第028話
突如視界の半分が黒く染まる。残された視界の中で見えるのは刀を手にした黒騎士と、呆ける村人や傍にいる子供達。うっすらとした雲が浮かび上がる青空と、それ等に不釣り合いな紅い噴水。
雨のように降り始めた紅い雫に視線を向けるように天を仰いだ乃愛は、自分がそもそも立っていない事に気が付いた。
「おいテメエ何をッ!?」
「お姉ちゃんッ!?」
浮かび上がった乃愛が大地を転がり、猟師の男が黒騎士に詰め寄る。しかし黒騎士は意に介さず、駆け寄って来る子供に応えて上体を起こそうとする乃愛にその視線を向けていた。
「お姉ちゃん大丈夫!? 血が……!」
「大、丈夫。だから、向こうに行ってなさ──」
瞬間、黒い騎士は詰め寄っていた男を放り投げて駆け出した。狙いは最早語る必要もない。重い甲冑を着ている事が信じられない程の速さで急迫した黒騎士は、一切の容赦なく乃愛の首を掴み上げると、子供から引き離すように乃愛を元いた位置へ投げ飛ばした。
いったい何が起きたかわからない、と今この状況で考える程乃愛も間抜けではない。バレた原因はわからないが、黒い騎士の狙いは自分。理由は当然、魔族である事だ。この村で見掛けない騎士が来たという事は、そもそも住んでいる事自体多くの者にバレている可能性がある。
「この──」
地面に叩きつけられた背中に走る激痛を無視して起き上がろうとした乃愛だったが、黒い騎士はそれを許さない。再びその背中を地面に叩き付けるように乃愛の右肩を刺し貫いて地面に磔にした。
その右肩を貫く刀がある限り逃げられない。そう悟った乃愛は刀を破壊ないし引き抜こうと左手を走らせようとするも、先読みした黒い騎士は骨を砕く勢いで乃愛の左手首を踏みつけた。
「……これはどういう事ですか?」
そして、乃愛を見下ろしていた黒い騎士は周囲に集まる村人にそう問い掛けた。
「ああ!? お前こそどういうつもりだ!?」
「お姉ちゃんを放して!」
しかし何も知らぬ村人にはその問いの意味がわからない。故に、黒い騎士は兜の下で小さくため息を吐いた。
「地図にも載っていない村とはいえ、何故魔族を住まわせているのかと聞いているんです。知っていたとするなら愚かな方々ですが」
その一言に辺りは静まり返る。その様子を見て、黒い騎士は村人から踏みつけにしている乃愛に視線を戻した。
「確かに、私もこれ程人間に近い姿をした魔族を見る機会は中々ありません。……おや?」
そうして何かに気付いたのか、黒い騎士は乃愛の右手首からプレートを毟り取って眺めた。
「これは面白い。魔族が冒険者の真似事ですか? という事は審査はパスしたという事。……嘆かわしい。いったい審査役の聖痕持ちは何をしていたのやら」
呆れるようにそう言って、黒い騎士は木で出来たプレートを投げ捨てると、未だに黒い騎士を敵視するように睨む村人を眺めた。
「やれやれ、これでは私が悪者ですね。そろそろ化けの皮を剥がしたらいかがですか? もっとも、化け物の皮を剥ぎ、息の根を止めるのは我々冒険者の役目でもある訳ですが」
何も言わない乃愛を見下ろしながら、黒い騎士は刺し込んだままの刀を捩じるように押し込んだ。骨が軋み砕ける音と共に乃愛は悲鳴を上げ、村人達はその光景に顔を覆った。それはまるで魔族が人間を襲っているかのような、実際の事実とは真逆の印象を受ける光景だった。
その人混みを掻い潜り、黒騎士に飛来する銀の煌きが瞬いた。
後方から襲い来るそれを黒騎士は片手で掴み止め、見下ろしてみれば医療用のメスが三本。それを確認した後に首を傾けるようにして振り返った黒騎士はまるで親の仇を睨むような視線を送るメイドを見つけた。
