第021話
純白の布が宙を舞い、風を切る音が響き渡る。帆船の帆を思わせる程に張り詰めた布は窓から射し込む陽射しを受けて光り輝き、ユラリユラリと舞い落ちる。
その瞬間に薙ぎ払われる腕は衣を撫でるようにして水平に振るわれ、その布に残った僅かな皺を完全に消滅させた。
腕を薙ぎ払ったその者、素早く身を翻しては新たな布を手に宙を舞う。
そこは彼女にとっての戦場。
主に仇なす総てを、塵一つ残さず排除する戦いの舞台。故に一切の慈悲も油断さえ存在しない。
穏やかな春の匂いを感じさせる髪の色はまるで桜のようであったが、緑花を思わせる碧の瞳は鋭く研ぎ澄まされ、先の布とは違い今手にしているフカフカな布を先程の布の上に寸分の狂いもなく投げ落とす。
続いて手にしたのは最適な量で詰められた羽毛によって柔らかな弾力を持たせた布袋。両手に抱えたそれは下から放り投げられ山なりに弧を描こうとしていたが、掛けられた回転によって最高点に到達すると同時に勢いを失って真っ直ぐ落下する。
落ちると同時に深く頭を下げると、彼女の真黒なスカートが靡き、その部屋から総ての動きと音が消失した。
以上、クーラ・メディクスによる三秒ベットメイキングが終了した。
頭を上げて文字通り塵一つ残さず掃除を終えた部屋を眺めるのは鉄仮面のような表情。しかし、その仮面は徐々に崩れ落ち、何やら恍惚とした表情を浮かべ始めた。
「何という至福。何たる充実感。ルシフェリア様に御仕えする幸せに胸が破裂してしまいそうです」
両手を広げ、喉が張り裂けそうな程に叫びたい気持ちを抑えながら呟くクーラは、次に瞼を閉じて身体全体に神経を張り巡らせながら深呼吸をする。否、匂いを嗅いだ。
「ぁあー……、私は今、生きている」
「何を言ってるんだお前は」
感激に浸っているクーラはその後ろから声を掛けられ、まるで凍結魔法でもかけられたかのように動きを止める。しかし一呼吸程の間を置いて歪み切った……否、緩み切った表情を元に戻し、背後の主へ振り返る。
すると何やら不機嫌そうにムスッとした表情を浮かべる乃愛が部屋の入口に佇んでいた。
「……どうかなさいましたか? はッ、もしや不備がおありですか?」
まるで先程の自分の発言をなかったかのように振舞おうとしたクーラだったが、目の前の乃愛の様子にただならぬ事態だと焦りを覚え、自身の仕事に不満があるのだと思い込んで部屋中に視線を向ける。
しかし数年仕える事はなかったとはいえ、本業であるメイドの仕事を忘れる事はなく、どれだけ神経を研ぎ澄ましても不備など見当たらない。そうして視線は主人である乃愛へと流れ、その視線の先で乃愛は申し訳なさそうに視線を逸らしていた。
「いや、それはないよ。女としては複雑だが、家事はクーラに任せた方が安心する」
やれやれと、見渡す限り整頓の終えた部屋を進み、軽く飛び上がるようにしてベットに背中を預ける乃愛。ため息のように深い吐息を漏らして天井を見上げる乃愛の瞳は、まるでそこにいない誰かを睨み付けるようだった。
「か、かわいい……」
「は?」
「いえ、もしや葵様との間に何かございましたか?」
あー、なるほどそういう事かー、と納得したクーラは思わず本音を口にしてしまい、小声故に聞かれてはいまいと高を括って取り繕う。
見るからに、意中の相手に不満を覚えているようなわかりやすい拗ね方は、クーラからは子供を見ているようで可愛らしく思えたのだ。
「置いてかれた」
「……? 村長様の所へ御一緒したのでは?」
「渋る村長に対してこの村の護衛に一人、金稼ぎに行くのに一人という条件を葵が提示したんだ」
なるほど、とクーラは頷く。同時に、恐らく乃愛の事だから葵に食い下がろうとし、しかし葵はそれを黙らせたのだろうとまで予想する。
「しかもだ。アイツ村長に“乃愛は僕より強いです”なんて言ったんだ」
「……それは事実ではありませんか? 御忘れかもしれませんが、ルシフェリア様は歴代の不死──」
「だってそれじゃあ私がゴリラみたいじゃないかっ」
