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廃墟食堂で密談を(前)


 現地調査の翌日の昼前。

 ショークリアは廃墟食堂にやってきていた。


 そこの厨房で、母謹製の特殊なポーチから魔獣の肉を取り出しながら、廃墟食堂の料理長であり責任者であるジーニーに詫びる。


「ごめんねジーニーさん。食堂と厨房借りちゃって」

「それは別に構わないんですけどね。どーせ、客である学生もほとんど寄りつかないですし……」

「根回ししている最中だからもうちょっと待っててね」

「本気で改装してくれるつもりなんですね……」

「もちろん。ジーニーの腕を腐らせるなんて勿体ないもの」


 その言葉に、料理長は何とも言えない感じ入るような顔をする。


 ちなみに、昨日の現地調査のあと勢いのまま町の外へと狩りをしに行った。そのあと、寮に帰ってきたところをハリーサとミローナに捕まってお説教されたのはご愛敬だ。


「ところで、見たコトのない肉ですけど、それは?

 あと、そのポーチにどうやって、この大きさの肉が入るんですか?」


 ジーニーだけでなく、従業員のスーシエも興味深そうにこちらを見ている。


「このポーチは――まぁ、神具(アーティファクト)みたいなモノよ」


 それだけで、ジーニーもスーシエも何となく納得した様子だ。

 神が作ったとされる神具は人知を越えた機能を有していたりする。その為、深くツッコミを入れる気はなくなったのだろう。


 実際は、ショークリアの母マスカフォネが作った収納魔導具二号なのだが、敢えて言う必要はないだろう。


「こっちのお肉は――巨漢の(イェタッフィ・エル)羅鶏(ゴ・ネックチック)っていう鶏型の魔獣のお肉よ」

「それってこの辺りでは討伐難易度上位の魔獣じゃあ……」

「良い運動になったわ」


 顔をひきつらせるジーニーにそう告げて、ショークリアはお腹の肉を並べていく。


 巨漢(きょかん)羅鶏(らけい)は、その名前の通りトサカを含めれば二メートルを越える全高を持つ鶏型の魔獣だ。でっぷりと太っている為、横にも大きい。

 その鋼のように硬いクチバシや爪は、ナワバリへの侵入者を執拗に攻撃するのに使われる。


 性格は非常に獰猛。見た目に反して鶏らしい機敏さを持ち、ほとんどの個体が彩技(アーツ)を用いて、クチバシや翼や足を強化した格闘術のような動きで襲ってくる。


 ナワバリに近づかなければそこまで執拗に襲ってはこないので、生息域を歩き回る時も、ナワバリに注意していれば危険度は低い。

 その為、討伐難易度や獰猛さの割に、討伐依頼が出ることは少ない。


 そして――ここが一番重要な情報なのだが――卵と肉が非常に美味しい。でっぷりしたお腹周りの肉は、一般的な鶏肉でいうところのモモのような歯ごたえと味がするのだ。それも極上の。


