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楽園変生 第一部 ──不死の随伴者──  作者: 紅葉 昂
第一部【不死の随伴者】
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第019話

 草原に吹く風は二人の佇む丘へと吹き抜け、乃愛の長い銀髪と身に纏う純白の衣を靡かせる。その衣装も髪も白い肌も、澄み切った青空の光を淡く反射して光沢を浮かべ、風と共に乃愛を構築する総ての色彩は陽炎のように揺れていた。

 しかし決意したかのような面持ちの乃愛の気持ちは微塵も揺らいでなどいなかった。


「先に言っておくが、今私を殺す考えは捨てておけ。命乞いではなく理由があり、それも含めて今の状況の総てを──」


「咎崎、趣味の悪い冗談はやめてよ」


 その紅い瞳から眼を背け、葵は乃愛の言葉を再び遮った。葵が望んだように静寂が訪れ、二人の間にあるのは風の音と、葵が握り締める拳が軋む音。


「……魔族は殺すって、僕は言ったんだ」


「そうだな。だから総ての魔族を殺し終えた後で…………私を殺せ」


 伝えるようにではなく、独り言のように呟いた葵の言葉にハッキリと声を上げて頷く乃愛。


「魔族は人間を殺す。ライヒも、リーベとシルトも殺された」


「魔族が手を下さずとも、人間はいずれ死ぬ」


 互いが事実を口にし、鼻で笑うように互いに笑みを浮かべる。


「だから殺したい」


 君を護る為に。


「だから力を貸す」


 お前を護る為に。


 悪い冗談だと、互いに感じながら浮かべる笑み。護りたい相手が魔族であるという告白と、相変わらず悲運な人生であるという自覚。


 互いに信じたくはない。


 冗談だと言って欲しい。


 しかし二人の間に語られる言葉には僅かな嘘も存在しない。葵の耳に聞こえる大きな羽音。まるで巨大な鳥が翼を広げたようなその音と共に、肌で感じていた風がその一瞬だけ強く感じ、


「僕は確かに漫画やアニメ、小説が好きだったみたいだ。記憶を失う前にあれだけ揃えてたんだからきっとそうなんだろうね。……だけどさ咎崎、現実を見た方がいい。咎崎が魔族で一緒に来た異世界で殺し合うなんて、趣味の悪い話だよ」


 乃愛から視線を背けたまま、葵は口を開く。その視線が見つめるのは自身の足下。乃愛の影がすぐ傍にある地面。


「確かに、趣味の悪い話だ。お前の言うように私も好みではないし、もしこの世界に作家がいるなら殴りたい気持ちもある。……ただな、葵。お前こそ(現実)を見た方がいい」


 宙を舞う純白の羽根。葵の足下に伸びる乃愛の影。その影のシルエットの通りに、答えは葵のすぐ傍にある。


「…………そんなに私を見たくないのならそれでもいい。だが思い出せ。お前はどうしてこの世界の文字が読める? どうして異世界の住人と話せる? どうして、お前が生きている? お前の事だ、考えなかったとは言わせないぞ」


 見ないのなら、伝えるまで。現実を直視しない者に他人が出来る事は教える事。聞きたくもない言葉を以って知らしめる。現実から逃げれば逃げる程に、現実に引き返す道しかないと自覚させる事。


「咎崎が……やったの?」


「そうだ。私がかつて元の世界に飛んだ時に自分に掛けた魔法を、この異世界に戻って来た時にお前にも掛けた。本来、他種族との意思疎通を図る為の翻訳魔法だが、異世界の言語にも通じた」


 だから、リーベ達と話す事が出来た。異世界の文字を読む事が出来た。先代のキングゴブリンの言葉も、あの忌まわしき略奪の法則の名も知る事が出来た。

 葵も自分が理解出来ない言葉や文字を“何者かが葵に理解出来るようにした”と考えてはいた。当然、それが隣にいた少女だとは予想していなかっただろうが。


「……蘇生魔法も、あったんだ」


 安堵するように呟く葵。しかし乃愛は首を横に振った。それは否定の意味だったのか、あるいは葵の楽観的思考に呆れたのか定かではなかったが、どちらにせよ自分を見ていない葵に真実を伝えるべく乃愛は口を開く。


