紫髪の男
熊男の手が私の服にかかる。
私は嫌なことから目を背けるように、固く、ギュッと目をつぶった。
…大丈夫、大人しくしてたらすぐ終わる。
そう自分に言い聞かせて。
「よろしくないんじゃない?そーいうの。」
誰かの声が聞こえた瞬間、熊男の背後で何かが吹っ飛んだ。
その何かを認識する前に次は反対の方向で誰かの叫び声があがる。
「何が起こってやがる!」
途切れることのない悲鳴。
気がつけば意識があるのは私と熊男だけになっていた。
辺りを見渡せばいたる所に人が倒れている。
そしてその人らは皆、熊男の仲間達だ。
熊男は数十人もいた自分の仲間が一人残らず気絶していることに動揺を隠せない様子で立ち上がり、周囲を忙しなく見渡している。
「ちくしょう!なんだってんだ!
何者だ!出てきやがれ!!」
ひと目でわかるほど怒りで顔を真っ赤にした熊男が立ち上がる。すると、ガサガサと、その呼びかけに答えるように草むらから男が現れた。
180cmはあるだろう長身に似合う長い手足に、胸元ぐらいまである長い紫色の髪を後ろの方で1つに束ね、タレ目勝ちのその目が、いかにも優男という印象を与えている。
「えー、何者だって聞かれても…
可愛い女の子に聞かれたら教えてあげるけど、熊みたいな野郎に言われてもなー。俺、野蛮な男って嫌いなんだよね〜」
ゆらりと現れたその男は、熊男をわざと挑発するように嘲笑う。
「てめぇ、あんま調子にのってんじゃねぇぞゴラ」
熊男は見事に挑発にのってカンカンになっている。
今にも殴りかかりそうな勢いだ。
「おぉ怖い。そんなに喋りかけられたら馬鹿がうつりそうだ」
「そんなに嫌なら1回死ね!」
熊男がそう叫んだ瞬間。熱が体を包んだ。
熱い。頬が、皮膚が、ジリジリなっているのを感じる。
「うそ…でしょ」
熊男が右腕に炎をまとっている。
その炎はゴウゴウと音を立て燃え盛っているにも関わらず、熊男を燃やすことはない。
「ガッハッハッ。魔法なんて見たことねぇだろ!
ここらへんじゃ、使えるのは俺くらいだからなぁ!
てめぇ、丸焼きにしてやるよ」
熊男はそう言うと、まるで猪の突進のように猛スピードで紫髪の男のところへ向かっていく。
「ほんと馬鹿だね、お前。
俺がたった1人でお前の部下をどうやって倒したと思ってんの?」
そう紫髪の男が言った瞬間に熊男の纏っていた炎が消えた。
全身に炎をまとい、火ダルマのような姿になっていた熊男の炎が一瞬で、だ。
「…魔法の使い方も単純すぎ。まぁまともに勉強なんてしてないだろうから仕方がないといえば仕方ないか。」
「ま、まさか…お前…!」
紫髪の男はゾッとするほど冷ややかな目で熊男を見る。
「やっと分かったんだ。お察しの通り、俺も魔法使いだよ。
しかもアカデミーで学んだ、正規の、ね。」