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尻拭いは構わねぇが頭が痛ぇな


 授業開始の初日は、初日らしからぬイベント盛りだくさんで、大変濃い一日だった。


 その日の夜、モルキシュカの部屋に遊びに来ていたヴィーナがふと口にする。


「それにしても、騎士の先生……どうしてあんな人が先生できてたんだろ?」

「……王家側がある程度黙認してたってだけでしょ?」


 同じく遊びに来ていたショークリアが、少し考えてから答えた。

 いくつか想定できることはあるが、敢えてボカしてショークリアは口にする。


「黙認?」

「あたしたちが、人質……ってコト」


 ベッドで半分寝落ちていたモルキシュカが、寝返りをうつようにこちらへと体を向けてきた。


「人質?」

「……あたしたち生徒って、ようするに……貴族家の後継者、でしょ?」

「まぁ、そうね」

「そんな子供たちが学園の生徒という形で中央に集まってきてるなんて、王家にとっては好都合ってコト」

「え? え?」

「さすが……ショコラ、分かってる」


 謀反(むほん)などが起きたら、即座に学園に通う子供に手を出せる。あるいは中央にいる子供たちを巻き込むつもりか――などと脅せるわけである。


「バカな教師が居座ってるのも、悪質な教師のいる学園だから、うっかり生徒が死ぬようなコトがあっても、それは教師ないし学園が悪いと責任を押しつけられるしね」

「そうそう」


 そこれこそ、王家の手によって暗殺される女子生徒がいるとしたら、マーノットは生け贄の羊として好都合なのだ。

 少なくとも、彼が女子生徒を殺したという噂が流れたら、疑うより信じる者が多いことだろう。


「うへー……二人とも、そこまで分かってて良く平気でいられるね……」

「別に、ほら……特になにも起きなければ、ふつうに過ごせるし?」

「なにより、そういう在り方はもう時代に合わないと考えたから、陛下が学園の在り方に刃を入れだしてるワケよ」

「そういえば、あのおじいちゃん先生もそんなコト言ってたわね」


 すぐには無理でも、少しずつこの学園は変わっていくはずだ。

 その恩恵をちゃんと受けられるようになるのは、ショークリアたちではないかもしれないが。


「それにしても、濃い一日だったわ」

「食堂に、騎士科にと……確かに盛りだくさんだったわね」

「そうなの? ずっと寝てられて、嬉しかったけど……」

「そりゃあまぁ」

「モカはねぇ……」


 授業中すら寝てた子が、今日を濃いだなんて思えないだろう。


 そんな感じで、三人娘の初日の夜は更けていく。


 ともあれ、これほど濃かったのは今日くらいだった。

 以降はそこまで濃ゆいイベントは発生していない。




 学園生活五日目。


 今日は青の日。前世でいうと金曜日に当たる日だ。

 明日……土曜日に当たる茶の日と、明後日……日曜日にあたる銀の日は学園も休みである為、雰囲気は浮ついているかもしれない。


 とはいえ、午前中の基礎科の必須授業は滞りなく進み、女子寮地棟の食堂で昼食を取る。

 廃墟食堂と異なり、こちらはふつうに食べられる味だ。ふつう以上でもふつう以下でもないのだが。


 ショークリアとしてはやっぱり味付けが塩辛すぎることが気になるので、トレイシアやハリーサと相談しつつ、減塩化を進めていこうかとも考えている。


 そして午後は、自由授業だ。

 ショークリアが今日受講したのは侍従科である。


 ミローナやココアーナの動きを思い出しながらやってみると、結構先生に褒めて貰えた。


 授業が終わり、寮に戻ってそのことをミローナに報告した時、ふと思った。


「これならミロと勝負できるかな?」

「今のお嬢様ではお話になりませんよ」

「それもそうか」


 思いつきで言ってみたものの、ミローナがちょっと冷たく返してきた。


 授業でちょっと褒められた程度で、生まれた時から従者教育を受けているミローナに勝つなんて、確かに無理だ。

 彼女のプライドを傷つける発言だったかもしれない。


 内心でちょっと反省していると、部屋のドアがノックされる。


「ショークリア様、いらっしゃいますか?」


 男性の声。

 ――ということは管理人か守衛だろう。


 エントランスのカウンターに座っているのは女性が多いが、そうでない管理関係者は男性が多い。

