はじまり━旅立ち━
窓の外では小鳥が元気に飛び回り、さえずっている。そのにぎやかなマーチとカーテンの隙間から射し込む朝日でゆっくりとまぶたが持ち上がる。
「う~ん……」
体をゆっくり起こし、思いっきり伸びをする。
私の名前は、アーニャ・ビルトコット。今日で16歳になった。
16歳、それは私達にとって特別な意味を持つ。
そう、私は今日大人の仲間入りをするんだ。
ビルトコット家は大昔、私の憧れである『勇者アルフレッド』のパーティーメンバーの僧侶であったそうな。だもんで、なんか無駄に権力とか持ってたりする。
……………お父様、あんなにふわふわしてるのに、この国の宰相なんだもんなぁ……
…………人は外見で判断しちゃいけないの、見本のような人だし……
アーニャの父、ダリオ・ビルトコットは常に冷静に物事を判断する。性格は穏やかで、ゆったりとしゃべるので、ふわふわしたイメージを持たれがちだか、やる時はやる。
そんなことをぼーっと考えていると、扉がノックされる。
「失礼いたします」
そう言って入って来たのは、私のメイド達だった。
片方は背が高く、スラッとしているメリッサ。もう一人は少し小柄で、ゆるふわな感じのミルル。二人は幼い頃から私の世話をしてくれている。
「おはようございます、お嬢様。今日はいいお天気でようございました。なんせ、お嬢様の大事な日ですものね!」
鏡台の前に移動した私にミルルが声をかけてくる。
ミルルが私の髪を整えている間、メリッサが紅茶を入れてくれている。いい香りだ。
「本日の予定は朝食をとられましたら、身だしなみを整えて、王都の『勇者の祭壇』にて、成人の儀を執り行います」
メリッサが今日の予定を告げてくる。
そう、この国では成人を迎える人全員を集めて、成人の儀というものを行う。そこで勇者の祝福と呼ばれるものを受けるんだけど、なんせ、平民も貴族も関係無しに行うものだから、人数が結構いる。そこで、代表者一名が皆の分もまとめて行うんだけど、その代表者ってのがその中でも一番身分の高い人ってことで、今回は私がやることに。
「お嬢様の人生一度の晴れ舞台ですもの。私達も気合いを入れねばなりませんよね?」ウフフとミルルが笑う。
私も一緒に笑顔になる。
「えぇ!そうね!今日という日が、とてもとても待ち遠しかったわ!大人になるのもそうだけど、なんといっても!!!」私は少し大袈裟に叫ぶ。
「『勇者の祭壇』!!!伝説の勇者アルフレッドの冒険のファンからすれば聖地もいいところよ!あぁ!ようやくお目にかかれるのね!!」
そう、正直いうと、私はあまり仰々しいのは苦手なのだが、それでも、この成人の儀代表は譲れぬものがあった。それが、勇者の祭壇と呼ばれる場所。ここはアルフレッドが王より勇者の称号を賜ったりと、あの昔話によく出てくる聖地の中の聖地と言われる場所なのだ!しかも最近では、成人の儀や婚姻の儀など、そういう場でしか開放しないという、なんともヲタク泣かせの状況だ。
「ようやく念願叶う、『勇者の祭壇』なのだから、めいいっぱい堪能して来なきゃね!!」
そう、いい笑顔で二人に言うと、呆れた笑いが帰って来た。
「……あはは、お嬢様。はめを外しすぎて成人の儀をほったらかしにしてはダメですからね?」そうミルルにたしなめられてしまった。
「だ、大丈夫よ!練習だってバッチリなんだから!」
いたたまれなくなった私は、メリッサの入れた紅茶を口にする。すると、ちょっと落ち着いた。もしかしたら、そういう作用があるのかもしれない。
「今日も紅茶美味しいわね」と言うと、微笑みながら、「ありがとうございます」と返って来た。なんとも平和な朝だ。
そんな風にして、身だしなみを整え終えて、朝食を食べに部屋を出る。
食堂に入ると父のダリオと母のエマがすでに座っていた。
私が入って来るのを確認すると、二人が「おはよう」と挨拶してくる。
「おはようございます。お父様、お母様」と私も挨拶を返す。
この家では別に一人一人バラバラに挨拶したりしない。そして、家にいる家族は基本的に全員で食事をするから、兄のトーマスと姉のロナが来るのを私も自分の席で待つ。そうしていたら、父が話しかけてきた。
「アーニャ、今日はいよいよ、成人の儀だね。あんなに小さかったのに、こんな立派なレディになって、私はとても嬉しいよ」
「ありがとう、お父様。私、お父様達に恥じぬように、精一杯頑張るね!」
「あぁ、楽しみにしているよ」
「おはよう」
お父様とお話をしてたら、どうやらお兄様とお姉様が来たらしい。見ると、お兄様の髪の毛が少し濡れてるから、朝の稽古でもしてたのだろう。お姉様はまだ少し眠そう。きっと遅くまで読書をしてたのかな?
「おはよう、お兄様、お姉様!」私は二人にも元気に挨拶をする。
これで全員そろった。
食べ始めてから、話題に上がるのは今日の成人の儀の話。お兄様とお姉様からは自分達のときはこうだったって話を。お父様、お母様からは、私が大きくなったって話。
そうやって、家族の時間を過ごすのはとても楽しい!朝食も美味しいし。ちなみに、朝食はパンにスクランブルエッグ、ベーコンとサラダでした。大貴族と言えども、食べてる料理普通だよ?
食材はいいものを使ってるけど。
飼育することが難しく、特殊な資格が必要なウカウと言う鳥の卵を惜しげもなく使ってるスクランブルエッグに、数が少なくあまり市場に出回ることのない森猪のベーコン、サラダに使われてる野菜だって全て一級品だ。
そんな美味しい朝食を食べ終わり、部屋へ戻って準備!さぁ、いよいよ成人の儀だ!
今日は私の晴れの舞台だから、一家全員で王都へ向かう。なかなかこういった機会はないから、ちょっと家中バタバタ。
準備が整ったので、私達は家を出る。
「では、家のことは任せた。行ってくる」お父様は使用人頭のティルクに言った。
ティルクは「承知いたしました。お気をつけていってらっしゃいませ」と、他の使用人達と共に見送ってくれた。
私達の乗った馬車が走り出す。私ははやる気持ちを落ち着かせながら、わくわくドキドキを噛み締めて馬車に揺られていた。
ここから運命が動き出したことを知らずに。