王女殿下にご挨拶と行こうぜ
ちょっと間が開いて申し訳ない
ともあれ、ともあれ、今話でついに100話目です。
そして、レビューも頂きました٩( 'ω' )وありがとうございますッ!
ニーダング王国の貴族階級は、王族を頂点に、次点に準王族。
上級貴族、準上級貴族、中級貴族、準中級貴族、下級貴族、準下級貴族となっている。
また王国へ貢献した者への爵位もあり、それが騎士爵や魔術爵と呼ばれるものだ。
成果を成したものを一代目とし、以後は三代程度名乗ることを許される貴爵となっている。
むろん、二代目、三代目が何かしらの功績をあげれば、成果爵は続くし、ことと次第によっては、成果爵から本貴爵を与えられることもあるだろう。
それら成果爵にも、上級、中級、下級という階級が存在し、それぞれが本貴爵における準爵に相当する地位とされている。
もっとも、本貴爵持ちの貴族からは、成果爵を持つものは忌み嫌われていた。
その為、中級騎士爵を持つメイジャン家も、準下級貴爵からすら軽んじられているわけだ。
だからこそ、王女殿下への挨拶の順番も、成果爵の家の者は後回しにされる空気がある。
(――まぁ、そんな空気を読む気はねぇし、読んでやる気もねぇんだけどな)
中級騎士爵は、準中級貴爵と同等の地位のはずだ。
軽んじてくる奴らが間違っている――というのがショークリアの考えだ。
だから、口にも出さず空気感だけで喧嘩売ってくる馬鹿を相手にせず、本来の正しいタイミングでもって、前に出て行く。
何だアイツという視線や、騎士爵風情が……というような視線を多く感じるが、その手のものは、生憎と前世で散々浴びてきたので慣れたものである。
そんなやっかみの視線の中、ふとショークリアの目に、とある上級らしき人物の姿を見た。
知人と談笑しているようだが――
(あれ? あいつ、さっき姫さんに挨拶してたか?)
よもや上級らしき人物が、談笑に夢中で挨拶を忘れるなどということはないだろう――と、ショークリアは胸中で頭を振った。
たまたま彼が挨拶した姿を自分が見落としていただけだろう。
自分だってずっと姫の様子を伺っていたわけではないのだ。
ふぅ――と息を吐いて意識を切り替える。
相変わらず注がれる不快な視線を無視し、トレイシアの前にやってくると、ニーダング式の一礼をした。
ただ、ここで口は開かない。
基本的に階級が下の者は、上の者に対して安易に声を掛けないのがルールらしいのだ。
知人同士であったり、階級が近いのであれば大目に見られるが、初対面であるトレイシアに対して、ショークリアから声を掛けるのはマナー違反なのである。
ちなみにこの無言の一礼。
ショークリアが見ていた限り、王族に近い上級貴族たちはともかく、準上級以下になると、ハリーサ以外は出来てなかった。
そのハリーサも、恐らくはこのルールを把握してなかった。
だが、上級貴族たちの様子を伺いながら、学び、実践してみせたのだろう。
僅かな無言の時間がとても長く感じ、ぼんやりと余計なことを考え初めていたショークリアに対し、トレイシアが掛けてきた言葉は、予想外のものだった。
「顔を上げて良いですよ。ショークリア様」
「私をご存じなのですか?」
「ええ。実は」
顔をあげながら思わず問いかけてしまうと、トレイシアはとても嬉しそうにうなずいた。
想定外の状況にショークリアは戸惑うも、すぐに気持ちを切り替える。
声を掛けて貰ってから、口を開くというマナーを思えば、とりあえず問題ないはずだ。
「私をご存じであったコトを大変喜ばしく思います。
しかし、実際には初対面でありますし、自己紹介をさせて頂きたく存じますが、よろしいでしょうか」
「ええ、ええ。もちろんです」
何がそんなに嬉しいのだろうか――という疑問を脇へと寄せて、ショークリアは名乗った。
「改めて、お初にお目に掛かります。
キーチン領領主フォガード・アルダ・メイジャンが娘、ショークリア・テルマ・メイジャンと申します。
私自身の意志のもと、赤の神の威光が強く、緑の女神の恵みが輝くこの日に、黒の神に惑わされぬよう白の神に護られ、青の女神が導く運命により、この場にてお会いできたこと、光栄に思います。
以後、お見知りおき頂ければと存じます」
五彩神を用いた、祝詞のような挨拶やお礼の言葉というのは、相手に対して強い敬意や感謝を伝えるのに用いられるものだ。
言葉の中に出す神の数が多ければ多いほど、その感謝や敬意の強さを表すことになるという。
ちなみに、普通の敬意や感謝の場合、一柱の名前も出さないことがあるし、出さないからと言って失礼には当たらない。
――にも関わらず、ショークリアが五彩神の全てを使って挨拶をしたのには意味がある。
(お姫さんは、オレのコトを知っていた。知っていたのに、偏見なくむしろ会いたかったとばかりに笑ってんだもんな。
