人によっては価値ある技だぜ
騎士科の授業が終わり、生徒たちが捌けていったあと、訓練場でセアダスと二人きりになった。
授業の時にした約束通り、時間を取ってもらったショークリアは、セアダスに廃墟食堂について説明する。
「なるほど、そういうコトなら協力しましょう」
それに対する懸念と、懸念に対する対策として協力をお願いしたところ、セアダスは快く引き受けてくれた。
「しかし、長年冷遇されていた食堂の改革……簡単にできるのかね?」
「なんとか可能な素養はありそうなので。
先ほども言いましたけど、一番はその冷遇していた人たちによる、学園を利用した改革妨害が懸念事項なんです」
「実家の権力を使うにも、学園においては身分は平等。教師の方が生徒より立場が上。そういう形骸化した話を前面に押し出されると、ショークリア嬢側は弱いですからなぁ」
「まさに。それなんです。
冷遇を主導している人が、マーノット先生みたいな人で、そういう悪知恵の巡りが良かったりすると厄介なので」
以前、ショークリアがボコボコにした騎士科の教師を例に出せば、セアダスも納得しかできない。
「ああ、そうだ。マーノットくんと言えば、だ。キミには言っておいた方が良さそうだから教えておくけれども」
ショークリアがマーノットの名前を出したからか、セアダスが何かを思い出したようだ。ただ苦虫を噛み潰したような、奥歯に物の挟まったような、そんな様子からあまり良い話題ではなさそうだが。
「彼は貴族籍の剥奪が決まっていたので、その手続きが終わるまでの間、城の地下にある罪を犯した貴族用の幽閉部屋に閉じ込められていたワケだが……」
罪人であっても貴族は貴族。
故に、貴族を裁く為の待遇も貴族待遇というものがある。
罪状によっては貴族籍の剥奪もありえるが、少なくとも剥奪されるまでは、罪人であろうと貴族は貴族という扱いとなるのだ。
一般用の地下牢ではなく、貴族用の幽閉部屋というのも、その一環である。
「先日――貴族籍剥奪の手続きが終わり、貴族用の幽閉部屋から、一般地下牢へと移送するべく、騎士が部屋のドアを開けたところ――マーノットくんがいるはずの幽閉部屋がもぬけの殻になっていたそうだ」
「…………」
思わず目を眇める。
それに対して、セアダスは言いたいことは分かる――と、両手を挙げる。
「城内はまだ陛下たち改革派に協力的な者ばかりではないというコトだろう。
一応、警備やら何やらへの苦言は、儂の方からすでに陛下へと上げさせて頂いている。
我々が気にするべきは、居なくなったマーノットくんの行方だ」
まぁ確かに――と、ショークリアは同意し、先を促す。
「学園に戻ってくるのでは……と考えもした。
だが、いくら学園側がマーノットくんに甘く優遇する体質であったとしても、罪人として逮捕され、貴族でなくなった彼を迎え入れるとは思えない。
そうでなくとも、国から罪人貴族とされた時点で、彼を学園側が遇する理由がほとんどなくなってしまうだろうからな」
「そう言われると、そうですね……」
どうしてマーノットが学園で優遇されていたのかは分からない。
だが、学園側の様子を見るに、戦前――あるいはそれより前の体質が、そのまま残っており、それを体現するものが優遇されているようにも思える。
あるいは、マーノットの実家がそれだけ学園に対してチカラを持っているのか。
どちらであれ、罪人となったマーノットは、本人だろうと実家であろうと、その権力を振るうことはできないだろう。
「ここぞとばかりに、各家からマーノット先生への苦情も色々でているそうですしね」
「うむ。そんなマーノットくんを再び迎え入れるなど、学園側は出来ぬであろうよ」
学園としても迎え入れる理由はない。
マーノットの実家や、学園側が内心でどう思っていようとも、自分勝手に振る舞い生徒を虐待していた教師であった――という理由で国王から直接の命を受けた騎士に逮捕された以上、擁護をするのは非常に難しいだろう。
「――となると、腹いせに暴れる可能性があるのでは……と思ってな?」
「休日に市井にでて遊ぶ生徒に危害を加える系の話してます?」
「可能性はゼロではなかろ?」
むしろ、キミとてその想像はしただろう――と暗に言われてしまえば、ショークリアもうなずかざるを得ない。
「わかりました。気をつけておきます。基礎科一年の子たちや知り合いにも声は掛けておきますね」
「それがよかろ」
うむうむ――とセアダスがうなずいたところで、この話は終わりだ。
「先生。少し話を、廃墟食堂に戻すんですけど」
「ん? なんじゃ?」
「せっかく協力して頂けるのに報酬らしい報酬などを用意できそうにないので」
「そんなコトか。気にする必要はなかろ。学園の改善に必要なコトだからな。王家から予算をせしめるくらいのコトは出来る」
「そうかもしれませんが、私が納得できないので――」
「律儀というか義理堅いというか」
苦笑するセアダスの前で、ショークリアは木剣を手に取った。
「――前払い……というほどでもないのですけど、一つお見せしたい技があります」
「ほう? 別に報酬など要らぬが、それでもショークリア嬢にとって、報酬になりうる価値のある技だと言うのかね?」
「はい。他の先生だと微妙ですけど、セアダス先生であれば間違いなく」
