殺し合いは嫌いだが、力比べは嫌いじゃねぇ
前話最後に、ミローナが使った「春装・風纏」ですが
微妙にしっくり来てなかったので、技名を変更しました。
新しい名称は、「春装・纏風」となります。
速度という点だけで言えば、ミローナはショークリアを上回っている。
ハリーサと暗殺者の間に入り、攻撃を受け止めて蹴り飛ばす。
先ほど、トレイシア姫を助けた時と同じ流れだ。
ただ、今回は先ほどと大きく違う点がある。
それは、ミローナが纏風という彩技を身にまとっている点だ。
青と緑の属性混合技であり、名前の通り風の衣を纏い、主に移動速度や攻撃速度を速める効果がある技である。
ショークリアがヤンキーインストールを使いこなす練習を見ている傍らで、自分もあの横に並び立つには、身体能力を強化する技が必要であると考え、編み出した我流の技。
それが今、ハリーサを助けるのに役に立ったことを、ミローナは胸中で喜ぶ。
蹴り飛ばした暗殺者よりも後方にいた暗殺者は、ショークリアが追い付いてその襟を握りしめると、力任せに背負い投げのような投げ方で地面に叩きつける。
だが、どちらの暗殺者もそれで終わるような相手ではない。
ショークリアは地面に叩きつけた相手に、躊躇うことなく拳を振り下ろす。
暗殺者はそれを受けるわけにはいかないと、身体を転がし避けると素早く立ち上がった。
「恐ろしい小娘だ……躊躇いがないのか?」
「躊躇う分だけ大事なモンが傷つくかもしれねぇんだ。
罪も罰も罵声も、全部終わるまで聞く耳ねぇんだよ」
乱暴な言葉遣いと、立ち振る舞い。
トレイシアを守った時とは異なる立ち振る舞いに、暗殺者は目を眇める。
「礼儀作法を犠牲に能力を底上げする彩技か?」
「一瞬でそこまで見抜いたのは、テメェが初めてだ」
素直に答えるとは思っていなかった暗殺者は、やや面を食らう。
だが、すぐさまに気持ちを切り替えた。
使った技の正体が分かったところで、何の意味もないのだ。
こと戦場においては礼儀作法など二の次になる。
考えようによっては、代償に何の危険もない。
それが、このようなパーティ会場でないのであれば。
「いいのか? こんな場所で使って?」
「元々嫌われモンの悪食令嬢だからよ、こっちは。
今更、クソみてぇな噂の一つや二つ増えたところでな……。
それならそれで、悪評を旗にでも変えて、社交界での武器にするだけだ」
(ちッ……デビュタントしたてのガキとは思えねぇハラの据わり方だ。
こんなのが会場にいた時点で、仕事は失敗か)
胸中で毒づきながら、もう一人の相棒の方を見れば、ナイフ二刀流の侍女とにらみ合いながらお喋りしている。
こちらと同じく、目の前の相手の力量を確かめながら、相方の状況の確認をしているのだろう。
だが、それは目の前にいる相手も、向こうの侍女も同じようだ。
(ちゃっちゃと片づけて、向こうへ行く。
……ちゃっちゃと片づけばいいんだがな……)
胸中で嘆息すると同時に、暗殺者は地面を蹴った。
指先につけた、鋭いつけ爪のような小さな刃で首筋を狙う。
お喋りの途中での強襲も、ショークリアには通用しない。
彼女はギリギリを見据えて上半身だけ後ろに仰け反らせるように動かし、暗殺者の攻撃を避ける。
(このガキの武器は、拳と扇ッ!
ギリギリのラインで躱すセンスは認めるが、そこから反撃なんぞ――)
そう。
ショークリアはその姿勢から反撃するのは難しいと、暗殺者はそう考えた。
だが――
「甘ぇッ!」
ショークリアは暗殺者の思考を読んだ上で、そのまま頭を振り下ろした。
(……頭突きだとぉッ!?)
いくら礼儀作法や言葉遣いを代価に身体能力を高めているとはいえ、貴族の令嬢。
泥臭い攻撃などしてこないだろう――と、そう考えていたのに……。
強烈な頭突きに軽い目眩を起こしながら、己の考えの甘さを呪う。
当然、そんな状況を相手が見逃すはずはない。
何とかしようと身体を動かそうとするが、暗殺者はその胸ぐらを捕まれた。
「もう一発いっとくか? もっとやべぇ頭突きをよぉぅッ!」
「は?」
何言ってんのこの女――そう認識するよりも早く……。
ショークリアは暗殺者の胸ぐらを掴んだまま片足をあげ、勢いを付け――
「ぶっ飛びなッ、爆裂パチキってなぁッ!!」
(か、魔力を纏った頭突きだとぉ……ッ!?)