 女子寮にそれはどうなんだと思うのだが、世の女性に対する対応を思えば、管理人や守衛がいるだけマシかもしれない。


 それはさておき。


「いますよー」


 扉の向こうへ返事をしつつ、ミローナに視線を向けた。


「ミロ」

「はい」


 ミローナはそれにうなずくと、部屋の扉を開ける。

 そこにいたのは、守衛の制服を着ている男性だ。


「何かご用でしょうか?」

「ショークリア様に来客です」

「来客?」

「はい。ガリア・カガギクリンという少年です」


 学園寮は男子寮、女子寮のどちらも異性の部屋への来訪は禁じられている。

 一応、どちらの寮もエントランスまでは大丈夫なのだが。


「基礎科一年で、ショークリア様のクラスメイトと名乗っております」

「ガリア……ガリアガリア……」


 名前を聞いて、少し思案する。


「ああ。ぐるぐるメガネの子か。影はうすいけど、マーキィの近くにいるコトが多い気がする奴ね……」


 独りごちてから、守衛にうなずく。


「確かにクラスメイトです。何か言ってましたか?」

「急いで取り次いでほしいとだけですね。ショークリア様がダメなら、モルキシュカ様かヴィーナ様をお願いしたいと言っておりましたが」

「それでもダメなら、イズエッタ・ブリジエイト嬢をお願いするとも言いませんでした?」

「言ってましたね」


 言い当てられたことに驚いたのか、守衛の男性は少し目を見開く。


「用件はだいたいわかりました。すぐにエントランスに向かいます。

 守衛さん、悪いんですけどイズエッタ嬢に伝言をお願いして良いですか?」

「はい。なんとお伝えすれば?」

「んー……『アイツがやらかしたっぽいので尻拭いをしたい。エントランスで支援を頼む』でお願いします。たぶん、それで通じると思いますので」

「尻拭い……ですか?」

「親が商人とか兵士とかでないと、貴族に触れる機会は少ないですからね」

「ああ、そういうコトですか」


 それだけで守衛の男性は納得してみせた。

 彼が平民か貴族かは分からないが、ショークリアが動く理由には納得してくれたようである。


 学園の守衛として、それなりに長い人なのかもしれない。

 あるいは、彼もまた新しい風に類する人か。


 どちらであれ、態度が協力的なのはありがたい。


「では、伝言をしてまいります」

「ええ。お願いします」


 ショークリアは守衛を見送って、からミローナへと向き直った。


「ミロ、戸締まりお願い」

「かしこまりました。行ってらっしゃいませ、お嬢様」


 さて、どんなトラブルになっていることやら。

 少々面倒くさく感じながら、ショークリアは寮のエントランスへと向かうのだった。




「ショコラさん!」

「…………」


 こちらの顔を見るなり、ガリアは大きな声で名前を呼んできた。しかも愛称である。


 思わず半眼になってしまう。

 周囲にいるほかの貴族が見えないのだろうか。


 明らかに注目をされてしまっているので、ショークリアは貴族モードのスイッチを入れて対応することにする。


「特定の場面以外で、愛称を呼ぶ許可をした覚えはありませんが」

「え?」


 濃い灰色の髪に、度の強いメガネをした少年はこちらの冷たい言葉に身体を強ばらせた。


「初日の自己紹介の時。それ以降の礼節の授業。

 ここ数日の間に様々な場面で、私は何度と無くそれを口にしてきました」

「あ、あの、そんなコトより……」

「そんなコト?」


 半眼にした目で、思い切りにらみつける。


「いや、あの……」

「私が口を酸っぱくして言ってきたコトを、そのように『そんなコト』と雑に扱ってきた結果、マーキィが自爆して貴族に目を付けられたのでしょう?」

「えーっと……はい」

「自業自得です。お引き取りくださいませ」

「そんな……ッ!」


 ぐるぐるメガネの下の灰色の瞳を見開いて、ガリアが声を上げた。


「再三の注意と警告を無視してやらかした人の尻拭いなど、どうして私がしなくてはならないのですか?」

「で、でも……ショコラさんは、貴族と揉め事が起きた時は、助けてくれるって……」

「ええ、言いました。

 でもそれは、理不尽な要求や、面倒な言いがかりなどをつけられた場合です。マーキィは違いますでしょう?」


 大方、納得できない問題が生じて食ってかかったのだろう。