ワナワナと呟く乃愛に口を挟もうとしたクーラだったが、起き上がりざまに吐き出された乃愛のよくわからない言葉に遮られる。
「ごりら、というのが何なのかはわかりませんが、不服で?」
「あー、つまりオークみたいな筋肉馬鹿みたいじゃないかって言ったんだ」
オーク族に大変失礼な物言いだったが、クーラの様子が一変した辺り、どうやらオーク族=筋肉馬鹿というのは二人の間で共通認識のようだ。
「し、しかしそれは……ルシフェリア様の考え過ぎでは?」
「村長の家を出て、葵にそれを言ったんだ。そしたら「え、違うの? だってデコピンで僕吹っ飛んだよ」って言われた」
葵がこの屋敷で初めて目覚めた時、部屋を飛び出した葵に乃愛は咄嗟に魔法によって強化したデコピンを葵の額に当てた。
「ああ、なるほど。“あれ”の影響ですか」
「突然だったから魔法が勝手に出て……。あれでも加減したんだ」
「出来たんですか?」
「…………たぶん」
クーラの視線に何やら過去を思い出したのか、乃愛は苦笑いを浮かべて視線を逸らし、何とか聞こえる程度の声で呟きながら頷いた。
「で、それで御立腹と」
「うん」
溜息を漏らすクーラの前で乃愛はしゅんと擬音がするように気落ちする。その姿に胸を打たれたのも束の間、クーラは手鏡を手にして乃愛の顔を映すように差し向けた。
「御気持ちは察しましたが、そのようにしていては葵様が御帰宅なさった際に落胆されてしまいますよ」
一瞬ムッとする乃愛だったが、鏡と睨み合いの後、いつものように笑って見せる。
「流石はルシフェリア様。それでこそ、ニブルヘイムを治める王でございます。……それはさておき」
作り笑いというのは大事な処世術。王であるからこそ、上に立つ者であるからこそ必要なもの。二人の様子から察するに昔からその練習をしていたのだろう。
が、ムッとしていた乃愛の表情が戻った所で次はクーラの表情に影が差す。
「隣にいる事だけでも光栄に思うべきにも拘らず、我が主を放置。あまつさえオーク呼ばわりを否定しないとは」
「戻って来いクーラ」
ゾッと寒気を感じる程の怒りに乃愛はクーラを呼び戻すが、どうやら愚痴をしてはいけない内容だったようだ。乃愛に仕える者なのだから考えてみれば当然。乃愛自身が望まない扱いを受けて最も怒りを覚えるのは、乃愛を崇拝でもしているかのように慕う従者のクーラである。
乃愛は溜息一つ、背中を再びベットに預けて天井を見上げる。
クーラの暴走は乃愛が何を言っても止まらない。故に、自らの従者を放置する事に決めた乃愛が思い浮かべるのは、当然今隣にいない葵の事だった。
「私は一緒にいたいだけなんだけどな」
とはいえ金を稼がなければならない。だからずっと自堕落に引き籠る生活は出来ない。クーラの貯蓄があれば可能であっただろうが、今はそれもほぼ底を尽いている。もっとも、長年人間界に潜伏していた従者の貯金をそんな風に使う人間性など、乃愛も葵も持ち合わせてはいないのだが。
そして先日、法則の事について葵に説明した後に乃愛は問い掛けた。
『元の世界への帰り道を造れるかもしれない。お前が望むならだが、どうする?』
かつて世界を渡り、そして葵をこの世界に連れて来た乃愛は、自身の魔力の暴走による異世界転移を二度経験している。暴走時故にハッキリと帰れるとは言わなかったが、それでも普通の人間ならば帰還を選択しただろう。
しかし、葵は違っていた。
『元の世界の記憶なんて一ヶ月しかないんだ、興味ないよ。元の世界が恋しいとも思えないし、少なくても僕の帰りを待っているような人もいないしね』
帰ったって仕方がない。そう言うように葵は乃愛に返答した。それは事実。乃愛もそうだが葵は両親を失っている。そして記憶喪失になって一ヶ月の間、親しくしようとした同級生も特別込み入った話を持ち出す教師もいなかった。
つまり、葵には記憶喪失になる前から友人なんて一人もいなかったのだ。ならば帰っても仕方ないと、そう思うのも無理はない。
