廃墟食堂の改革を始めようぜ!
セアダスと相談した日から四日後。
朝も早い時間から、ショークリアはイズエッタとミンツィエを伴って、廃墟食堂へとやってきていた。
「改めて聞くけど、今日が納品契約の更新日なのよね?」
「ああ。食材の納品と一緒に契約書を持ってくるヤツがいるはずだ。
これまでは学園長からすでにサインは貰ってるから、料理長のサインをしてくれれば更新完了だって言われてて、言われるがままにサインしてた」
料理長ジーニーとは、すでに何度かしているやりとりではあるが、ここでツメを誤るワケにはいかないので、再度の確認だ。
「でも今回は違うわ。契約書はしっかりと私たちが確認する。
それに、セアダス先生を通して、私が正式に立て直しの依頼を引き受けたコトになってるから、恐らくはそれを邪魔するお邪魔虫の親玉みたいなヤツも一緒に現れる」
ショークリアの推察としては、納品を請け負ってる商会の商会長辺りがくるだろうと踏んでいる。
「そして、そのお邪魔虫の親玉は、恐らくは正義感を勘違いしたええ格好しいの小娘貴族が騒いでる――そういう思考で、小馬鹿にするようにナメ腐った対応をしてくるでしょうね」
「あの……ショークリア様はそれでいいんですか?」
副料理長のスーシアは、眉を顰めながら訊ねてくる。
彼女もまた、料理の腕ではなく、小娘だからという理由でナメられてきた経験があるのだろう。
「他人を見た目や年齢とかだけで、ナメた態度とる馬鹿には好きなだけナメさせときゃいいのよ。
根拠らしい根拠もなく、何となく見下して、無意味に尊大な態度となって、ナメ腐ってナメた態度とってナメた言動を繰り返す。大いに結構。それならそれで、どこからでも足をすくってやれるってモンでしょう?
足をすくいたい放題なら、相手にとって一番致命的な場所に狙いをすませてすくってやりゃいいの。
もちろん。問答無用で黙らせるコトのできる実力も一緒にあると、よりいっそう美味しくなるわよ」
そう告げてショークリアが片目を瞑って見せると、スーシアは不安げな顔から一転、なんだか楽しそうな表情になった。
スーシアのその顔を見たショークリアは、少しだけ真面目な顔をして告げた。
「イズエッタ、ミンツィア、スーシア……覚えておきなさい。
貴族も平民も関係ない。何でも屋も料理人も商人も農家も……どんな仕事だろうと、この国の――この世界の多くの人間は女子供をナメてるわ」
それはこれまでショークリアがこの世界で生きてきて実感してきたことだ。
前世の感覚でいたら女性蔑視どころの話ではないことがまかり通っているし、女性たちもまたそれが当たり前のように受け入れていることが多い。
「そんな中で実力だけ付けてもダメ。政治や立ち回りだけ上手くてもダメ。女子供の特権を捨ててもダメ。
可能な限りその全てを味方に付けて、ナメ腐る阿呆どもの態度や罵倒も武器に変える。大事なのは自分自身が腐らないコトよ」
だからだろう。
女だから――という理由で夢を諦めたり、道具に徹するような女性も少なくない。
だが、ショークリアの母マスカフォネは魔導具開発の趣味を爆発させて、有用なモノを多く作り出したり、新しい魔術理論や用語を生み出しはじめている。
もはやマスカフォネは女のクセになどというやっかみの一切を気にしていない。
文句があるなら自分を上回る実績と理論を出して来いとばかりに、趣味と実績を兼ねた魔導研究を続けている。
この世界で女として生まれたことはハンデといっても差し支えはない。それはショークリアも理解している。
しかし、それはハンデ程度でしかないとも言えるのだ。
「生まれに性別、体型に体質。魔力属性資質に神々からの加護の有無。そんな自分自身ですらどうにもならないコトに落ち込んで腐って嫌悪したって何にもならない。あるいはそこを理由に相手を見下して自分を慰めても意味がない。
私たち人間はその配られた手札で人生を戦っていくしかない。だけどその手札は生き方次第で増やすコトも、不要な札を減らすコトだって出来る」
必要な手札を増やし、不要な手札を減らし、そうして造り上げた自分だけの手札でもって様々な戦場に挑む。
その手札で、ハンデを覆し、自分の存在を世間に認めさせることが可能なのだ。
「今在る手札を――今居る戦場。あるいは次に向かう戦場。未来の目標とする戦場。それぞれで通用するかを考え、余計なモノや足りないモノは何かを考え、理想に近い手札にするにはどうすれば良いかを考える。
私自身がちゃんと出来てるとは思ってないけど、でも私はそうやって今世を生きてるわ」
守りたいモノを守るため。
やりたいコトをやり抜くため。
前世みたいに自分を抑えず、自分の生き様をこの世界に焼き付けるため。
そのハンデすらも味方に付けて突き進むしかないとショークリアは思っている。
「まぁやりたいコトがただでさえ多いのに、やりたいコトは常に増えてるから、手札の補充や交換が間に合わないったらありゃしないんだけどね」
最後にそう締めて笑って見せれば、イズエッタもミンツィエもスーシアも、何か感じ入るような顔と熱っぽい視線を向け始めていた。
「ショークリア様って、女の希望よね」
スーシアの漏らした言葉に、イズエッタとミンツィエもうなずく。
二人は二人で思うところがあったのだろう。
「ふと思ったんだが、ショークリア様って人誑しとか言われない?」
「よく分かったわねジーニー。私自身はそんな風に思ってないんだけど、周囲からは良く言われるのよね」
「だろうなぁ」
何故か苦笑された。
(こういう苦笑い……なーぜか、こういう話題の時に良くされるんだよなー……)
内心で首を傾げていると、裏口のドアが乱暴にノックされる音が響いた。
「おい。納品に来たぞ。とっとと出てこいッ!」
その瞬間、イズエッタが商人の顔をしながら露骨に顔を顰める。
ミンツィエも明らかに嫌悪を示す顔だ。
逆に、スーシアはどこか怯えた顔をする。
「女子供をナメ腐る前に、この食堂をナメ腐ってるわね」
「だから、納品の時は俺が出るのさ。一度スーシアが出た時、かなり酷かったからな」
「ふーん」
気のない返事をしつつも、ショークリアも胸の裡で憤る。
(そりゃあマジでナメた話じゃねーか!)