「ならば見せてもらおうか?」
好奇心を抑えきれない顔になったセアダスに、ショークリアは笑う。
「まだ未完成で、研究中なので、制御が甘いのは多めに見てください」
「制御とな? 単純な技ではなく、技の使い方……いや、魔力の使い方が重要な技かね?」
「どちらでもありません。これは、そもそも必要な魔力を操る方法すら手探りの技ですので」
「魔力を操る方法すら手探り?」
首を傾げてさらに質問を投げかけようとしたセアダスは、そこで口を噤む。
異様なほどの集中を始めたショークリアを見て、質問は技を見てからでも遅くないと判断したのだ。
何より、先ほどショークリア本人が、未完成で研究中の技だと口にしていた。
ここで変に集中力を削いでしまっては、その価値ある技とやらが拝めない可能性がある。それはさすがに勿体ない。
「よし。今日は上手く見つけられた!」
わざとか無意識か。
ショークリアがそう口にするなり、彼女の握る木剣に薄らと魔力が流れ出す。
あまりにも薄くて色の分からない魔力ではあるが、セアダスが見る限り魔力の流し方などに変わった所はない。
そしてショークリアは、薄い魔力を纏った剣を逆手で握って構える。
ショークリアが逆手持ちをするのはセアダスも知っているので、それに驚きはない。
逆手にこそなっているものの、技の構えや気配から、使うのは彩技の基本中の基本である走牙刃――あるいはその派生や応用の技のようだが……。
「いつもより、濃く……行けるかな?」
ショークリアはそう口にしながら、自分の剣を見る。
すると、徐々にその剣が纏っていた魔力の色がハッキリとしてきた。
恐らくは赤か白か……その複合……そう思っていたセアダスだったが、徐々にその目が見開かれていく。
「まさか……! まさかッ、その色は……ッ!」
赤でも白でもない。
黒でもなければ、緑でもなく、当然のように青でもない。
五彩の神が司る色でなければ、最も偉大なる父たる創神の銀色か――とも思えば全く違う。
「人間の色……神に寄らない……人間だけが持つと言われている魔力の色……今の今まで誰も使えたコトのない幻の属性……」
うわごとのように言葉を漏らしながら、驚愕のままセアダスはショークリアを見る。
穴が開くほどというべきか、網膜に焼き付けようと必死になっているというべきか――
「神には生み出せず人間だからこそ生み出せた道具に宿るという話はあった。それが実在しているのも知っている。だがッ、だがッ、だが――ッ!!」
セアダスは興奮を抑えきれなくなってきてた。
心の声をダダ漏れさせながら、ただひたすらに茶色の魔力を練り上げているショークリアを見つめ続けている。
「彩技や魔術を使う際に、茶色属性の魔力を用いた記録は、公式非公式問わず、存在しないとされていたッ、それがッ、よもやッ、まさかッ!!」
興奮するセアダスを余所に、ショークリアは充分に集めきった茶色の魔力に安堵しつつ、今度は技を失敗しないように集中する。
「準備完了!」
「おお!」
「セアダス先生! あそこの訓練用木偶を狙います!」
「うむ!」
ショークリアが使うのは、セアダスが想定した通り、走牙刃。
属性を付与した走牙刃は存在するし、バリエージョンも多く存在している。
だが、目の前でショークリアが放とうとしているものは、セアダスを持ってしても未知のもの。
「茶導走牙刃ッ!」
剣の切っ先で地面を擦りながら振り上げる。
その時に生じる剣圧が、魔力と混ざり合って地を駆ける衝撃波となる――それが走牙刃だ。
放たれた衝撃波は一見地味だ。
駆け出しが放ったかのような、見た目だけの勢いも威力もない技のようにも見える。
だからこそ、それが茶色の魔力を宿していたとしても、ただのショボイ走牙刃にしか見えない。
一般的な走牙刃と比べても、弾速は半分くらい。
だというのに、ショークリアはまるで全力疾走した直後のように疲弊している。
汗を垂らし、肩で息をしながら、ゆっくりと訓練用木偶を目指す衝撃波の行方を見守っている。
そしてそれは、見た目と弾速に反して、地面を大きくえぐりながら、進んでいる。
着弾。
その瞬間、離れているショークリアやセアダスも感じる、何かが弾ける感覚。同時に木偶が激しく揺れた。
木偶にぶつかった時、走牙刃が炸裂するように衝撃波を撒き散らしたのだと分かった。
だが、地面を進む走牙刃の方は消滅することなく、前へ前へとジリジリと進もうとしている。
また何かが弾けるような感覚がする。さらに激しく木偶が揺れる。衝撃波の本体は消えていない。
弾けて揺れる。弾けて揺れる。弾けて揺れる。
低速で進む走牙刃がそういう挙動を何度か繰り返したのち、グパンとでも形容すべきような音と共に、今まで一番激しい弾ける感覚を撒き散らす。
刹那、地面をえぐりながらすすむ衝撃波がついに消えた。
同時に、人間を模していた木偶はズタズタに切り裂かれ、錐揉みしながら宙を舞う。
地面におちてきた木偶は、左の腰当たりから右の肩に掛けて、逆袈裟に深々とした斬撃による溝が作り出されていた。
それを最後まで見終えたショークリアは、振り返ってセアダスに笑いかける。
「報酬としての価値はありましたか?」
次の瞬間より――ショークリアが涙目になるくらい長時間、セアダスからの質問攻めが始まるのだった。