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とりあえずはひと安心してよさそうだ


 食事会があった日の翌日――


 辺境メイジャン家の中庭。

 前日には食事会をしていた場所で、ショークリアとガヴルリードは木剣を持って向かい合っていた。


「いくぞッ、ショコラ!」

「ええ、どうぞ。ガヴル様」


 ガヴルリードが繰り出すのは、踏み込みからのパワフルな振り下ろし。

 型も何も無いシンプルな動きながら、そこに乗ったスピードとパワーは、シンプルという言葉では済まされないほどのモノを持つ。


 普段のショークリアであれば、逆手に握った剣の腹でそれを受け流して反撃をする。だが、ガヴルリードのこの攻撃にそれは悪手。


 受け流す前に武器が破壊されそのまま斬撃を喰らってしまうことだろう。

 だからするべきことは受け止めたり、受け流したりするのではなく、避けること。


 身を低くしながら、右足を左足より前に置く。

 ボクシングなどでダッキングなどと呼ばれるような動きに似た、踏み込み。


 身体を小さくするような動きの中で、剣を握った右手を腰の左辺りに構える。

 ショークリアはガヴルリードの攻撃を避けながら、右手に握った木剣の切っ先を相手に向けた。


 そして、獣が牙を突き立てるかのように、左下から右上へと腕を振るう。

 力一杯に剣を振り下ろしたガヴルリードの隙をつき、腋を狙うに繰り出されるショークリアの逆手持ちの突き。


 それに対してガヴルリードは慌てることもなく、振り下ろした剣を左手のみの片手持ちにして、ショークリアへと振り上げるような裏拳を放つような勢いで振るった。


 ガヴルリードの大雑把な攻撃は、ショークリアを捉えることはなかったが、彼女の剣を捉える。


 勢い任せの一撃を剣にうけてしまったショークリア。

 大きく剣を弾かれて、その手からすっぽ抜けて天高く飛んでいく。


 武器を失ったショークリアへ向けて、ガヴルリードはその学生らしからぬ丸太のような足で蹴りつける。


 ショークリアは即座に自分の肘を中心に身体強化をかけると、迫り来るガヴルリードの足の脛へと自分の肘をぶつけた。


 グヴァンッ!――と、おおよそ人間の肘と脛が衝突した音とは思えない大きな音が庭に響き渡る。


「やっぱ強いなショコラ」

「ガヴル様こそ」


 肘と脛がぶつかりあった状態のままガヴルリードとショークリアが笑い合う。

 そして、どちらともなく身体を離すと、ショークリアは落ちてきた剣をキャッチした。


「身体強化有りとはいえ、ガヴルと真っ向から肉体をぶつけ合って平然としている人、はじめて見たかも」


 手合わせを見学していたメルティアが驚いたような顔をしている。

 当の本人たちは楽しそうに、戦闘狂の笑みを浮かべて構え直している。


 そこへ――


「お手合わせ中に失礼します」


 ミローナが割って入って声を掛けてきた。


「どうしたのミロ?」


 ショークリアが構えを解き、ミローナに訊ねる。


「ブリジエイト商会のお嬢様がお見えになられました」

「そう」


 ミローナの言葉にショークリアは一つうなずくと、ガヴルリードへと向き直る。


「ごめんなさいガヴル様。来客があったからここまでみたい」

「元々僅かな時間でもいいから手合わせしてくれと言ったのはこっちのワガママだしな。

 全然やり足りないのは確かだが、ここでもっとやろうと言ったらメルに叱られちまう」


 仕方なさげに笑うガヴルリードに、端で見ているメルティオは、よくぞ正しい返答をしたと――後方腕組み弟見守りフェイスでうなずいていた。


「メル姉様。平民と一緒で構わなければ、ご一緒にお茶でもいかが? もちろんガヴル様もご一緒に」

「ええ。ご相伴(しょうばん)に預かるわ。むしろ、貴女のクラスメイトの行き先が気になりすぎて、今日は訊ねてきているようなものですしね。ガヴルもいいわよね?」

「よくわからないけど、ショコラの作ったお茶請けが食べれるって言うなら、イヤとは言わないぞ」

「私が作ったものではないけれど、私が考えたお菓子は出ますよ」

「そりゃあ楽しみだ」


 ショークリアがそう言うと、ガヴルリードはとても嬉しそうに笑った。こちらまで嬉しくなるような笑みだ。


「ミロ、お二人を加えた上で、手はず通りに」

「かしこまりました。では一度失礼致します」


 一礼し、ミローナが去って行ってから、ショークリアは二人に向き直る。


「それじゃあ二人とも、今日のイベント会場に案内させて頂くわ」




 ショークリアが、メルティオとガヴルリードを連れてきたのは、屋敷の食堂だ。


 今日は敢えてここでやることにしていた。


 入り口で待機していた使用人と目が合うと、視線で合図を送る。

 それを理解した使用人は一つうなずくと、食堂のドアをノックした。


 返事を待つためのものではなく、これから貴族が中に入るぞ――という意味のノックだ。


 僅かに時間を空けた後、使用人が扉を開く。


 すると、イズエッタと彼女が連れてきたと思われるクラスメイトたちが、椅子から立ってショークリアを見ていた。


「ごきげんよう、イズエッタ。みなさん」


 ショークリアがそう告げれば、イズエッタ以下クラスメイトたちは、膝を軽く曲げる。

 頭を下げるのではなく膝を曲げるのがこの世界での挨拶の一つだ。


「どうやら問題なさそうですね。皆さん、おかけください。

 メル姉様たちはこちらに」


 そう言ってショークリアは、メルティオとガヴルリードに、自分の席の隣に空いている二席を示す。


「急に無理を言って申し訳ないわ、ショコラ」

「お気になさらず、メル姉様。メル姉様もずっと気にしてらしたものね」


 そのやりとりに、ガヴルリードは「お茶会はショコラが誘ってきたんだよな?」と首を傾げるものの、敢えて口は出さない。


 大人や、メルティオ、ショークリアがこうやって、自分によく分からないやりとりをしている時は、何か深い理由があるのだと、彼も学習しているのだ。そういう時は、余計な口を挟まないに限る――と。