「また魔族、ですか。それにどちらも人型とは面白い。どちらも魔王、というよりはエルフ族のような人型の魔族でしょうか。人型をしている以上、ある程度は知性があるのかと思いましたが残念です」
言ってメスを握り潰し、その破片を投げ捨てる。
「甲冑を着た者にこの程度の攻撃をしても無意味では──」
「意味ならある」
落胆したような黒い騎士の言葉を遮ったのはメイド──クーラではない。その言葉は悲鳴を上げ、今さっきまで呻いていた乃愛から放たれた。視線を戻す黒騎士は最初の一撃で斬り裂いたハズの乃愛の右眼と視線が重なった。
確かに斬った。魔法で治療したような気配はなかった。ならばなぜ治っている。
そう考えるよりも早く飛び退いた黒騎士のいた場所へ、光り輝いた乃愛の右眼は紅い閃光を照射する。瞬時に察知した黒騎士に負傷は見られないが、その凄まじい威力は遥か上空に漂っていた雲を貫いた。
「これは……」
雲に穴を開けた光景を皆が見上げる中、黒い騎士はそう呟いてから乃愛とクーラに視線を落とす。
そこではクーラがよろめく乃愛を支え、身を案じるように話し掛けている。その様子を見るにクーラが従者で、その主が乃愛だと窺えた。当然それだけでは明確に断言出来ないが、元より黒騎士には二人の力が“見えている”故に、目の前のメイドは主人である魔王の助太刀に来たと理解した。
「いきなり斬り掛かって来るなんていい度胸じゃないか。何のつもりだ?」
「何のつもり? それは私の台詞です。お前は魔族だ。それも、私が今まで殺したどの魔王より遥かに高位の」
周囲の喧騒がより一層大きくなる。先程の乃愛の放った光線魔法──ヴェルミクルムが雲を貫いた事実に、何も知らなかった村人達も乃愛に疑惑を持った。魔族なのはもう明らかだが、この村で見せていた乃愛の笑顔や人間らしさ。それが嘘だとはどうしても思えなかったから。
だが雲に穴を空けるなど魔法ではなく天変地異の領域だ。例えそれが人類の英知を結集して編み出された魔法だったとしても、それを扱う者を凡そ同じ人間とは思えないだろう。
加えて、魔族ではなく魔王。法則の事はこの世界の誰もが知っている。理を書き換える無双なる力。そんな力を持つ魔王であれば今見た光景も納得が出来るというものだから、乃愛を人間だと思う者はもうここにはいない。
「……魔王を殺した? 人間が?」
「御存知ありませんか、魔族領域に何度も御邪魔したのですが……。どうやら、私の名声はまだまだこの世界に刻まれていないようだ」
丁寧な口調の中に僅かな荒い言葉遣い。安定のしないそれは性別も性格も覗く事は出来ない。まるで中身がいないような、仮面が直に喋っているかのような、そんな感覚を乃愛は感じた。しかしもし本当に鎧が喋ったのだとしたら“対立関係など在り得ない”と思い、乃愛は自身のその感覚を鼻で笑い飛ばす。
「いいでしょう、先の問いの答えだ。我が名はリオン・クロワール。世界総てにこの名を刻む為、総ての強者に己が無力を知らしめる者」
刀の切っ先を真っ直ぐに乃愛に向けると共に、周囲に響かせる言葉。その言葉は周囲の喧騒を切り裂き、その場総ての者を一度黙らせた。
そして、静かに人々は口にする。その名を知らぬ人類など存在しないから。
「覇者級の冒険者の……?」
「どうしてこんな村に?」
人類最強の黒い騎士。漆黒の覇者の異名を持つ覇者級冒険者。生きた伝説とまで称される者が目の前にいる。村人達の動揺するさまを見て乃愛は首を傾げた。
「強いのか?」
「歴代最強とされる人間ですね。人類領域に襲撃する天使の群れを、単独で全滅させる程のふざけた人物です。それが本当であれば私ではルシフェリア様の足手纏いになるやもしれません」
