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実戦形式で教えてくれるって?


「――では、その決闘。この老いぼれが見届け人となろうか」


 トレイシアが決闘の承諾をすると、どこからともなく老年の男性が現れた。

 もしかしたら気配を消して直前まで様子を見ていたのかもしれない。


(うお……やっべぇな、あのじーさん。クッソ強ぇぞ……)


 ただ歩いているだけなのにゾクゾクしたものを感じて、ショークリアは無意識に口元を吊り上げる。


「セアダス先生。

 しかし、これは私が声を掛けたものですから……」

「だからこそ、(わし)が見届けると、そう申しているのですよマーノット先生? 関係者ではなく第三者が見届けるからこその公正な決闘でしょう?

 それとも、自分が見届け人をするコトで、そちらのチョヤク君の贔屓でも考えておるのですかな?」

「いや、それは……」


 老教師セアダスからの問いに、マッチョ教師マーノットが言い淀んだ時点で答えは明白だ。


 恐らくはショークリアがチョヤクを一撃でぶちのめしたところで、実力をいっさい認めず、いちゃもんを付けてきたことだろう。


「そ、そうです。セアダス先生。あなたは復帰したばかりで、新しい学校の決闘を……」

「決闘の決まり事は学園のモノではなく古き騎士たちが決めたモノ。それを学生が流用しているにすぎません。

 儂もここの卒業生。騎士も経験しておりますし、以前も臨時でしたが教師をした経験もあります。

 確かに隠居してしばらく経ってはおりますが、決闘に関しては何一つ変わっていないのは確認済みですぞ?」


 完全にセアダスの雰囲気に飲まれてしどろもどろのマーノット。

 こういう舌戦に対して、余りにも経験差がありすぎるのだろう。


「チョヤク君はどうかね? 儂で問題はないかな?」

「構いません」


 背筋を伸ばして答えるチョヤク。


「ショークリア嬢は?」

「不正無く、誉れ高き決闘の条件と此度(こたび)の決闘の決まり事に則り、我々決闘者と見届け人の三者の矜持が穢れるコトなき、清き戦いが望めるのならば、異はございません」


 それに対してショークリアは、右膝を付き、右手を開き左胸よりやや上鎖骨あたりに置いた。その上で、騎士として決闘における正式な言葉を口にする。


 その姿に、セアダスは笑みを浮かべた。


「よろしい。決闘者同士の合意がここに結ばれた」


 セアダスの宣言を受けて、ショークリアが立ち上がる。


「本来は騎士科の自由授業の体験会の予定ではあったが、予定を変更し生徒チョヤクと生徒ショークリアの決闘を執り行う」


 ショークリアが立ち上がるのを確認してから、セアダスが朗々と宣言した。


 その脇で、この期に及んでマーノットが何かを言おうとするが、セアダスは無視して進めていく。


 さて、武器はどうしようかとショークリアが思っていると、トレイシアが声を掛けてきた。


「ショコラ、これをどうぞ」

「シアの持ち込みの木剣じゃないの?」

「そうですけど、わざわざ共用のモノを取りに行くのは手間ではありませんか?」


 言われて、それもそうかとショークリアはうなずいた。

 

