっちの様子を伺っていることから、商会の関係者だろう。

 ショークリアとしては、そいつがとっとと出てきてくれると嬉しいのだが。


「ンだと? 貴族のガキに何が分かるってんだ!?」

「……お前、私が貴族の子女であると認識しているのね?」

「だからどうしたんだよ。廃墟食堂なんぞに出入りしてるガキがロクな貴族であるワケが――……ァッ!?」


 こちらの問いに、パシリールが肯定すると同時にショークリアはその顔面に拳を叩き込んだ。もちろん、だいぶ手加減をして。


 パシリールが吹き飛んで転がっていくのを追いかけながらショークリアは鉄扇を取り出し、それを開いて口元に当てる。


 そのままつかつかと裏口から外に出て、倒れるパシリールを下目遣いで見下ろした。


「私、言葉遣いや立ち居振る舞いには寛大でいるけれど……相手が貴族と分かった上でナメた対応するのであれば話は別よ?

 何より、ロクに商売を理解してない阿呆が、商売を知った口を聞くのも許せない。商売をナメてるのはお前でしょう?」

「あ、な……」

「ねぇ? パシリール? 貴族にナメた態度を取るとどうなるのか……誰からも教わらなかったのかしら?」


 表社会だろうが裏社会だろうが、貴族を相手取ることの意味というのは、大なり小なり教わるハズだ。


「それとも、バーゲツムーン商会というのは貴族をナメている店というコトでよろしくて?

 ――で、あれば……私は今度お母様と出席するお茶会の話題として、そういう話をしてしまうかもしれませんよ?」


 厨房の方からイズエッタが息を飲むというか青ざめるというか……まぁそういう気配を感じ取った。

 商人であれば、それがどれだけヤバいのか分かるというものだ。


 だが、当のパシリールは殴られた頬を抑えながら、むしろ殴られたことに怒りを滲ませて立ち上がる。


「それがどうしたよ! つかテメェッ、いきなり人を殴っておいてただで済むと思ってんのか!? ぶっ殺すぞッ!!」


 瞬間――ショークリアは鉄扇を閉じ、ナイフに見立てて魔力を乗せた剣閃を飛ばす。

 それはパシリールの頬を撫でて、鮮血を吹き出させた。


「え? え?」

「次は首に当てます」


 正直なところ、不要な暴力は嫌いなのだが――パシリールに関してはこのくらいしないと、口を閉じそうにないのだ。


「貴族に対して殺すと発言したのです。

 あなたの首を切り落とし、バーゲツムーン商会に送り届けても良いのですよ?」


 とはいえ、それをやってしまうと、バーゲツムーン商会――というか学園内のよくない連中にとって――ショークリアを攻撃する理由になってしまうだろうから、実際にやる気はないのだが。


「あと、さっきからこそこそと覗き見してるの。これの関係者であるならとっとと出てきてくれないかしら?」


 再び鉄扇を開き、口元にあてながら、その気配をする方を睨む。

 ショークリアがパシリールを殺すことになるまで様子を見られているのも面倒だ。

 逆にいつまでも殺さないのであれば、殺す気がないと判断されてナメられるし、殺してしまえば、それが別の面倒のキッカケになりかねない。


 ならば、とっとと呼び出すしかない。


「関係者でないにしても、パシリールが騒ぎ出す前からずっと様子を見ている理由、教えて頂きたいところね。

 ああ――出て来ないなら不審者というコトで警備を呼ぶだけよ?」


 廃墟食堂をどれだけナメていようとも、廃墟食堂がどれだけ敷地の外れにあろうとも、ここは中央学園の敷地内だ。

 パシリールのように許可をもらって中へと入ってきているならともかく、そうでないのならば不審な侵入者である。


 以前ならいざ知らず、王家から改革の刃が入り始めた今の学園であれば、どれだけ贔屓している商会だろうと、不審者扱いともなれば、相応の罰が下されることだろう。


 そんなニュアンスを滲ませた言葉を理解しているのかどうかは分からないけれど、痩身の男が顔を出してきた。


(糸目というかキツネ目というか……こういうヤツは良かれ悪しかれ油断ならねぇんだよな……前世の漫画とかだとそうだった)


