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またやってるとか言われても何の話だ?


「アンタみたいな人が、実戦形式なんて口にしてやってくるコトなんて、これくらいでしょうよ」


 マーノットの喉を鷲掴んだまま、侮蔑的な態度を隠さず、告げる。


「が、ひ、ぐ……」

「まったく、アンタみたいなのがいるのも問題よね」


 魔力で身体強化しているショークリアは、マーノットを持ち上げたまま微動だにしない。

 彼は、自分の喉を掴むショークリアの腕に攻撃を加えるも、彼女は気にした素振りすら見せない。

 足もジタバタと動かしショークリアにぶつけるものの、彼女はやはり手を離さなかった。


 その様子に、マーノットの顔色はどんどん青ざめていく。

 首を握りしめられている息苦しさもあるだろうが――それ以上に、恐怖だ。


「抵抗はそれで終わり?

 その筋肉は見せかけだけみたいね。ハッタリ(きん)エセ(にく)とでも呼んであげましょうか?」


 動きが鈍くなったマーノットにそう訊ねる。もちろんリアクションは期待してない。


「では次はこちらから」


 直後――ショークリアは勢い良く、マーノットを地面に叩きつけた。


「がはッ!?」


 背中を思い切り叩きつけられた痛みで息を詰まらせる。

 だが、ようやく首から手が放れた為、必死に空気を吸い込もうとするマーノット。

 それを下目使いで見下ろしながら、怒気、殺気を高め、魔力を威圧に変える。


「あ……」


 ショークリアの放つそれに飲まれ、マーノットは顔をひきつらせる。


「先生は本当の意味での実戦をご存じないようですので、私がご教授しましょう。

 ああ、返礼とかは大丈夫です。先生が実戦を教えて下さったので、そのお礼です」


 ドン――という音が聞こえたように錯覚するほどの威圧を叩きつけられ、マーノットは心折れたように青冷めた。


「け、決闘は私の負けだ……! 私の、負けで……いい!」


 セアダスに縋るようにするマーノットだが、老教師は無慈悲に首を横に振った。


「それは認められません。何せ、そもそもまだ決闘は始まっておりませんからな」

「え?」

(わし)の開戦の合図を前に動き出したのはマーノット先生であり、ショークリア嬢はそれに反撃をしたに過ぎません。

 ほら、立ち上がって構えてください。改めて開戦の合図をやり直したいと思いますので」


 言われている言葉の意味が分からないという顔をするマーノット。

 一方でショークリアは肩に木刀を乗せながら、渋々といった様子でマーノットから距離を離した。


「あ、あの……! 決闘に口を挟む無礼をお許し頂けませんか?」


 そこへ、見学していた女子生徒か挙手をして一歩前に出てくる。


「ふむ。どうされたかな、お嬢さん?」


 それをセアダスは咎めることなく、訊ねた。


「実は今のを見ていて、マーノット先生に確認したいコトが出てきまして……どうしてもショークリア様との決闘の前に聞いておきたくなったのです」


 挙手した手とは逆の手を力強く握りしめながら、彼女は答える。

 握りしめられた手は白くなり、爪が肌に食い込んでいるようにも見える。よほど強い思いがあるのだろう。


「それはどうしても決闘前が良いのですかね?」


 改めて問われた問いに、思い詰めたようにうなずく。


「はい。ショークリア様が勝利をしてしまいますと、先生はクビになってしまいますでしょう? なので今のうちに聞いておきたいのです」

「なるほど。その聞いてみたいコトとはなんですかな?」


 セアダスは納得してみせたが、女子生徒の言っている内容も結構ひどい。

 マーノットの敗北を微塵も疑っていないのだ。

 だが、ツッコミを入れられるような空気ではない。彼女の纏う空気は非常に張りつめているのだ。


「マーノット先生、先生は四年前――騎士科にいた女子生徒オレリオッタ・ビュー・ナビコスタを覚えておりますか?」

「だ、誰だ……それは……」

「先生が不当に評価を下げ、挙げ句に倒れた際にその指を踏みつけて折り砕いた私の姉です。

 日常生活はできる程度に回復はしましたが、もう剣は握れないだろうと医術士の先生に言われました」


 瞬間、マーノットへ視線が集中した。

 特に女子生徒からの視線は厳しい。男子生徒でも、権力としての騎士ではなく、仕事としての騎士を目指している者たちの視線は険しい。


「セアダス先生。ショークリア様が勝利した暁には、彼をただクビにするのではなく、しかるべき方法で余罪の追究をお願いします。

 女子生徒が受けた被害だけならなぁなぁにされてしまうかもしれませんが、彼は気に入らない男子生徒にも不当な暴力を振るっていた疑惑がございます」

「お、女のクセに(さか)しらなコトを……!