「あ、そうだ。せっかくだし」


 少しだけ意地悪くショークリアが笑うと、トレイシアの前で膝を突いた。


「主を持ち主とするこの剣――私、ショークリア・テルマ・メイジャン、謹んで拝借いたします。

 そしてこの決闘ののち、勝利と共にこの剣を主にお返しするコトをお約束いたしましょう」


 恭しく木剣を受け取るショークリアに、トレイシアも楽しくなってきて調子を合わせる。


「これは訓練用の木剣です。折れようが炭になろうが、どうなっても構いません。

 我が忠臣、我が友ショークリア。勝利と共に、無事に我が元へ帰還しなさい。それこそを唯一の命令と致します」

「主からの唯一のご命令、謹んで拝命いたします」


 堂々としたそのやりとりに、騎士に憧れている生徒たちの多くは目を輝かせた。


「ふん、女同士が騎士ごっこなどして何になる」


 マーノットは面白くなさそうにしているが、ショークリアもトレイシアも最初からそれが狙いである。

 二人が貴族らしく、主従らしく、騎士らしく振る舞えば振る舞うほど、それを馬鹿にするマーノットの底の浅さが見えてくるのだ。


 逆に、セアダスはどこか懐かしいものを見るように、嬉しそうにこちらのやりとりを眺めている。


 ショークリアとトレイシアのやりとりが、正式なものに近ければ近いだけ、セアダスからの評価はあがることだろう。


 剣を受け取り、立ち上がる。

 そしてショークリアは丁寧な仕草で、チョヤクへと詫びを告げた。


「大変お待たせしました。チョヤク様、セアダス先生」

「全くだ。こんな決闘に、わざわざ仰々しいコトをして」


 チョヤクは不機嫌に言い放つ。

 セアダスはそれを無視して、人好きする笑みを浮かべながら首を横に振った。


「いやはや、お二人とも中々堂に入っておりましたな。正式な決闘の――特に主従の立場を賭けたモノの作法をご存じとは驚きました」


 やはりセアダスからの受けがいい。

 今し方、ショークリアとトレイシアがやったのはそういうものだ。


 主従の立場を賭けたもの――とりわけ、主従関係解消や、従者の引き抜きなどが賭けの対象となっている場合で、その関係を崩したくない主従が行うやりとりである。


 そんなことよりとっとと始めろ――という態度を見せるチョヤクとマーノットの二人は、セアダスの中では騎士ではなくなっていることだろう。


「では双方構えてください」


 チョヤクは、この国の騎士式長剣術の構えを見せる。

 この国の騎士剣術の中でもっともスタンダードなものであり、ショークリアも父との鍛錬の時は使う構えだが――


(んー……学生同士の決闘とはいえ、実戦は実戦だよな。それなら……)


 ショークリアはトレイシアから借りた木剣を右手の逆手持ちで構えた。

 そして、構えというよりも自然体に近い感じで脱力する。


「なんだおまえ、その構えは!」

「はん! 所詮は女よな。騎士のマネはできても、剣術まではマネできないと見える」


 チョヤクとマーノットが何か言っているが、ショークリアは完全に無視である。

 セアダスも何だか疲れた顔でこちらを見てきた。


 先生も大変ですね――と、労いの眼差しを返してみると、何だか驚いたような嬉しそうな顔を浮かべた。


(なんつーか、良いじーちゃんみたいだな、セアダス先生)


 そんなことを考えていると、セアダスは腕を掲げる。


「それでは……決闘――」


 チョヤクが身体にチカラを込める。

 一方で、ショークリアは自然体に近い軽い構えだ。


「――始めッ!」

「いくぞッ!」


 セアダスのかけ声と共に、チョヤクが地面を蹴った。


(……悪くはない方だと思うが、遅いな……)


 ギャラリーたちは沸いているので、それなりには出来ているのかもしれないが。


「ぜぇぇぇいッ!」


 ショークリアは振り下ろされた木剣を、軽く上体を逸らして(かわ)す。


「このッ!」


 続けての横払いも、後ろに跳んで躱した。


「まだだッ!」


 さらに続けて突きが放たれる。

 悪くない三連撃であったが、悪くない程度のものでしかない。


 ショークリアは逆手に握ったままの剣を掲げて、突き出された切っ先に掲げた剣の腹を向ける。

 ぶつかる直前にそのまま少し角度を付けて、チョヤクの切っ先の軌道を外側へと逸らす。


 勢いの乗った突きの軌道がズラされ、想定してない方向へチカラが加わった為、チョヤクはバランスを崩してたたらを踏む。


 そこへ――


「…………」


 ショークリアは無言のまま、チョヤクの鳩尾へと膝をねじ込んだ。

 強烈な膝蹴りによって、チョヤクの身体が大きく浮き上がる。


「が……あ……!?」


(本来ならこのまま回し蹴りで吹っ飛ばして終わりだが……一応、剣を使っておくか)