だが、夜坂葵が本当にそんな理由で戻らない事を選択する訳がない。
それが乃愛にはわかる。いや、乃愛だからわかるのだ。
『間違っているのはみんなでも世界でもなくて、きっと僕なんだ』
夜坂葵。彼は気に入らない総てに全霊を以って抗う心を持っている。それ故に自身の総てを気に入らない存在に叩き付け、その存在を自らの破損など気にも留めずに徹底的に破壊する。それが夜坂葵という人間だ。
『それなら僕は、僕に似合うような“間違った世界”に生きたかった』
記憶喪失になる前も、そしてこの世界に来る際にも葵が紡ぎ出した結論。自分は違う、他人と違い過ぎている。故に望む世界を寄越せ。身勝手で、思春期特有の妄想に過ぎないような結論かもしれない。しかし、葵は現にこの世界ですら自分を証明した。
最下級の魔族とはいえ、その魔王に対して全身全霊戦い抜いた葵。結果一度死ぬ事にはなったが、その戦いに青臭い想いは微塵もなかった。
彼は物語のような戦いを望む戦士でも、それに憧れる子供でもない。
彼は他者に否定的な現実逃避している大人でも、我儘な子供でもない。
夜坂葵。彼は正真正銘、生きる世界を間違えた化け物だ。
法律はおろか、魔王という絶対的な存在にさえ想いのままに抗い、怒り、己の総てを叩き付けた。常人に理解し得ない化け物だが、だからこそ乃愛は葵に惹かれたのだ。誰にも理解されずとも、想いのままに生きる葵が眩しかったから。
故に、葵が元の世界に帰還する事を望むとは思っていなかった。あの問いかけは意味が少し違っている。元より他の選択肢はなかったが、乃愛は“元の世界に帰るか”ではなく“元の世界とこの世界のどちらを望むか”を問い掛けたのだ。
「それならそれで構わないが、一緒にいられないのはちょっとなぁ」
ボソリと呟いて、溜息一つ。その天井を見上げる視界に突如割って入ったのは乃愛の紅い杖だった。視線を向けるとそれを手にしてクーラが膝をついているのが見え、乃愛は上半身を起こした。
するとクーラは杖を水平に持ち替え、主人である乃愛に献上するかのように差し出した。
「差し出がましいかもしれませんが、神官としての貴方様は優れている訳ではありません。そしてそれは葵様もです。出掛ける際に問題が起きた時、貴方様は魔王として事を成す訳にはいかない時があるやもしれません」
「……私を狙う者達がいる事を追々葵に話しはするが、少なくともこの村に身を置く以上人間として生活するつもりだ」
「であれば、ただの人間としていつ何時も葵様を御助け出来るように、人間の魔法を……神官としての修練を積むべきかと」
今、乃愛は神官としての魔法を一切使えない落ちこぼれ。装備は整っているが、人間としてそれ等を使いこなせる技量はない。
「そうだな。葵がいる時にヘマをやらかせば、それこそ置いて行かれそうだ。それ以外にも魔族としての魔法もいくつか用意しておくのもいいかもしれん」
笑みを浮かべてベットから立ち上がった乃愛はクーラから杖を受け取り、杖を掲げてその先端を見上げる。神官としての治癒魔法及び自衛魔法。身を潜めて奇襲をかける密偵という職に就いた葵の足を引っ張らないように、村に置いて行かれた今出来る事をやろうと乃愛は決意する。
……その顔から察するに、上手に出来たらゴリラ脱却、それどころか褒めて貰えたり頼られたりするかもしれないなどと考えているが、動機は何であれ修練は積むに越した事はない。
「私としましては人間の魔法をルシフェリア様が使うなど、やむを得ないとはいえ反対ですが」
そう言っては目を細め、クーラは乃愛の持つ杖を睨むように眺める。まるで汚らわしい物を、忌むべき物を見るように。
その言葉と態度に乃愛も杖を見る。納得したように「ああ、なるほど」と呟いては瞼を閉じて頷いた。
「こいつはいったい……誰だったんだろうな」
再び杖を見つめる紅い瞳。先程までの妄想に浮かれていた乃愛の笑みは、いつしか憐れむような微笑みに変わっていた。