オレの噂だなんだを聞きながらも惑わされず、ちゃんと知ろうとしてくれてるってコトだろ? そりゃ嬉しいってモンじゃねーか)
多くの貴族たちが噂や、自分が信じたいメイジャン家のビジョンでもって喧嘩を売ってくるのに対して、トレイシアはちゃんと調べられる範囲で真実に触れた上で、真偽を見ているのだろう。
そんな人物が、国の上層にいることを、ショークリアは素直に感謝しているのである。
無論、そんな言葉が実家の意向であると取られても困るので、文言の中に『私自身の意志のもと』と加えたのだ。
実家はどう思っているかはともかく、個人的には敬意を抱いておりますよ――という意味である。
それを読みとった者たちはどれだけいたか。
トレイシアにしてもショークリアにしても、読みとれない者たちなど興味の対象外だとばかりに笑い合う。
「ありがとう、ショークリア様。
今の私に、それほどの敬意を受け取る資格があるかどうかは分かりません。ですが、その敬意を無碍にしては王族の名折れ。いずれ必ずその敬意に相応しい者になれるよう一層の努力をするとしましょう」
初対面のはずながら、どこか馬が合いそうな気配に、ショークリアも胸中で少し嬉しく思っていた。
「我が国の為に、維持の困難な領地を護り、それどころか開拓を続けてくれているキーチン領メイジャン家の皆様には感謝しかありません。
ショークリア様自らが魔獣退治や植物採取などを行い、食料を確保しなければならないほどに過酷な土地だと伺っておりますが、実際のところどうなのですか?」
トレイシアもトレイシアで、ショークリアが自分に対してそこまでの敬意を示す理由を理解していた。
つまるところ、正当な評価を下せる上位の者だからこその敬意なのだろう、と。
逆に言えば、自分が正当な評価を下せなくなった時点でショークリアからの敬意が消え失せてしまうことも理解したのだ。
「食糧事情に関しましては、最近はある程度は安定しております。
それでも魔獣や未知の植物などを口にしておりますのは、単純に私自身の興味によるもの。趣味と実益を兼ねてはおりますが、実際のところ趣味が七、実益が三くらいのつもりで続けているのです」
「まぁ! では美食屋という二つ名は噂だけではないのですね?」
「元々、何でも屋の方々に協力をして貰ったりしておりました。
そして私自身も何でも屋のマネゴトをしながら、未知なる美食を求めて暴れ回っておりますので、そこから噂が広まったのでしょう。
《未知なる美食を求める何でも屋》。それが縮まって《美食屋》になったと伺っております」
ショークリアは噂を広めた人物の顔を思い描きつつも、あたかも自分の知らないところで広まった噂であると、口にする。
だけど、王女としてはそれでも充分だったのだろう。とても嬉しそうに手を合わせた。
「まぁまぁ! ショークリア様はその未知なる美食というモノを発見されているのですか?」
「両親や、当家の料理人たちからの話を聞く限りですが――実際に未知であったモノが多数あるようです」
そう答えれば、トレイシアの目はさらに輝いた。
「そう。ショークリア様が見つけられた美食というモノに興味がありますわ」
(あれ? お姫さんも、美味いモンに興味あんのか?)
実際のところトレイシアがどう思っているのかはともかくとして、話の流れ的にも丁度よさそうだと判断したショークリアは、ミローナに目配せをする。
背後に控えていたミローナはその意味を察して、うなずき返した。
「興味をお持ち頂き、ありがとう存じます。
未知なる美食であるかは分かりませんが、本日は遠い異国の地にてネリキリと呼ばれておりますお菓子をお持ちいたしました」
そう言ってミローナの名前を呼ぶ。
ミローナは一礼してから、前に出て、手にした木箱を開いて見せた。
「…………」
箱の中に広がる光景に、トレイシアはもちろん、それを見ていた彼女の護衛や侍女たちも息を飲んだ。
その様子に、ショークリアは胸中で思わずガッツポーズを取る。
「箱の中にあります花はそれぞれネリキリと呼ばれるお菓子によって作られた細工となっております。
食べ物である以上、一度目の前で毒味をするべきなのですが、私が選んではあまり意味がないかと存じます。
ですので、不躾ではございますが、トレイシア様にお一つ選んで頂けませんでしょうか?
こちらが選ばないのであれば、毒味の意味が正しくでるのではないかと、思いますので」
ショークリアの言葉に、トレイシアはどこか不承不承といった様子でうなずいた。
(あー……やっぱ、王族にお願いしちまうってのはマズったかな?)
とはいえ、王女もそれが必要であることは理解してくれたのだろう。
少し悩みながらも、その一つに、指を差してくれるのだった。
(え? マジでそれでいいの?)
その指が指し示すモノに、ショークリアは驚くのだった。