ちょうど良い人がいるじゃねぇか
廃墟食堂で書類を確認した日の午後。
ショークリアは、騎士科の授業を受けに来ていた。
(根回ししなきゃいけないとはいえ、強い後ろ盾とかどうっすかなぁ……)
黒幕が誰であれ、今の業者は信用できないのは間違いない。
なので、そこはイズエッタのところのブリジエイト商会に変えるつもりだ。なんならミンツィエの実家でもある農家と直接の契約をしてもいい。
それがダメでもマーキィのところの両親であれば、王侯貴族や商人にも覚えが良さそうなので、紹介などをして貰える可能性もあるだろう。
単純な貴族の後ろ盾ならば、モルキシュカやガルドレットなどの上位貴族がいるし、なんならトレイシアという王族カードもある。
(とはいえ、実家が強くても、学園という閉鎖領域の中でそこまでチカラを発揮できないのがネックだよなぁ……面倒くせぇ)
学生という身分が手前に来てしまう今の状況でこれらのカードを切れるかというと難しい。
出来なくはないだろうが、学園長などの運営側の黒幕関係者は、間違いなく『学園に通っている間は貴族も平民も平等である』というルールを逆手にとって、実家の権力を妨害してくるのは間違いないだろう。
(なんの対策もナシに動くと、学園内においては平民も貴族も生徒として平等に扱うが、生徒と教師では教師の方がヒエラルキーが上である――とかいうクソ理論で、絶対ゴリ押してくるよな。
やられると対応が難しくなるし……それで一度仕切り直しくらうと、次は向こうも対応策を準備してくんのは明白だ……)
なので必要なのは、学園側が切るだろう、その『平等である』カードを上回れる手札を増やすこと。上回れずとも、拮抗できるくらいのカードは欲しい。
(やっぱ根回しと攻撃準備を完全に整えてスパっといかねぇとな。その為に必要なのは――)
……などと、ショークリアの脳内は廃墟食堂のことでいっぱいだ。
とはいえ、今は騎士科の授業中でもある。
「お前ッ! 考え事ばかりしているようだが、真面目にやる気はないのかッ!」
なので、こういうことも言われてしまう。
もっとも教師からは注意されないので、見逃して貰っている可能性は大いにあるのだが。
「別に不真面目のつもりはないのだけれど」
単に、組み手の相手が考え事しながらでも問題ないだけである。
「逆にこちらからも同じコトを言わせて頂いても?
踏み込み方がなってませんよ。今日の授業でやった剣の振るい方も全く出来てません。それこそ真面目にやられているので?」
相手が真面目に向かってくるなら、ショークリアも真面目に対応するのだが、そもそも相手にやる気がないのである。
「女が余計なコトを口にして! そもそも、私は実家の訓練でこれで良いと言われているのだ。何の問題がある!」
その言葉に、ショークリアはわざとらしく嘆息した。
「問題大ありですね。ご実家の流派は存じ上げませんが、今この自由授業で教わっている内容は、王国騎士剣術の基礎の基礎。
ご実家の流派と動きが異なっているところはあれど、精通しておいて損はありません。
主たる流派だけでなく、異なる別流派の基礎を学べる機会などそうありませんのに、どうして真面目にやってないのかと――そういう疑問でしてよ」
ましてや、今はその教えてもらった技を使った組み手の時間だ。
それを一切使わずに打ち込んでくる人など、ショークリアとしてはまともに相手などしたくない。
「ふん。愚か者の発想だな。流派など我がソノーター流で充分!
騎士科の授業など、卒業後に有用になる単位だから取っているだけにすぎん!」
それこそが愚か者の発想だよ――と、口にしないだけの理性がショークリアにはあった。
「ショークリア嬢」
ただ、ショークリアが口にしなくても、色々と思うところのある人物は当然いるわけで。
なんてことのないような様子で近寄ってきているようで、内心はわりと機嫌の悪そうな教師に、ショークリアは勤めて平静に返事をした。
「はい。なんでしょうか、セアダス先生」
「キミとその相手の……えーっと、すまんな。ジジイ故に、名をド忘れしてしまっておるようだ。聞いても良いかね?」
嘘つき――と、ショークリアは思ったが、口を噤む。
だが、ショークリアの相手は、素直に受け取ったのか、ここが売り込み時とでも思ったのか、やる気に満ちた返事をする。
「セアダス教師には、改めて覚えておいて頂きたい。
ソノーター流上位剣士、マーデルタイズ・メーダ・ターズヤックと申します。
そこの女よりも覚えておく価値のある名前です」
「ふむふむ。マーデルイス君だな。ソノーター流……どこかで聞き覚えはあるが、まぁ良いか」
「いえ、マーデルタイズです」
興味ありげにうなずいているが、その双眸はまるっきりマーデルタイズを映していない。
(憐れな……)
そうは思うが、余計な口を挟む気のないショークリアである。
「キミたちは剣術の基礎は出来ているようだし、自由組み手で構わぬよ。
とはいえ、あくまで授業の一環。監督はさせてもらうがね」
言いながら、セアダスはショークリアに目配せをしてきた。
(お嬢ちゃん――分かっておるよな?)
(あー……はいはい。鼻っ柱折っとけてコトね……)
どうにもショークリアはセアダスに気に入られているようだ。
ただ、気に入られているからこそ、変な役目を押しつけられている気もする。
(……うーん、面倒くせぇし、誰か助けてくれねぇかなぁ……)
怪しまれない程度に周囲を見回してみると、トレイシアは目を輝かせてこちらを見ている。いやトレイシアだけではない。
この授業を受けに来ている女子生徒たちから熱い視線を注がれている気がする。
(なんでだ?)
