いくら何でもコレはねぇだろ
3/20 書籍版発売です٩( 'ω' )و夜露死苦ッ!
「これを作ったのは誰だァァァァァァッ!?
シェフを出せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
テーブルでもひっくり返す勢いで立ち上がるショークリアだが、実際にひっくり返すようなことはしない。
ショークリアのその様子に、先ほどの従業員の男性が慌てて出てくる。
「だ、だからお貴族様が無料で良いって……え? 食べきってる?」
黒ダエルブだけはどうにもならないが、エッツァブとサラダは味さえ無視すれば食べられるシロモノだ。それを粗末にする気はないのだ。
なので、ちゃんと食べきっている。食べきってから、ブチキレている。
「黒ダエルブだけ食べきれなかったのが心残りね」
「むしろ黒ダエルブ以外を食べきられてるコトに驚きなのですが」
「不味いのは不味いですが、食べられないほどではありませんので」
「ショコラもハリーもすごいね……わたしは無理だよ、これ」
ハリーサに至ってはダエルブすら完食している。
それを見、ショークリアは訊ねた。
「ねぇハリー、どうやってダエルブ食べたの?」
「魔術で粉砕してエッツァブに振りかけました」
「その手があったわねッ!」
「そうまでして食べてくださるんですか……ッ!?」
男性が困惑しっぱなしである。
それを見ている、ヴィーナ筆頭の基礎科のクラスメイトたちすら困惑している。
ショークリアはすぐさま彩技の要領で身体強化をし、ダエルブを握り潰すよう粉砕した。文字通り粉々になるまで粉砕し、粉末化したものを口の中に入れ果実水で喉の奥に流し込む。食事と言うよりも完全に薬を飲み方である。
ちなみに、果実水は可もなく不可もなく、ちゃんと飲める味だ。
「よし。完食。これでちゃんと文句言えるわね」
「いやそこまでしなくても文句は聞きますけど……」
「ダメよ! こういうのはちゃんと全部食べてから文句を言わないと」
「何なんですかそのコダワリ?」
「不本意ながらも美食屋なんて二つ名で呼ばれている以上は、その名に恥じぬ行いをしたいってだけよ」
なにやらクラスメイトたちの中から「え?」という声が聞こえてきたが、それは無視してショークリアは従業員の男性を見た。
「それはともかく、この料理はどういうコト?
これだけの料理が作れる貴方なら、もっと美味しく出来そうなモノじゃないかしら?」
ハリーサ以外の面々が、首を傾げる。
この不味い料理を前にして、今の言葉はどういうことだろうか。
「ああ、やっぱり私の舌も間違ってませんでしたわね。
料理人さん。貴方は大変料理上手な方であるとお見受けしますが」
そして、ハリーサもまた、この不味い料理を認める言葉を口にする。
意味が分からない――と誰もが思っている中で、男性と、そしてカウンターで会計をしていた女性がポロポロと涙を流し始めた。
「お嬢様方、このような料理をそこまで認めて頂けたコト、感激と感謝を」
丁寧に跪く仕草は堂に入っている。
貴族対応もしたことがある――それも頻繁にやっていた者の動作だ。
「厨房、見せて頂いても?」
「いえ……その、お嬢様に見せるような厨房では……」
ショークリアを止めようとする男性。
それを見、ハリーサが告げる。
「ショコラの美食屋という名は、別に何でも屋としての二つ名だけではありませんのよ? 貴族令嬢としては失格ではありますが、自ら包丁と鍋を振るい、王族をも唸らせる料理を作れるコトから、貴族たちの間でも密かにそう呼ばれております」
「え?」
驚いたような顔をし、男性はショークリアの顔を見る。
彼を怯えさせないように、むしろ好意的であると思わせるように、微かな笑顔を浮かべてうなずいた。
「自分の城に、無関係な者を入れるコトにためらいはあるのは分かります。ですが、だからこそ見せて頂きたいのですよ。あなたの腕をしても、この味が限界になってしまう食材を」
「……わかりました」
ショークリアを信用する気になったのか、あるいは別の思惑があるのか。ともあれ彼は、厨房を見せてくれる気になったらしい。
厨房の中は設備はやや型落ちではあるものの、一通りのモノが揃っているし、料理人である彼が丁寧に扱っているのが分かるほどに手入れが行き届いている。