 町中で大人の貴族相手にそれをやれば、マーキィだけでなく家族全員の首が物理的に宙を舞いかねない行いだ。


 その自覚がないのが、一番の問題である。


「私に仲裁できる内容にも限度があるとも言ったはずですよ」


 周囲に貴族の目がある以上、ショークリアはガリアを対等に扱えない。

 貴族として振る舞っている時は、平民として振る舞えと再三言ってきたことだ。


 ガリアはこの場面でそれができていない。

 言葉遣いは仕方ないにしても、ガリアはショークリアを敬うような態度ではない。ただただ友達に助けを求める平民のソレ。名前の呼び方も愛称のままだ。


 これでは、ショークリアが助けてやりたくでも出来ないのだ。

 それを許した状態で助けに行ってしまうのは、ショークリアの立場を危うくする。


(まぁ、うちのクラスの連中でちゃんと理解している奴が少ない以上、助けを呼びに来る時にこうなるコトは予測済みだぜ)


 だからこそ、そろそろ来るはずだ。


「ショークリア様」


(ドンピシャだぜ、イズエッタ)


 予想通りにやってきたイズエッタに、ショークリアはゆっくりと振り返る。


「あら、イズエッタ。どうかしまして?」

「ガリアにはしっかりと言って聞かせます。ですので、この度はお力添えをお願いするコトはできないでしょうか?」


 言葉遣いも態度もへりくだった形だが、イズエッタの視線は語る。


(ガリアさんたちは後で一緒に〆ましょう。今はマーキィさんのところへお願いします)

(助かったわ。こいつの態度が悪すぎて、助けに行く理由が作れなかったのよ)


 ショークリアも視線で言葉を返してから、うなずく。


「仕方がありませんわね。他ならぬイズエッタの頼みです。

 注意や警告を理解しない方々と比べ、貴女はそこを弁え、正しい立ち振る舞いをしておりますし。

 私は個人的に、あなたのご実家にはお世話になっておりますからね」

「ありがとう存じます、ショークリア様」


 深々と礼をするイズエッタ。

 それを見ていた、ガリアが手放しで喜んだ。


「良かった。助かるよ、ショコラさん」


 瞬間――ショークリアは苛立った芝居をしながら、イズエッタを睨む。


「イズエッタ」

「……はい」


 覚悟を決めた悲壮な顔をして頭を上げるイズエッタ。

 その瞳には「余計なコト言いやがってバカメガネ」という言葉を湛えている。


 彼女の瞳の中に浮かぶ言葉に同意と同情を返しつつ、ショークリアは苛立った芝居を続けた。


「貴女が彼らを代表して頭を下げたのよ。戻った時、覚悟をしておきなさいね」

「かしこまりました」

「後ほど遣いを出します。その時は逃げずに私の部屋へ来るように」

「はい」


 イズエッタがさっき以上に丁寧に深々と頭を下げる。

 それを見ても、ガリアはよく分かっていない顔をしていた。


 これを見ていた周囲にいる貴族たちからすればイズエッタの好感度はあがっただろう。

 少なくとも、地棟に住む平民の中でも正しく弁えた者として、覚えてもらえたハズである。


 逆に、ガリアに対する周囲の視線は大層冷たい。

 貴族たちはもちろん、平民の上級生たちも怖がるような呆れたような感じだ。

 巻き込まれてはたまらないとばかりに、地棟の食堂の方へと足早に逃げていく者もいる。


「さぁガリア、案内なさい」

「あの、イズエッタさんを部屋に呼んでどうするの?」

「さっさと案内しろと言っているのです。余計な無駄口は聞かないわ」


 この期に及んで余計な口を利いてくるガリアに、ショークリアは演技抜きの苛立った口調でそう告げる。


(お前、マジでいい加減にしろよッ!!)


 ショークリアの内心の叫びは通じなかっただろうが、それでも怒りのいくらかは通じたのだろう。


 ガリアはコクコクとうなずくと、慌てた様子でショークリアの案内をはじめるのだった。


(しかしこれは酷ぇな……休み明け、先生に相談した方がいいか)


 恐らくこれは、ショークリアたち基礎科の貴族三人娘のせいだろう。

 そもそも弁えてなかった者たちが、ナァナァを許す貴族と関わってしまったからこそ発生してしまっている問題だ。


(堅っ苦しいのはダリィが、もっときっちりシメとくべきだったな……)



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