立ちはだかる強敵、醜悪なる群霊獣
ちょっとグロ注意な感じのお話になっております
「GAAAAAAAA……ッ!!」
醜悪なる群霊獣がおぞましい声を挙げながら、その球体状の体から生えた、人間を思わせる不気味な手と足をショークリアに向けた。
次の瞬間――
「GOOAAAAA……ッ!」
それらが一斉に伸びて、ショークリアに襲いかかる。
「雑な攻撃をしてッ!」
ムチのように自在に曲がりくねりながら、襲いかかるそれらに、ショークリアは、つまらなそうに毒づきながら躱していく。
ショークリアはそれらを回避ざま、何本か斬り落とす。
切り落とされたものは、打ち上げられた魚か、熱い地面に転がるミミズを思わせる動きで暴れたあと、唐突に動きを止め、その体色と同じ色の液体になって地面に広がり、やがて消えていった。
一方の切られた側は――その切断面がボコボコと液体のように泡立ちながら、まるで切断されてなどいないかのように、元に戻ってしまう。
「手足をいくら斬っても無駄そうね」
さてどうしたものか――とショークリアは油断なく構えながら思案していると、今度は八本の手をこちらへと向けてくる。
瞬間、魔術の設計図ともよべる不可視の帯が自分へと伸びてきているのを感じ取った。
「……私、狙われてるのかしら?」
苦々しく呻いているうちに、醜悪なる群霊獣の持つ無数の口がそれぞれに同じ言葉を発する。
水の中で喋っているような聞き取りづらい声だが、魔術はそれを問題にしない。
「赤の衝撃」
「赤の衝撃」
「赤の衝撃」
「赤の衝撃」
醜悪なる群霊獣が掲げた複数の手から、赤い電気を纏った衝撃波が一斉に放たれる。
「でたらめに撃たれるよかマシねッ!」
言いながら、ショークリアは大きく飛び退く。
そこをチャンスと見たのか、カロマが細身の愛剣を構えて突き刺しに行く。
ズブリ――と、いささか柔らかな手応えと共に、その球体の身体に剣が刺さる。
だが――直後、突き刺さった部分の周辺がゴポゴポと泡立つと、無数の細かい触手が生えてカロマに襲いかかる。
「この……ッ!!」
カロマは風の術を強引に放ち剣を引き抜くと、すぐさま距離を開けた。
「面倒くさすぎる」
あの触手に絡まれたら、どうなるか分からない。ただ突いたり斬ったりするだけではダメそうで、カロマは小さく毒づいた。
戦いを見ていた何でも屋の一人は武器による接近戦よりも魔術による遠距離戦をするべきと判断したのだろう。
掲げた杖から不可視の術式が帯が広がり、ピラミッド状に醜悪なる群霊獣を包み込む。
「チマチマやっても無駄なら、これで……ッ!!」
何でも屋の放つ魔術は、地面から鋭い岩山のようなものを隆起させて相手を串刺しにする術だ。
だが、それが発動する直前、醜悪なる群霊獣が、自分を囲う赤の術式に、自身の放つ青の術式を巻き付ける。
そして、何でも屋の声と、醜悪なる群霊獣の声がほぼ同時に響いた。
「青の霧散」
「そびえ立てッ、破岩の尖塔ッ!」
同時に術の名前を口にする。
だが、僅かに――醜悪なる群霊獣の方が速い。
醜悪なる群霊獣の魔術が、何でも屋の魔術帯をデタラメに書き換えていき、霧散させることで、発動を無効化してしまった。
「こいつッ! 赤属性だけでなく青属性までッ!」
魔術を放った何でも屋が苛立ちを口にした直後、醜悪なる群霊獣が続けて魔術を口にする。
「緑の剛力」
「緑の剛力」
「緑の剛力」
「緑の剛力」
足の一つが四周りほど大きくなると、その何でも屋へ向けて勢いよく放たれた。
「緑属性まで使うのかッ!?」
誰かの驚いた声がする。
その声をかき消すように、足形触手は先ほどショークリアを襲った時の倍速に違い動きと威力でもって、魔術士に襲いかかる。
ショークリアやカロマ、あるいはほかの何でも屋や傭兵たちも、彼をフォローしようと動こうとするが、その足触手の動きは、想定を越えた速度と威力を伴っていた。
グシャリという気味の悪い音と共に、魔術を放とうとした何でも屋の下半身が押し潰される。
「――――……ッ!!」
痛みかショックか。