それどころか、一部の男子生徒たちからも――やっちまえ。痛い目に遭わせろ――という期待を感じる。
(あー……つまりはそういう野郎ってコトか)
よほど自分が学んでいる流派に自身があるのか、矜持があるのか――恐らくは誰に対してもこういう態度を取る男なのだろう。
ショークリアは頭を掻きたくなる衝動を抑え、代わりに小さく息を吐いた。
「自由組み手と言われても……何をして良いのか悩ましいのですけれど」
「好きに打ち合って良いってコトだろう? どうしてそれを理解できないのか分からないな」
「私はマーデルタイズ様がどうしてそこまで偉そうに振る舞えるのかが理解できないのですけれど」
「なんだと」
ああ、面倒だ――敢えてそういう態度を隠さず、ショークリアは王国騎士剣術の基本的な構えを取った。
今日の授業で教わった構えだ。
同じようなものをすでに父から習っていたが、ショークリアは真面目に授業を聞き、構えのメリットとデメリットなどを含めて、復習のつもりで聞いていた。
ところがだ。
復習のつもりでいたものの、父が教えてくれたのは、父なりの我流が混ざっていたというのに気がついた。
正真正銘の王国騎士剣術の基礎というのは、自分が知っているものと異なっていたのだ。
その差異を理解し、正式版の基礎と、炎剣版の基礎を比べるのは大変有意義だったのは間違いない。
だからこそ、ショークリアは授業内容をちゃんと実戦する組み手を楽しみにしてたのに、相手がこれだからやる気がなかったのだ。
「ともあれ、自由に組み手して良いというのであればやりましょうか。
さぁどうぞマーテルタイズ様。こちらは反撃のみをさせて頂くので、先手は譲ります」
「調子に乗ってッ! 顔に怪我しても知らんからなッ、女!」
そうして――ショークリアは、今日の授業で習った基礎の型だけを用いて、かつ反撃オンリーで、マーテルタイズを圧倒した。
ムキになって剣を振り回すマーテルタイズを捌ききる。
バテて膝をついたマーテルタイズを横目に、ショークリアは、正式と炎剣式の構えを交互にとりながら、実戦で得た情報をまとめていく。
「なるほど。正式の構えだと纏わり付かれた時の反撃がやりづらいんだ」
一方で、呼吸どころか衣服すらほとんど乱れていないのがショークリアだ。
そのまま技の確認をするように、独りごちている。
「お父様から教わった炎剣式王国騎士剣術は、まとわりつくような技を使う相手や、乱戦になった時の使いやすさを優先したからこそ、敢えて構えの剣先を少し下げた型になったのかな?
相手の動きへの反応のしやすさは正式の方が良いけど、技から技を繋いだり、魔術と併用する形で立ち回ろうとするなら、炎剣式の方が良い、か……」
口に出しているのはわざとだ。
正しく型を理解すれば、こういう話ができるようになるのだと、マーデルタイズへと見せつける為である。
「こんな……こんな女に……!」
見せつけることで反省すれば良いのだが、相手を認めないどころか、自分の弱さも認められていないようなので、ショークリアとセアダスは嘆息を漏らす。
「その見下している女に負ける程度の実力しかないという話でしょう?
自分の流派を誇るのであれば、勝ちも負けも飲み下して、正しく実力を測れるようでなければなりませんよ」
「負けを認める? すぐに負けるような弱い流派など価値がないだろう!」
瞬間――ショークリアは敢えて強烈な殺気を纏って睨み付けた。
「じゃあ、貴方の流派は価値がないってコトでいいわね。とっとと剣を捨てて帰ったらどう?」
「え、あ……」
「見下した女に負ける程度の流派なんでしょう?
今、貴方の発言によって、貴方の扱うソノーター流は、この場において完全にゴミになったわ。流派を背負うコトの意味を自覚してない貴方のせいでね。
学園内の出来事とはいえ、今の発言とこの組み手の結果は、貴族界に回るでしょう。お望み通り、女に負ける無価値な流派として、名が知れ渡るわよ。良かったわね」
そもそも、この授業にはトレイシア王女が出席してるって自覚あるのだろうか。
余計な発言をしなければ、トレイシアの歯牙にも掛からない――程度だった。
だが、今日のマーデルタイズの言動と行動によって、トレイシアが流派の名前を覚えてしまったのだ。悪名として。
「流派に限らず、家名、領地、組織――それらを背負う、あるいは代表するかのような立場の人間が、悪名を立てられたらどうなるか。それを理解していれば、こうはならなかったわ。大いに反省なさい」
もっとも、ショークリアは恐らく一晩寝たら流派の名前を忘れてしまいそうだが――というか、すでにほとんど忘れている。
膝を付いたまま呆然としているマーデルタイズを下目で見ながら、ショークリアはふと気づく。
「あ、そうだ。セアダス先生」
「どうしたかね?」
「授業のあとでお時間頂けないでしょうか。少し相談したいコトがありまして」
暗に、そっちの頼み聞いたんだからこっちの頼みを聞け――という意味を込めた視線を向けながら、ショークリアが口にする。
「ええ。構わんよ」
それに対してセアダスは、ほっほっほと好々爺然と笑いながらうなずき、それからマーデルタイズに鋭い視線を向けた。
「さて、キミ……名前はなんだったか。まぁともかく、戦時中はその活躍をまったく耳にしなかったのに戦後になって急に名前が広まっていったソノーター流の使い手のキミ。
いつまでも呆然としているのかね? 真面目に授業を受ける気がないなら、キミだけ先に授業を終えて構わないのだがね?
単位はちゃんとつけておくので、安心して帰ってくれて良いぞ?」
その様子に――タチの悪い爺さんだなぁ……と思うショークリアだったが、やっぱり口にしないだけの理性が働くのだった。