第013話
黄金のシャンデリアによる光は天井に張り巡らされた鏡が反射し、まるで万華鏡の中に入ったかのようだった。
壁は芸術的な彫刻を展示しているかのような石造り。装備が置かれている台や棚、ハンガーラックは総てが色とりどりの宝石をふんだんに用いられている。
並んでいる装備はどれもが一級品。並の冒険者では触れる事すら許されなさそうな品々。その場に不釣り合いな物など一つとしてなく、店内の総てがまさに豪華絢爛。
否。その店内に不釣り合いとするならば訪れた二人の女、クーラと乃愛だった。彼女達二人の顔も身体も、異性同性問わずに見惚れる程であり、そういう意味では彼女達二人も一級品と呼べるだろう。
しかし違う。違っているのだ。彼女達二人はその場に入るに値する装いではない。
出来損ない新米冒険者よろしくな格好をした乃愛と、乃愛のように惨めな格好ではないものの最早冒険者ではない白衣姿のクーラ。数人程冒険者が店内にいたが、その総ての視線は今商品ではなく乃愛達に集まっている。当然それらは嘲笑も交えたものである事は言うまでもない。
「何だ、場違いなのがわからねえのか?」
聞こえずともそう思われている事は視線と表情でわかっていたが、耳にした分乃愛が気落ちしたのは言うまでもない。場違いなのは彼女自身わかっているのだ。例えばその店が普通の洋服店であるならば、そんな中傷はまず投げ掛けられる事もないだろう。しかし、ここは冒険者の装備を扱っている店だ。成り立ての冒険者と医者の来る場所ではない。それがわかっていない乃愛ではないし、むしろそれ故に入る事を一度拒んだのだ。
が、綺麗な服を着て葵に見せたい。
夜坂葵からしてみれば、最近の流行りである異世界転移物の主人公になったのだ。彼が主人公であるならヒロインでいたい。そのヒロインの異世界初の装備が小汚い格好という印象なんて与えたくない。自分の為でもあるが何よりも、夜坂葵の為に彼女は当然の嘲笑を無視して、クーラに手を引かれるままではなくクーラの隣に並んで歩く。
虚勢を張った乃愛のその堂々とした佇まいを見て、クーラは昔の乃愛を思い出していた。
かつて世界最強を誇っていたある魔王が死した時の事。後継ぎに乃愛ともう一人を残したその魔王の死はあまりにも早く、跡継ぎの二人が未だ幼い頃だった。故に数日、魔王の死は公表されないでいたが、乃愛は十歳の誕生日を迎える前に王位を継承すると言い出し、並外れた力を示して周囲を納得させた。
本人であるから面影が重なって当然。しかし行方不明になって七年。異世界で暮らしたと聞いているが、そこでの暮らしを見ていないクーラにとって、かつて自身が仕えた王が心変わりせずに成長している事は喜ばしい事だった。……あんな事があったのに、と。
死溜まりの焼野原。
崩落する魔王城。
それを見下ろす銀髪の少女。
不意に脳裏に過ぎった光景にクーラは軽く立ち眩みを覚え、乃愛の手を放して頭を押さえる。
「どうした?」
「いえ、御心配なさらず。最近診療所に来られる方が多くて……」
「こっちでも医者は大変なんだな」
当然嘘だ。勿論仕事が大変でない訳がないが、患者が増えて疲れている訳ではなかった。しかし、まさか「ルシフェリア様を見ていたら、昔の事を思い出してしまって眩暈がしました」などと言う訳にはいかないだろう。
「ルシ……乃愛様」
だが、伝えねばならない事がある。それは乃愛が知るべき事、クーラが七年の間で知った事。
ルシフェリア様と呼ぼうとして、人間に知れ渡ってないにしろ魔王の名を、それも複数の冒険者の集う場で呼ぶ事に抵抗を感じたクーラは呼び名を改める。
「ん、何だクーラ。……あ、これ綺麗」
手にした指輪を眺める乃愛。彼女の瞳と同じ色をした宝石が埋め込まれた指輪を眺めるその笑顔に、
「いえ、御似合いですよ」
クーラは言いかけていた言葉を飲み込んだ。その笑顔を少しでも長く見ていたい事もあったが、何より虚勢を張っている乃愛に水を差したくなかったから。
「それは弓術士用の指輪じゃよ、御連れさん」
不意に後ろから声をかけられ二人は振り返る。背後にいたのはタキシード姿の若い女性とラフな作業着を着た老人男性。