「蘇生魔法は存在しない。死者が元通りに蘇る事は聞いた事がない」


 先程の葵の言葉は「それならシルトやリーベも」という意味合いを含んでいたのだろう。即座に否定する乃愛に、葵は安堵にうっすらと浮かべた笑みを消し去った。

 しかし、それでは辻褄が合わない。そう言うように、葵は風穴が開いたハズの自分の胸に手を添える。

 鼓動を感じる。小さく、か弱く、そして僅かに早まっている心臓の鼓動。締め付けられるような痛みは、悲しんでいるようにも感じた。


「……私は、大切な人を失って悲しんでいたいとは思わない。私自身も死にたくない。永遠に、ずっと存在し続けたい。それが私の望みで、私の在り方で、私の理」


 鼓動は早まっていく。葵の視線は足元から乃愛の影へと移る。その視線は進み続け、葵は「まさか」と言葉を零して、


「霧の国ニブルヘイムの魔王、ルシフェリア・ニーベルング。……それが私の本当の名前だ、葵」


 その視線と鼓膜に現実を受け入れた。目の前にある現実、目の前にいる咎崎乃愛の姿はまさしく魔族。天使の如き翼は人間ではない存在だと示している。


「私は法則によってお前と心臓を同化させた。結果、永遠を生きたいと願う私の随伴者としてお前は蘇った」


 最後に殺す魔王の名前を知っていると乃愛は言った。何もおかしい事はない。知っていて当然だろう。


 それは誰かの名前ではなく、自身の名前であるのだから。


「それでも元通りに蘇った訳ではない。お前は今後死という概念から切り離される。頭を潰されても、毒を食らっても、火炙りにされても私が死なない限り死ぬ事はない」


 蘇生魔法はなく、法則。宇宙の理に歯向かう魔王の力。魔王の心臓を共有し、魔王の死が訪れるその時まで生き永らえる随伴者の創造。


 ルシフェリア・ニーベルング、その法則を“愛する者(Dilectus)よ、共(Fatum)に生きよう(Testament)”の名を持つ神通力。永遠を共に生きる為、対象者の命を所有する理を成す外法にして外道の所業。自己を優先し、万象を想いのままに書き換える我欲に塗れた大逆無道に他ならない。


「永遠を生きるのに必要な事はたくさんある。これはその一つで“一人では永遠を生きる事が出来ない”という事らしいな」


 故に葵の身体はどれ程の傷を負っても死ぬ事はない。乃愛が生き続ける限り、葵もまた世界に存在し続ける。法則が宇宙の理を変質させる程の力を持つが故、総ての征服者である死の概念に葵は囚われない。


 つまり例え死神が迎えに来ようとも、夜坂葵を殺せはしないのだ。


「……そっか。僕の命は──」


 葵は魔王によって殺され、そして別の魔王にその命すら奪われた。葵の意志に関係なく、それはまるで玩具のように。身勝手な人間によって捨てられ、拾われた人形のようだった。