 インテリヤクザじみた雰囲気をしたその男は、ゆっくりとこちらへと向かってきて、謝罪を口にする。


「……失礼しました。パシリールの仕事ぶりの様子を見たかったもので」

「タキーイックさん! おれ、そのガキに殴られた上に、斬られ……」

「黙りなさいパシリール。様子を見ていた限り、貴方はそれをされて当然の態度だったのですから」

「……え?」


 タキーイックと呼ばれた男の返答にパシリールは目を見開いて固まった。

 だが、周囲でこの様子を見ていた者たちからすると、タキーイックの反応は当然のものだ。


「事前に貴族の方が納品の様子を見学に来られると言っておいたでしょう。その上であの態度なのです。物理的に首が繋がったままである幸運に感謝なさい」


 このタキーイックという男は、ちゃんと理解できているようだ。


「バーゲツムーン商会のタキーイック・トムエイツと申します。

 うちの者が大変失礼いたしました。よもやここまで貴族対応が出来ぬ者であるとは思ってもいなかったのです」

「……お前は、戦前の貴族の怖さを理解している者ですね?」

「ん? 仰る意味がよく分かりません。戦前も戦後も、平民にとって貴族は恐い存在でしょう?」


 タキーイックの言葉に、ショークリアは思わず天を仰いだ。


「パシリールは私と同世代か少し上くらいでしょう? 戦後生まれの……特に私たちを含む前後の世代は、貴族も平民も戦前のそれとは考え方がズレている者が少なからずいるのです。

 彼以外にも貴族対応の勉強はしていても、実際に貴族と対面すると教えたコトがまるで出来ない者は少なくないはずですよ」

「ご忠告痛み入ります。自分もパシリールの様子を見ていなければ、その言葉の意味を理解できなかったコトでしょう」


 わりと本心からっぽい言葉をタキーイックは口にする。

 どこも大変だな――などと思いつつ、ショークリアは小さく息を吐いた。


「さて、納品と契約の更新の話があるのでしょう? さっさとやりましょうか。まずは納品からお願いしますわ」

「かしこまりました」


 貴族への礼を見せてから、タキーイックは傷口を押さえて呆然としたままのパシリールに声を掛ける。


「おい。納品だ。急いで丁寧にやるぞ」

「え、あ。はい」

「そうそう。納品物に血は付けないでくださいね。血というのは食中毒などに繋がりかねませんから。食材への付着は大変危険なコトを知りなさい」

「はい。かしこまりました」

「ああ、手当の許可はするわ。大して深くない傷だとは思うけど、ちゃんと手当しておきなさいね」

「寛大なお言葉、ありがとうございます」


 その胸中はともかく、タキーイックの表面上の態度はちゃんと恭しい。

 商人やヤクザも悪くないが、執事や従者なども似合いそうな男である。


 ちなみに、厨房の方からはイズエッタとミンツィエだけでなく、ジーニーやスーシアも、良いことを聞いた――みたいな空気が流れてきた。


「血の話をするとね。指をケガして血が出てる時に料理するのは危険よ。料理に血が混じって、それで自分がお腹を壊すならいいけど、食堂のように他人が口にする料理だと大変なコトになるでしょう?」


 興味ありそうなので、一応言っておこうと、ショークリアは厨房の方へと向き直る。


「ブラッドソーセージみたいに動物の血を食材に使う料理もあるにはあるけど、あれは正しく調理してこそよ。

 亀の魔獣とか食用可能な血を持っている種もいるにはいるけど、それだって料理に使わない時などはキチンと処理するべきだし、他の料理に混ざらないように注意するのは基本だからね」