――そのまま大きく頭を振りかぶり、さっき以上に強烈な一発がその額に叩きつけられた。
瞬間――魔力が炸裂し、虹色の爆炎と共に強力な衝撃が暗殺者を襲う。
(あ、アホみたいな技だが……威力は本物だ……)
頭突きによる爆発で宙を舞いながら、暗殺者は反省をする。
「うおー……痛ぇ……。これ自分も結構痛ぇぞ……」
相手を令嬢だと思うな。同業者や、そうでなければ裏社会の腕利き用心棒と思って戦え。
呻きながら頭を振っているショークリアを見、暗殺者は気を改めた。
それから空中で何とか体勢を整えて、地面に着地。
軽い目眩が残っているが、それを無視して右手の爪を構える。
攻撃を仕掛けようと思ったが、ショークリアの姿が消えていた。
「なッ!?」
「おらぁッ!」
いつの間にか飛び上がっていた彼女が、頭上からカカト落としを繰り出しながら落ちてくる。
咄嗟に避けるが、なぜか左肩にザックリとした刃傷が付き、血が流れ出す。
(な、なんだ……?)
カカト落としは当たっていないはずだ。
だが、ハッキリとした斬撃のような痛みが左肩に走った。
(彩技……いや、魔力は感じなかった……ッ!)
正体不明の攻撃を仕掛けてくるショークリア。
まるで同業者とやり合っているような不可解さ。
(これで毒を含む攻撃だったらやばかったな)
とはいえ、安堵できるような相手ではない。
「はッ!」
「チィッ!」
折り畳まれた扇から繰り出されるのは、熟練の剣士を思わせる重い一撃。
(この扇も鉄製かッ!)
見た目は豪奢で貧弱そうな扇だが、その実は鉄。
恐らく剣を持ち込めないこの会場へ、武器の代わりになるものを持ち込もうとした結果だろう。
(いや、待て……。
武器の持ち込み……ッ!? この小娘ッ、俺たちの存在をいつから気づいていた……ッ!?)
自分を含め、ほとんどの暗殺者は、トレイシア姫の挨拶の最中に忍び込んだ。
内通者の存在を含め、ほとんど気づかれていない自信があったのだが――
(まるで暗殺が行われるコトが分かっていたかのような装備じゃないかッ!)
考えて見れば、透明化を無効にするような技まで使ってきた。
鉄の扇。
透明化の無効。
(バレていたのか……ッ!? 動きが……俺たちの作戦がッ! この小娘に……ッ!?)
トレイシア姫の周囲を固めていたことから、誰を狙っているかまでは完全に分かっていなかったようだが――
「……何者だ、小娘」
「ショークリア・テルマ・メイジャン」
「英雄騎士の娘か」
ならば、こちらの動きを読んでいたのは英雄騎士なのだろう。
だが、読んでいてもここまで対応するには、娘であるショークリアが腕利きである必要がある。
(親子揃って手練れで、事情通で、頭もキレるだと? ……厄介な!)
ともあれ、今はこの状況をどうにかするしかない。
(仕事だけでなく、ショークリアの腕前を含めた情報も、ある程度は持って帰りたいしな……少し、本気でやるか)
そうして、彼は大きく深呼吸して構え直す。
「雰囲気が変わったな。本気でやり合うってか?」
「そうでもしなければ、貴様をどうこうできそうにないからな」
暗殺者が本気を出そうとしているにも関わらず、ショークリアに動揺はない。それどころか、好戦的とも野生的とも言える笑みを浮かべるだけだ。
「殺し合いってのは嫌いだけどよ、別に戦うのは嫌いじゃねぇんだぜ?」
鉄の扇を開いて口元を隠す。
その仕草だけなら令嬢らしい動きのようにも見える。
だが、そこから放たれる気配は、野生の魔獣のようだ。
「つってもよ、今は楽しむ場合じゃねぇのも分かってる」
だから――と、ショークリアは笑うのを止め、真面目な顔をして告げた。
「ヤンキーインストール……Ver.2.0」
瞬間、彼女の纏っている魔力量が大幅に増える。
「重ね掛けの負担はデケェが、とっとと終わらせるなら問題ねぇ」
「……くっ」
その重圧。その迫力。その気迫。
全てが高い水準で、暗殺者を襲ってくる。
だが、ここで腰が引けては暗殺者の名折れ。
「来いッ、小娘ッ!」
「ああ――いくぞッ、おらぁぁぁぁ……ッ!!」
ショークリアが踏み込み、畳んだ鉄の扇を一閃する。
それは、先ほどとは比べものにならない速度と重さを持った一撃。
それを即座に看破した暗殺者は、防御の上からでも受けるわけには行かないと、半歩下がって躱してみせた。
だが、ショークリアの勢いは止まらない。
扇を振るうのに踏み込んだ足を軸として、振るった時の勢いを殺さぬままに回し蹴りを繰り出した。
(スカートだってコトを気にしてねぇのか、このガキは……ッ!)