劇場で歌劇でも演じるようなタキシードは、日本で暮らした乃愛の知るタキシードではなく、襟元には金色の装飾と豪華な衣装だった。着ている者も、相応の麗人。
それに対し老人の作業着はまさにツナギといった感じの物で、乃愛とクーラ以上に着ている衣服に差のある二人だった。
もっとも、その堂々とした佇まいと彼等の雰囲気で客ではない事など誰の目から見ても一目瞭然だったが。
「クーラちゃん、やっと店に来てくれたな。相変わらずいい尻を──」
「やかましいですよ師匠」
クーラの尻に手を伸ばそうとした老人の手を遠慮なく捻り上げる麗人。
「いいじゃろちょっとくらい! ワシはいつも堅い物ばっか触っとるんじゃ!」
「鍛冶師なのだから当然ですし、まったく理由になっていません。……クーラさんも、少しは警戒して下さい」
と、クーラに視線を移して注意すると麗人は老人の手を放した。
「御変わりありませんね。最近診療所に御越しになられないと思っていましたが、御元気そうで何よりです」
「いやワシは行こうとしてるんじゃがコヤツが」
「健康体の分際で医者の尻目当てで診療所に行くのは迷惑です。むしろその頭の中を診て貰った方がよろしいのではないですか?」
師匠と呼んでいるにしては、否。例えそうでなかろうと老人に対して辛辣な態度と言動。その格好と口振りから、二人がこの店の者である事が窺える。
クーラの口振りからどうやら三人は知り合いのようだが、クーラが魔族である事を知っている程の仲なのだろうか。乃愛は判断するには情報が足らず、一歩引いた所で様子を窺う事にした。
「実はこちらにいらっしゃる乃愛様は私の恩人の娘さんでしてね。この度冒険者になるそうなので、よければこちらで装備を見繕わせて頂こうかと」
「なるほど。しかし生憎新米冒険者に売る事の出来る装備は──」
「脳みその中まで堅物じゃのう、お前は。知らぬ仲でもあるまいし、ギルドから何か言われればワシが総て跳ね除けてやるわい」
呆れるように老人は麗人の言葉を遮る。冒険者ギルドに設けられた階級はこういう場でも出て来る訳かと、乃愛が納得した時だった。
老人の視線が乃愛のつま先から視線に上り、少し下りて胸元へ。
「ですが見合った装備でないと戦技の発動も効果も期待出来ませんが……」
「それについては問題ありません。彼女には優秀なパートナーがいらっしゃいますから。ですがそのパートナーが……」
老人が乃愛を眺めている間にも二人の会話が続き、クーラは麗人に耳打ちを始める。何を言ったか乃愛にはわからなかったが、麗人は「なるほど。女の子ですからね」などと口にしてる辺りから凡その見当はつく。
「ふむ、クーラちゃんよりは小柄にも拘らず胸は勝るとも劣らず……。中々触り心地のよさそうな──」
視線を重ねまいとやり場を失った乃愛が視線を泳がせている中、それでも二人の会話中ジーっと乃愛を見つめる老人。言葉にしつつ下心丸出しの顔と手付きでジリジリと乃愛に迫り始めた。
が、その両肩にそれぞれクーラと麗人の手が添えられた。
「恋する乙女に触れるか、汚らわしい」
「その御歳で医者を敵にしない方がよろしいかと」
鬼と悪魔。怒りと不穏な笑みを向けられて老人は背筋を凍り付かせる。
「……はい」
奇妙な指の動きで乃愛に触れようとしていた老人の両手がダラリと落ち、ため息を吐きながら老人は乃愛に背中を向けて二人の女性の間を潜る。
潜り終えた所で振り返り、
「駄目?」
「「当たり前です!」」
声を揃えた二人に怒鳴られて、そそくさと店の奥へと退散した。
「さて、薄汚い親父が消え失せた所で改めて……。御客様、まずは職業を御聞かせ下さいますか?」
「あ、はい。神官、なんですけど」
「畏まりました。ではこちらへどうぞ」
そう言って麗人は乃愛とクーラを引き連れて店の角へと移動する。そこにはラックに掛けられた大量の防具があった。防具とはいえ神官の装備。多少の金属はあってもほぼ総てが布製のドレスやワンピースだった。