「さてさて」


 お腹の肉を一口大に切る。

 家から持ってきたタレをボウルにあけて、そこに切った肉を放り込んでもみ込んでいく。


「貴族令嬢なのに馴れすぎじゃないです?」

「趣味が高じてね」


 軽くウィンクして、今度は小麦粉を用意する。


「調味料や粉を自由に使えるのは正直、うらやましい」

「料理関係のはほとんど自費よ。何でも屋やったり、家の手伝いをしたりして自分で稼いだモノを使ってるから、家のお金はほとんど手をつけてないから」

「そうなんですか? お貴族様ならそういうのも家のお金を使うのかと思ってましたけど」

「貴族だからこそ民から集めた税を簡単に私費にしないのよ。可能な限り領地と国の為に使いたいもの。

 何よりうちの領地は、環境が過酷だから民なしでは貴族も生きていけないの。民から嫌われるようなコト出来ないわ」

「なんか自分の知ってる貴族と全然違いますね、お嬢さん」

「一部を知って全部を知った気になってしまうのは良くないコトよ。

 そうなってしまうのも分かるし、そう考えるのが難しいっていうのも分かるんだけどね」


 ショークリアがそう言いながら肩を竦め時入り口から団体さんがやってきた。

 ガノンナッシュに、殿下兄妹。ハリーサに、メルティアとガヴルリードという面々だ。


 ヴィーナは捕まらず、モルキシュカは部屋に引きこもってて出て来なかったので諦めた。


「来たよ、ショコラ」

「ここがショコラが言っていた……」

「確かにこれは……」

「どれだけ手入れをしてもこれ以上は難しそうね」


 ざわざわとした様子で入ってくるのは、誰も彼も貴族だった。

 廃墟食堂では見たことのない光景で、ジーニーは若干蒼白している。


 だが、ショークリアは気にすることなく、入ってきた面々に声を掛けた。


「いらっしゃい、みんな。奥の方にテーブルを寄せてあるから、そっちに適当に座って待ってて」


 全員が軽い調子でそれに応えて、言われるがまま奥の方へと向かっていく。


「お、お嬢さん……ここで何をする気なんだ?」

「密談よ密談。ここだと聞き耳を立てにくる人も目立つだろうしね」

「その肉は?」

「密談のお供かな。食堂でやるなら、厨房借りて何か一品作れってみんなが言うから仕方なく、ね」


 苦笑しながらそう語るショークリアに、ジーニーの顔はひきつった。

 それはつまり、この食堂へとやってきたお貴族様たちは、ショークリアの料理を好んでいるということではないだろうか。


(……明らかに上級貴族っぽい方々もいるし……彼女の料理は、彼らの舌すら満足させられるってのか……?)


 貴族令嬢でありながら、それは宮廷料理人に匹敵するということではなかろうか。


 鍋に多めの油を注ぎ火に掛ける。

 その鍋を半分ほど覆うように、網を置いた。そんなものを置く理由が分からず、ジーニーは眉を顰める。


 油が熱くなってくると、ショークリアはタレに付け込んでいた鶏肉に小麦粉をまぶし、余計な粉を落としてから油の海の中へと入れた。


 じゅーじゅーと音を立てる肉が、油という黄金の海を泳ぐ。

 恐らくは火が通ったところだろう。ショークリアはそれを油から引き上げて、網の上に置く。


 そこで初めて、ジーニーは鍋の上に置かれた網の理由に気づく。

 すぐに皿に乗せるのではなく、あの網の上に一度置くことで余計な油を鍋に戻しているのだ。


 ややしてショークリアは、網の上に置いたものを改めて鍋に入れた。


「なぜ?」

「二度揚げっていう手法ね。食材にもよるんだけど、鶏肉の場合はこれをするとカリっとジューシーに仕上がるのよ」


 そうして、二度揚げが終わった肉を網に乗せ、油を落としてから皿に盛っていく。

 大皿二つ分に山盛り作ったあと、小皿に十個ほど乗せる。


「お店を借りたお礼ってワケじゃないんだけど、よかったらスーシエさんと一緒に食べてみて。

 今後、王都を中心に流行っていくだろう最先端の料理の一つよ」


 小皿に乗った方を厨房に残し、大皿二つをそれぞれ片手で持ち上げて、危なげなく、他のお貴族様たちが待つ席へと運んでいく。


 それを見送りながら、ジーニーはスーシエと顔を見合わせた。


「スーシエ。五個ずつな」

「わかってるわ」


 こんな食堂で働いてはいるものの、それでも二人は料理人だ。

 今後流行るかもしれない最先端の料理の一つと言われて気にならないわけがない。


 二人は一つずつ摘むと、それを口の中へと放り込む。


「あつつつ……!」

「あふあふ……!」


 表面はサックリと、中の肉はぷりっと。

 噛むほどにタレの風味と合わさった肉汁があふれ出てくる。


「う、うまい……!?」

「これ美味しいわ!!」


 味は決して濃くないのに、力強い満足感を覚える。

 肉の脂のおいしさというのだろうか。肉の甘さのようなものをしっかりと感じるのだ。


「みんなお待たせ!」

「すごい量作ってきたね」

「どうせみんなすぐに食べちゃうでしょ!」


 そんなやりとりをしているショークリアの姿を見ながら、ジーニーは頭を掻いた。


「こりゃあお貴族様たちが唸るワケだ」

「舌の肥えたお貴族様たちを満足させる料理ってもう趣味の域を越えてるわね」

「しかも、食材の調達は自分でって言ってたしなぁ……」

「魔獣のお肉……こんなに美味しかったのね」

「血抜きとかの処理も完璧なんだろうな。臭みが全くない……」

「この食堂の改革……信じてもいいんじゃないかなってなってきた」

「俺もだ。あの子――あの人は本気で俺たちのために改革してくれようとしてる」


 忙しくなるのも、新しい料理を覚えるのも、どんと来いだ。

 ジーニーとスーシエからすると、歓迎したいことである。


「改革するまでは、お貴族様たちの密談の場にされちまいそうだけど」

「そのつどショークリア様が料理を見せてくれるなら、楽しそうじゃない?」

「違いない。いろいろ教えてもらえる機会とも言えるか」


 この廃墟食堂でくすぶっていた二人にとって、それはとてつもなく刺激的だ。


「まずはこの料理をもっと分析するか」

「ええ!」


 うなずいて、スーシエは二つ目を口にする。


「そういえば、この料理って何て言うんだろうね?」

「密談が終わったあとにでも、聞いてみようぜ」



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