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なんかまた大事になりそうな気がするぜ


 廃墟食堂での昼食を終えた面々は、寮へと戻ってそれぞれの活動に移っていく。


 それは当然、ショークリアも例外ではない。


 自室へと戻ると、動きやすい格好へと着替える。

 騎士科の自由授業体験会は運動場でやるそうで、参加者は着替えておく必要があるらしい。


 ショークリアの格好はキーチン領の女性用領衛戦士服だ。

 これが一番着慣れているし、動きやすさも抜群である。


 寮のエントランスへと向かえば、ダイドー領の女性用領衛騎士服を身に纏ったハリーサと、乗馬服と思われる格好のヴィーナが待っていた。


 なおモルキシュカの部屋をノックしたけど反応はなかった。寝てるのだろう。


「二人とも、格好いいね」

「お世話になっているダイドー領の領衛騎士の女性用制服なのですよ、これ」

「私のもそうね。キーチン領の領衛戦士の女性用制服」


 ちなみに、ダイドー領の女性用制服もショークリアのデザインである。

 ダイドー領が女性採用を始めるにあたって依頼されたのだ。


「女性騎士……女性戦士……そういうのを採用しているところもあるんだ……」


 ヴィーナは何か思うところはあるようだ。

 これまでの彼女の言動や騎士科の授業を受けたがっている様子、当主である祖父の頭がガチガチであることなどから、色々とあるのかもしれない。


 だが、この場ではあえて気にせずにショークリアは二人を促す。


「第二運動場だったわよね。行きましょう」




 第二運動場にはそれなりに生徒が集まっていた。

 騎士科以外の生徒も、やってきているのだろう。


 まだ授業は始まっていないようで、周囲を見回しながら歩いていると、こちらに気づいた生徒が一人、微笑みながら近づいてくる。


「ふふ、やっぱり来ましたね。ショコラ」

「トレイシア殿下」


 嬉しそうショークリアに話かけるトレイシアの姿を見、二人から遠巻きなところでヴィーナがこっそりとハリーサに訊ねた。


「入学式の時にも思ったんだけど、ショコラと殿下って仲が良いの?」

「大変仲の良いご友人同士ですよ」

「そうなのッ!?」

「ショコラは陛下からも覚えが良いですしね」


 だとしたらお爺さま、完全に読み違えたじゃないの――と、ヴィーナが小さく呟く。

 ハリーサは耳ざとくそれを聞いていたのだが、聞こえていなかったフリを通した。


「そうだ、ショコラ。実は授業の前にどうしても頼みたいコトがあるのです」

「改まってどうしました?」

「実はショコラ。貴女に蜜守蜂(ナイドラウグ・イーヴ)を頼みたいのです」

蜜守蜂(みつもりばち)?」


 知らない言葉を言われ首を傾げるショークリア。

 逆に、言葉の意味を知っている者たちは一斉に驚いていることから、それなりに大層な意味を持つ言葉なのかもしれない。


「大雑把に説明しますと、在学中限定の護衛騎士です」


 なるほど――と、ショークリアは小さくうなずく。


「ですが、私とトレイシア殿下では選択教室が異なりますよね?」

「そこは問題ありません。

 学生ですからね。学業優先で、護衛可能な時間帯に護衛をする――という形になります」

「……それ、意味あります?」

「形式的なモノです。王族ないし上級貴族が、信における生徒にお願いする特別な契約……だと思って頂ければ。

 将来をお約束するような契約ではありませんが、学生時代に誰それの蜜守蜂をやっていたと口にできるだけで、騎士としての信用は高まるのですよ」

「言ってしまえば後ろ盾を対価とした派閥への取り込みですよね。それ」

「ええ、否定しませんよ」


 うーむ――と、ショークリアは悩む。


 その様子が信じられないのか周囲からヒソヒソと声が聞こえてくる。


「殿下の蜜守蜂だぞ。悩む必要があるのか?」

「彼女、アレだろ。キーチン領の野蛮姫」

「ああ。だから名誉を理解できないのか」

「どれだけ強くても女ってコトだよな」


 野次馬たちのやりとりは、無関係な女子生徒たちの反感を買っているのだが、本人たちは気づいていない。


(しかしまぁ、好き勝手言ってはいるが……派閥ってなぁ、面倒くせぇんだよなぁ……)


 親がどの派閥であり、どういう方針を支持しているのかは大事な情報だ。

 殿下からの誘いだからとホイホイと蜜守蜂になるワケにはいかないのである。


(親と姫さんの派閥が食い違ってたらどうするつもりなんだ、アイツら)


