第1話-3 ある青年の物語
美しい装飾が施され、自分の身長の倍はありそうな木製の扉を力一杯引いた。そして彼は顔を顰めた。襲いかかる鉄錆びた臭い。吐き出すものなど何もないが、あまりの臭いに何かが逆流してくるような感覚に苛まれた。右手で口元を覆い、左手で涙を拭い、彼は嗅いだことのあるこの臭いの源を探し始めた。ーーが、探すまでもなく『それ』は目の前に広がっていた。
タイル張りの床に広がる血、血、血。そしてプレートアーマーを身に纏い、床に倒れ伏したまま身動ぎ一つしない兵士と思われる死体。目に入るだけで10人程度だろうか。ある者はアーマーの上から強い衝撃を与えられたのか腹部が大きくひしゃげ、アーマーの隙間から夥しい量の血を垂れ流しながら絶命している。ある者はヘルムの隙間から顔面を剣で刺し貫かれている。
彼はあまりの衝撃に理解が追いついていなかったが、周囲の様子を窺いつつ死体に近付き膝をついた。そして、流れ出た一部の血が黒ずんでいるが大半が赤いという状態から『まだ出血して間もない』ことを理解した。褒められたことではないが、今までの経験則である。そして、いくつも転がる死体の向こう側……、このエントランスから奥の部屋に向かって点々と続く複数人分の血の足跡を見るに、『動ける誰かが建物の中にいる』ことも判明した。それが兵士の生き残りなのか、この惨劇を引き起こした何者なのか、将又それ以外の何かなのか。彼にはわからない。
ーーとんでも無いことに頭を突っ込んでしまった。
彼は頭を抱えた。激しく後悔した。空腹に負け、短絡的思考の末に辿り着いたのはこれか、と。今思えば、陽が傾く夕刻まで大人しくしていれば通行人もちらほらと見え始め、持ち物を『ありがたく頂戴する』こともできただろうに。街にいれば、わざわざ時間と体力を浪費することもなかっただろうに。
既に彼の思考は限界を迎えていた。数日間十分な食事が摂れていなかったため、危険を承知で大きな賭けにでたつもりだったのだが、当初の目的を忘れ悲嘆に暮れることしかできないでいた。そしてこれから自分がどうするべきか考えあぐね、一先ず立ち上がったそんな矢先のことだった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」と館全体に響き渡りそうな少女の悲鳴が聞こえた。