ヴィーグリーズルはスライムの加護がある。しかし、それは地を這う者には有害であっても翼を持つ者には効果が薄い。当然占領した後に使えない領地など魔族に必要はない。故に人類領域が脅かされる事は稀だが絶対安全という訳ではない。
その襲撃回数が最も多いのは天使族。翼を持ち、気性の荒い天使は群れで人類領域はおろか魔族の国にも度々襲撃を仕掛ける。
乃愛達魔族からしてみれば、そんな気まぐれで他国に攻め入る天使が末端の者である事は周知の事実。天使族の魔王や高位の天使がそういった行為に及ぶ事はほぼ皆無であるが、末端とはいえ仮にも高位の魔族である天使の群れを単独で全滅させるなど人類に出来るとは思えなかった。
が、人間嫌いのクーラが自分では勝てないかもしれないと言う程の相手だ。クーラもプライドの高いヴァンパイア族。その彼女がそこまで評価するとなれば、魔族としての力を使わずに戦うなど不可能だろう。
それに、初めて見た時の懐かしさが引っ掛かった。
「リオンと言ったな。お前のその鎧、と刀。馬の方もだ。随分いい趣味だが“何を使った”?」
「さあ? 私もよく知りません。確か二年程前でしょうか。魔族領域を旅した時に見つけた荒城付近の墓で──」
「掘り起こしたのか?」
言葉を遮った二度目の問いに、リオンは思い出すように見上げていた視線を乃愛に向ける。不愉快そうに眉をひそめて瞼を閉ざしたその表情を見てリオンは刀の切っ先を下ろした。
「…………そうか、あれはお前の家族の墓でしたか?」
何も言わず瞼を開く乃愛を見たリオンは「そうか」とため息交じりに呟いた。それは同情しているかのようにも見えたが、しかしそれでもリオンはもう一度刀の切っ先を乃愛に向ける。
まるで一度消えた殺意を再燃させるように突き出した刀を両手で握り締め、矢の如く引き絞ってリオンは腰を落とした。
「謝罪はしませんよ。恨むのなら私と居合わせた己が運命を恨んで下さい」
「私に交戦の意志はない。ここに住んでいる理由も誓って人間に害はない。それでも私を殺すのか?」
「愚問ですね」
「その理由は?」
「お前が魔族で、私が人間だからです」
瞬間、リオンは地を蹴って駆け出した。一呼吸の間もなく、まるで乃愛との距離そのものを縮めたかのような踏み込み。そこから放たれるは引き絞っていた刀を押し出す両手の腕力と、驚異的な突進力が繰り出す神速の突き。
だがそれは乃愛の薙ぎ払う右手によって容易く弾かれる。
「ならば魔王として、倒させてもらうぞ」
その突きを押し返すように弾いた乃愛はさらに一歩、リオンの身体に手が届く距離に迫る。すかさず飛び上がり開き切った股の先にある右膝を横一線に薙ぎ払い、リオンの頭部側面に叩き込んだ。
乃愛が纏うは神官の服。スリットから覗く足はガーターと鋼鉄製の具足を除いて素足のまま。凡そ殺傷力や打撃力を高める物ではなく、装備において重視されたのは見た目の華やかさ。
対するリオンは全身を鎧で覆い、打撃や斬撃など鎧の合間を縫うようなものでない限り通じはしない。中身の体格はわからないがそもそも身の丈も、装備を含めた体重も圧倒的にリオンが乃愛を上回る。
故にその蹴撃など無意味である。速過ぎて周囲の村人には見えていないが、見えていれば誰もがそう思っただろう。
だが村人が見たのは蹴り飛ばされて受け身を取り、地に突き刺した刀と両足で踏み止まるリオンの姿だった。
「驚いたな。国境壁くらいまでは蹴り飛ばすつもりだったんだが」
蹴り飛ばされた場所から背後に視線を向けるリオン。その背の先は乃愛の言葉通りヴァナヘイム方面であると確認したリオンは、刀を地面から引き抜いて土を払い捨てる。
