こうなっちまったなら仕方がねぇ
昨日同様に、今度はマーキィとガリアを中心とした面々が食堂に集まっている。
メルティオとガヴルリードが一緒にいるのも同様だ。
ただ、ショークリアたちが食堂に入ってきた時の空気が違う。
イズエッタが連れてきた生徒たちは、作法の練度に差があれどちゃんとやろうという気概があった。
しかし――
「マーキィ」
――今日の面々の半分くらいはダメそうだ。
マーキィか、彼の父か、あるいはそれ以外か。
誰に言われたかの差と程度はあれど、言われたからやっているだけで、どうしてやっているかの理解が足りていない。
どうしたモノかと思っていると、マーキィがそう切り出してきた。
「あー……とりあえず、です。謝罪と言い訳を口にしてもよろしいでしょうか」
諦観に満ちた遠い目をしてそう口にするマーキィの姿を見て、ショークリアはだいたい察する。
「ええ、構いませんわ。伺いましょう。
ああ――でも、その前に皆さん座って構いませんよ。メル姉様たちもそちらにどうぞ」
そう言ってメルティオとガヴルリードの様子を見れば、二人も少し眉間に皺が寄っていた。
「……まずは謝罪とお礼を。このような状況でも気に掛け、立ち回ってくれたショークリア様とイズエッタ嬢たちに、改めて申し訳ない気持ちと、感謝の念が湧きました」
「理解していただけて幸いだわ。このような形で理解して頂きたくはなかったのですけど」
このような形――つまりは、マーキィは今、彼らの代表となっている。
つまり、学校でのショークリアやイズエッタと同じような立場で、貴族の前に立っているのだ。
そして、下にいる者たちの理解が乏しく、言うことを聞かない。
その怖さと苦労を、身をもって味わっていることだろう。
そんなもの味わう必要なく理解していたマーキィだが、改めて原液を浴びている気持ちになっているのではないだろうか。
「そして言い訳をさせて頂くと――」
「ええ」
「――これ、俺には荷が重いというか、色々と無理だったよ……」
敬語が失せて、白目を剝きながら、マーキィがうめく。
つまりは、そういうことなのだろう。
そんなマーキィの心労を労うような気持ちのまま、表情は冷たくガリアへと視線を向ける。
「ガリア」
「は、はい!」
「マーキィを疲弊させた原因は全員かしら? それとも多少はマシなのがいて?」
「ショークリア様のお眼鏡にかなうかどうかは分かりませんが、私の個人的な感覚でお答えするのであれば……こ、この場の半数は、その、問題ない方々かと愚考します」
「なるほど」
緊張からか少し上ずった声になっているが、別に問題はない。
この場で大事なのはちゃんと作法通りに振る舞えるか――よりも、作法通りに振る舞おうという意志が感じ取れるかどうかだ。
そういう意味ではガリアも問題はない。
そして、文字通りマーキィの眼鏡にかなったのが半数いるというのなら、その半数は合格にしても良いだろう。
ぐるりと見回せば、それだけで何となく分かってくる。
何より、問題ありそうな中でもさらに問題ありそうなのが、ショークリアの目に付く。
ノーギス・コラムス。
イズエッタやミンツィエからも報告はあった。
この後に及んで、まだよく分かってない、面倒くさいとしか考えてなさそうな人物。
マーキィの疲弊っぷりを思うに、エドモンの静止を振り切り強引に食い下がってここまで付いてきたのではないだろうか。
恐らく彼や、彼を中心にまとまっている者たちは、この場で盛大にやらかすだろう。
だからショークリアはわざと勿体付けるような会話や態度をとり続けることにした。
「マーキィ、エドモンの選別はどうしたの?」
「あー……はい。一応しました。おやじ……いや、父によって弾かれた者たちもいます」
「弾かれてないようだけど?」
「……ここにいるのは、弾かれたのに、報告に向かう自分についてきました」
「つまり、貴方は選別から漏れた、貴族に家にあがるに相応しくない者たちを連れてきたコトになるわね」
「……こればかりは言い訳のしようがありません。申し訳ございません」
深々と謝罪の意を見せるマーキィに、ショークリアは深々と嘆息してから、訊ねる。
「連れてきた以上、彼らの無礼は貴方の無礼になります。その意味を理解した上で、連れてきたのですよね?」
「……はい。言っても聞いてくれなかった――というのも、ショークリア様には関係ありませんからね」
「その通りです」
うなずきながら、ショークリアは苦笑する。
(実際、貴族からしたら関係ないからな。
むしろノーギスたちはこのやりとりで、どんだけ自分たちが、マーキィに迷惑をかけ、その上で危ない橋を渡らせているのか――を理解するべきなんだが……あ、ダメだこれ。なんか退屈そうなツラしてやがる)
思わず頭を抱えたくなる。
マーキィが白目を剝くのも無理はない。
横でなりゆきを見ていたメルティオが、助け船を出すように声を掛けてくる。
「ショークリア、私も少し話を聞いても良いかしら?」
「ええ、構いませんが……」
「それでしたら、マーキィの三つ横にいる――薄い茶色の髪の男」
呼ばれた対象が、自分のことだとパッと理解できず周囲を見回す。それは周りも同様だ。
もちろん、メルティオもこのくらいは許す。
自分の席の位置をちゃんと把握しておくというのは、意外と難しいのだ。
その上で、自分だと気づいたものが、自分を指で示す。
「ええ、お前よ」
「……なんですか?」
「名前は?」
「ノ、ノーギス・コラムス」
言葉遣いはともかく態度が悪い。
露骨に面倒くさそうな態度は本当にダメだ。
正しい言葉遣いが分からない。
正しい作法が分からない。
それでも、必死に取り繕うとする人の態度は、やはり見れば分かるというものだ。
しかし、ノーギスにはやはりそれがない。
「マーキィの心労の原因の一人だという自覚はあって?」
「イズエッタにも、エドモンさんにも似たようなコト言われたけど、なんでマーキィが疲れてるんだよ?」
「……なるほど。マーキィも大いに反省するというモノね」
やれやれ――と、メルティオが嘆息する。
かつてマーキィがショークリアにとった態度が、そのままマーキィに戻ってきているようであった。
そのやりとりを見ていたショークリアも大きく嘆息してしまう。
そんな二人を見ていながら、ノーギスは何ともなしに訊ねてきた。
「……あのー、いつまでこういうやりとりするんだ?
