二律背反(パラドックス)女神はいるのか
売れっ子アイドルの肩書きをうまく手に入れたあみ。
タレント稼業は順調で笑顔は常にテレビにメディアに登場する。付き添いのマネージャーは多忙を極めたがあみはカワイコチャンそのものであった。
アイドルあみ成功へのサクセスストーリー。すべて功績は辣腕マネージャーがバックについてあみを育てたおかげである。
事務所が力を入れたのはあみの歌だった。グラビアで笑顔を振り撒き中学高校生にあみの名前と顔を売り込んでから歌を出してみる。
だが楽曲に恵まれないようで泣かず飛ばず。最初から微塵も反応はなくヒットはしない。
辣腕マネージャーはあみにアイドルとして歌は無理と早めの判断を下す。マネージャーが贔屓に聴いても無理なものは無理という判断。
ひとまずダメな分野がわかったと善に解釈をする。お歌の世界はアイドルあみちゃんの守備範囲から置いてきぼりにしておく。
その代わりあみの笑顔を売りにしカワイコチャンらしさは遠慮はしない。テレビドラマの端役やゲストに売り込みをかけて女優業に殴り込み。かたやコマーシャルでタレント生命を繋ぐことにする。
マネージャーとしては歌謡雑誌に名前が載り知名度を高めたいと思うが歌唱力に難な歌手あみだった。
「歌があれば歌手あみですと簡単にファンに認知されるのにさ」
歌手でデビューをさせてテレビで名前を売りたかった。歌がヒットする気配はない。マネージャーは悩みを抱えていく。
子役からの芸能人あみ本人は歌手希望である。歌手業はスッパリ諦めてはなかり辛い選択である。
歌はデビュー曲だけでやめて女優やタレントに芸能生命を移そうとした時である。
デビュー曲が突如売れ始めた。
事務所もマネージャーも驚きである。あの下手な歌唱力のあみが歌手として売れてくる。
あみのデビュー曲に火がつきジリジリと売れ出してくる。まるでイワシが炙り出されるかのごときじわりじわり。
あの程度の歌唱力でファンがついた。あみの歌を金を払っても聴きたい。
マネージャーが驚きだ。本人が下手であると判断をした手前言葉を失った。
「アイドルというカテゴリーに入ったからか。あみのアイドル性が認知されたから売れるのか。カワイコチャンだから誰でもなんでも買うのか」
マネージャーはファン心理に首をひねる。
自分があみのファンなら買わないよ。
デビュー曲が売れ出してテレビの歌謡曲歌手の仲間入りを果たす。たぶん出演歌手の中一番歌唱力のない歌手ではあろうか。
ステータスとしてはNHK紅白歌合戦出場が歌手あみのゴール目標になる。
アイドルあみは初夏以降もヒット曲に恵まれる。歌唱力がないことはあみ自身がよく知っていたようでせっせとボイストレーニングを重ねた。
また人一倍の努力をする女の子。朝晩にはカラオケをガンガン掛けて自分の歌を練習をしていた。
夏のヒット曲は格段に歌唱力がアップされておりマネージャーも聴ける歌唱力である。
「あみちゃん頑張ったなあ。僕は君を改めて見直した」
テレビの歌謡番組ではそれまで口も聞いてくれなかった演歌歌手やベテラン大御所に"しっかり歌うねっ"と褒めてもらいこともあった。褒め言葉はマネージャーの耳に直接入る。
ポッと出のカワイコチャンと一味違うあみちゃんである。
あみの努力は早々と実ることになる。マネージャーが笑顔で伝えてくれた。
「あみちゃん喜べよ。いいかよく聞くんだ」
大御所の推薦が決め手となり嬉しいかなNHK紅白出場に候補された。
暑い暑い真夏の出来事であった。マネージャーは天にも昇る感覚を味わっていた。
「紅白のノミネートは嬉しいよ。だがデビューしたての新人があの国民的番組紅白出場は至難のわざなんだ」
確かに推薦候補と出場決定の間には埋めて埋めれぬ溝がある。
「まだまだ紅白に出場する実力も人気も足らない。あみちゃんガンガン歌っていこう。この夏休みは子供に歌手あみちゃんを気に入ってもらうようにしよう」マネージャーもあみも目標を見定めると気合いが入る。
あみはトレードマークとも言える花柄のワンピースを脱ぎ捨てる。
夏のイメージと歌う楽曲にコーディネート。ビキニに着替え健康的なお色気を前面に出した。
ビキニのあみは歌い始める。あみとしては元来うまくない歌唱力をなんとかして歌以外でカバーしヒットをさせたかった。
マネージャーはビキニという色気で売る戦略に顔をひそめたい。だがあみ本人が決めたこと。強くは否定できないもどかしさがある。
「あみちゃん紅白歌合戦ノミネートで頑張っていこう。デビュー以来の歌唱力がアップしたことがよかったんだ。それに夏をイメージしたノリノリになれる素敵な楽曲に恵まれたことが幸いだ。歌のイメージはビキニだけど。かわいいフリルのワンピースも似合うのになあ」
夏のマーメイドを褒め称えたい。だが歌手は歌唱力で真剣に勝負して欲しいとビキニを否定したいマネージャーである。