 恐らくは、そこまで難しいことを考えていないのだろう。

 チラりとハリーサの方を見れば、ショークリアと似たようなことを考えているだろう顔をしている。


「トレイシア様……私の返答が『はい』であれ『いいえ』であれ、即答してたらやっぱ止めたって口にする気でした?」

「もちろんです」


 笑顔でうなずいた瞬間、周囲の空気が固まった。

 ホイホイ二つ返事で返答しようとしてた者たちは気まずそうな様子を見せている。


「派閥に入るかどうかは別問題ですが、蜜守蜂としての仕事なら受けてもいいですよ」

「ふふ、両親の派閥や、現状の政治的な釣り合い状況などをちゃんと加味した返答をするからこそ、ショコラに――ショークリアに声を掛けたのです」


 わざわざ愛称から正式名称に言い直したのを聞き、ショークリアも背筋を伸ばした。


「この場には、訓練用の木剣しかありませんが――改めて問います。

 ショークリア・テルマ・メイジャン。蜜守蜂の命、引き受けて頂けますか? 断って頂いても構いません。断るコトに何の問題もないコトですので。よく考えて答えてください」


 その問いに、ショークリアは膝まづいて、騎士の礼を取る。


「ショークリア・テルマ・メイジャン。

 トレイシア姫殿下の蜜守蜂、拝命したく存じます」

「ありがとう、ショークリア」


 トレイシアは木剣を一度掲げると、それをショークリアの肩に乗せる。


「ではこれより、貴女は私の蜜守蜂となります。

 学業を疎かにしない範囲で、十分な働きを期待します」


 肩から剣が退く。

 そして、厳かな雰囲気を一転させてトレイシアは微笑んだ。


「そういうワケだから、よろしくね。ショコラ」

「こういうのって私が立ち上がるまでは威厳を残すべきじゃないんですか?」

「なんか、途中で疲れてしまいまして」

「お姫様なんですからそこはもうちょっとがんばりましょうよ」


 緩んだ空気のまま交わされる言葉ああまりにも軽い。


「納得いかないぞ!」


 そんな様子に割り込んでくる生徒が一人。

 一応、建前上は学園内での身分差はないことになっているので、ショークリアもトレイシアもそのことには文句を言うつもりはない。


(もっとも、貴族ならもうちょっと話しかけるタイミング考えろよって感じだけどな)


 胸中で呆れた顔をしながら、ショークリアは訊ねる。


「何に納得いかないのでしょうか?」

「ここで蜜守蜂として任命式をしただけで、最初から打診されていたモノではないのか!?」

「……仮にそうだったとして、何か問題が?」

「え?」


 聞き返すショークリア。

 だが、声を掛けてきた男子生徒はビックリした顔をした。


(貴族なんざ根回ししてナンボだろ。

 実際に事前の打診があったならあったで、それは貴族としての立ち回り方の一つでしかねぇし、何の問題もねぇんだよなぁ……)


 そもそも、何を持って問題とする気だったのだろうか。


「貴方――お名前を伺っても?」


 どうしたものか――とショークリアが困っていると、トレイシアが彼に名前を問いかけた。


「チョイク・ヤーコ・コーデンダケバです、トレイシア殿下」

「ではチョイクさん。貴方は何に納得できないのですか?」

「え?」

「それにショコラが私の蜂になるコトを貴方が納得できなかったとして……どうして貴方を納得させる必要があるのですか?」

「いや、それは……」

「そもそもコーデンダケバ家といえば、お兄さま――王子派閥だったはず。実家の派閥が私の派閥と敵対している以上、貴方を納得させる理由も、貴方を選ぶ理由も、私には全く無いのです」

「じ、実家がそこまで……」

「もしかして、ご自分が蜂に選ばれなかったコトを納得していらっしゃらないので?」

「そ、そうです……!」


 チョイクがうなずいた瞬間、ショークリアやハリーサ、その他一部の貴族たちは嘆息を漏らした。


「そうですか。では説明させていただきますね。

 仮に私がチョイクさんを取り立ててしまうと、貴方のご実家は王子派閥から嫌がらせをされるコトでしょう。明確な寝返りですからね。

 そして貴方は貴方で、敵対派閥からこちらへと寝返った信用のおけない人物として、私の派閥からは嫌われます。

 ご実家ともども、貴族社会から貴方の居場所がなくなります」

「そんな大袈裟な……」

「今の話を聞いてそのような反応しかできない人は、私の蜜守蜂にふさわしくない。それだけの話です」


 つまらなそうに半眼を向け、トドメを刺すように告げる。


「なにより、デビュタントの騒動の時――武器や魔術を扱える方々のどれだけの方が、ショコラやガルドレットのように立ち回れましたか?