「お待たせしてしまったわね。イズエッタ、どうだったかしら?」

「いえ。ショークリア様、こちらを」

「ええ」


 ミローナやココアーナはこの場にいないが、侍女は一人部屋の中にいる。

 ショークリアはその侍女に視線を向けた。

 その視線の意味を理解した侍女は、一つうなずいてイズエッタの元へと向かった。


「こちらをお願いします」

「はい。かしこまりました」


 イズエッタは自身が持ってきた書類を丁寧に侍女へと渡す。

 侍女もまた渡された書類を丁寧に受け取り、ショークリアの元へと運ぶ。


「お嬢様、こちらを」

「ええ。ありがとう」


 普段であれば、面倒なので直接受け取ったりするのだが、今日は礼節の特別試験であるお茶会の結果発表の場だ。


 ショークリアもまた、相応の態度と礼節で応じなければ、がんばっているクラスメイトたちに失礼になってしまう。


 ましてやメルティオが居るのだ。

 そんな姉からダメ出しされないように、軽い緊張感を保ちながら、ショークリアは受け取った書類に目を通す。


「この場にいる方々だけ……というコトかしら?」


 マーキィやガリルは居ないが、彼らは彼らで問題ないだろう。

 どちらかというと、両親が帰らなかった生徒のうちでこの場にいる人数が少ないという話だ。


「はい。ブリジエイト家へ正しく助けを求められた方々は、こちらにいる方々のみで間違いありません」


 ――となれば、ブリジエイト家に行かなかった生徒はマーキィのボウヤン家の方へと行っているということか。


「また当家で断った方々も、マーキィさんのところへと向かったようです。

 その為、エドモン様は今日一日を様子見にして、明日に書類をマーキィさんに持たせるそうです」

「そう」


 イズエッタの報告にショークリアはうなずく。

 それから少し考えてから訊ねた。


「マーキィのところ含めて、どのくらいが残りそうだと思う?」

「直接あちらへと向かわれた方については分かりかねますが……そうですね。今回、当家に見えられた方々の態度からして、半分残れば良い方かと」

「まあ、そんなカンジよね」


 クラスメイトが半分になる。

 それを多いと思うか少ないと思うか。


 だが、ここでダメだった子たちを退学させなかった場合、今度行われる遠征会という行事において、基礎科一年が多大な迷惑を被るかも知れないのだ。


 ヘタすれば人死にすら発生しかねないことを思えば、仕方がないだろう。


 こうやってイズエッタとやりとりしながら、周囲にいる生徒たちの様子を見る。


 イズエッタの横にいるミンツィエに言うことはない。

 元より、態度はともかく礼節はそれなりに出来ていたのだ。

 今回の一件で一皮剥けたのか、かなりしっかりと出来ている様子が伺える。


「メル姉様。どうですか?」

「そうね。ショコラから聞いていた話から考えたら見違えるほどになってると思うわ。

 もちろん、ちゃんと出来ているとは言い難い人もいるけれど、そこは追々ちゃんと覚えれば良いでしょう」


 メルティオの言う通り、イズエッタとミンツィエ以外の生徒たちは必死に食いついているという感じだ。

 だが、ちゃんとやろうという意志はしっかりと伝わってくる。今はそれで充分だろう。


「ええ。私もそう思います」


 ショークリアは一つうなずくと、侍女を呼んで書類を手渡す。


「これをお母様に。

 あと、お茶の準備が終わってるはずだから、ミロにも声を掛けておいて」

「かしこまりました。では失礼します」


 そうして侍女が出ていき、ドアのしまるパタンという小さな音が響く。


 ややして、ショークリアは表情と態度を大きく崩して笑った。


「みんな、ラクにしていいわよ。崩しすぎない程度にね」

「ありがとうございます」


 最初に大きく息を吐いたのはイズエッタだ。

 横にいるミンツィエも安堵するように息を吐いている。


「この場にいる人たちはとりあえず合格よ。

 油断してボロボロになるようなら、身の安全を考えて退学になっちゃうとは思うけど……まぁ遠征会には間に合うでしょ」


