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楽園変生 第一部 ──不死の随伴者──  作者: 紅葉 昂
第一部【不死の随伴者】
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エピローグ

 聞こえてくる鳥の囀り。眩しい朝陽が射し込む暖かな木造りの部屋の中、天蓋に囲われた寝床で一人、私は目を覚ます。


 上体を起こして両手の指を互い違いに絡めて手を伸ばし、固まった身体を伸ばして一呼吸。寒さは感じない冷たい空気を吸い込んで、半ば眠っていた意識がハッキリすると寝床を這って天蓋の先へ足を運んだ。


 まず目を運んだのは全身鏡。欠伸をしつつ歩み寄って、鏡に映った全身を見回すと、後ろを向いた辺りで寝癖を見つけた。どうにも私の髪は癖がつきやすい。同級生には羨ましいと言われたが、ないもの強請りなのだろうが私は皆のような真っ直ぐな黒髪が羨ましかった。


 過去形なのは昔、記憶を失う前の葵が「白くて長い髪が綺麗だ」と褒めてくれた事があったからだ。以降、あれ程羨ましいと思っていた黒髪ストレートに目移りする事がなくなった辺り、私はきっと物凄く単純な性格をしているのだろう。


 鏡の横に置いてある赤と青の魔石が取り付けられた櫛を手に取り、人類の魔法を行使する為に魔石へ魔力を込めて強制的に発動させる。人間のように魔石の魔力を身体に取り込んで魔法を起動させる事は私には出来ない。しかし逆に流し込んで命令する事で起動は可能だとクーラに教えられた。


 杖の魔法もそうだが、この世界ではあらゆる道具に魔石が用いられている。この櫛もその一つで、こうして魔法を起動させる事で僅かな水蒸気が発生し、髪を解く事で寝癖を簡単に直す事が出来る。現代世界にいた頃に見かけたヘアアイロンに似ていて使い勝手がいい。


 他にもガスコンロや釜戸のような器具がキッチンにあったが詳細は知らない。触ろうとするとクーラが怒るからだ。私も女なのだから興味があるのだが、どうにもクーラはその辺りを譲る気はないようだ。


「これでいいか」


 呟き、櫛を置く。人類の道具を用いる時に気がかりだったが、私の第二法則は私の魔力を用いた魔法にしか反応しないらしい。もし第二法則が発動していたら櫛が雲製造機に成り兼ねないので助かった。


 次に私はクローゼットの扉を開けて学校の制服へ手を伸ばす。


 日課の成果があってか少し窮屈になったブラをないよりマシとつけて、ニーソを片足立ちで履くのが面倒で後でいいかと寝床に放り投げてスカートを履く。

 上着を着てからスカーフを取りつけつつ寝床へ足を運び、倒れ込むようにして飛び乗って先程放り投げたニーソを片足ずつ履く。

 天井へ上げた足を下す勢いで寝床から飛び出ると、視線の先の鏡の中でフワリとスカートが靡いたのが見えた。


 そういえば私は制服のデザインが好きで高校を選んだが、葵はどうしてあの高校を選んだのだろう。今度話題にしてもいいかもしれないと思いつつ、記憶を失っていた事を思い出して項垂れる。


 カラ笑いで視線を横に向けた先、目に留まったのはクローゼットにかけられたとんでもない程高値の張ったこの世界の神官服。


 ヘリオスによって散々破られたその服はクーラによって取り上げられた。っというのも、シャーロットの返り血塗れになった服を見たクーラは即座にまたあの高級店に私を連れて行った。


 そこで再び暴走気味になったクーラによってボロボロの服を剥ぎ取られ、私はされるがままに身体を測定された。そこまではまあ……まだよかったのだが、クーラはあろう事か裸にひん剥いた私を試着室に残し、店主と店の奥に引っ込んで行った。


 当然外には男の冒険者もいたので出るに出られず、私はへたり込んだままカーテンが開かれないようにずっと押さえていた。そうやって泣きそうになりながら息を殺す事三十分程、私にとっては一時間以上にも思えたその時間を終わらせてくれたのは異変に気づいた店員だった。


 何はともあれ窮地を脱した私に、すごい剣幕で店員に怒られていたクーラと店主は神官服の改修をすると言い出した。

 断ったハズなのだが、たぶん私はまたいいように言いくるめられたのだろう。それから数日して届いた神官服は随分と雰囲気が変わっていた。悪い意味はない。むしろ私の好みになっていたので、着るのを楽しみにしている。