 ロクに戦う気概を見せないのに、ショコラや彼女の従者の邪魔する者ばかりだったではありませんか。

 その時点で、護衛として信用が全くできないのです。そこを理解できてないようでは論外です」


 あの騒動を知っている者の中でも常識的な思考ができる生徒たちは、納得した顔を浮かべたが、それでもチョイクは納得できなかったらしい。


 これだけ言われて引き下がらないのは、納得云々以前に貴族としてのやりとりもロクにできないということになるのだが――本人は気づいてないようである。


 そして、手にしていた木剣をショークリアへと向けた。


「勝負だッ! ショコラとやらッ!」

「……身分性別関係なく、本人許可もなく他人を愛称で呼ぶなど、大変失礼な行いであるという自覚はおありで?」

「うるさいッ! 何を言われようと納得ができないのだ! この決闘を受けろッ!」

「こちらに受ける利がないではありませんか。

 どうして貴方個人の納得の為に、利もなき決闘をお受けしなければならないのでしょうか?」


 正直、面倒くさい――そんな気持ちを隠さずにそう告げるショークリアだったのだが、そこに第三者の声が割って入ってきた。


「よくぞ言ったぞチョヤク! 納得いかないのであれば決闘で覆すッ、それこそが男だッ!」


 割って入ってきたのは、丸太のように太い四肢を持つ大男だ。

 恐らくは騎士科の教師なのだろう。


 格好良い言い回しをしているが、女の言い分など暴力で覆せば良いという意味だ。

 この言葉の意味に気づけた生徒たち――特に女子生徒からは、一気に好感度が下がったことだろう。


「この決闘を受けろッ、ショコラとやら!」

「騎士科の先生かとお見受けしますが、私――先生に愛称を呼ぶ許可を与えた覚えはございませんが? 何より騎士の決闘はそう気軽にするものでは――」

「そんなコトどうでも良いではないかッ!」


 ショークリアの目が半眼となり、やや殺意が灯る。


(……ナメてんのか、この筋肉ダルマ)


 実際にショークリアを――いや女という性別全体をナメているのだろう。

 同時に、なんとも前世を思い出す教師でもある。


「女には分からないだろうが、納得いかなければ決闘するものだ」

「せんせー、男の自分も聞いたコトがありません」

「うるさい黙っていろッ!」


 どこからともなく飛んできたツッコミに、キレた。

 気に入らないものは潰して、自分を肯定する存在だけを周囲に侍らせたいタイプのようだ。


「そもそも男女がどうこうというより、先生の礼節に疑問が生じますが」

「殿下も女性ですからね。礼節などよりも重要なモノが男にはあるのです」


 周囲を見回すと、男子生徒の中にも一緒にするなと迷惑そうな顔している。


(この教師(センコー)はダメだな。

 チョイクには悪いが、踏み台になってもらうしかねぇ。

 こいつを決闘の場に引きずり出して徹底的にボコすッ!)

 

 一方的に自分の都合だけを押しつけ、自分の価値観だけを絶対視して物事を語ってくるクソ教師。


 現代日本であっても鬱陶しいタイプの教師ではあるだが、そんなタイプの教師がこの世界の男尊女卑の価値観に凝り固まっているのだから、やってられない。


 自覚はないだろうが、あれはトレイシア姫殿下をナチュラルに見下している。ただ彼女が女であるというだけで。


 ショークリアに対しても諭すような口調を見せてはいるが、完全にこちらの言い分は無視して自分の言い分だけを通そうとしているのが見え見えだ。


「シア」

「ええ、ショコラ」


 呼びかければ、トレイシアもやや怒気をはらんだ様子でうなずく。


「わかりましたわ。私の蜜守蜂であるショークリアと、そちらのチョヤクさんとの決闘を認めましょう。

 そしてチョヤクさんの要望の通り、ショークリアが敗北すれば私の蜂から解任します。

 ですが、ショークリアが勝利した暁には――先生、今度は貴方がショークリアと決闘をして頂けますか?」


 完全に臨戦態勢のショークリアとトレイシアの背後で、ハリーサが盛大に嘆息しながら頭を抱えていた。




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[一言] 初登場が少し問題でしたが、やはり作中では上位の常識人だなハリーサ嬢
[一言] 礼節と立場を重んじる騎士を作りあげる筈の騎士科の先生がこんな筋肉ダルマだと、この学園の資質も疑わざるを得ない。
[一言] 出番ここだけちょい役てw
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