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楽園変生 第一部 ──不死の随伴者──  作者: 紅葉 昂
第一部【不死の随伴者】
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第018話

『認めない』


 まず最初に聞こえたのは、怒りの籠った女の声。身体が痛むのかどこか苦しそうであり、しかし何故か楽しげにその言葉は放たれた。あらゆる感情が交錯し、恐らく自身が告げたのであろう言葉に、


──……何だ、これ……?


 夜坂葵は混乱した。

 響いたのは女の声。しかし当然ながら葵は男であり、女であった記憶はない。彼は記憶喪失になってはいるものの、今の肉体も声も覚えているから、それが自分ではない“何か”である事はわかった。

 目の前には数人の男女が並び、剣や銃を構えては各々険しい表情で睨んで来ていた。

 顔も知らぬ女の横には並び立つ者はおらず、彼女は独りで戦っていたのだろうと葵は把握した。数人の男女が寄って集ってとは情けないとも思った。もっとも、女が強過ぎるが故の処置なのかもしれないが、葵はその者達がどうしてか気に入らないと感じた。


『我等が王は此処にあり!』


 瞬時に切り替わる視界。次はどこかの王国だろうか、装飾豊かな衣を纏う軍師のような男が眼前で声高らかにそう言った。そして、夜坂葵の視界は立ち上がったかのように上昇し、その軍師に並び立つように前へと歩み出した。


 視界に広がったのは異形の集団。いや、集団というには些か数が多過ぎる。どこかの高台に立っている王と呼ばれた者の眼下に広がる視界総てが異形の者達によって埋め尽くされている程だった。

 髑髏の群れや、一つ目の巨人。コウモリのような翼を生やした人間に、下半身が馬のような人間。数々の小説を読み、色んなゲームを遊んだ葵のイメージする魔族そのもの。その総てが然り然りと王を讃え、けたたましく声を張り上げる。


『この俺を誰だと思ってやがるッ!?』


 次に聞こえたのは、威嚇するように叫ぶ男の声。喧騒が包み込む古ぼけた酒場で、何とも品のない者達を囲いながら男は叫んでいた。

 こんな大人にはなりたくないなと思いながら、飲みたくもない酒を視界の中で飲み干す葵。その飲み物の味を感じず、ただ美味いとだけ記憶する。


──うん、やっぱり夢か。


 自身に身に覚えのない光景。行動による感覚の差。苦しんだ痛みも、鼓膜を破らんとする歓声も、飲んだ酒の味も、どれも感じる事はなく、苦しんでいる、すごい迫力だった、美味かったと認識するだけ。

 叩かれても痛みは感じはしない。これは夢か、とよくある話を体験した葵は、しかし夢なら夢でもう少し続きを見せろよと苦笑する。

 ただ断片的に、次々と誰かの視界と気持ちが流れ込むだけで、結局その後彼彼女がどうなったかなど何もわからない。まるでそれはテレビのチャンネルを次々と切り替えて眺めているようだと葵は思った。


『お前にこれを託そう。お前が■■■■を護るんだ』


 数え切れぬ程のチャンネルを切り替え、今葵の視界では銀髪の少年に剣を託す男の視界が映る。最早どう思っていたかなど、感じる気持ちを無視して葵はただ眺めていた。そして、その行動に苦笑いもした。

 その剣は大きく、少年の身長の三倍はある。握り締めても振るえないし、そもそも持ち上げる事すら出来はしないだろ、と。

 どこか見覚えのあるその黒い剣を眺めながら、馬鹿馬鹿しい、もうそろそろ終われよこんな夢と、葵がそう思っていた矢先、


『それなら僕は、僕に似合うような“間違った世界”に生きたかった』


 聞き覚えのある声に葵は表情を凍り付かせた。

 暗い部屋の中で、背中に寄り掛かるようにして“後ろから男を抱き締める女”の視界。視界の端にある長い銀色の髪は月明かりを反射して淡く光を灯し、その視線は男の横顔へと流れていく。