だからこそ、問題があるのは食材だと想像ができた。
「……これは……」
ショークリアは食材箱の中に入っている前世の人参に似た根菜トラッカを一つ手に取る。
葉っぱは完全に黄色くなっており、根菜部分はくたびれて柔らかくなっていた。
もう少ししたら溶け始めてしまうのではないだろうか。
トラッカの入っていた箱の横にある袋を開ける。小麦のようだが――これも質が悪い。いや質が悪いというか、まるで倉庫の奥で放置されていたかのような劣化具合だ。
食材の状況だけ見ると、まるで裏町や棄民街の食事を彷彿とさせるレベルである。
これら質の悪すぎる食材を食べられるようにするには、通常以上の調味料を用いて、素材の味を殺していくしかない。そうなると、確かにあのような味になることだろう。
(確か、商家や農家の出身なのがいたよな。
あと――マーキィも食事処の出身だし、呼ぶか)
ショークリアはそれを手に、カウンターから顔を出してクラスメイトの名前を呼ぶ。
「イズエッタさん、ミンツィエさん、マーキィ。ちょっと良いかしら?」
その呼びかけに、即座に反応したのはイズエッタ・エイトブリジだ。
綺麗な栗色の髪を揺らし、朱色の瞳に好奇と商機を狙うような商人の火を灯しながら立ち上がる。
「あ、はい。ショークリア様。なんでしょうか?」
彼女はショークリアたち三人に次ぐ、世情に理解ある少女だ。
実家が大店のエイトブリジ商会ゆえに、貴族とのやりとりや、貴族と食事をしたりする為の礼節などを学んでいるのだろう。
次に、農家の娘――ミンツィエ・オウメリオンが立ち上がる。
「なにかしら?」
ピンクの髪に鮮やかな赤紫の瞳を持つ、見た目が結構ハデな感じの少女だ。
農業でうまいこと成り上がったいわゆる豪農の家の子らしい。
ただどこか高圧的な雰囲気なのは少々気になる。
ショークリアは別に気にしないのだが、ほかの貴族にもこの態度だと少々問題になりそうだ。
だが、もっと問題になりそうなのだ――
「おれはお前が美食屋だなんて認めないからなッ!」
そう言って、こちらに来る気のないマーキィだ。
「来ないなら来ないでいいわ。動く気ない奴に相談する気もないし。
アンタに認めて貰おうが貰うまいが、その二つ名は私についちゃったモノだしね」
「知らねぇよ! 何で凄腕の何でも屋がお前みたいな女なんだよ! ありえないだろッ! もっと渋くてカッコいい男だと思ってたのにッ!」
わめくマーキィに小さく嘆息だけして、ショークリアは完全に放置することにした。
ショークリアが無視すること選んだのに気づいたのだろう。
イズエッタが朱色の瞳を不安げに揺らしながら訊ねてくる。
「よろしいのですか?」
「自分の理想と現実が食い違ってるからって現実に食ってかかられても困るだけだもの。
挨拶の時に言ったけど、言葉遣いや態度にどうこうはないわ。
ただ今の彼の態度は、貴族だろうと平民だろうと失礼なコトしているからふつうに怒ってるだけよ」
恐らくはイズエッタは貴族の恐ろしさを分かっているからこその不安だ。
だが、別にショークリアはとって食ったりする気もない。
「確かにあの態度はないわよね」
うんうんと、ミンツィエがうなずいている。
「ともあれ、二人を呼んだ理由の方を先に解決しましょう」
気を取り直すようにショークリアは小さく手を叩いてから、しなびたトラッカをカウンターに置いた。
「ここで使われている食材の一部よ」
「…………」
「…………」
イズエッタとミンツィエが顔を見合わせる。
「ええっと、仕入れからどのくらい経った食材なのでしょうか?」
「それを入荷したのは今日の朝だよ」
イズエッタの疑問に男性が答える。
その内容に、再びイズエッタとミンツィエが顔を見合わせた。
「たまたま劣悪だったのよね?」
「だいたいこんな感じだな」
ミンツィエが縋るような心地で訊ねるが、男性はすげなく首を横に振った。
「こんなもの、ふつうは出荷しないわ」
「商会としても、仕入れた中に紛れてしまったこういうモノは可能な限り取り除いてから納品します……」
困惑する二人へ、男性は追撃のような言葉を口にする。
「ちなみに、うちの届く食材は、肉も野菜も穀物もだいたいこういうのだよ」