 そう。……まだ、一度も袖を通していない。


 これは葵と冒険に出かける為の服だから。……だから、着ていない。それでいい。そう納得している。楽しみで仕方がないがせめて一番最初に着るのは葵の前で着たいし、どうせならそれはまた一緒に冒険を始める時でいいと、少し締めつけられる胸にそう言い聞かせて私は部屋を後にする。


 私の部屋は二階の最奥。隣のクーラの部屋を横切り、階段の手前にある葵の部屋に視線を向けるが部屋主のいない部屋に入る必要はないので通り過ぎて階段へ。


「イオリア様から止めて頂く事は出来ませんか? このままではあまりに不憫です」


「そうは言っても私が止めたところであの方が止まらないのは前に見たでしょう?」


 カナンガに戻って葵はクーラの胸倉を掴みかかった。私はその状況を見ていないが、どうやら相当何かに怒ったらしい。村人への挨拶を済ませた私が止めに入ってやっと葵は怒りを鎮めた。ついぞ私に原因を話してくれなかったが、私が怒りだすとクーラやイオリアが止めに入り、私は怒りのやり場を失ってしまった。


「私が第三法則を御話ししなかったのはこうなる事を予期した訳ではありません。葵様であれば言う必要がないと、ルシフェリア様を大切になさってくれていると信じていたからです。こうなるのであれば、あの時御話ししていれば……」


「それを今言っても仕方がないわ。それに、恐らくこれとそれは別の話よ。もし葵様が第三法則に怖れをなしたのであれば私に乃愛を頼んだりしない。……それと、どうやら乃愛が降りて来たようだからこの話はここで終わりにしましょう? いくら第三法則の話題を出しているにしても、どこまで認識出来るのか私達にはわからないわ」


 別に聞き耳を立ててた訳じゃないが、急に何を喋っているのかわからなくなった。…………おかしいな。声は聞こえているのに言葉がわからない。


「おはよう、二人共。また葵の話か?」


 まあ、気にしなくていいか。


「え、ええ……。おはようございます、ルシフェリア様」


「おはよう乃愛。…………何度見ても変わった服ね。妙に惹かれるというか……」


 戸惑うように取り繕うクーラと、普段通りのイオリア。クーラはまだ葵と仲直りしていないのだろうか。


「いいだろ、私も気に入ってるんだ。この服を着る為に高校を選んだくらいだしな」


「よくわからないけど、確かクーラさんは裁縫も御上手なのですよね? 今度私にも仕立ててくれないかしら」


 それはいい考えだ。というか、もしかしたらクーラに頼めばブラを作れるのではないだろうか。……と思ったが、あの神官服じゃどの道無理だった。


「ルシフェリア様。余計な御世話かもしれませんが、葵様とよく御話になった方がよろしいのでは?」


「ちょっと、その話は終わりと言ったじゃない」


「いいえ、これは大事な話です。放置しておく訳には──」


「それなんだけどな。葵には葵の考えがある。少し寂しいが、私は葵を縛りつけたくないし何かを強要したくない。……だから今はそっとしておいて欲しい」


 言い争いが始まりそうだったので、少し大きな声で言った。出来ればみんな仲良くして欲しい。葵とクーラとの間でいざこざがあるのかもしれないが、同じ屋根の下にいるのだから和気あいあいとしていたい。


「……申し訳ありません、ルシフェリア様。すぐ朝食を並べますので御席で御待ち下さい」


「ああ、いやいいんだ。いつもありがとう」


 叱るようなつもりはなかったが、クーラは少し落ち込んだようだ。席につきイオリアと並んで食事する。他愛もない話を挟みつつ、視線は正面にある二つの座席に向かう。今はいない者の席と、もういない者の席。


 ギリアムの鎧の破片や、周辺にあった血の量。私が見た腕の事もあり、ギリアムは死亡と判断された。彼の相方であったライヒという男の墓の横に墓が作られ、名前が刻まれたギリアムのプレートと、半壊した大剣はそこに置いてきた。


「それじゃ、私はもう行くわ」


「ああ、もうそんな時間か」


 食事を終えて食器を洗い終わったクーラが次に掃除を始めて数分、イオリアが席を立つ。ヴァナヘイムの終戦を経て、王の孫であるイオリアがここにいる理由は一つ。ヴィーグリーズル王国との国交を再開するに当たって、まずは現在入国を阻まれているヴァナヘイム軍や要人達の通行許可を求めている。その返答が今日という訳だ。

