不死身のような敵に挑む
今回、ちょっと長めです。
本来の二話分くらいの文章量になっちゃってますが、
区切る場所が思いつかなかったのでそのままで行くことにしました。
どの属性にも偏っていない虹色の魔力が、ショークリアを包み込み、炎のように揺らめく。
幼い頃、魔力源泉付近で使ったのと同じくらいの魔力を感じさせる迫力を纏い、ショークリアは自身を見下ろすように確認する。
(……キチィ……こりゃ長く持たねぇな……)
ヤンキーインストールは内包する魔力を高め、爆発させるように全身に巡らせる自己強化魔術の一種だ。
使用者の限界を超える身体能力を得られる代わり、筋肉、神経といった肉体。魔力を巡らせる体内の経路。肉体と魔力を制御する為の精神。それらのすべてに負担がかかる。
その為、発動後は発動段階や発動時間によって強大な反動が返ってくるのだ。
そもそも、始まりのヤンキーインストール――ショークリア曰くVer.0――は、強力すぎて制御が難しいのだ。
魔力源泉のそばで使う分には周囲の魔力が手を貸してくれる感じがするのだが、それ以外の場所で使うには、魔力の消耗も反動も大きすぎる。
そしてヤンキーインストールは、どれだけ鍛錬を積んでもVer.0しか使えなかったし、それ以上にもそれ以下にもならなかった。
身体が成長し、魔力の制御が上手くなり、肉体的にも魔力的にも精神的にも成長した今現在であっても、Ver.0しか使えない。
ならば、ヤンキーインストールのVer.1~は何なのか。
言ってしまえば、Ver.0という能力向上魔術を発動した上で、その効果を押さえる能力低下の魔術を重ね掛けして無理矢理制御しているのだ。
Ver.0発動後、重ねた能力低下の数は四つ。
それを一つずつ解除し、制御していっているのはVer.1~である。
制御に成功した順に名前を付けていっているので、一枚剥がしてVer.1、二枚剥がしてVer.2と名付けていったのだ。
そして、命名に失敗したことに気づいたのは、Ver.2の制御に成功した時である。
そう――何故かVer.0に近づくほど数字が増える形になっていることに、ショークリアは気づいたのであった。
まぁそれならそれで能力の正体を誤魔化せるからいいか――とはショークリアの弁である。
また、最初こそ代償のふりでしかなかった言葉遣いや礼儀作法の消失は、気が付けば本当の代償効果へと変じていた。
その分、制御がしやすくなった感覚はあるので、悪いことではないのだろう。
余談はさておき――
そういう理屈で成り立っている技である以上、上位のバージョンを発動させるには、可能な限り心身が万全にあるに越したことはない。
すでに城でVer.2で使用しているし、ヤンキーインストールを使わずとも、これまで数度の戦闘をし、万全ではない状態で使うには、肉体の状態が心許なさがある。
(だけど、やれるとこまでやらねぇと)
剣を構え、地面を蹴る。
瞬間――
軽く石畳を凹ませ、ショークリアは放たれた矢の如き勢いで宙を駆けた。
「ぜぇぇぇぇいッ!」
剣を魔力で包み、その刀身を伸ばすと、そのまま両断するよう剣を振り抜きながら、醜悪なる群霊獣の脇をすり抜ける。
(手応えアリだッ! だが、これで倒せたとは思えねぇ!)
醜悪なる群霊獣の上側三分の一を切断したショークリアは空中で向き直った。
切断された部分が石畳へ向かって落ちていくのを見据えながら、ショークリアは逆手に構えた剣に魔力を乗せて、剣圧と共に解き放つ。
「走空虹牙刃ッ!」
宙を駆ける虹色の剣閃を放つ彩技。
本来は地上から空中へ向けて放つ技であるが、今回は空中から放つ。
通常であれば、間合いの外にいる相手を攻撃できるが、威力は今一つと言われる技なのだが、今回は違う。
乗ってる魔力の量が異常なのだ。
平時はなんてことのない剣技の一つながら、ショークリアの放った技は、それだけで秘奥彩技に匹敵するだけの威力を誇る。
切り裂かれふらついていた醜悪なる群霊獣が、虹色の衝撃波に飲み込まれ、地面に叩きつけられる。
(どこまでやれば再生しなくなるか分からねぇからな……殴れるだけ殴るッ!)