だがそれも、今日までの話だ。
「とっとと出て来いって言ってるだろッ!!」
力強く――もはやノックではなくパンチやキックの類いをカマしてるとしか思えない音が響く。
「ねぇイズエッタ。商人って見下す相手に商品を納品するのに、ああいう態度とるの?」
「まさか。思うコトのある相手だろうと、相手が誰とどういう繋がりがあるか分からないのに迂闊な態度を取るわけにはいかないわ」
ミンツィエの問いに、イズエッタがそう答えながらショークリアを示す。
それだけで、ミンツィエは大いに納得した。
「そして、いわゆる下っ端とか使い走りだなんて揶揄されるような仕事をする人たちにも、うちの仕事をやらせるのであれば、そういう話は徹底するものよ。
状況によっては、その人たちがお店の顔としてお仕事しにいくわけですから」
「まぁ確かに。あんな風に扉を叩く人のいるお店、正直恐いですもんね」
あれがただの日雇いだろうが、文字通りの下っ端だろうが関係ない。
ミンツィエから見れば、そういうのを雇って、叱ってもいない商会なのだという印象を受けるだけだ。
「おいッ、いねぇのか!」
ドン! とまた大きな音がする。
「今開けるよ」
嘆息混じりにジーニーがそう言って、裏口の扉を開いた。
「パシリール……その扉はボロがきてるんだ。壊れかねないからあまり強く叩くなといつも言ってるだろう……」
ジーニーが苦言を呈する先にいるのは、商人の使い走りというよりも、明らかなチンピラのような男だった。
正直に言ってしまうと、商売とか交渉とかが出来るようには思えない。
「お前がいつまで経っても反応しねぇからだろうが」
パシリールと呼ばれた男はそう言うが、どう考えても最初から強く音を立ててたろ――と全員が思っている。
「見た目を整えるコトを馬鹿にする人はいるけど、ああいうの見ると大事だと思わない?」
思わずショークリアがそう口にすると、イズエッタとミンツィエも同意する。
「まぁああ見えて交渉とか商売が上手い人もいるから、一概には言えないけれど……」
「でも、商会としての印象は悪いです」
「そうねぇ……ああいうのが出てくるお店と契約とかやりたくないって思います」
まぁそりゃそうだろうな――と、ショークリアも二人にうなずいた。
そんなやりとりの間も、やたらと強気なパシリールがジーニーにいちいち食ってかかってる様子に、ショークリアは見てられなくなった。
「ちょっと行ってくるわ。二人とスーシアさんは、あいつの視界に入らない場所に移動した方がいいかな」
そう告げて、ショークリアは三人に小さく手を振って、裏口に向かう。
「ジーニー。ちょっといいかしら?」
「ショークリア様。いかがなさいました?」
貴族モードで声を掛ければ、ジーニーも貴族対応モードで反応する。
だが、パシリールはそうではなかった。
「なんだガキ? こっちは仕事中なんだよ。邪魔すんな」
その露骨な態度に、ショークリアは不機嫌に目を眇めた。
「ジーニー。この失礼なチンピラはどなたかしら?」
「バーゲツムーン商会の使いで、パシリールという男です。うちに食材を納品しにくる担当ですね」
「ふぅん」
ショークリアが眇めたまま、横目で見やる。
どうみてもジーニーの態度は貴族相手のそれなのに、こいつは態度が改まらない。
なので、いつもよりも露悪的な振る舞いをしてみることにした。
参考文献はメルティアお姉様の立ち居振る舞いだ。
「パシリールだったかしら?
お前、ジーニーの反応がないから扉を強く叩いたと言っていましたけど、そもそも最初の時点でかなり強く叩いたわね?」
「それがどうかしたのかよ」
「ジーニーから扉にガタきてるという話は以前から言われていたのでしょう? それなににどうしてあんなに強く叩いたのかしら?」
「ンなのテメェには関係ねぇだろうが」
「大ありよ。私はこの学園のセアダス先生の許可を頂き、廃墟食堂の改革を担当するコトになったのだもの」
商人であれば――あるいはそうでなくとも――ジーニーの態度と、ショークリアのこの言葉で、内心はともかく外面の態度は改めるべきだ。
しかし、パシリールはよく分かってなさそうなまま口にする。
「それがどうかしたのかよ」
「パシリール。お前がこの扉を壊した場合、バーゲツムーン商会が弁償してくれるというコトで良いのよね?」
「は? ンなボロっちい扉使ってる方が悪いんだろ。なんでウチが金を払わなきゃなんねぇんだよ」
(これって……もしかしなくても、退学させた連中の同類?
それも、貴族が学びにくる学園へ納品しにくる仕事につきながら、改善されてないタイプか?)
思ってた以上に、貴族対応マナーに関するあれやこれやは、深刻な問題なのかもしれない。
(まぁ態度や言葉遣い以上に、パシリールじゃ話になんねぇのは確かだな。
なんであれ、初手から大幅減点だぜ、バーゲツムーン商会。オレからすりゃあありがたい話だけどな)