『大丈夫。私がいるから』


 視界の主の言葉は、視線の先で気落ちしている男を励ますように囁かれる。しかし流れて来る感情は“迷い”だった。励まし、勇気付け、慰めるような声色に反して、その実男を抱き締める女の心は揺れている。

 耳元で囁かれた言葉に男が振り返り始めると、葵は胸が苦しくなるのを感じた。


 そして視線はまるで鏡を見たかのように、葵自身の横顔を映す。


「……どういう事?」


 次に視界の先に広がるのは見知らぬ天井。とはいえ今までの景色に見慣れた所など最後の部屋しかなかったのだが。

 真っ白な布団から身体を起こし、片手で頭を抱えて周囲を見渡す。意識はずっとハッキリしていたが、その手の感触と自身の思う通りに視界が動いた事で夢から目覚めたと葵は判断した。しかし、こんな所で眠った記憶どころか訪れた覚えもない。

 そもそも自身は何をしていたかを記憶の中から探ろうとした所で、


「……御目覚めでしたか」


 桜色の髪をした女性と視線が重なった。部屋の扉を開けるなり身体を起こしている葵を見た彼女はそう告げながら、敵視ではないにしても明らかな警戒心を感じる視線を葵に送っていた。


「誰?」


「この屋敷のメイドでございます」


 会話が止まった。というより、目覚めたばかりの葵であっても真黒なロングスカートや白いエプロン、袖のフリルや頭のホワイトブリムを見ればメイドである事はわかる。というよりそれにしか見えず、わかりきった事を返されて葵は対応に困っていた。

 ならば他人に聞くより自身の記憶を探ろうと葵は目を瞑り、


『ごめんね、葵』


 瞼の裏に映し出されたリーベの最期をその眼に焼き付けた。

 無惨にも握り潰された少女の最期、それを思い出した瞬間葵は全身に熱が帯びたのを感じた。


 瞼から眼を背けるように見開いた瞳は顔を覆った指の隙間から正面を睨み付け、シーツを蹴り飛ばした足はベットから飛び上がり葵の身体を瞬時にメイドの足下にまで運ぶ。

 メイドと重ねた視線はすぐさま部屋をくまなく見回し、すぐ傍の机に置いてあったカランビットを薙ぎ払った手で握り締める。


「な……ッ!?」


 身構えるように一歩足を後退させたメイドは突然の事に声を漏らすも、その声が上がった時には葵は彼女の横を通り過ぎて部屋を飛び出していた。


 が、


「落ち着け」


 部屋を飛び出した先、葵の視界に飛び込んで来たのは白く細い指。瞬間、葵は車に跳ねられたように後ろへ吹き飛ばされた。

 床を転げ、メイドの足下に仰向けに倒れ込むようにして止まる。額に響く痛みを手で押さえ、上半身を起こした葵の視界に映り込む人影。


「……ごめん、そんなに飛ぶと思わなかった」


 葵を弾いた右手の人差し指に逆の手を添えて、心配そうに身を屈める咎崎乃愛の姿がそこにあった。見慣れぬ神々しい衣装に身を包む彼女を見上げ、数秒呆けていた葵はハッと我に返る。


「ごめん咎崎。僕はやる事が──」


 立ち上がりつつ口を開き、乃愛の横を通り過ぎる葵。しかし、


「仇討ちなら無理だ」


 その最中に告げられる言葉。


「僕には無理って言いたい、の?」


 その言葉に苛立ちを覚え、吐き捨てる。その最中、思い出したのは胸を貫くキングゴブリンの手刀と、届く事のなかった自らの最後の一撃。

 言って後悔したのは言うまでもない。しかし後悔した事で、葵は心を僅かに落ち着かせた。


「そうじゃない。……もう、殺したんだ」


 夜坂葵、彼はリーベとシルトの仇討ちに失敗し、死んだ。その事を葵は思い出して胸を押さえると、上半身の衣服の下に包帯が巻かれていた。キングゴブリンの最後の一撃は確実に胸を貫いていたのにと、驚いている葵に乃愛は振り返って微笑み掛けると同時にそう告げる。


