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仲良く名前を呼び合えりゃダチってコトで


 お喋りに混ざりたいといってやってきたトレイシアは、フォガードとの挨拶も簡易的なもので良いと言って軽く済ませる。


 挨拶を終えたトレイシアは、すぐにショークリアの方へと向き直り、目を輝かせながら訊ねてきた。


「あ、あのショークリア様! ショコラ様とお呼びしても?」

「え?」


 唐突な問いかけに、思わず素の反応をしてしまうと、トレイシアはしまったという顔をして苦笑する。


「失礼しました。その……皆さんがそう呼んでいましたので、私もその……そう、呼んでみたいな、と思いまして……」


 挨拶の時、一段高い場所に立ち、凛としていた雰囲気とは異なる薄れているトレイシアに多少の戸惑いを覚えながらも、ショークリアは背後にいた姫の侍女に視線を向けた。


 メガネの侍女はそれで理解したのか、軽くうなずく。

 一方で、彼女以外の侍女や護衛といったお付きたちは、あまり良い顔をしていない。


(ま、メガネのメイドさん以外をイマイチ信用できねぇとこがあるけどよ)


 実際、先ほどの暗殺騒動の時にはメガネの人以外は危機感を覚えていなかったように見えた。

 実戦経験や、実戦を想定した鍛錬や動き方の検討などを全くやっていなかったのだろう。


 それ故、ショークリアは自分の直感を信じた。

 他がどう思おうと、姫本人とその従者であるメガネのメイドさんのリアクションを優先して信用する、と。


「是非、そうお呼び下さい。トレイシア様。

 ショコラ――と、そう呼んでくださいませ」

「ええ、ええ! ショコラ。そう呼ばせてもらうわね、ショコラ!」


(何でこんな嬉しそうなんだ、お姫さん……)


 許可をしただけですごいテンションをあげるトレイシアの様子に首を傾げていると、メガネの侍女はどこか「グッジョブ!」とでも言いたげな視線を向けてくる。

 それに対して、こちらに好意的ではない従者たちはますます不機嫌になっているようにみえた。


 その様子を見るに、ショークリアは漠然と予想が付いてくる。


(もしかしなくても、従者たちがお姫さんに近づく奴を選別してんのか?

 そりゃあ確かに必要なコトだが……やりすぎんのも良くねぇだろ。

 メガネの人の様子を見るに、やりすぎるくらい選別してそうだけどな)


 それを思うと、トレイシア姫のテンションの高さも理解できてくる。

 彼女にとってショークリアは、自分が望んで友好を結びたいと思った相手であり、そして正しく友になれたと実感できた相手なのだろう。


(愛称を呼べるってだけで、こんなに嬉しそうにされちまうとな)


 軽く苦笑して、視線をガルドレットに向ける。

 彼はその視線の意味に気づいてくれたようだ。


「恐れ多くもトレイシア様。もしよろしければ、私のコトもガルドレットではなく、ガルドあるいはガレットと呼んで頂けないでしょうか?」


 本人無自覚のキメキメっなポーズと表情で、トレイシアにそう訊ねるガルドレット。

 その後ろで、姫殿下そっちのけで侍女たちがメロメロになっている。


 内心がどう思っているかは別にして、しっかりと仕事をしてますという態度をとれているのはメガネの人だけだ。


「あの……よろしいの、ですか?」

「我々三人は、来年になれば共に学園に入学するのです。

 あそこは建前上、身分差を振りかざしてはいけない場所。ならば、上に立つ者として率先して、そういう姿を見せたいではありませんか。

 それとも、トレイシア様は、私と友になってはくれないのですか?」


 最後に捨てられた子犬のような表情をしたのは計算なのか天然なのか。


(うあ、今すげぇグーパンかましてぇ……ガルドのツラに)


 姫は別の意味でやられているようだが、侍女たちはメガネ以外は完全に堕ちた。

 お前ら仕事しろよ――と思いながら、ショークリアは自分の侍女をチラリと見れば、ミローナは仕事中の顔のままながら、内心相当イライラしている様子が見て取れる。


「是非……是非、お願いいたします。ガルドレット様……いえ、ガルド!」

「はい。こちらこそよろしくお願いします。トレイシア様」


 嬉しそうにはにかむトレイシア姫。

 後ろの連中も、露骨に喜んでいる。姫と上位貴族との個人的な線が出来たのが嬉しいのだろう。


(お姫さん個人の繋がりであって、テメェらの繋がりとは別なんだろうけど……どうにも同一視してるところねぇか、アレ……)