あみの夏のイメージはビキニでマッチする。燦々と降り注ぐ太陽光線の南国のイメージを笑顔のあみちゃんである。
マネージャーも事務所も寒い年末の紅白ではこの夏の歌をどんなイメージで年末で歌わせようかと後々悩んでしまう。
夏場のヒットは爆発的であった。中高生が夏休みに入りあみを支持するファンは増えに増えた。ヒット曲を切っ掛けにアイドルあみちゃんの売れっ子ぶりは拍車が掛かる。
歌謡番組に顔を出してくるとコマーシャル依頼が殺到する。月に2〜3本と契約が増した。マネージャーは嬉しい悲鳴となる。
「嬉しいなあ。バンバンあみちゃんにコマーシャルの依頼が集まる。さあこれから忙しくなるぞ」
マネージャーはスケジュール管理が難しくなると覚悟をした。
コマーシャル企画は事務所にありがたい仕事である。タレントあみをひとり契約するも他の所属タレントさんにもちょい役で画面やポスターに映しこめる。事務所は売れっ子あみ様さまである。この時期にあみ需要から会社の株価があがることになる。
「あみちゃんのおかげで社長さんから褒めてもらえたよ」
マネージャーは忙しいスケジュール管理を眺めながら汗をかいた。
中高生の夏休みはビキニの歌姫はマーメイドあみちゃんである。ホテルのプールでのイメージ映像が大半になる。
マネージャーはプール撮影にいつも危惧である。
「夏休みだからビキニでもプールは寒くないとは限らない。どんより曇り空の日や風の強い日はあみちゃんが心配だよ。寒空でもブルブル震えて歌わなくてはいけない」
マネージャーの心配はドンピシャ的中する。水際の歌姫あみは寒さにやられ体調を崩していく。
マネージャーは健康管理に注意して小間切れにでも休憩と充分な食事を与えたつもりであった。
「ごめんなさい頭が痛いの。お薬いただきたいわ。朝からビキニでプールがまずかったみたい」
体調の不良を訴え微熱となった。寒さだけでなく長く屋外でビキニでいたことが拍車を掛けた。
慌てたマネージャーは頭痛薬品と毛布を用意した。売れっ子アイドルあみ。熱があるから、体調が悪いからっとおいそれ内科医に診てもらえない。
マネージャーはイライラする。医者に掛かるその時間が空けられないのだ。
「スケジュールを調整してお医者さんに掛かれたらいいが」
可哀想なことにスケジュールは満タン。深夜までテレビ番組はバッチリ詰め込まれてしまう。
「お薬飲んで頑張っていきます。心配いりませんわ。だってせっかくお歌がヒットしたんですもの。マネージャーさん。もう大丈夫です。美味しいモノを食べて栄養をつけたら元に戻りますわ。大丈夫です。この収録がお仕舞いになればゆっくりできるから」
気丈夫に振る舞うアイドルあみちゃんである。健康を心配するマネージャーに辛い顔は見せずあみの笑顔を振りまいた。
だが忙しい身のあみは偏頭痛が断続的に続き薬は常備品になった。
夏休みが終わり秋らしくなる。いきなり残暑だ秋の到来だと不順な気候だった。歌手あみはビキニをまだ要求されていた。
夏のイメージを歌うあみ。可愛さを見せたワンピースやミニスカはフアンに満足をしてもらえない。
「あみちゃん。しっかり体を温めて歌うんだ。曲は3分だけだ。寒さに負けじと我慢するんだ」
テレビカメラが回る前に笑顔を振りまきビキニで歌うマーメイドあみ。撮影のプールサイドにはマネージャーが毛布を抱え待機していた。
過密スケジュール売れっ子あみは不規則な生活とストレスがたたり体調を崩してしまう。
テレビ出演やビキニスチール撮影後マネージャーに頭が痛い体がダルいと不調を言う頻度が高まる。
「もう暑くないからね。屋外のビキニ撮影は無理がある。薬が効かないかなあ。うーんお医者さんかあ」
運よく撮影現場近くに医院があればマネージャーはスケジュールを縫って連れていける。
不調のあみは夏からの疲労も重なってますます体力を失う。
アイドルあみは若い女の子である。一晩ぐっすり眠れば体力回復に問題はない。
だが女性特有の冷え症はままならない。顔色が青ざめたあみはついに内科医に診てもらう。マネージャーが見て血の気が失せていたのだ。
過密スケジュールの空きを縫って通院をした。あみを診察する医師はあきれてしまう。
「マネージャーさんはどう思っているんですか。こちらの患者さんは売れっ子アイドルですか。休む暇がないのですか。しかしこうして目でわかるほど体調不良を訴えているんですからね。疲労して体が不調を訴えているのですから無理はしないでください」
マネージャーに苦言を差し手早く治療の処置を施す。
「この女の子の管理はあなたですか。マネージャーさんにお願い致します。女の子は女の子なんですからね。若いことと無理をさせることは違いますよ。毎日毎日過密スケジュールはいけません。近々倒れてしまいます」
