見込みがねぇってんなら仕方がねぇさ
前回に引き続き名前初出のネームドが多い回ですが
あまり覚える必要のありません
今後出番がある場合、そのとき改めてちゃんと扱うので
ノーギス・コラムス生徒の場合――
「ただいまぁ……ってやっぱ帰ってきてないよな?」
貴族のクラスメイト、ショークリア・テルマ・メイジャンに誘われた食事会。
面倒くさくて行きたくなかったのだが、両親に招待状を見せたら慌ててめかし込む準備をし始めた。
しかも、両親は仕事を休んで前日から準備を始めたのだから意味が分からない。
普段は滅多にいかない洗髪の店に行って髪を洗ったり整えたりまでさせられた。
その時に、こんなことにお金掛けるくらいなら小遣いが欲しいと言ったら、父親とお店の人にしこたま怒られた。
お前がちゃんとしなければ、我が家に来週が来ないかも知れない――なんて母親に言われたけれど、正直大袈裟すぎる。
たかだか食事会でそこまで真剣になる理由が、ノーギスには分からなかった。
そして、ショークリアの屋敷に行くと色んな人がいて驚いたのだが、好き勝手に食べれないし順番があるとかで、面倒なだけだった。
なんだか一番派手な貴族のおじさんの許可がなければ平民は、料理に手が出せないというのもよく分からない。
料理が美味しかったのは確かだが、イチイチあんな堅苦しい場所に行きたいとは思わない。
最後に出てきたアイスクリームという冷たくて甘い甘味には感動を覚えたのは確かだが、どうせ今後食べる機会がないのであれば、むしろ味わってしまったのは変なモノを覚えてしまったかのような気分になる。
「やっぱ面倒だし金かかるし、行く必要なかった気がすんだよなぁ……」
ショークリアの母が新開発したという魔導瓶。
それにスープを入れたモノを帰りに渡されたのだが、これをどうしろというのか。
とりあえずは、台所に魔導瓶を置いて自宅を見回す。
「……それにしても、どこ行ったんだ?」
気がつけば、ノーギスの両親は会場から居なくなっていた。
それに気づいたのは、帰り際になってからだ。
「……マーキィの親父さんや、イズエッタの親父さんに騒ぐなって言われたから従ったけど、騒いだ方が良かったんじゃねぇの?」
独り言が多いのは、焦燥感を誤魔化すためか。
普段は暑苦しくて喧しいマーキィが、背筋を伸ばし真剣な顔をして立っていたのを思い出す。
その横に居たイズエッタやミンツィエも同様だ。
元々真面目だったイズエッタやミンツィエなんかは分かる。
だが、どうしてマーキィまであんな真剣な顔をして、それでいて貼り付けたような笑顔を浮かべて背筋を常に伸ばしていたのか……。
途中まではやかましかったガリアも、マーキィやイズエッタとのやりとりのあとで、大人しくなったかと思えば背筋を伸ばして真面目な顔を始めていた。
「あいつら、何だったんだろうな?」
何もかもが分からない。
貴族が食事会を開く意味も。
それに平民を誘う理由も。
クラスメイトの一部が真面目な顔をして背筋を常に伸ばしていた理由も。
いつの間にか両親がいなくなっていた理由も。
「ま、そのうち帰ってくるか」
堅苦しい格好をやめるべく正装を脱いで、いつもの格好に着替えると、読みかけの本に手を伸ばす。
「読み終わる頃に帰ってくるだろうし、ちょうどいいや」
当然、読み終わっても両親は帰ってこないし、一晩明けても両親の姿は無い。
さすがにおかしいと青ざめたのだが、ノーギスはどうして良いか思いつかない。
「ショコラの家に行けば……いやさすがに貴族の屋敷に一人で行くのはまずいか」
その時、ふと脳裏に過ったのは最後の別れ際のやりとりだ。
「……そうだイズエッタだ。困ったコトがあれば相談に乗るって! ブリジエイト商会に行けば……!」
そうして家を飛び出し、ブリジエイト商会ヘと行った。
そこの従業員に声を掛けてイズエッタに会いたいと言えば、地図を渡された。
地図が示すのは、商会の裏手の先にある大きな屋敷だ。
ショークリアの屋敷と比べると庭が無く、小さいものがだが、ノーギスからしてみれば充分大きい家である。
「ここか」
家の前にいる守衛らしき人に声を掛ける。
すると、門をあけて玄関へと向かうように指示された。
高圧的で、どこか嫌な感じのする守衛だったが、金持ちの家を守っているのだからそういうものなのかもしれない。
玄関のドアノッカーを叩くと、使用人が姿を見せ、中へと招かれる。
その時にも、なんとも不躾な視線を向けられて居心地が悪い感じだった。
(失敗したかな……ちょっと遠くてもマーキィのところの方が良かったかも……)
そうは思うがここまで来て帰るというのも決まりが悪い。
「こちらでお待ちください」
使用人に案内されたのは、なんだか大きな扉の前だ。
