フラーグムの香り
『ねね!この後カラオケいこーよ!』
『めんどくさい。却下』
そう言いながら最後には一緒に遊んでくれる海ちゃんだーいすき』
『…調子いいんだから』
…あぁ、夢を見てるのかな。
まだ、仲が良かった頃の思い出。
『ね、次の誕生日あけといてよね』
『ん?海が何かプレゼントでもしてくれんの』
『ばーか。調子に乗んないで』
『はは!拗ねんなって。そーいうとこも好きだけど』
まだ、好きでいた頃の思い出。
全部、崩れちゃったけど。
でも楽しかったな、あの頃は。
友達も彼氏も、生活の全てが上手くいってたんだけどなぁ。
あの頃は全部が当たり前だったのに、
今思い出したら、すごく暖かいや。
「……ん」
眠りから覚めると、木目の綺麗な天井が見える。
上半身を起き上がらせ周囲を見渡すと、木の机と椅子と戸棚。
生活に最低限必要な物のみが置かれた、小さな、それでも狭いと感じることはない部屋にいた。
…どこだ、ここ。
目覚めたばかりで鈍くなっている脳を必死に働かせて、眠りにつく前のことを思い出す。
…確か、熊男に襲われて…でも、紫髪した男が出てきて、熊男が逃げていって、それで安心して気を失って…
「魔法使い、か…」
生まれてこの方、魔法なんてものはあるはずないと思ってきたけれど、あの白饅頭が言っていたことに、魔法の存在に、嫌でも納得せざるを得ない。
「ほんと、厄介なことしてくれたよ。あの白饅頭。」
関西弁で喋るあの白饅頭を思い出し、少しイラついて布団をギュッと握りしめた。
…布団?
あぁ、そうだ。まだここがどこか分かってないんだった。
森の中…にしては人の声がするし…あの紫髪の男が連れてきた?
だとしたらここはあいつの家?何のために……
そう考えていると、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。
「あらあら!目が覚めたのね!」
扉からひょこりと出てきたのは人当たりの良さそうな笑みを浮かべた、可愛らしくも恰幅の良いおばさん。短く切られている白い髪は天然パーマなのかクルクルとしている。
その様子がまた、おばさんに明るい印象を与えている。
「少しうなされていたようだったから心配だったのよ〜
あ、あなたの着ていた服は泥で汚れていたから洗濯させてもらってるわ!私のお古で悪いんだけど、乾くまではそのワンピース着ていてね。大丈夫、今日は天気がいいからきっとすぐに乾くはず!
そうそう、熱っぽかったりだとか、痛いところとかはない?
簡単に見たところ怪我はないみたいだったけど…
あぁ、そうそう!喉とか乾いてない?お茶あるけど飲む?」
「………えっと、いただきます。」
ものすごいマシンガントークに口を挟む間もなく、何も答える隙も与えられず、とりあえず差し出されたお茶をありがたくいただくことにする。
「…おいしい」
おばさんからもらったお茶を1口飲むと、ほんのりと苺のような甘い香りがふわりと広がった。
優しい味。温かい。
「あら、それはよかったわ。
そのお茶はね、おばちゃんの特性なのよ。庭に出来ているフラーグムという果実から作っているの。」
「フラー…グム」
もう一口、もう一口と飲み、すぐに全てを飲み終えてしまった私を見て、おばさんは嬉しそうに笑った。