一瞬遅れて着地したショークリアは、一呼吸おくこともなく、駆けた。
ショークリアを包み、炎のように揺らめいていた虹色の魔力が、鳥のような形へと変わっていく。
剣を順手の両手持ちへと持ち替えて、走りながら上段に構える。
「おおおおおおおッ!」
喉の奥から裂帛の気合いを吐き出しながら、ショークリアは地面を踏みしめる。
そして、鳥が鋭い爪を振り下ろすように剣を振り下ろした。
(斬り刻めるだけ斬り刻むッ!)
それだけで、ザックリと醜悪なる群霊獣を引き裂く。
だが、ショークリアはそこで手を止めることなく、返す刀で振り上げる。
振り上げられる剣にあわせてショークリアの纏う荒ぶる魔力が奔流となると、醜悪なる群霊獣を打ち上げた。
「まだだッ!」
剣の切っ先が地面に付くほど腰を下げ、全身にチカラを込めながら剣を振り上げながら飛び上がる。
(ぶっ飛ばせるだけぶっ飛ばすッ!)
纏っていた鳥の形の魔力が大きく翼を広げ、空中へ打ち上げた醜悪なる群霊獣に追いかけ切り裂き、それよりも高くまで舞い上がる。
続けざまに空中で大きく切り払いを繰り出して、醜悪なる群霊獣を地面に叩きつけ、すぐさま左手に魔力を集めた。
(ボコせるだけボコすッ!)
ショークリアの左手に集まる魔力が無数の小鳥へと変化していき、それを醜悪なる群霊獣向けて投げ放つ。
魔力で作られた無数の小鳥たちは衝撃波を身に纏い、強襲する。
その虹色の鳥たちは、醜悪なる群霊獣あるいは地面に触れるなり、内包する魔力を解き放ち爆発していく。
(そして――)
鳥となったショークリアは空中で剣を構えた。
嘴の如き切っ先を正面に向けると、背面で魔力を炸裂させ、その反動でショークリアはそのまま急降下する。
小鳥の爆発によって生じる煙を突き抜け――
(擦り潰せるだけッ、擦り潰す……ッ!!)
――醜悪なる群霊獣剣を勢いのまま突き刺した。
「往生しやがれッ!」
これだけやっても効いているかどうか分からない。
傷口から無数の細かい触手が生えて、ショークリアに襲いかかってくる。
だが、ショークリアはさらにチカラを込めて剣をより奥へ突き入れた。
刹那――彼女と醜悪なる群霊獣を中心とした小さい範囲が、魔力圧によって、階段一段分ほど凹む。
直後に、クレーターとなったその部分が虹色に光り輝く。
それを見ながら、ショークリアは全力で吼えたッ!
「虹翼嘴天葬ッ!!」
瞬間、鳥の形になっていた魔力のすべてが剣に乗り、そこから解き放たれた。
醜悪なる群霊獣の体内を抜け、クレーターの中心へと降り立った魔力の鳥は、無数に分裂する。そしてクレーターから真上に向けて爆発するように、虹色の光の柱が聳えたつと、それに合わせるように飛び立っていった。
強烈な魔力の奔流が吹き荒れる中、ショークリアは大きく飛び退く。
荒れ狂う魔力の尖塔と、その周囲を暴れ回る魔力の鳥たちは、やがてうゆっくりと収まっていった。
「すげぇ……」
誰かの漏らした声が聞こえる。
それを聞きながら、ショークリアが大きく息を吐いた時――
「やべ……」
彼女が身に纏う、炎のように揺らめいていた膨大な魔力が霧散した。
次の瞬間、ガクっと勝手に膝が折れる。
それでも倒れるまいと剣を杖に身体を支え、何とか堪えると、醜悪なる群霊獣を睨む。
醜悪なる群霊獣はズタボロに切り裂かれ、あちこちに穴があき、体色と同じ様な色の血と思える液体をあちこちから流している。
誰がどうみても強烈な大技。
誰がどうみても致命傷のようなキズ。
ピクピクと震えるも、なかなか始まらない再生に、これで決着が付いたのではないか――と、皆が期待をし始めた。
だが、それは大きく裏切られる。
醜悪なる群霊獣の傷跡から無数の触手が四方八方に伸びる。
何かを狙っているとは思えないデタラメに伸ばされる触手。