 そんな様子を見ながら、ショークリアは考える。


(ま、後ろの連中はさておいて……だ。

 ダチ……ダチな。それは全然問題ねぇんだけど……。

 ま、考えてもしょうがねぇか。不敬承知で聞いちまおう)


 よし――と、胸中で小さく気合いを入れると、笑顔でトレイシア姫に問いかけた。


「あの、トレイシア様。

 よろしければ、トレイシア様のコトも愛称で呼ばせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 キョトンと、トレイシア姫は目を瞬いた。

 その背後では、メガネの人以外「何言ってんだこのクソアマ」みたいな殺意を感じるほどの視線を感じる。


 それに対して、ショークリアはトレイシアにカン付かれないよう、極めてシャープに、対象を絞って、ほんの一瞬だけ、視線を媒介に殺気の籠もった魔力を放つ。それこそ一番強く敵意を向けてくる者へ。


 ビクリと、一人の侍女が身体を震わせる。

 その直後から、彼女の表情が恐怖に歪むようになったのだが、ショークリアは何事も無かったかのように、トレイシアへと微笑みかけた。


「なるほど、それは良いなショコラ。

 愛称で呼び合うほど仲の良いと見て貰えるだろうし、友として姫様やトレイシア様ではない呼び方をしたいと思うところだ。

 もちろんトレイシア様がそれを望むのであれば、ですが」


 ショークリアがしたことに気づいていながら見て見ぬフリをして、ガルドレットも同意する。

 同時に、自分にも気づけたようなショークリアの殺気に、正しく気づけている護衛がいないことに失望にも似た感情が湧いたのだが、ガルドレットはそれを押し殺し、友情を優先する笑顔を崩さない。


「あの、わ、私も……何か愛称で、呼んで貰っても……良いの、ですか?」


 戸惑ったようなトレイシアに、ショークリアとガルドレットは首肯する。


「はい。それをトレイシア様が望まれるのであれば」

「呼んでほしいです。で、ですが――何と呼んで貰えばいいのか……」


(そりゃあ、お姫さんが愛称とかで呼ばれるコトってあんまねぇだろうしな……)


 嬉しさと困惑でアタフタしているトレイシア姫を見ながら、ショークリアは人差し指を立てた。


「それでは、シア様というのはどうでしょうか?」

「シア……シア……」


 ショークリアが提案すると、トレイシア姫は何度もその言葉を口に出し、やがて顔を上げると大きくうなずいた。


「はい! それで……いえ、それがいいですッ」

「では、私的な場所ではシア様、と」


 ガルドレットがそう告げると、トレイシア姫は、何か言いたげにしている。

 希望と戸惑いの狭間で迷っている姫は、やがて自分の中で答えを出したのか、意を決したように口にした。


「様は……いりません。二人とも敬称を付ける必要はありませんから!

 私的な場所では、その……シアと、そう呼んでください! そう呼んで欲しいです!」


 勇気を振り絞ったようなトレイシアの様子に、ショークリアとガルドレットは顔を見合わせる。


(呼び捨てだってよ……どうする?)

(本人が望んでいるのだから、そうしてあげよう)


 二人は視線だけでそんなやりとりをすると、声を揃えて同時に手を差し出した。


「よろしく、シア」

「よろしく、シア」


 差し出された二人の手に――


「こちらこそよろしく、ショコラ! ガルド!」


 ――トレイシアは嬉しそうに駆け寄ると、力一杯重ねるのだった。



 そんな平和的なやりとりを、保護者の顔で見守っていたフォガードに対して、護衛騎士の一人が怒ったように声を上げた。


「なぜ、止めないのですかフォガード卿!

 こんな不敬なやりとりを黙ってみておられる場合ですか!」


 ならテメェが止めろや――と思ったものの、フォガードはそれを口にしたりせず、逆に問い返した。


「不敬? それを決めるのは、トレイシア様ご本人では?