乃愛の不満を押し退けて村長を説得して早一週間。見渡す限り木ばかりの森の中、葵はひたすらに探索していた。あれから毎日この森に通い詰めている葵は、同じような景色ではあるが迷う事なく森の中で歩を進める。
葵がこの数日間ずっと受けている依頼は護衛任務。トゥーレから北にある葵達の住むカナンガを更に超えた先、地平線に広がる巨大な森の入り口付近に国境壁を設ける事となり、その作業員の護衛が依頼内容になっている。
カナンガではここ数日の間で村民と乃愛達の仲がかなり進展していた。回復魔法を使えるようになった乃愛が遊んで怪我した子供を治したり、医者としてのクーラの働きが村民の心に響いたようだと葵は聞いた。
依頼を終えて帰った葵に子供が飛び付いて来た事があり、思わず葵が問い掛けたのがその話を聞く切っ掛けとなった。
今では村の子供と遊ぶ事もあるとかで、帰れば屋敷の庭で乃愛と数人の子供が遊んでいる事もある。
この護衛任務は、トゥーレと森の間にあるカナンガを護る事にも繋がる。故に葵の表情は真剣だった。とはいえ、最初は工事現場の警備員みたいなものだろうと思っていた葵だったが、戦時中のヴァナヘイム付近なだけあり、住処を失った獰猛な魔物達による強襲が相次ぎ、今はもうそういった考えは消え去っていた。
「おーい、葵さんよ。そろそろ休憩にしようぜー」
「ああ、うん。すぐ行くよ」
そしてそれは当然、一人の冒険者による護衛任務ではない。地平線に広がる森とトゥーレへの往来を制限する為の国境壁故に、見渡す限りの森の入り口を封鎖する必要がある。昼夜後退による総勢八十名の冒険者による護衛、葵はその中の昼のメンバーだ。
「おう、こっちだ」
森を抜け、建造中の壁を抜けて草原に出ると数人の冒険者達が焚火を囲っていた。それに駆け寄る葵の視線の先、一人の冒険者が筒状の物を放り投げる。
「悪いね、助かるよ」
無造作に投げられたそれを片手で受け取り、見知った仲なのか、その筒の先端にある栓のような物を外した。水筒のような物なのだろう、何度か口をつけると葵は残りの水を頭の上から被り、まるで猫のように頭を振って張り付いた髪の水気を払う。
「疲れたか?」
水筒を投げた男が問い掛ける。背中には大剣を背負い、頑強そうな身体つきと厳つい顔をしているが、葵に問い掛けた男は伏し目がちだった。
「まあね。でももうそろそろ終わりの時間だし大丈夫だよ」
その横に座る葵は随分と低くなった太陽を見上げてそう呟く。
「悪いな、辛ければいつでも俺を盾にしろ」
「そんな事言わないでよ。ギリアムには感謝してるんだ。この仕事は報酬がいいし、聖戦級や守護級の戦いを間近で見れるんだからさ」
大剣を背負う男──ギリアム・グリフ。彼はこの数日間、葵のパートナーとなって任務を行っている男だ。そもそも、今回の護衛任務はヴィーグリーズル王国騎士団からの依頼であり、その受諾資格は守護級以上となっている。奴隷級である葵がここにいるのは、ギリアムあってのものだ。
一週間前、乃愛と別れてトゥーレのギルドを訪れた葵は、その前日などに受けていた依頼の報酬では不満がっていた。そこで奴隷級でも受けれる報酬の高い依頼はないかとギルドの店員に尋ねたのだが、そんなのがあればそれこそ階級に意味はない。
階級は例外を除いてすぐには上がらない。魔獣の討伐記録具合、ギルドや階級権限などに忠実である事で傭兵級まで上昇し、その上で名が売れつつ単独での大型魔獣討伐を可能とした実力者だけが守護級に位置付けられる。
「にしても聖戦級ってこんなにいるんだね」
次に、聖戦級だ。大型魔獣の討伐によって更に名が売れ、かつ魔族との戦闘によって二度三度生き残った猛者達が聖戦級と言われる。しかし、最下級魔族であるゴブリンは賞金首になるような個体でない限り聖戦級になる為の功績としては例外である。
「実際の数はもっといるがな。こんな依頼を受けるのは物好きか貧乏人か、あとは成り立てくらいだろう。それに、聖戦級は歴代の中で今が最も多い。その理由があれだ」