そろそろ面倒くさくなってきたから、両親を返して欲しいんだけど」
「おいッ!」
慌ててマーキィが声を掛けるも、ノーギスはその意味が分かってなさそうだ。
「マーキィ」
「……はい」
メルティオに名前を呼ばれ、マーキィは油の切れたブリキ人形のようにギギギギと音を立てて向き直る。
「腕と足、差し出すならどちらが良いかしら?」
「……左右どちらかですか? それとも両方?」
「どちらかだけだから安心していいわ」
「……では左腕を。隻腕なら、まだ何でも屋としての夢を諦めずに済みそうですし……」
「ではそれで。ノーギスの首の代わりに頂きますわね。覚悟しておくように」
「……寛大な処置。感謝致します」
横でガリアが顔面蒼白させて泡を吹きそうな顔をしている。
それ以外にも恐らくはエドモンに選別された子供たちも、かなり顔を引きつらせていた。
しかし、恐らくはマーキィに食い下がって付いてきた者たちは分かっていない。
「いや、だから――そういうわざとらしい脅しみたいなのは良いので、早く両親を……」
瞬間。
お茶請け用に用意されていたナイフが宙を駆け、ノーギスの頬を掠めていく。
「え」
ザックリと裂けて垂れ出る血に触れたノーギスが、さすがに青ざめた。
「お前、少し黙れ」
低く力強い言葉が、ガヴルリードの口から漏れる。
「マーキィの覚悟を理解しないというのなら、次は貴様の目に当てる」
騎士として悪漢に立ち向かうとき同様の迫力をぶつけられ、ノーギスは目を白黒させている。
そんなノーギスを余所に、ガヴルリードが真剣な眼差しをガリアに向けた。
「ガリア」
「は、はい……!」
「今度はお前が選べ。マーキィと条件は同じだ」
「……ううぅ、はい。ボクも、左腕でお願いします……」
「わかった。では覚悟しておくように」
「わ、わかりましたぁ……」
本気でビビっているのか、ガリアは完全に泣いている。
単に、ガヴルリードの怒気が怖かっただけという説もあるが。
「ショコラ。今日はここまででいいだろう。もう続ける意味もないぞ。
茶番であろうと、貴族と対面するという意味を、ここまでやっても理解できないのであれば、これ以上続ける意味がない。
理解できている者たちを不必要に怖がらせる理由もないしな」
基本的には脳筋タイプのガヴルリードすら匙を投げた程度にはダメなようだ。
まぁ実際、彼は匙ではなくナイフを投げているのだが、それはさておくとしよう。
「そうみたいね」
ショークリアはガヴルリードの言葉にうなずくと、食堂にいる侍女に合図をする。
侍女は心得たと一礼して食堂を出て行った。
「さて」
出て行く侍女を見てから、ショークリアは立ち上がりマーキィの元へと向かっていく。
「彼女が戻ってくる前に支払いを済ませましょうか」
大きめな声でそう告げたあとで、マーキィの耳元で小さく囁く。
「あとで魔術と薬で治癒するわ。悪いけど、しばらく耐えなさい」
「……仕方ねぇな……」
それに、マーキィも小声で応じると、ショークリアは彼の肩に手を当てた。
「はしたなく大声を上げるなら、追加で右も貰うわよ」
「……かしこまりました」
そうしてショークリアはマーキィの左腕――二の腕に触れ……。
ゴギリ、という不穏な音を響き、マーキィが顔を盛大に歪ませる。
それでも声を必死に我慢しながらテーブルに突っ伏した。
「ぁぁ……ぐぅぅ……っ!?」
思わず顔を背けるクラスメイトたち。
それに対して、メルティオとガヴルリードが厳しい声を放つ。
「ノーギス・コラムス。そして、ノーギス以下マーキィに食い下がってついてきた愚かな皆さん。あなた方は何故マーキィから目を逸らしているのですか?」
「これがお前たちがやらかしたコトの結果だ。現実から目を背けるんじゃあない」
当然、ショークリアはガリアの肩にも手を置く。
「ああ、やっぱボクもですよね……」
「当然よ」
それから、マーキィ同様に小声であとで回復してやるから許せ――と囁き、ショークリアはガリアの左腕も折った。
「ぅぅぅぅ~~……!!」
ガリアは完全に涙を流しているが、それでも声だけは抑えた。
「さっきから……な、なにやってんだよッ、ショコラッ!」
ノーギスは思わず立ち上がるが、ショークリアは無言で殺気を叩きつけて黙らせる。