壁に掛けられた杖や、マネキンに着せた装備。回復支援を主とする神官の最高峰の装備がそこに揃っている。乃愛からしてみればコスプレショップに訪れた感覚もあったが、それも見ている内に慣れ始めていた。
当然と言えば当然。例え思春期のほぼ総てを現代で暮らしたとはいえ、乃愛にとって故郷の装いに葵程の偏見は持てなかった。
そして綺麗な物。可愛い物。そういう服装に興味がない女などいない。故に乃愛は先程までの虚勢ではなく、本当の笑顔を浮かべて並んでいる装備を見て回っている。
「可愛らしい娘ですね」
その様子を鼻で笑う麗人。しかし侮蔑した意味はない。ただ単に表情の変化がないだけで思った事を口にしたのだろう。視線はずっとその笑顔に釘付けだった。
「そうでしょう? 私にとって大切な御方なのです」
恍惚とした表情で眺めるクーラ。隣のそれを見た瞬間、麗人は一歩彼女から遠ざかる。これは目の前の少女を着せ替えて遊びたいと思っている変人の類だと思ったのだろう。当然、それは事実だ。
「試着はあちらの試着室で御願いします」
「ルシフェリア様ぁー! 御気に召した物は御座いましたかー!?」
麗人が言い終えるが先かクーラが先か、何にせよ先程まで名前を隠していた事すらも忘れて乃愛に駆け寄るクーラ。乃愛も乃愛で避ける事もせず、半ば恥ずかしそうにしながらもされるがままに試着室へ背中を押されている。
「あ、あのクーラ。試着って言っても、どれがいいかなんてまだ──」
「御安心を! このクーラ・メディクス、命に代えてもあの唐変木の視線を釘付けにするような御召し物を探し当てて御覧に入れましょう」
「っておい。お前今葵の事を言ったのか!? 葵の事をそんな風に──」
「あの眠そうな眼、やる気も覇気も感じません! 唐変木は唐変木です! ルシフェリア様がこれ程までに想いを御寄せになっているというのに、あの男の関心はピザに注がれておりました!」
不敬極まる。
「あの、試着はいいですが御静かに──」
「なんて失礼な殿方なのでしょうか! ルシフェリア様は世界一御美しく、そして可愛らしい! その魅力に気付けぬあの死んだ魚の眼を見開かせる為に、私は全力を尽くさせて頂きます!」
クーラの覇気に静まり返る店内。客は気圧され気味に拍手をし始め、麗人も乃愛も頭を抱えた。
「まあ、うん。もう好きにしてくれ」
「は、仰せつかりました」
スッと一礼したクーラは麗人に視線を向ける。何か嫌な予感がした麗人は後退るが、その隣に先程店の奥へと引っ込んだハズの老人が立っていた。何やら満面の笑みだ。
「さあ、全部試着してみましょう!」
「いや、あの──」
「何をしておる? クーラちゃんの頼みじゃ、そこの装備から一つずつ持って来い。何よりワシも見たい」
麗人は再び頭を抱え、ため息を一つ。しかしセクハラなら止めねばならないが、試着をするだけであり老人も見ているだけ。
装備選びも店員として業務の一つであり、その数が多いというだけ。迷惑極まりない客の要望だが、店主の知り合い且つ店主も命令するのだから従わねばならない。
哀れな麗人ではあるが、咎崎乃愛が自身の希望通りのヒロインとなる為にも、麗人には従業員としてしっかり働いて貰わねばなるまい。
かくして見習い冒険者、咎崎乃愛のファッションショーが開催された。審査員はクーラと店主の老人。観客は先程のクーラに乗せられた優秀にしてノリのいい冒険者達。
最初に着たのは丈の長い水色のドレス。
次は真っ白なシスター服。
白いエプロンの紅いワンピース。
最初こそ支援職の衣装として相応の装備を着ていたが、幾つか着終えた後に何故かメイド服や、現代世界で見覚えのある黒い羽根が飾られた白黒のゴスロリ衣装や巫女服など、店主の趣味なのか色々奇抜なデザインの服を数々と着替えさせられる乃愛。
ビキニアーマーをクーラに手渡された時はさすがに投げ返していたが、乃愛も乃愛で着る前に気付けずハイレグラバースーツを装着したりと、最早その場は混沌と化していた。
「何を着ても似合う。流石はルシフェリア様」
鼻血をハンカチで塞き止めながらクーラは悶えている。その光景はクーラを慕う乃愛とて若干引いていた。それと、クーラはもう乃愛の名前を隠していた事を完全に忘れているようだ。
