休憩がてらに書類を見るか
ショークリア主催の食事会が終わってから、最初の登校日。
クラスメイトたちの数は減ってしまったのは残念だが、それ以外はいつも通りに時間は過ぎていく。
「久々にのんびりしてる気がするわ」
「面倒くさいことやりきったって感じだものね。ショコラは」
「本当にお疲れ様。でも大事になる前に終わらせられたのは間違いなく僥倖と言えるわ」
ヴィーナ、ハリーサと共にやってきているのは、第一旧棟にある食堂『廃墟食堂 ゴミ箱』だ。
食材はショークリアの持ち込みで、料理長のジーニーと、従業員のスーシアに料理をお願いした。
他に客はいないので、オーダーメイドでも問題ないのだ。
「おまちどうさまです」
「待ってました」
そうしてショークリアたちのところに出されたのは、ペーフスという魔獣の肉と野菜の炒め物だ。
白ブドウの果実水も添えてある。
「でも本当に良かったんですか? 平民向けの料理で」
「ここで食べるなら、そういう方がいいからね」
ショークリアがそううなずけば、ハリーサとヴィーナも同意する。
そして、出てきた料理をショークリアが口に運び出せば、二人も倣うように食べ始めた。
ジーニーの腕はそもそもが良いのだ。
ちゃんとした食材があれば、美味しい料理を作って貰える。
この肉野菜炒めも、ただ美味しいだけでなく、ショークリアたちが持ち込んでいるパンとの相性を考えて作られていてるのだから、流石である。
「さすがジーニー。美味しいわ。ところで、ペーフス・マールのお肉、使ってみてどうだった?」
「ペーフスは硬くて筋張っててクセが強いって印象ありましたけど、これは違いましたね。味見しましたけど、柔らかくて旨味が強くクセが少ないいい肉です」
「ペーフスの肉は若いほどクセが少なくて柔らかいのよ。だからってクセが強くて硬い大人の肉が不味いワケではないけどね。
それに、この辺りでは主流になってる大型ペーフスのノットゥーム種と比べ、小型ペーフスであるマール種はそもそもが柔らかいお肉が取れるペーフスってのもあるわね」
「なるほどなぁ……ショークリア様、これ――仕入れられます?」
「ええ。諸問題が解決したら、ここの食堂の主要食材にしようかと考えているわ」
ジーニーとショークリアのやりとりを見ながら、ヴィーナとハリーサは顔を見合わせて嘆息する。
「ショコラってさ、休息する気あるの?」
「本人はあるつもりでいましてよ。今だって休憩感覚で彼とお喋りしてるのでしょうし」
処置無し――と、友人二人が天を仰いでいるとも知らずに、ショークリアはジーニーと話を進めていた。
「そういえば、頼んでおいたものは用意できてる?」
「もちろんです。持ってくるんで失礼しますね」
一礼して厨房の方へと戻っていくジーニーを見送りながら、ショークリアは野菜炒めを口に運ぶ。
「頼んでた物ってなに?」
そんなショークリアに、ヴィーナが訊ねる。
それに対して、ショークリアは特に気負った様子もなく答えた。
「契約書とか、仕入れ関係の書類。少なくともこの食堂にある範囲のモノを集めて置くようにお願いしてたのよ」
「なるほど。その確認は大事ですわね」
ショークリアが求めているものを即座に理解したハリーサが納得した様子を見せる。
ただヴィーナはあまりピンと来ないようだ。
「それって大事?」
「大事よ。内容によっては、食堂が寂れた原因が、品物を卸している商人か、それとも学園そのものか――切り分けができるもの」
「食堂を改革するにしても、まずは大本の原因を探る必要がありますからね。
契約書一つ見ても、単純な不備はもちろん、素人では分からない意地の悪い文言が混ざっていたり、不当な内容であったり……そういうものを確認できます」
「はー……」
貴族とはいえ、当主教育や経営学などを学んできていないヴィーナからすると、驚くような内容ばかりだ。
「タチの悪い商人の中には、ヴィーナみたいに経営などの勉強をしてない貴族相手に、詐欺みたいな契約書にサインさせるやつもいるから、ヴィーナも気をつけなさいよ?」
「そうですね。単純な契約だけなら貴族の権力で潰せる場合もありますけど、契約魔術の仕込まれた契約書だった場合は、それも難しいですからね。