だからこそ厄介だ――と、胸中で毒づきながら、さらに下がる。
しかし、自分の胸のギリギリあたりを通り過ぎるショークリアのつま先……その先端が鈍く光っているのに気づき、目を見開いた。
(つま先に、刃……ッ!?)
気づいた時には手遅れだ。
つま先から飛び出した鋭い刃は、暗殺者の胸に横薙の斬跡を刻み込む。
「ぐぅ……」
激痛に堪えながら、蹴りの硬直を狙って爪を振り下ろす。
咄嗟にショークリアは身を捻るが、着ているドレスを引き裂いて、中の肌も切り裂かれる。
「薄皮一枚……とはいかなかったか」
その傷を見ながら、ショークリアは肌が露出するのも躊躇わず、身体の動きを阻害する部分の布を引きちぎった。
「こちらとしては、その程度しか傷つけられなかったのが残念だったのだがな」
暗殺者は、見学している者たちから「はしたない」とか「まるで野獣のようだ」などと揶揄する声が聞こえてくることに、思わず嫌悪感を覚えた。
(安全圏から、一番危険な最前で戦ってる奴を見下しやがって……。
中には明らかに騎士や、護衛で雇われてるっぽい剣士まで、見下してんのは、どういう了見だ……)
その最前線で危険を発生させている身からすれば身勝手ともとれる感想だが、それでも彼はそう感じてしまっていた。
(対象を殺すにしろ、ここから尻尾を巻いて逃げるにも、このガキどもは邪魔だ。そう間違いなく最悪の邪魔なんだよな。
それだけ有能な連中なんだが――荒事に縁のねぇ奴が言うならともかく、騎士連中は見下したら終わりだろうが)
僅かでも、騎士たちを仕事の邪魔をする厄介な存在であると認識していたのが、まるでバカの所業だったように思えてくる。
(……と、小娘に集中しないと。こいつは間違いなく強敵だ)
彼は左手をやや上目に、右手をやや下目に構えて、魔力を練る。
「挟顎爪――」
「…………」
それを見たショークリアも扇を右手で構え、軽く腰を落とした。
彼女もまた全身で魔力を練っているのが分かる。
「大喰らいッ!」
両手を斜めに広げながら大きく踏み込んだ彼は、その両手を勢いよく閉じるように振るう。
魔力纏って繰り出されるそれは、大きな顎を持つ――それこそワニのような存在が、目の前にある全てを喰らうが如くだ。
練り上げられた魔力によって、本来の腕よりも広く長くなったその上の内側にある全てを噛み砕く必殺技。
「剣華――ッ!」
ショークリアは、そんな大顎と化した腕など気にも止めないかのように、畳まれた扇に魔力を込めて真っ直ぐに投げつける。
(真正面からッ、魔力でブチ抜いてきやがった……ッ!?)
鋭い刃が、ワニの喉に突き刺さるように、扇は彼の魔力を貫き、そのまま鳩尾に突き刺さる。
とはいえ、それは刃物ではないので、刺さるといっても比喩でしかないのだが――それでも威力は充分にある。
だが、この技はそこで終わらず――
(おいおい、まじかよ……)
鳩尾あたりから全身に駆け抜けていく強烈な衝撃と痛みを何とか堪えながら、正面に視線を向けると……
信じられないような魔力を足に纏わせたショークリアが目の前に迫っていた。
(いやまて、その蹴りは洒落に……ッ!!)
ショークリアの魔力の奔流が、彼の目の前に渦巻き花が咲き開くように集まって――
「――虹彩覇ッ!!」
鳩尾にめり込み、まだ落下してない扇をさらに押し込むように、強烈という言葉では言い表せないほどに強烈な前蹴りが、突き刺さり、満開となった魔力の花は、衝撃とともに散っていくのだった。
ヤンキーインストール中に、
咲華虹彩覇を発動すると、性能が変化して剣華虹彩覇となります。
まぁ実際のところは、ヤンスト使ってなくても使えるんだけど、
ショコラ的なこだわりポイントらしいですよ?