 そこで、ようやく他のクラスメイトたちも安堵を見せる。

 だが逆に、これまで黙っていたガヴルリードが真剣な表情で口を開いた。


「ショコラ。遠征会までに貴族として、他のクラスへの根回しを忘れるな。

 オレから見ても危ういのは何人かいる。多少成長したところで、遠征会で面倒なのに目を付けられたら終わるぞ」

「忠告ありがとう、ガヴル様。騎士科にも魔術科にも知り合いはいるわ。

 ……侍従科だけが直接の知り合いがいなくて不安と言えば不安だけど」


 その言葉に、ガヴルリードの眉間の皺が強くなる。


「そうか。侍従科に知り合いはいないのか。

 遠征会での兵站(へいたん)の五割くらいはあそこが握ってるからな……嫌われると、必要物資や補充物資の基礎科への配布を渋られるかもしれないぞ」

「うげ」

「ショコラ、乙女の出しちゃいけない声よ、それ。気持ちは分かるけど」


 メルティオに叱られてしまったが、それはそれとして由々しき話を聞いてしまった。


「自由授業じゃあ、学科内の生徒と関わるの難しいのよね。どうしようかしら?」


 眉間に皺を寄せていると、メルティオが優雅に微笑んだ。


「悩み過ぎよショコラ。

 とりあえず貴女の知り合いに侍従科の知り合いがいるなら、顔を繋いで貰いなさい。

 遠征会まで時間はあるのだから、試せるコトは試しておきなさいな」

「はい。ありがとう、メル姉様」

「ふふ。お姉様と呼ばれて感謝されるのは悪くないわね」


 嬉しそうにそう笑ってから、メルティオはイズエッタたちへと視線を向ける。


「聞いての通り、今度行われる遠征会では、侍従科の人たちに嫌われると、食料や薬などを提供して貰えなくなる可能性があるわ。

 貴族たちとのやりとりが多いので矢面に立つのはショークリアたち貴族の生徒だとは思うけれど、貴方たちの行いや態度一つで、その交渉の難易度や成否が大きく変わるという自覚はしておきなさいね」


 メルティオの言葉に、クラスメイトたちが神妙にうなずく。


 親が帰って来ないという状況に直面したからこそ、メルティオの言葉が嘘や冗談の類いではないと理解できているのだろう。


 その真面目な様子を見るに、もう今回のような危険は少なくなっただろうと、ショークリアは思う。


 ちょうどそのタイミングで、入り口のドアがノックされた。


「お茶をお持ちしました」


 ドアの外からそう言葉が聞こえたところで、ショークリアがクラスメイトたちに視線を向ける。

 すると、彼らは正しく背筋を伸ばす。


(よしよし。これならマジで大丈夫そうだな)


 まだマーキィの方のメンバーは見れてないが、同じくらい出来てくれてると良いのだが。


「入って」

「失礼します」


 お茶とお茶請けが配られ、ミローナは下がっていく。


 ちなみに今日のお茶請けはフレンチトーストだ。


 この世界では一般的に使われている食材――前世の牛乳に似た果汁を蓄えているカリムの実。

 だが、このフレンチトーストは、カリムの実ではなく、川潜み(レビル・エディス・)の水牛(レタワ・オラフーブ)という魔牛の乳を使っている。


 これによりカリムの実にはない、独特のコクと旨味がプラスされて、味わい深い一品に仕上がっているのだ。

 もちろん、メイプルシロップではないが、それによく似たシロップだって用意してある。


 それらをショークリアは一口食べて、メルティオとガヴルリードを促す。

 ショークリアからの合図を受けて二人も口に運んだ。


 二人が食べたら、クラスメイトたちに――と思ったのだが。


「うーまーいーぞー!!」


 お茶請け――フレンチトーストを口にしたガヴルリードがめっちゃ大声を上げていた。




 これにて本年の喧キラの更新はラストになります。

 今年一年、喧キラをお読み頂きありがとうございました。

 ブクマや評価、コメントなど励みにしております。

 また来年もどうぞ夜死鳴弐お願いします٩( 'ω' )و




===


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