そこが開けられると、扉から想像通りの広い部屋になっている。
中に入ると、見知ったクラスメイトたちが四人ほどテーブルに付いていた。
そのうちの一人が、ノーギスを見るなり声を上げる。
「ノーギスじゃん!」
「ミルカーン! お前も来てたのか!」
大声でやりとりする横で、ノーギスを案内した使用人が顔をしかめていたのだが、声を掛け合っている二人は気づいていない。
使用人はわざとらしく嘆息すると、わざとらしく大きな音を立てて扉を閉めた。
「なんか感じ悪いよなー」
「わかる。お金持ちのところの守衛さんとか使用人さんって丁寧な人だろうって思ってたんだけど……」
「あ、それわかる!」
他のクラスメイトたちも同意するように同調しだすと、部屋の中がにわかに騒がしくなっていく。
ややして、入り口の扉がノックされる音が響いた。
けれども彼ら五人は誰もそれを気にもとめず、大きな声で話し続けている。
しばらくして――バン! とハデな音と共に扉が開けられた。
ビクっと身体を震わせて、ノーギスたちは音のした方へと視線を向ける。
「……イズエッタか、脅かすなよ……」
「脅かすな、ですか」
学園の制服ではない――貴族ほどではないにしろ、優雅なドレスのような格好をしたイズエッタが、かなり顔を顰めている。
その横には、似たような格好のミンツィエも、呆れた顔をしていた。
こちらは胸の下で手を組んでいるので、やや胸が強調されている。
その様子にノーギスたちが、鼻の下を伸ばすようにそこを見ている。
彼らを見回しながら、イズエッタは自分の横にいるもう一人のクラスメイトに声を掛けた。
「客観的に、どう思います? フライトフさん?」
イズエッタに話を振られたフライトフ・ホートは、馴れないオールバックにした髪に触れながら、小さく首を振った。
「ぼくも大概だったと思うけど、こいつらほどじゃなかったよね?」
「だからこちら側にいるのですわ」
やや不安そうなフライトフの言葉に、ミンツィエがうなずく。
その様子を見ていたミルカーンが指を差しながら声を上げた。
「お前、フライトフか! 髪型違うしちゃんとした格好してるから分からなかった!」
元々フライトフはボサボサ髪で前髪は長く目を隠していた。
制服も私服もよれよれのモノを着ているイメージが皆の中にあるから、オールバックにしてスーツを着た彼の姿をノーギスたちもすぐに分からなかったのだ。
昨日の食事会の時も、服はともかく髪型はいつも通りだったのだから余計だろう。
「あまり大声をあげないでいただけますか? 確かに私も平民ではありますが、ブリジエイト家は貴族とも関わりが深いのです。
お客様である貴族の方にはしたない印象をもたれては、商会の損失になりますので、家の中であっても常に気を張っているのです」
ノーギスたちに知る由もないが、イズエッタは彼らがそういうリアクションをすることを折り込んだ上で、フライトフにこの格好をさせていたのだ。
イズエッタ、ミンツィエ、フライトフが正装に近い格好をしている。
それであれば、今この家で何かしらの正装が必要なイベントをしてるのかもしれない。
あるいは、貴族やそれに近しい富豪などの来客があるのかもしれない。
そういう想像を働かせて気を遣って欲しかったのだが、彼らには一切それがない。
「イズエッタさん、貴族みたいに気取ってる感じ?」
「なんかそういうのイヤミっぽいよな~」
気の抜けたやりとりをしているクラスメイトたちに、ミンツィエとフライトフは顔を引きつらせた。
恐る恐る、イズエッタを見る。
表情は笑顔だが、明らかにこめかみに青筋が浮かんでいる。
ミンツィエとフライトフはゆっくりと後退し、イズエッタから距離を取った。
「とりあえず、皆さんがうちを訊ねてきた理由は分かっています。
フライトフさんや他の数名は、ちゃんと助けを求めてきたので、手を差し伸べます。
ですが、助けを求めてるクセに分を弁える気のないあなた方に差し伸べる手はありません」
「え?」
明らかにノーギスたちの表情が変わる。
「でも、困ったら助けてくれるって……」
「助けるとは一言も言ってません。
困ったコトがあれば相談に乗る――と、そう言っただけです。
私もエドモンさん――マーキィさんの父君も、同様ですよ」
ニッコリと、イズエッタが断絶の笑みを浮かべた。
「困っていて相談に乗って欲しいのであれば、相応の態度ってあると思うんですよ。
なのにあなた方はまるで助けて貰えて当然であるかのように振るまってますよね?
それはもう、相手が貴族とか富豪だとかそういう話では無く、人としての格が低いという話に他なりません」
「何を言って……」
ノーギスが食い下がろうとすると、イズエッタが見たこともない冷たい笑みを浮かべて睨んでくる。
「うちの守衛が無愛想だと思いましたよね?
