身内以外のイケメンって警戒しちまわね?
突然、トレイシアとの間に割って入ってきたグルーベが、従者たちに外へと連れ出されるのを確認して、ショークリアはようやく一息付けた気がした。
「何だったのかしら、あれ?」
「元々あまり良い評判のない方だったようですが……それにしても、すごかったですね」
思わずうめいたショークリアに、ミローナも同意する。
そして、いつの間にやら持ってきていたらしい、ドリンクを手渡してくる。
「どうぞ、ショコラ様」
「ありがと、ミロ」
それを受け取り喉を湿すと、ほぅ――と息が漏れた。
トラブルはあったものの、トレイシアはその後もふつうに進行していった為、参加者たちは戸惑いつつもその進行に合わせて動いていく。
順番に挨拶に向かう貴族たちをショークリアはぼんやりと眺めていると、彼女の元へと誰かが近寄ってくる気配があった。
明確にショークリアの元へと向かってきているその気配に、彼女は視線を向ける。
そこにいたのは、一言で言えばもの凄い美形だった。
(お、おう……。いるとこにはいるんだな……。
この世界で見てきたイケメンの中でも、トップクラスに入るイケメンが近づいて来やがる……)
ミルクティーブロンド……とでも呼ぶのだろうか。
淡い茶色とも金色とも取れる色の髪と、確かな知性と理性を湛えたアイスブルーの双眸。
嫌味無く浮かび続ける穏やかな笑み。
ただ歩くだけでも、その姿に完璧という言葉が思い浮かぶほど、洗練された所作。
(パッと見、非の打ち所がねぇな……。
それに……剣と魔術、両方を相当ヤるぞ、アイツ……)
絵に描いたような王子様然としたルックスに騙されそうになるが、貴族としても剣士としても魔術士としても、油断ならない人物のようだ。
同い年とは思えないほどに、出来すぎている。
それに、彼は先ほどの挨拶の際にかなり最初の方だったと記憶していた。
つまり上級貴族だ。
それほどの人物がなぜわざわざショークリアの元へとやってくるのか。
ショークリアは自身の中に芽生えた疑惑をおくびにも出さず、相手が声を掛けてくるのを待った。
「初めましてショークリア様。
私はガルドレット・フェブ・デローワと申します。
少しお話をよろしいでしょうか?」
「初めましてガルドレット様。
ええ、構いませんわ」
「先ほどは災難でしたね」
「わざわざお声を掛け、お気遣い、ありがとう存じます」
丁寧な挨拶をしてくるガルドレットに、ショークリアもできるだけ丁寧に返す。
(全身から爽やかさがにじみ出てるような奴だ……。置き型消臭剤が人にでもなったのかってレベルだぜ……。しかし、目的がわからねぇ……)
メイジャン家への扱いを思うと、上級貴族がわざわざ寄ってくるという状況に不安を覚える。
だが、ショークリアの不安を余所に、ガルドレットは爽やかさを微塵も曇らせる様子はない。
「女性にこのようなコトを言うのは正しいかどうかは分かりませんが、グルーベ様と向かい合っている際のショークリア様は、大変カッコ良かったです」
その言葉に偽りはなさそうなので、ショークリアは素直に礼を告げることにした。
「ありがとう存じます」
こちらが一礼し、顔を上げたところで、ガルドレットは微笑みを称えたまま世間話のように切り出してくる。
「実は、グルーベ様のコトは、知らない人物でもなかったのですが……。
確かに、上二人の兄上に対して劣等感のようなものがあったものの、あそこまで歪んだ行動を取るような者ではなかったと思うのです」
その言葉に、ショークリアは僅かに思考を巡らせた。
ショークリアはグルーベという人物を知らないが、それでも些かおかしいと思ったのは確かだ。