「……私も驚きました。初撃の魔法からてっきり魔導士型かと思いましたが、まさかこうも馬鹿力とは」
「これでもスポーツ万能で通ってたんだ。高校は帰宅部だが、中学の部活は水泳でインターハイにも──」
「ルシフェリア様、私も含め何を仰っているのかわかりません」
ビシィっと人差し指をリオンに向ける乃愛だが、メスのような切れ味で言葉を遮られる。
「……まあいい。負けを認めろ冒険者。私は当時十歳で歴代最強の魔力を持つと称された魔王。人の身でどうにか埋まる差ではない」
右眼に字の通り紅い光を灯しながら不敵な笑みを浮かべる乃愛。その言葉に偽りなどなく、クーラも助太刀はしたもののこれ以上は邪魔にしかならないと分を弁えて後方に控えている。
「なるほど。確かに私も愚かでした。高位の魔王と見て警戒をしていたのですが、どうやらその必要はなかったようです」
リオンは乃愛を見続けている。その語る言葉に、これ以上の戦闘は無意味だと理解してくれたんだと乃愛は感じた。言葉を交わす以上気持ちは通じるものであり、真実人間を手に掛けるつもりなど乃愛にはない。今リオンを手に掛けなかったのも乃愛なりの誠意。
本来眼を斬られ肩を刺して来た者に遠慮など不要。しかし痛みはあったが“不死の王”を継承している自分は死なず、傷は治療せずとも完治する。だから許し、言葉を交わす。葵は納得しないかもしれないが、その葵自身乃愛と話して無害な魔族がいるとわかってくれた。
だからきっと大丈夫。
「構えて下さい。騙し討ちや奇襲で無防備な相手を殺してもつまらない。誤解のなきよう、私はお前を逃がすつもりはありません」
そう思っていた乃愛がホッと胸を撫で下ろした時、現実は刀の切っ先と共に突き付けられた。
「わからない奴だな。私には戦う意味がない」
「お前になくとも私にはあると言っている。わからないのはお前だ。この期に及んで私が剣を引くとでも? 最強の魔王を相手に、そんな好機を逃す訳がない」
そしてリオンは再び駆け出した。しかしその速度は乃愛の蹴りが効いたのか先程よりも遅い。悪足掻きにも見えるその特攻に乃愛は欠伸が出る思いではあった。しかし、振り掛かる火の粉を払わぬ程寛容で身の安全に無頓着でもない。
故に次は弾かず直接攻勢に出ようと乃愛が踏み込もうとしたところで、リオンは急激に加速した。瞬時に接近したリオンは乃愛の踏み足を蹴り飛ばし、乃愛の右手首を握り締める。
「な──」
「体捌きは悪くありませんが、隙が多過ぎます」
乃愛の右手を引き、顔面から地面に叩き付ける。同時に右肩甲骨を踏みつけたリオンは、握り締めた右手を真っ直ぐ上に引いた。
「ぁがッ!?」
悲鳴と同時に響く骨が砕ける音。その痛みに苦しむ乃愛が右肩に左手を添えると、肩甲骨に置いた足を退けて乃愛の身体を蹴り上げた。
「貴様ッ!」
主を蹴られ、怒鳴ると同時にクーラはメスを構える。
宙に投げ出された乃愛を追いかけるリオンはクーラに背を向け、今なら援護出来ると踏んだクーラは両手にメスを三本ずつ手にして駆け出した。
「そうか、理由を欲していましたね」
視線を重ねた乃愛にリオンは呟いた。振り掛かる火の粉を払うのはリオンとて同じ事。乃愛の次と考えていた順番が逆に変わるだけと、リオンは進行方向を真逆に変えてクーラの正面に踏み込んだ。
「やめ──」
「従者の仇であれば、戦う気も起きるでしょう」
クーラの胸の下、腹部を貫く黒き刀。勢い余って持ち上げられたクーラの足は地上を離れ、容赦なく薙ぎ払われたその刀が脇腹を裂いてクーラの身体を地面に叩き付ける。
「クーラぁッ!!」