当たり前です。いくら私の学友とはいえ、会いたいという話をするのに、『緊急だから会わせろ』なんて態度を取れば、相手も気を悪くするに決まってるではありませんか。
うちの使用人の態度が悪いと思いましたよね?
当たり前です。礼節を守る気のない態度、案内してくれた使用人への感謝……そういった客人として当然のコトを皆様から感じませんもの。そんな人の相手をすれば使用人だって気を悪くしますわ」
そう告げてから、イズエッタは綺麗な笑顔を浮かべた。
「授業で散々言われた礼節――貴族相手どころか、学友相手にも出来ないとは思いませんでした。
それほど愚かしい方々を手助けするのは、むしろ私や私の家族の身の危険となります。
フライトフさんのように、相応の態度がとれる方たちのご両親に限り、私とミンツィエさんは、ショークリア様へ行方の確認と、取り戻すための陳情をするコトにしますので、あしからず」
その言葉の意味を、ノーギスたちが理解するより先に、イズエッタが宣言をする。
「守衛隊、使用人の皆様。
失礼な学友たちがお帰りになるそうです。相応のお送りをお願いしますわ」
すると、強そうな守衛たちや、ガッチリとした体躯の使用人たちが部屋の中へと入ってくる。
「エドモンさんは私よりももっと厳しいそうなので、藁に縋るつもりでしたらお覚悟をされてくださいね」
そうして、イズエッタは部屋の中の学友たちに背を向けた。
「ではミンツィエさん、フライトフさん。先ほどの相談の続きをしに戻りましょうか」
「そうね。救えないわ――こいつら」
「……仕方、ないよね……うん」
イズエッタとミンツィエは一切振り返らず、フライトフは少し申し訳なさそうにしながらも、その場を離れていく。
「待って、このままじゃもしかして帰ってこないの? 母さんたち……」
「その相談しに来たのにどうして……?!」
ノーギスたちは口々にそう声を上げるが、それを聞き入れる者はいない。
「良いですかな、お坊ちゃん、お嬢ちゃん」
筋肉ムキムキの初老の使用人らしき人が、ノーギスを抱えながら、五人に対して諭すように口にする。
「あなた方は初手から失敗しているのです。
お嬢様が言ったように、これからエドモン様なる人のところに向かうのでしょう。
恐らくそれが最後の機会です。失敗すれば、両親とは二度と会えなくなるコトでしょう」
「え? 会えないって……」
「貴族との食事会とはそれほど重要で危険なモノ。
いい加減な態度と作法をあなた方がとったからこそ、貴族の方が気を悪くしてご両親を呼び出して監禁されているのですよ」
「そ、そんなの……オレたちはクラスメイトで……」
「関係ありません。お嬢様たちのお話では、授業で重要性を懇々と説かれていたそうではありませんか。それを実践できなかった皆様が悪い。それだけのお話です」
「…………」
女子生徒の一人が涙を流し始める。
涙こそでてこないが、ノーギスも同様の気持ちだ。泣いてしまいたい。
「何を泣いているのですか? 乗り切るだけのチカラを持ちながらそれを十全に振るわず失敗。それを挽回する機会を得て、この屋敷へとやってきていながら、それをフイにした。
全ては理解力も行動力も思考力も足りていない皆様の自業自得です。泣いて良いのはあなた方ではなく、あなた方のご両親のはずです」
五人は、ブリジエイト家の門の前まで連れてこられる。
そして乱暴に放り投げるように、門の外へと追い出された。
「いって……」
「痛いって!」
お尻をさすりながら小さな悲鳴を上げるノーギスたちに、ムキムキの初老男性は最後通牒のように告げる。
「痛がっている場合ではありませんよ。まずは反省を。
その上で、何が悪かったかを考えなさい。思考しなさい。修正しなさい。そして実行しなさい。
それが出来ないのであればエドモン様のところへ行くだけ無駄です。
もう会えないご両親へ祈る時間に宛てた方がまだ有意義というモノですよ。では失礼します」
初老の使用人は一方的にそう言うと、丁寧なお辞儀をして、守衛隊と共に屋敷へと戻っていくのだった。
その背中を、ノーギスたちは呆然と見送りそうだったのだが――
「邪魔だ、ガキども。とっとと失せろ。
反省がないなら学友として扱う必要はないとお嬢様から言われてるからな。
悪ガキとしてしょっぴかれたくなければ、門の前から離れろ」
――強面の門番に怒られた。
さすがに泣いていた女子だけでなく、他の四人も涙が出そうになる。
それでも、この場にいるのはマズいという判断だけ出来た五人は、ゆっくりとブリジエイト家の前から離れていくのだった。
「……なんだよ、なんだよこれ……。オレたちが何をしたっていうんだよ……!!」
そして、ブリジエイト家が見えなくなった辺りで、ノーギスは思わずそう毒づくのだった。