 ましてや、トレイシア様は友を求めた。ショコラもガルドも、それに応えた。ただそれだけの、子供同士の微笑ましいやりとりです。其方は何が不満なのでしょうか?」

「ガルドはともかくッ、其方の家とは家格が合わぬであろう!」

「おい」


 護衛騎士の言葉を受けたフォガードは、獣の唸り声のように低い声で訊ねる。


「貴殿の実家の階級は?」

「え?」

「貴殿の実家の階級はと聞いている!」


 決して大きな声ではないのに有無言わせぬ迫力に押され、護衛騎士は答える。


「じゅ、準上級だが……それが何か?」

「テメェはガルドと親しいのか?」

「は?」


 問われた言葉の意味が分からない護衛騎士は首を傾げる。

 (ラチ)が開かない――と、そう判断したフォガードは、ガルドレットに声を掛けることにした。


「ガルド、コイツ……お前やお前の家族と仲が良いのか?」

「顔は知っておりますが、私も家族も、彼とも彼の家族とも特別親しい間柄ではありません」


 フォガードの言いたいことを理解しているガルドレットは、素直にそう答える。

 ショークリアとトレイシアもフォガードの言いたいことに気づいたのか、揃って嘆息してみせた。


「何でお前、家格が上の親しくもない家の子供を、許可もなく愛称で呼んでるんだ? しかも呼び捨てにしてさ。

 他人に対して不敬だなんだと指摘する前に、自分の所作を見直せよ。

 お前はトレイシア殿下の護衛騎士なんだろ。家格はともかく、騎士としての格が足りてないんじゃないのか?」


 フォガード自身、この瞬間崩れた言葉を使っているが、ガルドレットがそれを不敬としていないので問題はない。

 トレイシアも、フォガードのことをショークリアの父であり、かつての戦争で活躍した英雄であり、不毛の地と呼ばれた土地を順調に開拓している有能な領主として尊敬している面もある為、多少の言葉遣いなどは見逃す気まんまんである。


 王族であり、この騎士の主であるトレイシアと、話題に上がっているガルドレットの双方がフォガードを不敬としない以上は、彼はフォガードを自分に対する不敬を問えない形になっている。


 トレイシアとしてもこの従者たちに思うところがあるのだろう。その表情を見れば、これを良い機会だと思っているようだ。


 フォガードもそれに気づいているからこそ、敢えて言葉を崩す。

 護衛騎士からすれば、反撃しやすい隙のように見えて、一番狙ってはいけない隙である。


 騎士の方はそれに気づいたのか、押し黙って反論を逡巡しているようだが、横で聞いていた姫付きの侍女の一人が我慢できなかったのか声をあげてきた。


「それを言えば貴方も不敬でしょう! 中級騎士爵の分際でッ! 準上級の彼に対してそんな崩れた言葉を投げかけるなんてッ!

 そんな男の娘が、シア様に対してッ、こんな気安く接して良いワケがありません!」

「……お前、バカだろう?」


 呆れたようにフォガードがそう口にするも、理解に至らないらしい。

 あるいは、怒りの余り理性が飛んでいるのか。


「俺がそこのバカ騎士に指摘したコトとまったく同じコトをやらかした自覚はあるか?」

「え?」


 フォガードは嘆息混じりに一歩下がると、代わりにトレイシアが一歩前に出る。


 その後ろには、いつの間にか移動していたメガネの侍女と、トレイシアの護衛騎士であるかのように振る舞うショークリアとガルドレットの姿があった。

 さらには二人の護衛騎士もまた、トレイシアの従者たちに対してどこか難色を示すような表情をしている。


 溝だ。

 件の護衛騎士や侍女だけでなく、トレイシア付きの従者たちは、そこに溝のようなものを幻視(げんし)した。


 断絶。

 お前たちはもう――従者でもなんでもないのだと、まるでトレイシアがそう言いたいのだとでも言うような錯覚。


「フォガード卿の言うとおりですよ、無礼者。

 私がいつ、お前に対して、愛称で呼ぶ許可を出しました?

 私はお前のコトなど親しいと思ったコトは微塵もありませんが?」


 指摘された侍女は顔を蒼白させながら狼狽(うろた)える。


「で、ですが、私は姫様の為に……」

「私の代わりに相手の不敬を指摘するコトは私の為なのですか?

 それを指摘するコトを私自身が一切望んでいない――それどころか、相手にそれを許可していたとしても?」


 トレイシアは、件の侍女を見ている。

 だが、彼女だけを見ているのではない。

 溝の向こう側から、自分たち全員を見ている。


 その姿は、先ほど会場内を睥睨(へいげい)していた彼女の父――キズィニーとそっくりで。

 それに気づいた瞬間、先ほどまでトレイシアの周囲を固めていた従者たち全員の顔色が悪くなるのだった。



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