砂糖少女
――いつからでしょう。私が、砂糖中毒になったのは。
幼い子供のとき。私が泣くと、両親はいつも飴玉をくれました。林檎味の白い飴、蜜柑味の橙色の飴、苺味の赤い飴、檸檬味の黄色い飴、葡萄味の紫の飴。私はすぐに泣き止んで、夢中で飴玉をしゃぶりました。唾液に触れて甘美に蕩ける、色とりどりの宝石。綺麗に透き通って、とろりと光る一粒を口に含むたびに、ほっとしました。父と母の愛情は、砂糖の結晶になって私に注がれているのだと、信じて疑いませんでした。
余った飴玉は、貯めておくこともありました。湿気て貼り付かないように、オブラートにくるんで、優しい色の折り紙を巻いて。端と端をくるっと捻ると、はい、可愛いキャンディのできあがり。金平糖の描かれた千代紙で四角い箱を折って、私だけの宝箱に仕舞っていました。勿論内緒で。だって、まだ持ってるって知られたら、もらえなくなってしまうでしょ? それではいけません。私は、父との、母との絆の証を、たくさん持っていたかったのです。
けれども、私が大きくなると、両親は別れてしまいました。私は母についていきましたが、自分で選んだわけではありません。父が、私のことをいらないと言っていたのを、聞いてしまったんですもの。とても、とても、口の中が苦くなって、私は飴玉を口いっぱいに入れました。顎や喉が痛かったけれど、苦いままでいるよりはましでした。飴玉を舐めている間は、母の曇った顔も、父の冷たい顔も、みんな忘れていられましたから。
引っ越しをしてしばらくして、母はしょっちゅう家を空けるようになりました。たまに帰って来ても、夜は遅く、朝は早く、すぐに出かけてしまいます。起床すると、机の上に数枚の紙幣とメモ書きが一枚あって、仕事に行ってきます。とだけ、書いてあるのです。
嘘。不快な残り香にむせそうになります。母は、もう私の大好きだった母ではないのです。喉の奥がつんとして、涙がぽろぽろ零れました。
食事のために与えられたお金で、私は飴玉を買いました。他の何を食べても砂みたいな味しかしないけれど、この単純な菓子だけは、私を拒みませんでしたから。家でも、学校でも、何処でも。温かくて優しい、幸せだったあの頃に連れて行ってくれる。飴玉は私の父で、母で、一番の友達でした。
飴玉ばかりを食べて過ごす毎日。まともに食事をしたのは、何日前でしょうか。怠いです。眠いです。重いです。私の身体の中を巡っているのは塩辛い血潮ではなくて、甘い砂糖水なのではないでしょうか。そうだったらどんなに素敵でしょう。私の身体には常に、両親の愛が満ちているのです。温かな闇の中で、私はそんな幻想に浸りました。
されど、そんな天国のような心地も、夜が明けると消えてしまいます。朝になると、いつも頭が痛くなりました。喉に飴玉を詰め込んだあのときのように、息が苦しくなりました。起きても誰もいない、学校もつまらない。なら、起きてもしようがないでしょう。溶け残った砂糖の粒が沈んで固まるように、私の身体は動かなくなっていきました。
ジャムの瓶に蓄えた沢山の飴玉をゆっくりと減らしながら、私は眠りました。夜が明けても、日が暮れても、ずっと。甘い夢だけを観て、静かな子守唄だけを聴いて。角砂糖がほろほろと崩れるように、私の身体も、崩れていく気がしました。
ふっ、と眠りに落ちて。ふわっ、と目覚めて。薄荷糖の匂いがして、お布団が氷砂糖みたいに冷たくなりました。
気づくと、母が泣いています。ごめんね、ごめんね。そればかり言っています。何を謝っているんでしょう? 私はこんなに幸せですのに。おかしな人です。
お砂糖みたいに真っ白なお部屋の中で、私は今日も眠ります。いつか、永遠の理想郷へ行く。そのときのため、透明な壜の中に、甘い甘い宝物――小さな飴玉を貯めながら。
甘いものって、心を癒してくれますよね。そう思って、なんとなく書いてみました。
おかしな独り言にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。