 不正を暴く文官にでもなったつもりか……ッ!」


 涙を湛えて訴える女子生徒へと立ち上がって睨み付けようとするマーノットだったが――


「黙れ」

「黙りなさい」


 セアダスとショークリアから同時に、それを上回る眼光と威圧を叩きつけられた。マーノットはそれに驚いたように尻餅をつく。


 そんな彼を一瞥もせずに、ショークリアはセアダスに声を掛ける。


「セアダス先生。

 マーノット先生の持論に、理不尽は決闘で(くつがえ)すという言葉があるようです。

 例え正論であったり、証拠のある事実であろうとも、きっと彼はそうやって生徒を叩き潰し、覆してきたのでしょう。

 恐らく、例え負けても、その結果すらも決闘で勝てば覆せるという屁理屈も一緒になっていると思われます。

 この場で、私が勝利しても――それを覆す為に、クビになったあとも町中で決闘を仕掛けてくるコトは明白です」

「そうでしょうな。それでどうします?」

「向こう百回……いえ一千回どころか一万回分の敗北と屈辱と絶望をその身と魂に、今ここで刻み込みます」

「……あとで尋問する者の手を煩わせないようにお願いしますよ」

「大丈夫です。いざとなったら秘蔵の治癒薬(ポーション)の封切りしますのでッ!」

「その薬の値段は……聞かぬ方が良さそうですな」


 やれやれと、苦笑するセアダス。

 だが、やるな――とは言わないようだ。


 それはそれとして――


「ええっと、そちらの方」

「……ルヴィアンです。ショークリア様」

「ルヴィアン様。拳をほどいてください」

「え?」


 ショークリアはルヴィアンの前に行くと、その目の端に溜まっている涙を人差し指で拭ってから、彼女の手を取った。


「無意識だったのかもしれませんが、ずっと拳を握っていては、その綺麗な爪が、自身の血で赤くなってしまいますよ」

「あ……」

「あー……ほら、少し掌に血が滲んでおります」


 言いながら、ショークリアは血の滲んだ彼女の手を両手で包み込む。


「魔術未満の、彩技を応用した治癒光(ちゆこう)ですが、この程度の傷なら……」


 ショークリアの手から放たれる暖かな虹色の魔力がルヴィアンの手を包み、血を止めて傷を塞ぐ。


「うん。問題なさそうですね」

「ありがとう存じます。ショークリア様」

「お姉さんのコト、本当に苦しかったのだと思います。

 その怒りの溜飲が下がる結末にはするつもりですので、安心してください」

「……はい」


 さっきまで怒っていたからだろう。ルヴィアンの顔はやや赤い。

 こちらを見る瞳はぼんやりとした感じなのが気になるが、気分はだいぶ落ち着いたようである。


「ショコラがまたやってますわね」

「またってどういうコトですか、ハリー?」

「キーチン領やダイドー領では身分問わず人気なのですよ。

 相手の身分や立場も気にせず、ああやって声を掛けて手を差し伸べてしまいますので。特に物語のような王子様や、麗しの騎士様に憧れる女性たちから人気ですわ」

「分かるかもしれない。あれをやられるとわたしもああなるかも」

「ヴィーナ、正気に戻って」

「…………」

「シア様も、自分はすでに手遅れかもしれないみたいな顔なさらないでください」


 なにやら後方がやかましいが、それは気にせずショークリアはマーノットの元へと戻った。


 逃げようと思えば逃げ出せただろうに、マーノットはへたりこんだまま動いていなかった。腰でも抜けているのかもしれない。


「さて」

「うむ」


 ショークリアは持っていた木刀を逆手に持ちかえる。


「ひィ……!?」


 それだけで、マーノットは喉の奥を鳴らす。


「マーノット先生が立たないなら立たないで構いません。

 ですが騎士の決闘というのは非常に重い。決闘によって交わされた取り決めは、可能な限り守らねば騎士の矜持が穢れます」


 つまり、チョヤクとの決闘で定められた、マーノットとの決闘は、今更覆せないというワケだ。


「決闘とは誉れと矜持を賭けて行うモノ。自分が不利になった時、気軽にテーブルをひっくり返せる便利な手段ではありません」


 そう告げるセアダスの表情は冷たい。

 どうやら、老教師なりに、筋肉教師に対して思うことがあるようだ。


「準備はいいかね?」

「私は構いません」

「…………ッ」


 そして――


「では改めて。

 決闘――始めッ!」


 セアダスが言葉と共に手を振り下ろす。

 マーノットは即座に声を上げようとする。


「ショ、ショコラ嬢! 私は、こう……こ、こうさ――……」

「うるぁぁぁぁぁッ!」

 