「動物の血を使う料理? 食用可能な亀の血?? ショークリア様。後日詳細をおうかがいしても?」

「……まぁいいけど」


 ジーニーが食いつくのはそっちか――などと思って、ショークリアは苦笑した。

 とはいえ、ジーニーもスーシアも料理だけでなく、血に関する取り扱いをちゃんと聞き入れてくれているはずだ。


 そのままジーニーたちと雑談をしていると、タキーイックとパシリールが荷物を抱えて裏口までやってくる。


 抱えている木箱を、タキーイックは音も立てず静かに下ろすに対し、パシリールは投げるようにドカっと音を立てて置いた。


「…………」


 その様子に、ショークリアが無言で睨むとタキーイックが本当に申し訳なさそうな顔をする。

 それから、タキーイックがパシリールへと告げる。


「オレは丁寧に扱えといったはずだが?」

「いつもよりも丁寧にやってますけど?」

「…………」


 これには、ショークリアも同情する。同情はするが、容赦はしない。


「つまり、普段はもっと雑な置き方をされていると? 納品されるべき商品ですわよね?」

「…………重ね重ね申し訳ありません」


 渋い顔をしているタキーイックと、よく分かってなさそうなパシリール。

 そのやりとりを見ていると、本当にクラスメイトたちの(ふる)い分けをやっておいてよかったと安堵する。


 タキーイックとパシリールの関係は、状況を改善できていなかった場合のイズエッタとクラスメイトたちの未来そのものなのだから。


「まぁ良いです。これで全部ですか?」

「いえ、もう少々ございます」

「そう。なら、先に納品書を見せてもらえるかしら?」

「かしこまりました」


 タキーイックは貴族対応の姿勢を崩さずに、うなずいてから隣にいる部下へと声をかけた。


「おい、パシリール。納品書はどこだ?」

「え? 納品書?」


 キョトンとするパシリールに対して、こいつ本気かとキツネのような糸目を見開くタキーイック。


(仕事の出来そうなインテリ糸目イケメンが、こんな理由で開眼しちまうのは、なんかもったいねぇ気がするな……)


 そんな呑気なことを考えながら、ショークリアはジーニーへと向き直った。


「ねぇジーニー。普段、納品書はどうなってるのかしら?」

「どこかの木箱の底に入ってるはずですよ。だいたい野菜の泥や潰れた果実なんかの汁でドロドロになってます」

「そう」


 ショークリアはわざとらしく息を吐き、ギロリと二人を睨む。

 ヒッ――と喉の奥で小さく悲鳴をあげて身を竦めるタキーイックとは対照的に、首を傾げているパシリール。


 それを見ていると、本気でタキーイックが可哀想に思えてくる。


 恐らく――だが、バーゲツムーン商会というかタキーイックを含むパシリールの上司たちは、『今日は貴族が納品を見学しにくるから丁寧にやれ』という指示を出していたと思われる。


 そして、タキーイックを含む上司たちはそれで指示出しは十分だと思ってしまったのだ。いや実際に、パシリールではなくタキーイックが現場担当であったのならば、ちゃんとこの場は取り繕えたはずだ。


 だけど、パシリールにはその『貴族が見学にくるから丁寧にやれ』という意味をちゃんと理解できていなかった。

 だからこそ、彼なりの丁寧さで仕事したのだ。ようするに、見下している相手に下手に出ない程度の丁寧さ――である。


 本来は、パシリールがちゃんとやれているのであれば、様子を見ていたタキーイックが必要なタイミングでフォローに入る――そういう想定だったのだろう。

 またショークリアに対して不敬にならない程度の嫌がらせをしたりする計画もあったかもしれない。


 だが、フタを開けてみればコレである。


「あの、タキーイックさん」

「……なんだ?」

「どうして今日のタキーイックさんは、そんなかっこ悪くヘコヘコしてるんですか? 貴族っていってもガキじゃないですか」

「…………」


 タキーイックが完全に固まってしまう。

 まぁ気持ちはわかる。


 パシリールは以前のマーキィと同じだ。敬語や礼節などの丁寧な振る舞いは、弱者のする仕草であると思い込んでいるからこその、この態度なのだ。


「取り繕ったり誤魔化したりするコトのできない彼を、正直者とか嘘のつけない人柄――などと呼んで良いのか、わかりませんね。だからといって無知からくる愚行を、ただただ馬鹿だの阿呆だのと済ませるワケにも行きませんし、大変ですわね」


 わりと本心でそう口にして、ショークリアは嘆息する。


「先ほども言いましたけど――私と同世代の前後は、平民は戦前の貴族の怖さを理解していないし、貴族は今の平民の在り方を理解できないのです。世代がズレた者が接触をすると、貴族同士でも平民同士でも、ボタンを掛け違うような会話は容易に発生しますよ」


 だから、ショークリアはパシリールに対して必要以上の目くじらを立てるつもりはない。


「どちらの世代も常識と考え方のすりあわせをした方が良くてよ」

「……ご教授、痛み入ります。その言葉の重みを実感しているところにございます。この度は大変申し訳ございません」

「謝罪はいらないわ。そういうものだと分かっているから腹は立たないの。だからパシリールに関しては色々と大目にはみるわ」


 彼に腹を立てていては話が進まないのは目に見えているというのもある。

 とはいえ、それは今回の納品の話とは無関係。


「でも……それはそれとして、よ――タキーイック。

 納品書。すぐに用意してくれるんでしょう?」


 ニッコリと笑ってやれば、タキーイックは持ってきた木箱を漁り、見つからなかったので馬車へと急いで戻っていた。

 慌てる上司の様子をよく分かってない様子で手伝いもせずに棒立ちしているパシリール。


 その様子を見たショークリアは、心の奥底からタキーイックに同情してしまうのだった。


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