ともあれ、彼は声にならない悲鳴を上げた。
しかし、醜悪なる群霊獣の動きはそれで止まらない。
彼を押しつぶした足触手は元の大きさに戻りながら、細い触手が無数に生やすと、彼の無事な上半身に絡みつく。
「な、なにを……!」
そして、魔術が効果を失って元の大きさに戻った足触手と共に、彼を引き寄せる。
触手に絡まれた男の上半身が、血をまき散らしながら宙を舞う。
醜悪なる群霊獣の身体の側面――口や鼻などのないところに、まるで口を思わせる大きな穴が開くと……。
「待ってッ、ダメッ!!」
瞬間的に、何をするか理解したショークリアが動き出す。
だが、それは間に合わず――
「う、うああああ……!!」
上半身だけになった魔術師は、その意識があるまま、その穴の中へと放り込まれ、穴はゆっくりと閉じていった。
それを見ていたショークリアも、カロマも、あるいはほかの何でも屋や傭兵たちは青ざめた。
あの魔獣は容赦なく人を食らう。しかも一瞬にしてだ。
カロマも先ほどの自分がいかに危険な状況だったかに気づく。
剣を抜くのが遅れていたら、自分が喰われていたかもしれないのだ。
だが、見ていたものたちをより青ざめさせる出来事が起こる。
醜悪なる群霊獣の表面の一部が泡立つと、そこへ顔が浮かび上がってくる。
苦悶に満ち、世界へと怨恨をまき散らすかのような表情を浮かべたその顔は――間違いなく、今さっき、醜悪なる群霊獣に喰われた魔術士の顔だった。
「最悪だ」
誰かがうめく。
それは、その光景を見ていた誰もが思っていたことの代弁だ。
もしかしたら本体はただの魔獣なのかもしれない。
しかし、その本体以外のものと思われる人の顔に似たもの。
先ほどから魔術を口にしていた顔たちが一体どんな存在であるのか。
理解した瞬間、それを見ていた多くの者たちは嫌悪と焦燥感に顔を歪ませる。
「ただ顔を増やしただけじゃない。
あいつ――明らかに魔力や迫力が増した」
醜悪なる群霊獣とはよくいったものだ。
この魔獣の持つ特性と能力は、まさにその名に相応しい。
「みんな食べられたりしないように気をつけてッ!」
恐らく――例え一般人であっても、あれに喰われたら血肉にされる。
今、食べられた魔術士ほどチカラが増すことがなくとも、口が一つ増えるということは、醜悪なる群霊獣が同時に唱えられる魔術の数が増えるということに繋がるのだ。
(クソッタレが……こいつは、マジでここで倒さねぇとやべぇッ!
放置でもしようもんなら、最悪――王都壊滅どころの騒ぎですらなくなるぞ……ッ!!)
あいつはここで倒す。いや殺す。
殺さなければならない。確実に。
ショークリアは剣を持つ指にチカラを込めて、醜悪なる群霊獣を睨みつけた。
(身体や魔力の流れがぶっ壊れてもいい……。
確実にぶっ飛ばすだけのパワーでやらねぇといけねぇな……。
コイツをぶっ飛ばせるなら、二度と魔術が使えなくなっても……ッ!)
すでに城の暗殺者騒動の時に、ヤンキーインストールVer2.0を使っている。
あのレベルのものを一日に二回使うと、すぐに身体が悲鳴をあげるのは、過去に実験して分かっているつもりだ。
だが――
(Ver2.0じゃダメだ。恐らく足りねぇ……この場で必要なのはVer3.0だ。
だが、今のオレにイケるか……?)
肉体的に、魔力的に、精神的に。
全く以て万全でない時に、Ver2.0より上のヤンキーインストールを使う時のリスクを思うと厳しいが――
(リスクより勝利だ。
兄貴がテイマーを追いかけてくれてるんなら、オレがするべきコトは……)
大きく息を吸って、魔力を練り上げる。
「お嬢様……」
カロマはこれのリスクを知っている。
だからこそ止めたいのだろうが、同時にアレと真っ向勝負をしようというのであれば、使わざるを得ないのも分かっているのだろう。
「後のことは任せるわ」
「……かしこまりました」
様々な言葉や感情を噛み殺した表情と声で、カロマがうなずく。
そうして、ショークリアはその技の名前を静かに口にして、発動した。
「ヤンキーインストール。Ver3.0」