 だが、全てを言い終える前に、ショークリアの拳が彼の頬を捉えた。


「んなぁばぁぁぁ……ッ!?」

「どうやら色々と余罪があるみてぇだしよ……」


 ショークリアは炎のように揺らめく虹色の魔力を纏いながら、前髪をかき上げる。


「テメェがこれまで踏みにじってきた生徒たちの思いを代弁する――なんて大層なコトは言はねぇが……だが、それでもだッ!」


 さっきまでのものとは比べものにならないほどの、迫力と殺気の籠もった威圧を叩きつけた。


「そいつらの溜飲が多少は下るくれぇのコトはさせてもらうぜ?」

「う……あ……」

「本物の殺意と暴力と恐怖って奴を教えてやるよ。もちろん、実戦形式でな?」

「ま、待て……この決闘は、私の……まげ、ぁぐぁッ!?」


 降参しようとするマーノットの言葉を遮るショークリアの突きが、彼の鳩尾に突き刺さる。


「知らなかったのか? 実戦じゃあ、やめてくれと言っても敵は止まっちゃくれねぇんだぜ?」


 あるいは、普段から彼がやっていたことかもしれないが。


「それじゃあ、セアダス先生が止めるまでの……暴力祭りの始まりだ。楽しんでくれよ?」

「う、うわぁぁっぁあああぁぁぁ――……ッ!?」




「シア様、あれはさすがにやりすぎでは?」

「どうして?」

「空中へ吹き飛ばした先生を、上下左右斜めというあらゆる角度から攻撃を加えてますけれど」

「どうやらショコラの新しい秘奥彩技(ホイーラアーツ)のようですね。あまりにも早すぎてショコラがいっぱいいるように見えて楽しいですね」

「楽しいですねって……」

「自業自得ではありませんか。騎士とは何かを教える騎士科に所属しておきながら、騎士の矜持を踏みにじってきたのです。

 先人への敬意もなく、これから騎士になる――つまりは国防を担う覚悟を持った卵たちを、自分の好悪の感情だけで何個も叩き割ってきたのですから。

 それは明確に国防を弱らせているわけです。ならば、謀反や叛逆の意を疑われても仕方がないではありませんか」

「……そう言われると、確かに」

「まぁそんな理不尽を越えて騎士になっても、女性というだけで不当に扱われて辞めて行く方が後を絶たなかったのですが……。

 それでも王宮に、改革の刃が突き立てられているのです。学園にもその刃は突き立てられた以上、これまで通りにはいかないのです。教師も生徒も」


 そう言ってトレイシアが空中でズタボロになっているマーノットを見る。

 ちょうどショークリアが彼の真上で静止して右足に魔力を高めていた。


斬虹天刃牙(ザンコウテンジンガ)ッ!」


 そして、そのまま真下へと勢いよく降下する。

 突き出された魔力を纏う右足はマーノットの腹部を捉え、そのまま一緒に落下してくる。


「おおおおるぅあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 ショークリアは裂帛の声と共に降りてきて、マーノットごと地面を蹴り穿つ。

 次の瞬間、虹色の火柱が立ち上り、円形状に衝撃の余波が吹き荒れた。


 火柱に巻き上げられたマーノットは再び宙へと投げ出される。


「あのぉ……トレイシア殿下、ハリー。もしかしなくてもショコラってすごい強い?」


 ヴィーナが恐る恐る訊ねると、二人はなにを今更という顔でうなずく。


「かの炎剣の貴公子の子にして、デビュタントでは高位の暗殺者を相手に大立ち回りをし、王都の平民街に現れた巨大な魔獣を倒したのですよ?」

「彼女の領地は土地柄どうしても食糧難がついて回ります。なので暇があれば自ら率先して魔獣を狩り、捌き、調理する。

 そして人手の足りてない何でも屋に協力し、自らも何でも屋として平民たちを守り手助けをする。

 その行いと結果から、敬意と親しみを込めて付けられたあだ名が美食屋というワケです」


 そこで、ヴィーナは思い至る。


「もしかして、さっきセアダス先生が言っていた無知は怖い……って」

「ええ、ショコラのコトではなくマーノット先生の無知を揶揄していたのですわ」

「結構有名な話ですからね。それを知らないのは貴族としての情報収集能力が足りておりません」


 ハリーサとトレイシアがそれを口にした時、白目を向き口を半開きにしたままのマーノットが、ボテりと地面へ落下した。


「勝者ショークリアッ!」


 セアダスの宣言にショークリアは纏っていた炎のような魔力を納めると、真っ直ぐにこちらへとやってきた。


 そしてトレイシアの前に膝を突く。


「お約束の通り、こちらをお返しするとともに、この決闘の勝利を捧げます」

「ええ。よくやりました。ショークリア」


 そのやりとりを間近で見ていたヴィーナは、ハリーサの耳元で囁く。


「ショコラの真顔でキリっとした顔、下手な男性よりカッコ良くない?」

「気をしっかり持ちなさいヴィーナ。飲まれるわよ」


 否定しなかったあたり、ハリーサもすでに飲まれているのでは――とヴィーナは思ったのだが、敢えて口にはしないのだった。



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― 新着の感想 ―
手遅れですわ(゜∀゜)
[一言] 漢だねぇ、転生前も本人気づかないとこでもててたんじゃないかな、町での人気はあったし。
[一言] ハッタリ筋エセ肉が公の場で裁かれると良いな。
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