森の方角へ視線を向けるギリアム。元より、魔族との交戦はある種族以外で考えれば珍しい。そもそも人間の領地にスライムが生息しているせいで魔族はあまり襲撃して来ない。故に、聖戦級は本来増える傾向にないのだが、今の時代は別だった。
武の王国、ヴァナヘイム。
冒険者、フィル・ヴァナヘイムという覇者級の冒険者がエルフ族より奪い取った領地。単純に人間の国が二つになり、魔族領域に面した活動領域が増えた事。そしてヴァナヘイムにスライムがおらず、魔族から度重なる襲撃があった事で防衛による交戦が増えた事が要因になっている。
「ヴァナヘイムが出来たせいで、昔なら守護級と呼ばれるような冒険者も聖戦級と呼ばれるようになった。魔族と交戦して偶然二度三度生き延びちまって……俺みたいなのがいい証拠だ」
数は増えた。が、それは人間の力が高まった事による成果よりも、交戦回数が上がった故のなし崩しの結果とも言える。
「……ギリアムは相当強いけどね」
「俺はただの飲んだくれのろくでなしだ。殺して報酬貰って馬鹿騒ぎする為に酒を飲んで寝る。別に、俺は報酬が貰えりゃ階級なんざどうでもよかったんだ」
最後の言葉はボソリと吐き捨てるように、葵に言うのではなくただ呟いただけの言葉。他所を眺めていた視線は不意に葵に向けられる。
「ライヒとはよく喧嘩したもんだ。アイツは金持ちの生まれで、魔族領域に広がる世界を見たいってよく言っていた。ガキみたいに目を光らせてな」
「ああ、うん。育ちは良さそうだった」
「だろ? 冒険者は育ちが悪い奴がほとんどだ。そんな中、ガキみたいに夢見がちな事を声高らかに言うから浮いてたんだ。アイツ、俺達以外にダチもいなかったしな」
友達がいないのは育ちや話の内容ではなく話し方だろうなと思ったが葵は言葉を飲み込んだ。
「俺も最初は心の中で笑ってた。んな事出来る訳ないだろって、スライムの加護がなけりゃヴァナヘイムの二の舞だってな。だけどアイツはどんどん強くなって、何度も魔族と戦って、それでもいつまでもガキみたいな事を言い続けていた」
外の世界が見たい。あの山の向こうは、この崖の向こうには、その先には何があるんだろう。行ってみたい、見てみたい。危険だとか、死に直面するとか、そんな事は二の次に、見えないものを見ようとする。確かに子供、平穏を捨ててまでと考えると確かに異色ではあるのかもしれない。
「いつからだったか。俺はいつの間にかアイツの横にいればそれが見れるかもしれないって思っちまった」
ただそれはギリアムにとって眩しかった。まるでその光に引き寄せられるかのように、ギリアムもまたライヒと同じ物を見ようとした。
「俺がアイツの隣にいなきゃ、俺があの時魔王と戦わなければ、剣を奪われなきゃ、ライヒは死ななかったんだろうな」
ギリアムの背中の大剣。それは度重なる死線を潜り抜けた獲物であり、キングゴブリンに奪われ罠に使用された剣。
「……そこでさ、ライヒならとか、冒険者ならとか言うのが正しいんだろうけど、僕もライヒとキングゴブリンの戦いに割って入るような力はなかったし、何も言えない。……けどさ、アンタがいてくれなきゃ僕はここにいられない」
葵がここにいるのはギリアムがいるから。あの時、もっといい報酬の依頼はないかと問い掛ける葵と困り果てた店員を見て、ギリアムは声を掛けた。葵の事はライヒの件と共に乃愛から聞いて知っていたギリアムは、そこで冒険者ギルドに提案したのだ。
聖戦級のギリアムのパートナーとして奴隷級の葵を守護級以上の依頼へ同行させる事。受諾しているのはギリアムなのだから、葵の階級は関係なく、しかし当然報酬は二人分ではない。半日の労働で一人分の報酬を半分ずつ。しかしそれでも奴隷級の依頼の最高額の倍以上じゃ済まない額だった。
「ギリアムには感謝してる。だから胸張ってくれると助かるんだけど……」
二人が話している中、何やら騒ぎ声が聞こえて来る。立ち上がった二人は周囲を見回し、騒ぎの場所を探す。すると森の方角、国境壁の中央辺りに人だかりが出来ていた。