「無価値じゃない!」


 しかし乃愛は言葉を遮る。言わせない、言わせてはならない。本当はそんな事を思って欲しくも、考えて欲しくもない。しかし二人の価値観は違う。


 大切なものは失えば消えて戻らぬもの。それでこそ価値がある。


 大切なものは取り戻し絶対のものとする。それでこそ価値がある。


 どちらも失いたくないという気持ちは存在する。けれど、決定的な考え方の違いがそこにあった。同じ種族でも性別があるように、二つと二人は大きく違っている。


「死んで蘇るのなら価値はない」


「……じゃあ、すぐ死ぬ命には価値があるのか?」


「そうやって人間を殺すのは魔族だ」


「人間だって魔族に関係なく何かを殺すだろ」


 違っている。二人は何もかもが違う。


「……協力するって言ったのは嘘?」


 人間は他人を理解し認め合ったとしても、所詮は別個体、別の生き物。人間同士でさえそうなのだから、元々別の種族である二人の価値観が違っているのは当然の事。


 言葉が擦れ違う以上、気持ちが伝わらないのは必然。


 出逢いがある以上、別れもあるのはまた必然。


 であれば伝わらぬ言葉に意味はなく、最早この語りは不要。そう打ち切るかのように、葵は乃愛に問い掛ける。


「協力は……」


 葵の問いに頷こうとした時、乃愛の脳裏に過ぎるのは数人の面影。それらが今生きているか不明だったが、唯一生きている事を知っているクーラの事を思い出して言葉に詰まる。


 葵の助けになりたいと考えたとしても、七年もの間主君の帰還を待ち続けてくれたメイドを易々と殺せる程咎崎乃愛は冷酷ではない。


「無理はしなくていいよ、咎崎。僕は別に助けが欲しいだなんて思ってない」


 口をつぐんだ乃愛に、話は終わりと言うように葵は背中を向ける。


「待て葵。まだ話は終わって──」


「終わりだよ。殺せない魔族がいるんだよね?」


 遠ざかる足音を呼び止めるように、葵の背中に向けて手を伸ばす乃愛だったが、遮る葵の言葉が胸に突き刺さる。


「顔を見ればわかる。それじゃ協力はさせられない」


 葵の物語は復讐劇。大切な人を殺されたが故の、総ての魔族と戦う物語。端的に、魔族という存在が気に入らないから。気に入らないものにはそれが者であれ物であれ何であれ、その総てに葵は暴力による介入を行って来た。


「じゃあね、咎崎」


 であれば、その隣に魔族は必要ない。例え自身の命を所有する者だったとしても。











『怪我してるな』


 あれから何年経った事だろう。確か現代世界に迷い込んで数年が経過した中学校時代だったか。最終日である卒業式の帰りに私は彼に話し掛けた。

 信号を無視したバイクが私の隣を歩いていた子供を轢く寸前、割って入った少年は子供や私を抱き抱えて颯爽と助ける訳でもなく、バイクのハンドルを蹴り飛ばして無理矢理軌道を変えた。


 少女漫画にあるような二枚目の男性が助けに現れる。そういった展開が現実に起こるのかと思った私だったが、むしろそれよりも在り得ない光景を目にした。私は私が助けるハズだった子供と“殺していたかもしれない”バイクの運転手の無事を確認した後、助けに入った少年に話し掛けた。


『……怪我って、何?』


 年頃の男の子にありがちなやせ我慢だと思った私は、いいから足を見せろと彼の手を引いて近くの小さな公園に足を運んだ。

 が、その考えは大きく違っていた。彼のズボンを捲り上げた私が目にしたのは数ヶ所に及ぶ傷の数々だった。まともに手当てもしてない傷は塞がらず、先程出来た真新しい傷と共に血が滲んでいた。


『お前、痛くないのか?』


『ねえ、何それ? さっきからどういう事?』


 会話が成立しない。そう思った私は手当てをさっさと済ませて名前も聞かずに別れた。

 高校の入学式までの数日間、彼の事を何度か思い出す事はあったけど、もう会う事もないだろうと思っていた。

 あれ程の数の怪我だ。恐らく足だけじゃないだろう。なら全身に、ろくに治療をしていない傷があってもおかしくない。


 何故?


 当時の私はそれが虐待ではないかと考えた。だから、ずっと気になった。思い出す度に忘れろと私は自分に言い聞かせていた。考えたくなかったのだ。自身の子を傷付ける親がいるなんて事を。

 元より母親の顔は知らず、数年前に亡くした血の繋がった父も、いつも甲冑を着込んでいて顔を見た事はなかったが優しかった。この世界で親を名乗り出た老夫婦は仲が良く、笑っている顔をよく目にする。私にとって親とはそういうものだったから、虐待という行為が現実にあるものとしたくはなかった。


 が、数日後の高校の入学式で彼と再会した。


 同じクラスの隣の席。いったいどうしてこうなったと頭を抱えたものだったが、視界の隅に映る彼は前とは違っていた。

 というか怪我が増えていた。頭に包帯を巻き、眼帯をしている。指にも包帯を巻き、右腕はギブスで固めて首から下げた三角巾で支えている。

 これでもかと言う程に怪我が増えているが、前と違うのは治療をしている事だ。


 気になった私は帰りに彼の後を尾けた。偶然か、帰り道が同じだったのもあったけれど、視線はずっと彼を見ていた。


 彼の名前は夜坂葵。


 同じクラスになった事で自己紹介もせずに名前を知る事が出来た。私も他人の事を言える訳ではないが、友人と話したり帰宅を共にする者もいない事から、地元の人間ではないのだろう。

