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何か大事になってきてねぇか?(中)


「なんで急に家族でお茶会とか始まっちゃったの?」


 急に呼び出されたガノンナッシュが、不思議そうな顔をしながら席につく。


 その問いに、ショークリアは何ともいえない苦笑を返す。

 それから、兄に仕える従者を見遣った。


「ミロにもココにもソルトにも頼んでるから、モンドにもお願いしたいコトがあるの」


 ガノンナッシュが席につくのを確認し、椅子から手を離した兄の専属従者モンドーア・ラックシュにショークリアは声をかける。


 ショークリアの呼びかけに彼はサラサラとした桜色の髪を揺らしながら柔らかな笑みを浮かべた。


「従者一同が了承しているのでしたら、私もお引き受けいたしましょう。

 何をすればよろしいのでしょうか?」


 モンドーアもまた、どうして従者なのだろうかと不思議に思う人物だ。


 やや高めの身長と、見目麗しい顔。

 フォガードや、ザハルが認める剣の腕を持っている。

 ガノンナッシュが理想とする騎士の要素をこれでもかと持っていながらも、従者としての仕事を譲らない妙な頑固さを持つ人物だ。

 だが、決して堅物というわけではなく、真面目で誠実で気さくな人柄は、男女問わずウケがいいらしい。


 領内には密かにファンクラブのようなものがあるのだと、ミローナが言っていた。


 とまれ、ショークリアはモンドーアへと頼みごとを一つする。


「難しいコトは頼まないわ。ただ一緒に試作品を食べてほしいだけ」

「一緒に、ですか?」


 まったく想定していなかった頼みなのだろう。

 モンドーアは鮮やかな赤紫色の瞳を数度瞬かせる。


「そう。

 今後はうちの食卓に乗るし、お客さんに振る舞うかもしれないモノだから。家族に専属して仕えているみんなに、どういうモノか知っておいて欲しいなって。

 その上で気になったコトや、わからないコトを聞いてほしいの。

 試作品だから、その意見を元にシュガールが色々と手を加えていくはずよ」


 ショークリアの言葉に納得したのか、モンドーアは一つうなずいた。


「かしこまりました。

 ガナシュ様、ご一緒させて頂いてよろしいでしょうか?」

「構わないぞ。一緒に食べるっていうのも楽しそうだ」




 ココアーナと共に、色々と乗ったワゴンを押しながらサロンへとやってきたシュガールは、どことなく胡乱な眼差しでショークリアを見た。


 その顔に罪悪感を覚えたショークリアは、顔の前で手を合わせた。


「ごめんッ! なんか大事になっちゃった……!」

「びっくりしましたよ。急にお茶会で披露するとか言われて……」

「割とわたしのせいなの……ごめん、シュガール」

「ミロ……まぁ、だいたいはココさんから聞いてるけどな。こればっかりは想定しづらいって。気にしなさんな」


 わざとらしくやれやれと口にしてから、ニヤリとシュガールは笑った。


「――さて、お嬢たちとの戯れはここまでにして、お待たせしやした。

 お嬢たちから聞いてるとは思いますが、あくまで試作品。見目も味も、まだまだ改善の余地があるシロモノです。それを前提に楽しんでくだせぇ」


 気持ちを切り替えたようにそう告げて、まずはワゴンの一番上に乗っていたものを手に取った。

 バスケットに入った、ダエルブだ。


 シュガールはそのバスケットごとテーブルに置く。


「これはダエルブですか?」

「ええ。まずは、新しいダエルブからです。

 お嬢からクープという手法の提案がありましてね。それを使って焼いてみたダエルブです」


 そう言いながら、シュガールはもう一つダエルブを取り出した。


「そんで見比べる為に、こっちを。

 こいつは、クープを使わずに焼いたダエルブです」


 言われた通り見比べながらも、ガノンナッシュは首を傾げた。


「どこが違うんだ?」

「全然違いますよ、ガナシュ様。

 新しい手法を取り入れたダエルブは、見栄えする模様が付いているばかりか、その長細い形に歪みが少ないのです」


 モンドーアの言葉に、皆が一様に納得してみせる。


「その通りです。お嬢の考えた手法は、歪みを少なくし、見栄えのする模様を施すというものでした。

 ですので、食事として提供する際に、このようなカゴに入れておくだけでも、食卓を飾るに相応しい姿となっておりやす」

「確かにな。歪さがなくなり、模様の付いたダエルブは悪くない」


 シュガールの話に、フォガードも強くうなずいた。


「そして何より――」


 その様子に満足したシュガールは、新しいダエルブを手に取って、ワゴンに用意してあったナイフでスライスし、一枚ずつ皿に載せて全員に配っていく。


「こうして目で楽しみ、期待感の高まったモノを口にするってのは、なかなか楽しいと思うんですよね」


 新しいダエルブ。

 見目だけではなく、味も何か変化があるのかもしれない。


 確かに期待感の高まりを覚えているのだと、全員が理解する。


「では、頂きましょう」


 マスカフォネの言葉で、全員が食の子女神(クォークル・トーン)に感謝を捧げて口にする。


(おおッ、これこれ! 堅さ以外はほとんどフランスパンになったな。ダエルブは……)