 もし受理されれば国境壁の向こう側で野営を行っているヴァナヘイム軍や要人達と共にヴィーグリーズルへと旅立つ事になる。


 イオリアを見送り、静かになった広い屋敷の居間のソファーでくつろぐ。昨日外出した事で、今日から少しばかり村に残って欲しいと村長に頼まれた為暇だった。


 イオリアが旅立ってしまうと、この広い屋敷も私とクーラだけになってしまうなと、そんな事をぼんやり考えて暗くなった気分を取り払おうと、天井をただジーっと見上げていた私は寝返りを打って瞼を閉じた。


 …………ヴァナヘイムでの戦争に終止符を打ったあの夜、勝利と共に夜明けを迎えたヴァナヘイムはその日の夜に宴を始めた。イオリアの演説や踊りで盛り上がった宴によって英気を養った事で、すぐさまヴィーグリーズルとの国交を再開しようと皆が心掛けたのだろう。あの国は何というか、たくましい。魔族である私としては些か複雑だが、力で魔族領域に建国したのも頷ける。


 その後の要人会議、戦争の中心にあった私や葵は呼び出されて出席した。要人達は葵と私の扱いをどうするかという点に話を切り出した。イオリアの友人という事もあり、魔族の……それも天使族の血を受け継いでいる私の扱いは内密にしてヴァナヘイムに住居を移し、戦争を終結させた英雄として将軍階級を与えようとの事だった。


 が、私が何か考える前に葵はそれを断った。


 そして逆に戦争に介入した事を公に発表しない事を要求した。何が不満だという要人達に対し、既にあれだけの戦闘を行った事でヴァナヘイム全国民に魔族の介入はバレている。その中で目立つ英雄として君臨すれば、否が応でも私の正体が明るみになるからだと言った。


 結局、ある程度の金銭の報酬を受け取り、葵は一切合切の名誉を捨てた。総て私の身を案じての事で、誇らしくも悲しい気持ちになったものだ。


 そういった取り決めや約束事の葵と要人達の話し合いが数日続き、イオリアと共にカナンガへ帰還。終戦から一月経つか経たないかに至る訳だが、葵の様子はずっとおかしいままだった。


 帰宅早々クーラと喧嘩するし、ほとんど屋敷にいない。朝早くに出掛け、夜遅くに帰ってくる。それを繰り返す。ひたすらに。

 返り血を浴びて帰ってくる事もあった。だから、きっと一人で魔族領域を探索している。……私を連れて行かないのはきっと私の身を案じてだ。私は自分にそう言い聞かせている。


 ヘリオスすらも倒してみせた葵だから心配はいらないハズなのだが、どうにも胸の不安は収まらない。ふと苦しくなった胸を押さえた時、聞こえてきた馬の鳴き声に私は瞼を開ける。


「え、もうこんな時間か」


 眠っていたようだ。もう窓の外は陽が沈んでいる。馬の鳴き声が聞こえたという事はと、私はソファーから飛び起きて玄関へと駆け寄り、開かれた扉の先にいる彼を迎える。


「おかえり、葵」


 出来得る限りの笑顔で愛する彼を迎える。それが出来る。だから私は幸せだ。


 ずっと待ち続けていたあの日と違う。ずっと声をかける事が出来なかったあの頃のような不幸はない。

だって帰って来てくれるから。どれだけ遠くに行っても、どれだけ言葉を交わさずとも、ずっと一緒にいられなくても、毎日私の下に帰って来てくれる。


 だから私は今、幸せなのだ。











御愛読ありがとうございました。第一部、不死の随伴者はここで完結ですが楽園変生そのものが終わった訳ではありません。

第二部掲載まで休載する事にしたので完結設定となりましたが、物語はまだまだ続きます。49話やエピローグの挿絵につきましては更新日まで間に合わず申し訳ございません。追加次第活動報告やTwitterでお知らせ致します。


また、第二部に関しましても活動報告やTwitterで告知致しますのでしばらくの間御待ち頂ければと思います。

第二部は魔族領域を旅する話がメインになり、新しいキャラクターがたくさん登場します。世界の歴史やその他の謎にまで迫っていく話ですので是非御期待頂ければと思います。


しばらく御待たせする身ではございますが第一部、不死の随伴者に対するブクマや評価などをして頂ければ第二部の執筆活動の励みになりますので、よろしく御願い申し上げます。


では改めまして御愛読ありがとうございました。第二部開始はそんなに長く待たせるつもりありませんので、少しの間御待ち下さいませ

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