 そんな事を想像しながら尾行していると、葵は数人の男と話していた。話し声は聞こえなかったが、どうにもよくない人柄の人間と関わっているようだった。肩に腕を回され、葵は笑っている男に言われて路地裏へと消えた。


 虐待を受けて非行に走る少年。そういうレッテルを葵に貼ろうとした私がその路地裏を横目に通り過ぎる瞬間、大きな音に私は足を止めた。視線は路地裏へ、路地裏から飛んで来た男へと流れる。転がって来た男を見下ろし、それが葵を路地裏へ連れて行った男だと認識した所で、路地裏から葵が飛び出して来た。


 物凄い剣幕で飛び出して来た葵は起き上がろうとする男を掴み上げ、ギブスで固められた腕で殴り飛ばした。次に葵を追って路地裏から飛び出した数人の男達へ振り返って迎え撃ち、滅茶苦茶な乱闘騒ぎが始まった。


 何だこれは、と思っていた私の視界の隅、同じ路地裏から恐る恐る出て来た少年を見つける。少年は葵達の乱闘を横目に走り去り、私の横を通り過ぎようとしたので、私はその手を掴んで何があったと問いただした。

 事情を話した少年は怯えるように走り去り、私は路地裏へ足を運んだ。


 少年は男達にぶつかり、路地裏に連れて行かれた。そのすぐ後に路地裏に現れた包帯男が暴れ出したと言っていた。

 夕暮れの路地裏、薄暗いその中で呻き声を上げる成人くらいの男が三人倒れていた。路地裏に入った数秒で、葵一人でこれをやったのかと、そう思っていた時に背後で足音が聞こえ、私は振り返る。


『……それ、僕のなんだけど』


 路地裏にあるその金色の瞳はまるで黒猫のようだった。真っ直ぐに私を見下ろすその大きな黒猫は、私の足下を指差していた。

 見下ろした私の足下に転がっているのは葵が持っていた鞄。


 何を平然と、これ程暴れ回った後だと言うのになぜ落ち着いているのだろう。


 なぜ、どうしてそれ程寂しそうな眼をしているのだろう。


 私は葵の鞄を拾い上げ、手渡しながらそんな事を考えていた。

 今にして思えば、私はあの瞳に恋をしたのだろう。それからもずっと彼を見ていた。そうしている内に話すようになって、気付いた時にはいつも一緒にいた。


 それが、私と葵の始まりだった。


 懐かしく、愛おしい過去。あの頃の私はきっと、こんな事になるとは考えていなかっただろう。


「私も人間だったらよかったのにな」


 思ってもいない事を口にして、思わず笑みを浮かべてしまう。


 私が人間であったなら、葵と出逢う事はなかった。


 私が人間であったなら、葵を蘇らせる事は出来なかった。


 だから、これはきっと必然だ。考え方を変えればロマンティックな人生だろう。魔族が人間を愛し、愛した人間に殺される。元より私の命は彼のもの。そうあっていいと私は考えていたし今もそうだ。けれど、今葵が隣にいない事が辛い。

 こんな事ならこの世界に帰って来るべきではなかった。そのつもりはなかったにせよ、こんな世界に来なければ幸せだったのだから。


 ここは私にとって間違った世界。私が幸せになる事が出来ない、間違った世界。


 私も魔族は憎く、きっと葵よりもその憎しみは強い。けれど、私は半端なのだ。葵のように自身の総てを賭して行動する事が出来ない。


 スマホを手に取り、画面に触れると現れたのは待ち受け画面。この異世界に戻って来た際、葵に見られそうになった私達の思い出の写真に視線を落とす。

 これはいつの写真だったか、並んで撮ったその日は映画でも観に行っていた気がする。館内で眠っていた葵は写真でも眠そうな目をしているなと、そう思い浮かべてそもそもいつもそうだったと苦笑する私の視界の隅で、スマホの電池の残量が僅かな数字を示していた。