「咎崎が?」


 その微笑みはどことなく辛そうで、無理して笑っている事が葵にはわかった。肩が僅かに震えているように見えるのも気のせいではないと感じたが、葵には何故乃愛が何に対して無理をしているのかがわからなかった。


「ついて来い。お前に話さないといけない事がある」


 そう言って葵に背を向けて歩き出す乃愛。あれからどうなったのか、何故自分が生きているのか、風穴の空いたハズの胸に締め付けられるような感覚を覚えているのはどうしてなのか。何一つわからぬ葵は、メイドに差し出された外套を羽織って言われるがまま乃愛の後を追った。


「お前が持っていた金のプレートは、亡骸と一緒に持ち主の仲間に渡しておいた」


 しばらく歩き、屋敷を出た所で乃愛が顔を見せずに語り掛ける。

 聖戦級の冒険者だったライヒのプレート。ライヒが死んだ時、せめてこれだけでもと葵が拾った物の事だ。


「……魔王の力がわからなくて、一瞬だったんだ。仲間がいた事も知ってる。今度謝りに行くよ」


 悔いるように、葵は呟く。


「礼を言っていたよ」


 礼を言われる事はしていない。乃愛の言葉に、葵の頭にそう浮かび上がった。事実、ライヒとキングゴブリンの戦いには加わっていない。ただ見ているだけだった。ライヒの槍が奪われ、その槍がライヒの命を散らす最期の時も。


「……僕は何も出来なかった」


 晴天の下、振り返らずに歩き続ける乃愛と、それに続く葵。葵の心に悪びれる事もなく、嫌な事も悲しい事もなかったかのような青空に葵は無性に腹が立った。


 風の音、動物の鳴き声、子供の声。周囲は村だろうか、最初に訪れた街、トゥーレとは違って人も建物も少ない。

 いったいここはどこで、どこに向かって乃愛は歩いているのだろうか。仇を殺したというのは、冒険者達が救援に来たという事なのだろうか。

 自身の無力さや青空に嫌気が差した葵は、そうやって次々と別の事を考えて気を紛らわせる。


 礼を言っていたと、葵に伝えてから一言も口にしない乃愛の後姿を追いながら。


 それから数分、辿り着いたのは村の外れの丘。少し離れてはいるものの、村を一望出来るその場所の背後は草原が広がり、その先には巨大な森が見える。その草原を眺めながら歩いていた葵は、乃愛の足音が止まると視線を前に戻す。

 乃愛の足下、二か所だけ草の生えていない場所が不自然に膨らんでいた。


「…………話す前に、ここに連れて来るべきだと思った」


 乃愛は振り返らない。その膨らんだ地面を見下ろし、後ろの葵に見せる為に僅かに横に足を運んだ。


 乃愛の身体で見えなかったその場所にはそれぞれ木の枝で出来た十字架が一つずつ刺さっていた。片方の十字架に赤銅色のプレートが掛けられたそれは紛れもなく墓。当然そのプレートの名を見なくとも、その二つの十字架が誰の墓なのか葵にはわかった。

 乃愛の横に並ぶように前に踏み出し、力を失った葵の膝が折れる。


「……シルト、リーベ」


 墓の前に両手を突き、やり場のない怒りが込められた手が草を握り締める。


「ごめん、シルト。僕は結局、リーベも護れなかった」


 頼まれたのに、託されたのに、信じてくれたのに、葵にはそれを成し遂げる事が出来なかった。


 護ろうとした。


 助けようとした。


 しかし葵の手から簡単に零れ落ちた。怒りに任せて草を握り締めるその手に確かにあったリーベの温もりは、法則という名の身勝手な力によって奪われた。


「僕が、弱かったから……ッ!」


 草を握り締めたまま、振り上げた拳を地面に叩き付ける。力任せに叩き付けた拳は地面に食い込み、引き抜くと僅かに血が宙を舞った。

「……お前は弱くない」


「弱かったんだよ……ッ。僕は何も出来なかったッ!」


 乃愛の言葉に、意味もなく腹を立てて怒鳴る。そんな事、平時の葵であればしなかっただろうが、今は理性で気持ちを抑える事など出来はしない。乃愛もそれを知ってか知らずか、それ以上口を開く事はなかった。


