鬼面の喧嘩番長の最後
勢いのまま新連載開始です。
後先考えてないのでどうなるかはわかりませんがよろしくお願いします。
お読み頂いた方々の、ひとときの楽しみとなれば幸いです。
今回は新連載開始なので、4話連続掲載します。
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「よォ、鬼原」
ヨレたスーツを着た男性が、アスファルトに横たわる少年に声を掛ける。
黒いレザージャケットに、シルバーのアクセサリを色々と身につけた少年だ。
背も高くガタイも良い。彫りが深く厳めしいその顔には、ピアスをいくつもつけているので、ことさらに、凶悪に見える。
少年が閉じていた目をゆっくりあけた。
ぼんやりとした眼差しでこちらを見上げる。
「ああ、刑事さんスね」
少年はこの辺りでは有名な人物だ。
鬼面の喧嘩番長――そんな二つ名で呼ばれ、喧嘩王というあだ名で知られる不良少年。
だが、スーツの男は知っていた。
この少年は確かに喧嘩をしては補導されている問題児ではあるが、決して理由のない暴力は振るわない人物であると。
「誰にやられた?」
「パツキンのチビ。顔面に良いのぶち込んだんで、その辺りに転がってるはずっスよ」
周囲を見渡すと、髪を金に染めた背の低い少年を見つける。
その少年の傍らには、血に染まったナイフも落ちていた。
スーツの男は、視線を横たわる問題児に戻す。
その問題児の左わき腹は、真っ赤になっている。
そこを押さえている本人の左手も、真っ赤だ。
すでに救急車は呼んである。
サイレンは聞こえてきたものの、まだ遠い――
「どうして……いつもこうなっちまうんスかねぇ、オレ」
「さぁな」
「今日だって……連中に絡まれてたキレイな女の人を……助ける為に……連中に……注意をするだけの……つもりだったのによ……」
「そうか」
「本当は……喧嘩って、あんま……好きじゃ……ねぇんスよ……」
「そうだったのか」
「気が付くと、喧嘩売られてて……殴り返してたら、いつの間にか、喧嘩王なんて呼ばれて……」
「何か好きなコトはあるのか?」
「……パッとは、ねぇスね……でも……」
「でも?」
「お袋の手伝い……嫌いじゃ、ねぇかも……。
メシ作ったりするのとか……裁縫……とか……」
「意外だな」
「今日も、お袋……夜勤だから……。
メシ作って、おいた……んだけ、ど……」
「羨ましいな。俺は子供はおろか嫁さんすら、メシを作り置いてくれねぇってのに」
冗談めかして口にすれば、少年は小さく笑う。
弱々しい、かすかな笑みだ。
「お袋、オレのメシ、喜んで……くれて、たの、かな……」
「ああ。当たり前だろ」
「そっか」
少年は安堵するようにそう呟くと、その瞼がゆっくりと落ちていく。
「鬼原……おいッ、鬼原ッ!!」
喧嘩番長はゆっくり、ゆっくりと、息を吐いていく。
スーツの男は知っている。
人間がその生涯を終えようとする時、肺の中の空気を可能な限り外に出そうとすることを。
救急車が到着した。
中から慌てて救急隊員が飛び出してくる。
周囲に転がり呻く不良の群れに驚きながらも、ただ立ち尽くすスーツの男の元へとやってくる。
「通報されたのはあなたですか?」
「ああ」
懐からタバコを取り出し、それを口にくわえながらうなずく。
火を付け、肺を紫煙で満たしてから、スーツの男は付け加えるように告げた。
「だが、少し遅かったな」
救急隊員は、足下で横たわる少年を見て、無念を堪えるように唇を噛む。
「すまん。少し嫌味になっちまったか……。
アンタらを責めてるワケじゃないんだ」
救急隊員に詫びてから、スーツの男は天を仰ぎ、紫煙を吐き出す。
「もし次の人生なんてモンがあるなら、もう少し素直に生きてみろや。
周囲に流されるままに喧嘩屋なんてコトは、もうすんな」
夜空に吹かれた紫煙は、まるで少年の魂のように昇っていき、やがて月に吸い込まれるように、霧散していった。
今回は4話連続掲載。
よろしくお願いします。