 ああ、もう思い出を眺める事も出来ないのか。


 そう思うと同時に涙が溢れて来る。零れ落ちる涙が画面を濡らし、もう見納めの光景を歪ませる。それは何度拭っても次々と零れる涙に意味はなさず、


「こんな事ならアイツが持って来ていたプリクラ帳、燃やすんじゃなかったな」


 と思った事を口にする。ずっと一緒にいるつもりだったから過去は必要ないと思っていた。一緒にいる限り、私はそれで十分だったから。


「ああ、あれ燃やしたんだね。なくなってるからおかしいとは思ってたんだけど」


 不意に聞こえて来る呑気な声色。

 見上げると、そこにはあの路地裏の時に見た金色の瞳がそこにあった。あの時と違うとすれば背景が夜空である事と、寂しそうな瞳ではなく優しげな笑みを浮かべていた事。


「え?」


 よくわからない光景に、私はそんな素っ頓狂な声を漏らすしか出来なかった。周囲を見渡せば暗く、空には星空が広がっている。葵に別離の言葉を告げられてから、随分と時間が経っているようだった。


「屋敷に戻ったらまだ帰ってないってメイドさんに怒られるし、状況がわからないから探したよ」


 もう二度と逢う事はないのかもしれないと思っていた。だから、目の前にいるいつもと変わらぬ葵の表情に酷く動揺していたものの、手を差し伸べられて私は自然とその手を掴む。

 別れの後にずっと欲していたその手は暖かくて、私の願望が見せる幻覚ではない事がわかった。引かれるがままに立ち上がり、手を放されて強く実感する。


 葵が今、私の目の前にいる。


 私にとっての幸せが目の前にある。けれどどうして、なぜここにいる? どうして私を探す? 私はもう、お前の隣にいられないのではなかったか。

 聞きたい事があり過ぎて、混乱した頭で考えるが言葉に出来ず、迷っている私は自分の手が濡れている事に気付いて見下ろした。その手の平は血に染まり、私は驚いて葵に視線を向ける。


「お前、血だらけじゃないか。どうし──」


「僕の血じゃないよ」


 駆け寄ろうとして、それを遮るように葵は背中を向ける。歩き出し、確かリーベという名前だった少女の墓の前に立つ。持っていた杖と名の刻まれたプレートを墓に掛けると、その墓に優しく手を置いた。


「取り返して来たよ、リーベ」


 その血が葵のものじゃないとするなら、いつしか夜になっている今の今まで、葵はそれを探しに行って一人で戦ったというのだろうか。相変わらず、彼は無茶をする。


「それでさ、二人の大切な物を取り返して来た代わりに、少し御願いを聞いて欲しいんだ」


 両手を合わせる葵の横顔を見て、私も二人の墓の前で手を合わせる。直接的に関わらなかったが、埋葬しただけで葵が世話になった礼を言うのを忘れていたなと思い出した所で、


「魔族を一匹残らず殺すっていうのは、やめておくよ」


 葵は墓の前に誓った言葉を取り下げた。


「君達の仇はもういない。だからやめる。僕は僕なりに魔族と向き合うつもりだ」


 葵が両手を降ろし、私を見る。いったい何があったのだろうか。許せない事を徹底的に否定し、全力で叩き潰すのが私の知っている葵だった。記憶は失っても葵はそうであり続けたというのに、なぜ魔族殺しをやめたのかわからない。


「どういう事だ?」


「考え方を変えただけだよ。魔族の中にも話せる奴がいるのかもしれないから。……って言えばカッコいいのかもしれないけど、実はそこまで納得出来ちゃいないんだ。ただ、その……」


「何だ? 何が言いたい?」


 ハッキリしないな。視線は逸らすし、急に小声になるしで、何が言いたいのかわからない。どうにも私の知っている葵とは雰囲気が違う。


「女の子を殺すのは出来ないかなーって」


 ……は?