逃げ遅れたのか、その場でこっそり見学していたのか分からないが、まだ仮洗礼を終えたかどうかといった歳の男の子が現場に一人。
触手の一つは、真っ直ぐ彼に向かっていく。
「だ、だめ……」
ショークリアは彼を助けようと、身体を動かそうとするが、動かない。
手を伸ばそうとする動作すら、身体が応えてくれない。
「危ねぇッ!」
間一髪。
近くにいた街の警邏をしていると思われる兵士が間に入って触手を払い、助けに入った。
「ボウズ。早く逃げろッ! 見ての通りのんびり見学させてやれねぇんだ!」
男の子はその両目に涙を湛えながらもうなずいて立ち上がる。
「いい子だ。行けッ!」
兵士の言葉に男の子はわき目もふらず走り出した。
そんな彼をフォローするように、彼の走るルート周辺の何でも屋や兵士たちが、動く。
ショークリアは小さく安堵するも、触手の動きは終わっていない。
「しくったッ!」
男の子を逃がすために身体を張った兵士の右肩を触手が貫いた。
それを引き抜こうと、兵士は左手で触手を握るが、その握った場所から細かい触手が無数に生えて左手を縫いつける。
そして、肩に突き刺さった触手も、傷口付近から無数の触手を生やして、肩と自身を固定し始めた。
「外れねぇッ! クソッタレ!」
もがく兵士を助けようと動く人たちもいる。
だが、そんな彼らに対して触手たちは明らかに牽制を始めた。
まずい。
「ぐッ、引きずり込む気かよ……ッ!」
まずい。まずい。
兵士はふんばっているようだが、時間の問題だ。
醜悪なる群霊獣の再生は始まっていないが、あの兵士が取り込まれたらどうなるか分からない。
「誰かッ、化け物にトドメを刺せッ!」
「無理だッ! 近づけねぇッ!!」
「兵士のオッサンは助けられねぇのかッ!」
「同じだ! 近づかせてくれねぇッ!!」
どうする。どうする。
ショークリアの中に焦燥が募っていく。
(カロマ……カロマはどこだ……)
首を動かすことすら億劫な身体にムチを打って周囲を見回す。
カロマの姿を視界に納めることができたが、彼女も彼女で、動こうとしているようだが、触手に阻まれてうまく動けていないようだ。
(……他人の心配ばっかしてらんねぇんだけど……)
まだ自分の方へ触手は来ない。
それどころか、触手たちはショークリアなど見えていないかのような暴れ方をしている。
だが、いつ自分が狙われるかは分からない。
動けない自分が狙われたらどうにもならない。
そもそも、現状、狙われていないのが不思議なくらいなのだ。
それに――
(身体が動いて、魔力が余ってたとしても、どうやってこの状況を止める……?)
醜悪なる群霊獣を攻撃するしかないとは思うが……。
ただ攻撃するだけで、暴れる触手たちを止められるとは思えない。
確かに、トドメを刺せれば止まるだろうが、剣で斬ったり突いたりしても倒せないだろう。
(使えるモノは……何かねぇのか……)
体力も魔力も空っぽでも、何か手はないだろうか。
(クッソ、眠たくなってきたぜ……。
こんなとこで寝ちまったら、完全にアウトだ……)
視界が霞みだしたことに舌打ちをした時、うっすらと醜悪なる群霊獣を覆っている奇妙な光が見えた。
(……魔力、か……? いや、だけど……)
それは、五彩色である白、青、黒、赤、緑のどれでもない色。
(茶色……。あの魔力の光、茶色か?)
見慣れない魔力の色を見て、少しだけ神話を思い出す。
(神様から独立した、人間だけの色……)
どうして醜悪なる群霊獣が茶色の魔力を纏っているかはわからない。
だが――
(魔力は……虹色に見えるが、実際は五彩色が混ざり合ったモンだよな……そこに、茶色は混ざってねぇ……)
なら、茶色の魔力とはどこに存在しているのだろうか。
(魔力が、五彩色のチカラが、スッカラカンになっちまった時に、人間の身体に残るモンがあるとしたら……)
それは――
(使える……か?