「リーベ、謝るのは僕だ。仇も取れなかった」


 握り締めた手の爪が食い込み、拳から流れる血が草を染める。リーベの最期、葵に謝罪の言葉を残して握り潰された。二人の敵討ちすら出来ない自分に謝るような事など何一つないと、葵は自身を責め続ける。


 だがあの時、葵は言った。


 何が悪いのか。異世界に来てゴブリンを野に放った事、シルトとリーベに声を掛けた事、ゴブリンを殺した事。何が悪かったのか、元をただせば何が悪いのか。


 葵の横で、乃愛が胸に手を当てる。少しばかり苦しむように顔を(しか)めていたが葵は気付かない。そしてその葵の口から吐き出されるのは抑え切れない憎しみと、燃え上がる程の熱を感じる怒りの籠った言葉。


「許さない」


 許してはならない、絶対に。


「魔族がいるから、あんな奴等が生きているから」


 認める訳にはいかない、その存在を。


「弱いのが悪いなら、殺せるように強くなる」


 故、殺される前に殺してやる。


 二人の墓を前に両手を合わせ、葵は告げる。乃愛の隣で、たった一人残された友人の前で。

 乃愛に危険が及ぶ前に、今度は絶対に手放さない為にと。


「魔族を一匹残らず殺せるように強くなるよ」


 元をただせば魔族が生きているから悪い。先代の魔王に言いかけ、仇の魔王に言い放った言葉を誓いに変える。


 そして夜坂葵は立ち上がる。二人の分まで生き、二人の分まで戦う為に。


「……お前になら出来るよ」


 聞こえた声に、葵は隣に佇む乃愛へ視線を向ける。


「ありがとう。って、あー……」


 そうして、感情的になって怒鳴った事を思い出した。こちらを見ない乃愛が寂しげな表情を浮かべているように見えて、理性を取り戻した葵はしでかした事に後頭部を掻き毟る。


「ごめんね、咎崎。さっきは怒鳴っちゃって」


「構わないさ。お前はお前の好きにするべきだからな」


 苦笑いを浮かべ、そう告げる乃愛はそれでも眼はずっと真っ直ぐに遠くの地平線を見つめている。怒っているようには見えないが、葵は何かしら乃愛との間に壁を感じた。異世界に訪れて街へ向かった時のような距離感は、近くにいたような感覚はどうしてか失っていた。


「……御墓、ありがとね。二人はとても親切な人達だった。何も知らない僕に色々教えてくれて、僕自身よりも僕を気遣ってくれるような、御節介で頼り甲斐のある人達だったよ」


 気を紛らわすように、葵は口を開く。乃愛に振り向いて欲しくて、無理矢理明るく振る舞っては笑みを浮かべて見せる。


「リーベはよくわからない所で怒る人だった。年下かなって思ってたけど実は年上でさ、振る舞いがどことなく咎崎に似ていたよ」


 途中意識は途切れているが、リーベが死んだのは葵の中でそれ程時間は経っていない。懐かしむ、という表現は不適切なのかもしれないが、無理矢理に笑っていた葵の笑みに嘘が消える。


「シルトはさ、見た目に反して気難しい性格だったんだって。今一番強い冒険者と知り合いらしくて、その差が気に入らなくて悩んでいたよ。滅茶苦茶に強かったし頼もしい人なのに、本人はそういう事に気付けない人だった」


 シルトのプレートに触れる。傷だらけの古びたそのプレートは、長年傭兵級であった証。形見として持っていたいとも感じたが、静かに眠る二人の大切な物だ。やはり持ち主の所にあるべきだろうと、葵はその手を放した。


「僕等四人で一緒に冒険とかしたいなって思っていたんだ。咎崎も絶対仲良くなれた。職業は被ってたけど、リーベは教えるのが上手だったし好きだったみたいだから、二人で……話しながら、買い物したり、してさ……ッ」