周囲の様子を踏まえても、あそこまで愚かな立ち回りをする人物とは思わなかったという様子だった。
「なので、少々お伺いしたかったのです。
実際に対峙されたショークリア様は、何かを感じなかったか、と」
「そう言われましても……」
正直に言ってしまえば、「なんだコイツ?」とは思ったが、それ以上のことは考えもしなかった。
だが、改めて彼の行いを思い返してみれば、引っかかることもある。
「私はグルーベ様の元々の人柄を存じ上げません。その為、今回の彼の行動に対して、違和感があったかどうかと言われても分かりませんと答えるしかありません」
「そうですか」
ガルドレットとて、元より有力な情報が得られるとは思っていなかったようで、そこまで落胆した様子もなく嘆息した。
それを見ながら、ショークリアは――
「ですが」
と、口にして言葉を続けた。
「そもそもからして、彼の行いは少々貴族らしからぬモノであったのではないかと愚考いたします」
そうなのだ。
ショークリアはこれまでも様々な嫌がらせや言いがかりなどの因縁を付けられてきたが、それらは全て『貴族流の喧嘩』の範疇だった。
その行いの是非や、実際それを受けた身としてどう感じたかはともかく、誰も彼もが『貴族流の喧嘩』から逸脱しないようにしようという意識が感じ取れるものだったのは確かだ。
だが、グルーベは違う。
その喧嘩の売り方も、立ち回りも、お世辞にも貴族流とは言い難いものだったと言えるだろう。
「いくら喧嘩の手が早く、気に入らない相手に因縁を付けて回るような人柄であっても、貴族であるコトは誇りとして胸にあるはずでしょう?
相手を殺したいほど憎んでいようとも、王族の方との談笑中にあのような乱入の仕方をするのは、あまりにも貴族らしくないと申しますか……何と言いますか……」
「ああ、貴女の言いたいコトは分かります」
実際、ガルドレットも同じことを感じていたようだ。
それに最低限の社交マナーやルールすら身につけられていない場合は、実家の貴族階級関係なく、何らかの理由を付けてデビュタントを欠席させることもあるそうで――そう考えると、家が欠席させずに参加をさせた時点で最低限の社交はできるはずなのだ。
ましてやグルーベの実家は優秀な文官の多い家で、王族からの覚えも悪くない。
そこの判断を間違えるようなことはしないだろう――と、ガルドレットは考えているそうである。
「でしたら、ますます解せませんわね」
ここまで会話をして、ショークリアはガルドレットが話しかけてきた理由を理解した。
ようするに、情報収集だろう。
あまりにも愚かすぎるグルーベの立ち回りは、彼を知っている者たちからすれば違和感の塊だったようだ。
そうでなくても、貴族らしからぬ――王族すら目に入っていない言動や行動は、冷静になってみると不自然すぎる。
(正気を失うような……感情が制御できねぇような……そういう状況になりうる何か……。
……そういや、この世界にヤクってあんのかね? オレが知っているようなヤクじゃなくても、なんかそういう風に正気を失わせるヤクとか、あったりすんのか?)
思いついたのは前世でいうところの麻薬だ。
薬でなくとも、そういう効果のある魔術などの可能性もゼロではないが。
「何らかの魔術や薬の影響というのは考えられませんか?」
思わずそう口にすると、ガルドレットは驚いたような顔を見せる。
「どうしてそう思われました?」
「どうもこうも……急に正気を失ったような行動を取るというのは、薬や魔術の類の可能性を疑うものではないでしょうか?