誰かが使ったとこを見たコトがあるワケでもねぇ……。
本で読んだコトも、伝聞で聞いたコトもねぇ……)
だけど――
(人間を構成する魔力には茶色があるはずだ。
そうでなきゃ、神話に出てくるワケもねぇ……)
創世の神話をまるっと信じるのであれば、人間の身体は茶色の魔力を持っていても不思議じゃないはずだ。
(世界を形作るわけでも、生死や自然を作り出すモノでもない。
だけど、茶色は確かにある……)
そう気づいた時、少しだけ身体にチカラが戻ってきた気がする。
(空っぽだからこそ、見えるモンがあるのかもな……)
醜悪なる群霊獣は間違いなくそれを纏っている。
きっと、自分の死を理解し、それに抗うべく暴れているのだろう。
茶色の魔力はそれにチカラを貸しているのかもしれない。
何より、死に抗おうとしているのは、ショークリアだって同じだ。
(――なら、やってやれねぇコトはねぇだろよ……)
問題は、どこを攻撃するか、だ。
(再生が始まってねぇってコトは、再生を司る臓器みてぇなモンにキズがついたから……か?)
触手は人を求めているように見える。
それはきっと、再生の為に必要だからだろう。
人を喰らうことで、魔力を増やし、顔を増やし、大きくなる魔獣。
だが、大本は存在するはずだ。
初期の段階。人を喰らう前の姿。
(それが見極められれば苦労はしねぇが……)
そう思いながらも、醜悪なる群霊獣を観察する。
よく見れば、酷く淀んだ茶色の魔力の塊のようなものがある気がする。
ただの目の錯覚なのか、あるいは本当に茶色の魔力の塊なのかは分からないが……。
(……意識を保つのもしんどい。考えるのもめんどうくせぇ……。
状況を打開するには、それしかねぇだろ……)
気合いを入れる。
身体を起こす。
地面に突き刺さっていた剣を抜く。
「美食屋……!」
「嬢ちゃんッ、無理すんな……ッ!」
ショークリアの動きに気づいた周囲の人が声を掛けてくる。
触手に動きを遮られながらも、彼らはこちらを気遣ってくれているようだ。
(ったく、こんな状況でもオレの心配してくれるたぁ、ありがたいね)
「お嬢様ッ!」
カロマも心配そうな声をあげる。
返事をしたいところだが、余計なことをする余力はない。
(オレの中にある茶色の魔力もあんな感じで身体を循環してんのかね?)
それを見極めようと、左手の掌に視線を落とす。
(……あるな。理由はわかんねぇけど、あるって分かる……)
実感とともに左手を握り、感じ取った感覚だけを頼りに、全身に意識を向ける。
(これを、このまま剣に……)
いつもの魔力操作と同じだ。
感覚も勝手も違うが、それでも、茶色の魔力は言うことを聞いてくれている。
(ははっ……なけなしの魔力って感じだな……)
ぼんやりとする意識の中、手にした剣の刀身がうっすら茶色に染まっているのを見て苦笑した。
あまりにも薄い。
薄茶色というよりも、もっと薄い色だった。
前世を思い出す色だ。
何度も出しまくって色がまともに付かなくなったティーパックから無理矢理絞り出した色。
我ながら、これを見て思い出すのがそれか――と思わなくもないが、あながち間違ってないのかもしれない。
(それでも、無いよりマシだろ)
なけなしの魔力を使い切るならなけなしの体力も使い切ろう。
ショークリアは小さく息を吸い、ふーっと、ゆっくり吐いて顔を上げた。
そして自分に意識を向けさせる為に、大声を張る。
「ケリ……付けようぜッ、クソ団子ッ!!」
虚勢も虚勢。
大声だすだけで倒れそうになる。
それでも、言わずにはいられなかった。
いくつかの触手がショークリアに向く。声を掛けたことでようやく気に掛けてくれたようだ。
それでいい――と、ショークリアは笑った。
そんな彼女をめがけて、触手たちは襲いかかる。
自分に襲いかかる触手の数は思っていたよりも少ないが、それでも今のショークリアにとっては脅威ではある。脅威ではあるのだが、恐怖はない。
淡い茶色に輝く剣を引きずるように、ショークリアは構える。
「いくぜッ!」
宣言通り、ケリをつける為に、なけなしのチカラを振り絞り、ショークリアは地面を蹴った。