それから、盛大にわざとらしく息を吐き、ドレスの下に隠し持っていた短刀を取り出すと、マーキィの左腕に、その刃を当てた。
「今回は茶番だったから骨で済ませただけよ。
本番だったら、これで切り落としてたってコト――もうちょっと理解しなさい」
ショークリアの鋭い眼光に射竦められてしまったノーギスに代わり、別の生徒がショークリアに反抗する。
「だからってッ! なんで二人の腕を折るんだよ!」
この期に及んでどうしてそんなセリフを吐けるのか。
さすがのショークリアも呆れかけたその時――
「しょ、ショークリア様……。
我々が、連れてきた、者たちが、大変な、失礼を……。
その、わたしの腕で良ければ……右を、お願い、します……」
声を震わせ、身体を震わせ、左利きの女の子が、その右腕をショークリアの前に示した。
「それがどういう意味の言葉か、分かって言っているのよね。モメア?」
「……はい」
すでに泣いている。
当たり前だ。何でも屋をめざし、鍛錬を欠かさないマーキィですら、その痛みに身悶えしているのを見ているのだ。
ふつうの少女であれば、身分問わずそのような状況に自分が置かれるかもと思えば、気後れすることだろう。
それでも、彼女は前に出てきた。
「は? モメア? あなた正気なの? 自分で腕を折られにいくって……!」
そんな光景に、ノーギス側にいる女子エルコナ・バフターが思わずといった様子で声を上げる。
対して、モメアは冷静に、涙を堪えながら微笑みで返す。
「エルコナ。あなたたちや、ノーギスたちの態度のせいよ。改めない限り、わたしたち以外も腕を差し出すコトになるわ」
「え?」
「ねぇ、エルコナ。ノーギスたちと、一緒に騒いでる……みんなも。
あなたたちは、ちゃんとやっているわたしたちの色魂を、五彩の輪へと還したいの?」
悲壮感に満ちた覚悟を感じるモメアの言葉に、エルコナは言葉を失ったような顔をする。
「わたしたちは貴族を知らなすぎたの。理解してなかった。
そんなわたしたちに理解を促すように、ショークリア様はわざわざご自宅を利用して、手間を掛けて教えてくださっているのよ?
わたしたちがどこに通っていて、これから誰と関わっていくコトになるのか。それをちゃんと想像して」
エルコナの表情が変わる。
唐突に、点と点が線で繋がったような表情だ。
次の瞬間――弾かれたように、エルコナはモメアの横へとやってくる。
「ショコラ……ショークリア様! 申し訳ありませんでした!」
「エルコナ……!?」
「だからッ、モメアの前に、まずは自分の腕を、差し出しますので……どうか……ッ!」
必死な表情をショークリアに向ける。
「貴族を前にしてする対応や態度としてはゼロ点ね。でも、その顔と言葉――モメアが言ったコトの意味を理解したってコトでいいのよね?」
「……っ、はいッ!」
ふむ――と、エルコナの顔を見ながらショークリアは考える。
(友達の為とはいえ、ガチな顔になったな。関わりの薄かったマーキィたちより、よく連んでたモメアの覚悟を見て、理解できたって感じか……。
いやまぁ、それを言うとそれなりにマーキィと仲良かったノーギスがどうしようもねぇなって話なんだが……)
なんであれ、その結末を選んだのはクラスメイトのそれぞれだ。
「エルコナは補欠合格として様子を見ましょうか。
とはいえ、言葉に偽りが無いか試す為にも、貴方の腕も……」
ショークリアとしては、クラスメイトの腕を折る作業は正直いやなのだが、そうも言っていられない。
ここで変な手を抜けば、メルティオに叱られてしまうだろう。
そう思ったところで――ふと、気配を感じて笑みを浮かべる。
「良かったわね。エルコナ、モメア。
どうやら時間切れみたい。二人の腕は見逃してあげるわ」
あからさまにホッとする二人を見て、マーキィが涙目で尋ねてくる。
「おれとガリアは折られ損か?」
「まさか。二人はそもそもこの面々のリーダーとサブでしょ。責任者である以上は責任取る必要あるんだから、二人は最初から逃げられないわよ」
損どころか必要経費だとショークリアが口にすれば、マーキィとガリアは痛みを堪えた顔のまま、疲れたように嘆息する。
それと同時に、入り口の扉がノックされる音が響くのだった。