あるいは、魔術具や神具の可能性などもあるでしょうけれど……」
魔術やそれに類する道具などは、ショークリアもその力を把握できていないのだ。
自分の知らないものの一つや二つ、ふつうにあることだろう。
答えるショークリアに、ガルドレットは少し思案する素振りを見せたあと、真面目な顔をしてこちらを見つめてきた。
(うお!? イケメンに見つめられるってのは何かムズ痒いつーかなんつーか、意味も無くそのツラにグーパンしたくなってくんな……)
「まだ未確認の情報ではありますが、密かな噂はあります」
「噂?」
「一時の快楽と引き替えに、正気が薄れていく薬です」
「…………」
(おいおい、マジでヤクの話が出てくんのかよ……)
「王都に潜む犯罪組織を中心に広まっているという話ですが……」
そう聞いてショークリアが思い出すのはドン・スピルノーヌだ。
裏貴族のドンとも言われる彼ならば、何かを知っているのかもしれない。
あるいは――
(通りがかりとか言ってたが、ヤクを売りさばいている途中か、あるいはその逆に取り締まってる最中だったのか……)
漠然と後者な気がするが、どっちにしろ根拠がないので、決めつけないで心に留めておく。
「路地裏界隈にツテのある私兵を使って少し情報収集した方が良いかもしれませんね」
実際にあのチンピラ戦隊が役に立つかは分からないが、ここで彼らの存在を暗に示しておくと、後々の喧嘩の役に立つかもしれない。
「そのような者たちが?」
「平民や路地裏の犯罪者たち……あるいは棄民街の住人たちは、時に貴族には絶対に手に入らない情報を持っていたりしますから。
薄くとも繋がりを作っておくのは悪くないコトですよ」
告げれば、ガルドレットは驚いたような嬉しそうな複雑な表情を浮かべて見せた。
それは、常に湛えられた穏やかで爽やかな笑みとは異なる、彼の素のような表情なのかもしれない。
だから――というわけではないが、ショークリアは人差し指を自身の口元に当てながら、片目を瞑っていたずらっぽく微笑む。
「ああ、犯罪者と薄くとも繋がっているというのはここだけの話にしておいてくださいませ。
ただでさえ、掬われやすい足が余計掬われてしまいますので」
思わず口にしてしまった失言を誤魔化すように、そう言ってみれば、ガルドレットが思わずといった様子で笑みを浮かべた。
爽やかで穏やかな笑みではあるが、先ほどまでと異なる雰囲気のそれは、取り繕ったものではなく本心によるものなのだろう。
「どうやら、貴女の噂はどれもこれもアテにならないようだ」
「どのような噂なのかは――まぁ敢えて聞きません」
「その方が良いでしょう」
そううなずきながら、ガルドレットは手を差し出してくる。
「よろしければ、今後とも良きお付き合いをさせてもらえませんか?
ショークリア様とは是非、仲良くさせて頂きたく思う」
その手を見、やや躊躇ったショークリアは、ガルドレットの顔を見た。
表情そのものは笑顔ながら、その眼差しは真剣であり、どこか期待と不安が入り交じったものに見える。
どうやら本当に、友達になりたいという言葉のようである。
(友達になりたいってコトすら、貴族ってのは回りくでぇんだな)
胸中で苦笑しながらも、ショークリアは笑顔を浮かべてその手を握った。
「では、ショコラと。仲の良い者は、私をそう呼びますので。
それと公の場以外では、敬称はいりませんわ」
「ああ。よろしくお願いするよ、ショコラ。
私……いや俺のコトも、ガルドかガレットと呼んで欲しい。近しい人たちはそのどちらかで俺を呼ぶんだ」
取り繕ったような「私」ではなく、「俺」と口にするガルドレットに好感を覚えながら、ショークリアはうなずく。
(ガルドかガレット……かぁ……。
ガレットだとお菓子っぽいしな、ガルドの方が男っぽくていいな)
そう決めると、ショークリアは彼の顔を見て告げる。
「よろしくガルド。取り繕った言葉って苦手だから、それが必要な時以外はこんな感じの乱れた言葉遣いで失礼するけど、いいかしら?」
「もちろん。それは俺も同じだよ」
笑い合いながら、二人は握手した手を離す。
それを目撃した者たちは、その様子をギョッとした顔で見ているが、ショークリアはそれに気がつくことはなかった。
これが今後、長いつきあいとなる超絶イケメンの友人とショークリアとの出会だった。