その言葉は、商家の娘であるイズエッタと、農家の娘であるミンツィエの怒りに火をつけた。
「ショークリア様。我々に何か出来るコトはございますか?」
「そうよ。何か手があるなら教えて! 協力するから!」
「ふふ、そうよね。そうこないと!」
これを見て、商家や農家を実家に持つ二人が怒らないワケがないとショークリアは踏んだのだ。
特に実家の家業に対してプライドが高ければ高いほど、怒ってくれると。
全うに仕事をしていることを誇りに思っている人ほど許せないはずである。
「ハリー、後ろ盾になってくれない?」
「なにをしたいかは想像がつきますが、無理です。今の私の状態を知っているでしょう?」
「それもそうか……なら、ヴィーナ」
「うちもちょっと難しい。当主であるお爺さまの頭はガチガチだし」
「あれー……」
アテが外れてしまった。
「何をするか知らないけど、寮に戻ってモカにも頼んでみたら?」
「それも手ね」
ヴィーナの言葉にうなずくと、ハリーサが横から呆れたように付け加えてくる。
「そもそもショコラには強力な後ろ盾候補があるじゃないですか。
午後は騎士科の自由授業にでるのでしょう? あの方も出るそうですわよ」
「あ、そうか。そうよね。午後に会えたら聞いてみるわ」
よしよし――うなずいてから、ショークリアはイズエッタとミンツィエに向き直る。
「動き出すのは後ろ盾をしっかり揃えてからになるけど、二人には仕入れ関係で協力してもらうコトになると思うわ。その時は頼んでいいかしら?」
「もちろんです!」
「ええ。絶対に頼んでよね!」
やる気まんまんの二人が頼もしい。
あとは、男性に許可を取るだけだ。
「それじゃあ、ええっと……」
「ああ! 申し遅れてましたね。ここの料理長のジーニー・キュイエと申します」
「それじゃあジーニーさん。仕入れ関係はちょっと何とかしてみるわ」
「よろしいのですか? 間違いなく貴族の方が出てきますけど……」
「その辺りの心配はしないでください。貴族には貴族をぶつけますので。
それより、仕入先を教えてもらえますか? あと、帳簿とかもあるなら見せて貰いたいんですけど」
「何をする気ですか?」
「不正を糾弾し、それを理由に仕入れ先を変えるつもり」
「不正、ですか?」
「この状況で不正がないならそれはそれで学園側の落ち度になりますしね。いくら平民相手でもこの劣悪な商品の仕入れはありえませんし、それを平気な顔して納品している連中も落ち度がないワケないじゃないですか」
ショークリアが告げれば、イズエッタとミンツィエもうんうんと力強くうなずいている。
「ああ――もし、この食堂の中で貴族や富豪に脅されてる人がいるなら、あとでコッソリ教えてください。そういうのも全部とっちめますので」
誰に喧嘩を売ったのか教えてあげる――と、ショークリアは好戦的な笑みを浮かべた。
それを見たハリーサは、果実水で口を湿しながら面倒くさそうに告げた。
「あとでミローナに謝っておきなさいな。初日から暴れているようですしね」
「……あ」
どうやら、ミローナとカロマの暴れる予想は正しかったようである。
「で、でもまだ暴れてはいないわ!」
「まぁそういうコトにしておく方が平和かもしれませんけど」
「うあー! ハリーまで信じてくれない!?」
「信じられる要素があると思いまして?」
ショークリアは反論の言葉がみつけられず、うめきながらカウンターへと突っ伏すのだった。
○ ● ○ ● ○
ガタッ……と、赤き神と青き女神がイスを鳴らす。
その様子を見、食の子神は告げる。
「赤様、青様、まだショコラはなんも作ってないよ! 座ってなッ!」
食堂に入り浸る五彩の方々にすっかり馴れてしまった食神クォークル・トーン。
その対応はだいぶおざなりになってきているのである。
「黒よ、赤と青はあれでいいのか?」
「人も神も胃袋を捕まれると弱いというコトが判明した。貴重な情報だ」
「あっはっは。質問する相手が間違ってるよ、白。
その黒もすっかり胃袋を捕まれているさね」
言われてみれば、黒も皿の上に山ほど盛られた芋餅を食べながらの返答だ。
翠き女神が笑いながら告げた言葉に、白き神は頭を抱えるのだった。