 急に視界が歪み、無意識に目元に触れた指が濡れていて、葵は初めて自分が泣いている事に気が付いた。それが恥ずかしくて、乃愛には見せないようにと顔を背ける。

 変わらず乃愛は葵を見てはいなかったが、その震えた声を聞いてわからない者などいないだろう。気付いた乃愛は遠くに向けていた視線を一度閉じ、瞼を開くと同時に彼の背を見つめる。


「葵」


「ごめん、こんな事言ったって仕方ないね。約束したし、強くならなくちゃいけない。戻ろうか、咎崎」


 閉じた瞼を拭い、振り返った葵はまた無理矢理笑って、言い終わる前に歩き出す。また泣いてしまう前に、少しでも早く二人の墓から立ち去ろうとするように。


「……総ての魔族を殺す、か。それがお前の物語なのか?」


 呼び止めるように投げられた言葉に、葵は足を止めて振り返る。乃愛の紅い瞳と視線が重なり、


『冒険者、ようこそ異世界へ。夜坂葵、君が描く君の物語を私に見せてくれ』


 演技めいたあの時の台詞を思い出す。けれど今、目の前で佇む乃愛は笑ってなどいない。真っ直ぐに葵の瞳を射抜く乃愛の視線に、葵は無意識に一歩後退る。それを自覚しないまま葵が頷くと、乃愛は「そうか」とため息を吐くように呟き、言葉を続けた。


「私も協力しよう。どれ程の時間が掛かるかは生憎わからないが、それ程遠い未来でもない。半年……いや、一年あれば可能かもしれない。しらみつぶしに魔王を叩けば、自ずと魔族の方から出向いて来るだろうからな」


「いや、ちょっと簡単に言わないでよ。そんな短期間なんて、無理に決まってる。咎崎は魔王を知らないからそんな事言えるんだろうけどさ……」


 大真面目に語り始めた乃愛に葵は馬鹿にするように笑みを浮かべ、呆れたようにそう呟くが、


「知っている。少なくとも、お前が最後に殺す魔王くらいはな」


「……咎崎、どうしたの? 何かおかしいよ……?」


 葵としては自分の顔を見ない乃愛に振り向いて欲しい、話して欲しいと先程まで思っていたが、急に話し始めたと思えば乃愛は大真面目な顔をしてよくわからない事を口走り始めた。

 これも演技なのだろうかという疑問が葵の頭に浮かぶが、どうしてか鼓動は早まり、乃愛の紅い瞳から眼が離せない。


「おかしいと言えば確かに、奇妙な話だと思う。けれど探せばゲームや小説に既出の作品があるかもしれない。現代世界に訪れた魔王が勇者と共に異世界に戻り、勇者と共に総ての魔族を滅ぼし尽す」


 視線を背けた乃愛は青空を見上げる。


「そして最後にこう言うんだ。よくぞ成し遂げた勇者よ! それでこそ我が力を振るうに相応しい! ……王道じゃないか。お前に勧められて読んだ覚えもある気がする」


 両手を広げて高らかに語っていた乃愛は最後にやっと笑う。しかし葵が期待していた「冗談だ」と言いながらの笑顔ではなく、葵の覚えていない過去を懐かしむように。


「だから、その時は私を──」


「咎崎、ちょっと待ってくれ。何が何だかわからない」


 言っている言葉はわかる。特に難しい事ではなかった。ただその言葉の意味する所が抜けている。故に乃愛が不吉な事を言う前に葵は言葉を遮った。

 しかし咎崎乃愛にとって、これは夜坂葵の物語が決まった以上語らねばならない事だった。王道小説と違うとすれば、それは早過ぎた告白。


 けれど言わずにはいられない。


 葵が葵の物語を歩き始めるように、これは乃愛の物語でもあるからだ。せっかくこうして話せるような関係に戻ったのだから、隠し事などしたくはない。大切な人を、葵を裏切る事など出来るハズがない。


挿絵(By みてみん)


「………………私も魔族なんだ」


 故に、だからこそ咎崎乃愛の紅い瞳は真っ直ぐに夜坂葵を見つめていた。

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