 これが正式な決闘であるならば、彩技(アーツ)を使うことは反則ではない。


 剣に軽く魔力を乗せて、切っ先を地面に滑らせるように振り上げる。


走牙刃(ソウガジン)ッ!」


 剣を使った彩技の基本とも言える技。

 魔力の乗った剣を振るって、地を這う剣圧を飛ばす技だ。


「うあああ……!?」


 ショークリアがだいぶ加減して繰り出した剣圧による衝撃波は、膝蹴りで浮かび上がっていたチョヤクの足下を潜り抜ける。


 しかし、地を這う剣圧は当たらずとも振り上げた剣そのものはチョヤクを捉える。

 そして振り上げのその一太刀で、チョヤクを吹き飛ばした。

 しかもただ吹き飛ばすのではなく、地を這っている剣圧の上に上手く落ちるように調整したのだ。


 それだけでも十分かもしれないが、ショークリアはそこで動きを止めずに、流れるように左手に魔力を込めて、その場で拳を突き出す。


追爪(ツイソウ)ッ!」


 踏み込みながら繰り出された左の拳から、衝撃波が打ち出される

 それは剣圧の上に落ちて、その衝撃で再び宙を舞っていたチョヤクに直撃して打ち落とす。


「げぶぅッ!」


 そして、剣を順手に持ち直す。

 僅か遅れてチョヤクが地面へべちゃりと落ちる。


 ショークリアは、お尻を天に掲げるような山なりの姿勢で倒れるチョヤクへと向けた。


「さぁ起きあがってまだやる? それとも降参?」

「彩技は反則ではないのかッ!」


 地面で伸びているチョヤクを見ながら、マーノットが叫ぶ。

 恐らくこちらが彩技を使わなければチョヤクが使っていたことだろう。そのことを棚上げして、文句を言ってくるのだから良い性格をしている。


 それに対して、セアダスは首を横に振って丁寧に説明した。


「主従関係の解消が賭けられた決闘において、主従側が正式な決闘へと望む儀式を行った以上、これは学生同士の決闘ゴッコではなく、正式な騎士同士の決闘です。

 彩技も魔術も、騎士同士の決闘において使用は禁じられておりませんぞ」


 セアダスの言葉に顔を真っ赤にするマーノット。

 それを無視して、セアダスは倒れたチョヤクの様子を確認し、小さくうなずく。


「チョヤク君は完全に気を失っておりますね。これにて決闘は決着とします。勝者、生徒ショークリアッ!」


 その宣言に答えるように、ショークリアは左の拳を天へと真っ直ぐに掲げる。

 それだけで、見ていたギャラリーが沸いた。


 そして、その拳から人差し指を伸ばすと、ゆっくりとおろしてマーノットへと向ける。


「出てきてくれますよね、マーノット先生。

 チョヤク様との決闘。こちらが勝利したのであれば、貴方が決闘の場に出てくるコト」


 ショークリアはマーノットに向けて伸ばした手を裏返し、挑発するように人差し指をクイクイと動かした。


「それが、こちらが出した条件であり、そちらも合意したはずです」

「いいだろうショコラとやら……先生が、実戦というモノを教えてやる……!」

「へぇ……是非、教えてもらいたいですね」


 完全に好戦スイッチの入ったショークリアが獰猛な笑みを浮かべる。


(わざわざ実戦なんて言葉を口にした理由――まぁだいたい見当が付くんだよ……こっちとしても好都合ではあるよな)


 セアダスがこちらに顔を向けてくる。

 こちらを心配しているというよりも、下町のおっちゃんたちのような、やっちまえ嬢ちゃんって感じの顔だ。


 ようするに、セアダスもマーノットが何をしようとしているのか、予想が出来ているのだろう。


「では、続けて教師マーノットと生徒ショークリアの決闘を行います」

「こちらの条件はチョヤク君と同じだ。蜜守蜂の契約の解消。

 それと……そうだな、君も退学してもらおうか。正直、迷惑なのでね」

「いいけど、ならそっちも自分のクビを賭けなさいよ」

「ふざけるな! 生徒のクビと教師のクビの釣り合いがとれるワケが……ッ!」


 顔を真っ赤にするマーノットに対し、ショークリアは挑発的な笑みのまま告げる。


「先生はさっき、納得できないコトは決闘で覆すのが男だと言ってたじゃないですか。

 私は女ですが、貴方が教師でいるコトに納得できないので決闘で覆したいと思ったのですよ。

 こちらが先生の理屈にわざわざ付き合ってあげている以上、決闘の結果を拒否したら先生は男でなくなるのですが、良いのですか?」


 切り落とすのなら任せてください――と笑いかければ、マーノットは真っ赤な顔に青筋をびっしり浮かべた。


「子供で女の君が……まるで私に勝つ気でいるみたいじゃないか……!」

「勝つ気もなにも、先生みたいな雑魚に負ける要素がないんで」

「アァンッ!?」


 顔どころか、全身の血管が浮かび上がるぐらいの怒りを露わにするマーノットだが、何一つ怖いと思わない。

 強いて言えば、見た目が多少怖いぐらいだ。


 季変魔だの、ダーム種だの、暗殺者だの、醜悪なる(エタゲラッガ・)群霊獣(イルテシャーグ)だのと比べると、微塵も恐ろしさはない。


「セアダス先生、始めてください。

 マーノット先生がどのような実戦を教えてくれるのか、早く知りたいですので」

「いやはや、無知というのは恐ろしいですな」


 ほっほっほと笑うセアダスに、凄惨な笑みでマーノットが同意した。


「ええ、全くです……女で、しかも子供でしかないくせに、調子に乗った報いは必要ですね」


 そうして、セアダスが手を掲げる。


「教師マーノットと生徒ショークリア。

 それでは、決闘――」

「これが実戦だッ!!」


 セアダスが開戦を宣言する前に、マーノットは地面を蹴ってショークリアへと飛びかかる。


「実戦に合図はないんだからなァァァ――……がァッ!?」

「知ってるけど?」


 それに対して、ショークリアは何食わぬ顔をしながら無造作に魔力を籠めた左手を突き出し、マーノットの太い首を、喉仏ごと鷲掴むのだった。


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[気になる点] このおじいちゃん先生何者だ(*´艸`*) [一言] 書籍化した本が楽しみです(*´艸`*)
[一言] 実戦とは敗北=死の世界、その覚悟できてないよなこいつ
[気になる点] セアダス先生は王の呼びかけで復帰されたのですかな?
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