契約書を用いた契約をする際には、内容が正しく理解できずとも書面をちゃんと読む――という行為はした方がよくてよ」
「内容が分からないなら読んでも意味ないような気もするけど……」
「それがそうでもないのよ」
白ブドウの果実水で喉を湿してから、ショークリアは告げる。
「そういう詐欺師みたいな商人って熟読されるのを怖がるのよ。
もちろん、巧妙なヤツや演技の上手いヤツもいるんだけどね」
「熟読する人というのは、それだけで慎重な人であると示せますからね。
しっかりと読み込んでくる最中に、妙に急かしたり、ちゃんとした契約書だからそんなしっかり読まなくても良い――などと言ってくる相手は、疑った方が良いですわ」
「商人に限らず、貴族同士の契約でも充分あり得る話だから、ヴィーナも頭の片隅にでも入れておいてね」
「ええ。有益な情報をありがとう」
お礼を口にしながらも、ヴィーナは驚きっぱなしだ。
自分と同世代ながら、二人は明らかに大人と対等に渡り合うための知恵と能力を身につけている気配がある。
湧き上がる感情は嫉妬――とは少し違う。憧れが一番近い……だろうか。
二人の横に並び立てるようになりたいという、焦燥にも似た、胸が焦がれる感情が湧いてくる。
色々と訊ねたいな――とヴィーナが思っていたところに、ジーニーが戻ってきた。
「お待たせしました。何やら耳の痛いお話をしていたようで」
「心当たりがあるの? 大丈夫?」
「過去の話です。それがキッカケでこの食堂に追いやられたみたいなモノですね。
でも、ショークリア様たちにお会いできたコトを思えば、感謝すらしてますよ」
「大袈裟ねぇ」
ショークリアは苦笑しながら、ジーニーから書類を受け取る。
「契約書関連はこちらへ貰える? ショコラは仕入れ関係の書類を先にお願い」
「助かるわ、ハリー」
目に付いた範囲で書類をざっくり分けて、それぞれに読み始める。
書類仕事をしている大人をあまり見たことのないヴィーナでも分かるくらいに、二人は書類を読み込む速度が速い。
「土地持ち貴族の子供ってこのくらいまで出来ないとダメなの……?」
「私の場合は、師匠にお世話になっているからですけど、ショコラに関してはほぼ独学でしてよ」
「ハリー、書類見ながらお喋りする余裕あるんだ……」
「師匠からは出来るようになっておけと言われて、がんばりました」
「ハリーの師匠って厳しいのね……」
果たして自分は出来るようになるだろうか――そんなことを思っているうちに、ショークリアの動きが止まった。
「ハリー、これ。仕入れ内容の注釈欄」
手元の書類のうち一枚を取り出し、ショークリアはハリーサに差し出す。
ハリーサは無言でそれを受け取ると、即座に目を通し始めた。
「仕入れ時の状態不問……これを悪用されている可能性はありますわね」
「本来は、食材であれば常識的に食べられる範囲であれば、状態不問って意味のはずなんだけどねぇ」
「となると……ああ、ありましたね。非常に分かりづらく書かれてはおりますけど、『可食であるかどうかも不問である』という文言が。本来であればありえない内容ですけど」
「承認者は?」
「……えーっと、ジーニーさん。ダスティ・ハイキーさんという方はご存じ?」
「あー……先任だったか先々任だったかの、ここの料理長ですね。自分はほぼ無人だったココを引き継いだようなモノなので詳しくは分かりませんが」
「ふむ。その人と、当時の食堂関連担当の事務員――名前は……今の学園長と同じようですけど、これは偶然でしょうか?」
「仕入れ先の商会と農家の名前も分かったし、ここから先は速度と根回しの勝負になりそうね」
「ええ。嫌がらせの意図も多々ありそうですし、我々が動いているコトを感づかれる前に、とっとと終わらせてしまいましょう」
書類を読んでたかと思えば二人は闘争心を燃やしている。
それを見ていたヴィーナとジーニーは、二人の様子に少しだけ引けてしまうのであった。
ショコラの物語とは無関係なのですが
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