 仄かな塩気によって引き立つ小麦の甘みに、ショークリアは思わず顔を綻ばせた。


「ダエルブに使っている小麦(ミルツ)――紫小麦(ツェロイヴ・ミルツ)だっけ? こんなに甘いのね」

「ええ、本当に……これは驚きだわ」


 ショークリアの言葉に、マスカフォネが感嘆しながらうなずく。


「これもほかの減塩料理と同じで、少量の塩気が紫小麦の甘みを強く感じさせてくれるのね」


 マスカフォネ以外からも概ね好評のようで、ショークリアとシュガールは胸をなで下ろす。


 だが――


「……確かに不味くはないんだが、俺は普段のガツンと塩気の来る方が好きだなぁ……」


 フォガードだけはイマイチだったようだ。

 もっとも、個人の好みの問題なので仕方がないだろうが。


「ああ、皆さん。そのダエルブは食べきらないようにしといてくだせぇ。

 半分くらい残しておいて、こいつを使って欲しいんです」


 そう言ってシュガールは、小さなスプーンを添えた、小鉢のような皿を二つずつ置いていく。

 小鉢の中にはオレンジ色の液体と、赤い色の液体がそれぞれ入っている。


「これは……?」

「どっちか片方をダエルブにちょいと乗せて食べて欲しいんですわ」


 言われて、皆がそれぞれにそのタレをダエルブに乗せて口にして――


「美味しい!」


 真っ先にミローナが表情を輝かせた。

 すぐにもう片方を試し、やはり表情を輝かせる。もう太陽かとツッコミたいほどにツヤツヤと輝く笑顔を浮かべている。


「……なるほど。訂正しよう。

 単体で食べるなら普段のダエルブだが、このタレを使って食べるならば、この薄味のダエルブの方が良さそうだ。普段のダエルブではこのタレの甘みを塩気が邪魔するだろうな」


 どうやらフォガードもお気に召したようだ。

 それを見ながら、ショークリアもオレンジ色のタレを乗せて食べる。


「……美味しい」


 思わず、口から漏れる。


 風味豊かな柑橘(ニラダナム)の酸味と、細かく刻まれた皮のほのかな苦みと渋み。

 それが蜂蜜によって包まれ、フルーツシロップのようになっている。


 この味を、ショークリアは知っている。


(蜂蜜で作られてるとはいえ、ほぼほぼマーマレードか、このオレンジのタレはッ!)


 そうなってくると、赤い方も気になる。

 こちらは、柑橘(ニラダナム)のように皮は入ってないようだが、すりつぶされたような果肉らしきものが入っている。


「……これも美味しい」


 どうやらこちらは、エニーブのようだ。

 昨日作ったエニーブのシロップよりもずっと良くなっている。


 こちらも昨日のシロップ感と比べると、かなりジャム寄りのものとなっていた。


「昨晩、ミロが興奮してたのもわかりますね。

 これはたまりません……」


 ミローナそっくりの恍惚とした顔で、ココアーナがほうと息を吐く。

 どうやら親子で甘いモノが好きすぎるようだ。


「シュガール。これは何という名の料理なのですか?」

「昨日、お嬢はシロップと呼んではいたんだが……なんかちゃんとした名前とかあるのか?」


 ソルティスからの問いにそう答えながら、視線をショークリアへと向けるシュガール。

 みんなも揃ってショークリアへと視線を向けた。


「えーっと……。

 異国に、砂糖で作る似たようなシロップにジャムっていうのがあって……でも、そこでは砂糖で作ったモノ以外をジャムって言わないようだから……蜂蜜で作ったジャム……蜂蜜ジャムで良いんじゃないかな?

 蜂蜜エニーブジャム。それと……ニラダナムの方は、マーマレードっていうジャムに似てるから、蜂蜜マーマレードとかどうかな?」


 しどろもどろにそう口にすると、誰もが口の中でその名前を繰り返す。


 蜂蜜エニーブジャム。

 蜂蜜マーマレード。


 ガノンナッシュやミローナは単純にその味を楽しんでいるだけだが、大人組はそれだけではない。


 フォガードはどう領地経営に生かせるかを考えるし、マスカフォネはお茶会などでどのように利用するかに思いを巡らせる。

 従者たちは、主がどのように利用するか、利用した場合、自分らはどのように扱うかを考える。


 蜂蜜ジャム――これには、それだけの価値があると、大人たちは考えていた。


 そんな大人たちの思惑など気が付かないまま、ショークリアとミローナはこのお茶会へと爆弾を投下する。


「さて、シュガール。

 ダエルブとジャムは前座でしょう? 本命であるサヴァランをお願い」

「そうだった! まだ本命があったんだよね! 試作二号楽しみ!」

「この料理、そういう名前なんだな」

「……あれ? 言わなかった?」

「聞いてなかったぜ」


 だれもが蜂蜜ジャムのお披露目だと思っていた中で投下される、前座という言葉。


 ショークリアとミローナの様子を見るに、サヴァランという料理こそが、今回の試食会での本命なのだろう。


(……蜂蜜ジャムが、前座……?

 では、本命にはどれほどの料理が出てくるの……ッ!?)


(これが前座になるほどのモノ……!?

 ショコラとシュガールは一体、何を作り出したんだ……ッ!?)


(甘くて美味しいモノがもっと出てくるの!?

 うちの妹と料理人は、やっぱりすごいよなッ!! 楽しみッ!!!)


(蜂蜜ジャムでさえ美味しかったのに……。

 これ以上のモノを出されてしまったら……どうなってしまうのかしら?)


(旦那様も気づいておられるでしょうが……これは、革命的ですな。

 我が領地で作れるモノを増やし、商売にしてしまうのもアリかもしれませんぞ……!)


(やはりすごいですね、ショコラ様は。

 しかし、女性故にこの才覚を隠さざるを得ない未来が想定できるのは勿体ない……ッ!!)


 参加者たちの様々な思惑の中で、シュガールはワゴンに乗っているそれを取り出した。


サヴァラン実食までいかなかった……orz

もうちょっとだけ続きます

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