「今考えれば元の世界で銀色の髪に紅い瞳ってアルビノじゃないといる訳ないし、こっちの世界の魔族って言われた方が納得だよ。人間に近い形をしている程に高位な魔族って聞いたから、たぶん咎崎って相当強いんじゃないかって思うんだけどさ。……力の差に関係なく、咎崎を殺すなんてしたくないって、そう思ったんだ」


 呆けている私の前で葵は言葉を続ける。肝心な所、聞きたい所が抜けている。なぜ、どうして私を殺せない?

 私が女だから。そんな中途半端な覚悟で魔族を殺すと息巻ける男ではないハズだ。


「咎崎は人間の命を価値がないなんて思っていない。それは僕を蘇らせてくれたからわかってるつもりだ。けれど僕等が言い合いになった原因であるシルトやリーベを蘇生しなかった。今もしようとしない。……その理由は聞いてもいいのかな?」


 視線を逸らしていた葵が、次は真っ直ぐに私を見る。自分の理由は誤魔化すのに、私には聞くのか。その返答次第では、葵は私を殺す対象として認識するのだろうか。

 ……まあ、考えても仕方のない事だ。私の答える事が出来る事は至極単純で、命の価値といった大それた事を語る以前の話であるから。


「ただ単に、私の法則で蘇る事が出来るのは一人だけだからだ」


 苦笑いが浮かんでくる。葵の問いかけにもっと気の利いた回答があればよかったが、ただ私の能力の限界というだけのつまらない回答になった。きっと葵が望む回答ではなかった事だろう。


「……たった一度の法則を、僕に使って後悔はしなかった?」


 数年前に、私は父と大勢の人達を亡くした。生まれた時に母と別れた。別世界で私を拾ってくれた老夫婦も失った。


 私はたくさんの命を見送って来た。そしてきっとこれからも、永遠を生きたいと願うが故に永劫死ぬまで死別を経験するだろう。


 それでも、私は胸を張って言える。誓って口に出来る。


「後悔しない」


「たぶんこの世界で僕が出来る事なんて少ないけど、それでも?」


「それでも、絶対に後悔はしない」


 永遠を生きるなら、隣には葵がいて欲しいと。


 私を慕い死んで逝った者に恨まれても構わない。誰に何を言われても揺るがない。父や母、死別した者達に蘇って欲しい気持ちは今もある。今も葵が悲しんでいるから、墓に眠る冒険者の二人にも生き返って欲しい。


 しかしそれでも、誰よりも葵に生きていて欲しい。例え葵自身に恨まれたとしても、葵が葵自身を無価値な命だと言うとしても、絶対にこの気持ちだけは消えはしないと断言出来る。


「決めたよ」


 静かな声。ここで決める事はただ一つだけだろう。


 私を殺すか否か。


 幾つもの不条理に遭ったこの人生、どんな結果になろうとお前と出逢えたから嬉しかった。

 そう想い、そう感じ、悔いはないと心に決めて瞼を開いた私だったが、その視界に映ったのは差し向けられた葵の手の平だった。


「葵……?」


「僕は君が望む永遠を叶えたい。それが僕の物語だ、咎崎」


 その言葉は曇り空だった私の心を澄み切った青空に変える風。吹き抜けた風は暖かく、優しく微笑み掛けてくれる葵の姿が眩しい。私はスマホを持った手で瞼を覆った。


挿絵(By みてみん)


 今は、今だけは葵に顔を見せられない。そう思ってもう片方の手でも顔を覆おうとしたのに、その手は葵に掴み止められる。


「帰ろうか。メイドさんも心配してるし」


「う、うん」


 背中を向けてゆっくりと歩き出す葵に連れられて、私は歩き出した。

 雲一つのない星空の下、引かれるままに歩く私の視界の隅でスマホの明かりが消える。ああ、もう電池が切れたのかと悟りはしたが、先程のように寂しい気持ちはなかった。それはきっと、今私の手を引いてくれている葵がいるからだろう。


 さようなら、葵。


 思い出も過去も今はもういらない。これからずっと、私は彼と生きていくから……。

本日5月16日の19話の更新をもちまして挿絵のストックが終了したので、ここから先は2週間を目安に更新していきます。

更新やその他のお知らせはツイッターで告知致しますので、作者マイページにリンクのある紅葉 昂のアカウントをフォローして頂けると幸いです。

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