「しかしですね、どれもこれもルシフェリア様の魅力を一部分ずつしか出し切れておりません。もっとこう……布地を多く使って華やかに、それでいてあの肌理細やかな柔肌を惜しみなく露出し、尚且つ偉大さを表すような……」
「滅茶苦茶言うな。というか、惜しみなく露出はちょっと……」
相当な数の衣装に着替え続けた乃愛は、着替えが疲れるものだったんだなと実感しながら、クーラの物言いに対して弱々しく否定的な言葉を投げかける。
白衣の下がピチピチのボディースーツのクーラにとっては露出など当然の事なのかもしれないが、青春時代真っ盛りの乃愛にとっては大問題だ。
そもそもいくら故郷の衣装といえどコスプレに近い感覚を乃愛は未だ僅かに感じている。その気恥ずかしさが薄れつつあるとしても、未経験者の乃愛にとって露出多めの異世界風衣装は些か難易度が高いというものだろう。
「ああ、それなら……」
と、麗人が店の奥へと引っ込んでいく。当然「何がそれならだ」と乃愛は思ったが口にはしていない。というより最早ビキニアーマー程の露出さえなければ着てしまう程感覚が麻痺しているのと、増え始めたギャラリーによる緊張と恥ずかしさでそれどころではない。
「ああ、あれか」
「……あれ、とは?」
店の奥へ視線を向けていた老人は得心したように頷き、その様子を見ていたクーラは現在チャイナ服の乃愛から離れて老人に向かって問いを投げ掛けた。
「いやなに、国王に謁見する予定だった聖戦級の神官がおっての。そやつの注文で作っとった特注品じゃ」
「それは売って頂いてもいいのでしょうか?」
「当然本来は駄目なんじゃが、最近戦死の報せが届いたんじゃ。今の覇者級の次に腕が立つと聞いておったが、どうやらヴァナヘイムの方に向かったらしくての」
言い終えた所で麗人が戻って来る。その手には先端にある黄金の十字架がまるで後光が射しているかのように形作られた真紅の杖。それは麗人の身の丈程に大きく、少々乃愛には大き過ぎる物だった。
そしてもう片方には次に着替えるであろう服が入っている大きな鞄。それを手渡す事なく、麗人は乃愛の入っている試着室へと入った。
「失礼。完成前の試作品ですので性能は申し分ないのですが、どうにも着辛い物となってしまっているので、私が手伝わせて頂きます」
頷く乃愛を確認し、麗人は一度頭を下げた後で試着室のカーテンを閉める。閉める前にクーラが何やら「私が」などと言っていたが、二人は完全に聞き流した。
それから数分間、カーテンの前で布の擦れる音や乃愛と麗人の声に聞き耳を立てていたクーラの視界にそれは現れた。
まず目に入ったのは花嫁衣装のようなフワリと尾を引くスカート。膝を過ぎて腱にまで届くその白いスカートは、その内側に床を擦れそうな程に長い黒い衣を閉じ込めていた。
しかしその存在感はスリットによって主張し過ぎる事はなく、見え隠れする太腿を縛るガーターは足運びに連れて宙を泳ぎ、その足先は白金のブーツに覆われて歩く度に聞き心地のいい金属音を奏でる。
背中も脇も隠す事なく露出した上半身を縛る黒い布と、胸の先端を隠すように縦に引かれた白い布の上、首から下げているのは身の丈程の長さをした紅いストラ。スカートが花嫁を連想するならば、さながらそれはヴァージンロードを彷彿とさせる色彩を放っていた。
「ど、どう? 似合う?」
静まり返る店内で、赤面した乃愛がクーラにそう訊ねると、ようやくクーラは我に返ったように軽く白衣を払い、膝を折ってその場で乃愛に跪く。
「お、御美しゅう御座います、ルシフェリア様」
最早それしか言っていないが、今までの感想とはニュアンスが違っていた。
その後ろでは老人が笑みを浮かべて何度も頷き、そして遅れて湧き上がるギャラリー達。その誰一人として、最早店内に入って来たばかりの乃愛を忘れたかのように、挙式を控えた花嫁を出迎えたかのようにして歓声と拍手を送る。そんな笑顔に囲まれて、乃愛はまさしく花嫁のように微笑みを浮かべた。
……しかし彼女は忘れていた。この世界を彼女自身がどう呼んでいたかを。