乃愛の叫びが村を覆う。
「これでやっと──」
その時だった。涙で霞む乃愛の視界、自身に飛来する何か。それが自分の杖であると悟った乃愛はそれを掴み取って地面を転がるように着地。
それと同時にリオンは上空より影が差した事に気付き、その飛来物へ振り返り様に刀を振るう。しかしその斬撃は火花を散らした後手応えなく空を斬り、リオンは擦れ違う飛来物に視線を向けた。
金色の髪にフローライトの瞳。乃愛とは反対に白と蒼の衣装を纏うその者は、回転と落下の勢いを殺すように地面を抉りながら着地し、乃愛に背中を見せる形で止まった。
「イオリア──」
「何してるの!? 早くしないと死ぬわよ!?」
突如割り込んで来たイオリアの叫びに乃愛は駆け出す。向かう先がクーラだと悟ったリオンは一歩踏み込むが、その正面にイオリアが横入りする。
「貴方の相手は私よッ!」
言いながら、半月型のダガーを振るうイオリア。先日の葵やギリアムと戦った時のように加減をするつもりはない。つい先程まで自分の墓穴を掘っていたイオリアだったが、何も葵はそれだけをイオリアに頼んだ訳ではなかった。
留守を頼まれている以上、その留守の間に仲間が死んだなどとあっては立場がない故に、名も知らぬ未知数の黒騎士に対して情け容赦なくダガーを振り抜いた。
しかし相手は全身甲冑。いかに重く頑強なダガーであっても、刃を直撃させた肩の装甲は傷一つつかなかった。
「クーラ……ッ!」
駆け寄った乃愛は横たわるクーラを抱き抱えようとするも、肩関節を折られた右腕は動かない。しかし舌打ちするよりも早く左手に持った杖に自身の魔力を流し込む。
「“ヒール”」
流し込んだ魔力によって起動した杖に宿る魔法。膝をつく乃愛の足下に浮かんだ魔法陣の光が伝染するようにクーラの身体を碧い光が包み込む。
傷は癒えても意識は戻らない。成功したかどうか不安になった乃愛は杖を放し、心臓の鼓動を確かめるべく縋る思いでクーラの胸に耳を当てた。近くで剣戟の音が鳴り響く中、乃愛は正常に鳴る心音を耳にして安堵する。
「く……ッ!?」
丁度そこへ、弾き飛ばされたイオリアが乃愛の隣に着地する。
「すまないイオリア。おかげで助かった」
杖を拾い上げ、身構えながらイオリアの隣に並び立つ乃愛。背後のクーラを確認してから視線を前に戻したイオリアは、荒れ始めた息を整えながら再びリオンに視線を向けた。
「それは何より。ところでまさかとは思うのだけど、あちらの方はリオン・クロワールではなくて?」
「ああ。私を初めから狙ってたみたいだが……」
乃愛が頷いた事により、元々曇り掛けていたイオリアの表情が更に悪化する。武の王国ヴァナヘイムで生まれ、祖父の強さをその眼にしながら育って来たイオリアにとって、自身や他総ての騎士が辿り着けなかった領域。それが覇者級だ。
それもリオン・クロワールといえば歴代覇者級の中でも最強とされる者。到底自分一人で敵う相手ではない。
「覇者級冒険者、リオン・クロワール様。私は──」
「イオリア・ヴァナヘイムですね、知っています。貴方の身分も、そして法を犯して国境壁を越えた理由も、察するに容易い」
命乞いのつもりではなかった。あわよくば葵やギリアムのようにヴァナヘイムを救う協力をと口にするつもりだった。
「これは警告です。今すぐヴァナヘイムへ帰るのであれば見逃がします。しかし王の意に背きヴィーグリーズルに滞在し続け、あまつさえ私の邪魔をするのであれば──」
刀を振るい、風に舞っていた木の葉を両断して、リオンはその殺意を乃愛ではなくイオリアに向けた。
「魔族を庇い立てした人類の裏切り者として、ここで死ね」