マネージャーにいつ休みと休憩を取ったのか。不規則な芸能生活の食事と睡眠は常に充分かと詰問をする。
過密スケジュールを暴露されマネージャーは冷や汗をかく。ひたすら医師に謝る。
「そんなスケジュール管理でしたか。困りましたね。いくら芸能人だからとしても働き過ぎですよ。労働基準法は無視されていますね。無理に無理させ化粧をして青白い顔は消せますけどね。今日のところはブドウ糖点滴を受けてもらいます」
しっかりと栄養と休憩を取りなさいとキツく申し付けられる。冷え性にはからだを冷やさないことですと当たり前なアドバイスである。
診察室の医師はあみの顔色が気になってしかたがない。
「精密検査を待ってみないとわかりませんが腎臓や肝臓の機能が疑われます。つまり働き過ぎです。如何せん顔いろが悪いので野菜を豊富に食べてください。健康的なアイドルあみちゃんでお茶の間で人気なんですから。ファーストフードやコカ・コーラなどは控えてください。ビタミンを常に補給するように。血液検査の結果は事務所に後日連絡します」
医師はマネージャーに忠告をする。ともかく過密はいけない。
マネージャーは頭を抱える。事務所の看板タレントがあみである。健康を害して入院したらマネージャーが堪らない。
「この過密スケジュールはどうする。今が売り出しのタレントなんだ。人気が安定して真の売れっ子になれるかどうかの境目にいる。こんな時に倒れたら」
医師の診断からあみに休みを与えるにしても歌番組は断れない。
マネージャーはスケジュール管理に頭を悩ます。今や飛ぶ鳥を落とす勢いのアイドルあみである。営業の仕事を同じ事務所のタレントに割り振りして軽減をはかりたい。だが各テレビの番組にはなくてはならぬ存在になりつつある。代打は不可能だった。
さらにはあみの好感度が高まり出演料も確実にアップして事務所の稼ぎ頭になってきた。
「困ったぜ。泣く泣くスケジュールを削ってしまわないと」
歌番組のスケジュールを組み直す。事務所の売り出したい若手をあみの代わりとする。
コマーシャル撮影とバラェティも同じ。なにかと神経を使うバラエティは抑えざるをえない。マネージャーは涙を呑んで番組ディレクターに頭を下げて回る。
「君は何様と思っているんだ。僕の番組にあみを出演させないとはどういう了見だ。喧嘩売るつもりなのか」
「僕の番組に出ない?君は裏番組には出す腹なんだな」
嫌味や苦情を甘んじて受けスケジュール調整をバッサリおこなった。
売れっ子にトラブルとなると事務所は賑やかさが増してくる。マネージャー以下取締役はあみの業績の良さに息が荒くなる。
「我が事務所の看板娘あみちゃんに頑張ってもらうよ。ここまで頑張ってもらうと単にカワイコチャンのアイドルで終わらせたくないんだ。さらにはウチのような弱小プロダクションには打出の小槌だからね」
あみの秋からの芸能方針を決めるタレント戦略編成会議室では広報担当部長が息巻く。
「暮れのNHK紅白初出場と同時に歌謡新人賞を獲得したい。我が事務所から久しぶりの大型新人登場なんだから。あみちゃん自身の子役からの実績を踏まえて歌謡の大賞を狙わせたい」
歌唱力に難があるアイドルあみ。あみ単独で歌唱賞キャンペーンは難しい。歌謡大賞など実績がものを言うものは諦める。最も手短かな賞となると新人賞であると結論づけた。
会議でマネージャーは事務所の方針に頷く。NHK紅白出場と新人賞獲得。マネージメントをしていく上でこれほど明確な目標はなかった。だが会議の勢いに押されあみの体調不良は言い出せない。身近な存在がマネージャーである。タレントあみの邪魔をしてはいけない。
「わかりました。あみに新人賞を狙わせましょう。今年デビューの新人はかなりの激戦でありますけど。一生に一度のチャンス。貰えるものなら貰います」
マネージャーは目標がはっきりすればやりやすいと社長以下取締役に深々と頭を下げて感謝を表す。
秋口から暮れに掛けあみには歌謡関係で過密スケジュールを覚悟しなくてはならなくなる。
「紅白も歌謡新人賞も事務所の全面的なバックアップが得られる」
顔色の青ざめたあみを思ったマネージャー。体調さえ戻ればあみは大丈夫ですと自分に言い聞かせた。
「あみちゃん頑張ってくれ。社長も太鼓判なんだ。しっかりと紅白目指してステージで歌ってもらう」
かなりのタレントを抱える事務所の方針はこの会議で決まる。
アイドルあみを歌手あみとして売り込め。
歌一本に絞ったあみを前面に出し広告宣伝費をジャカジャカ使い出してくる。同じ事務所所属のタレントはとりあえず宣伝広告を抑え応援を凍結した。
あみだけの売り込みに事務所は賭けていく。ベテランの歌手や女優さんからは苦情もささやかながら出てもいた。
「うーん事務所は臨戦状態になっていくのか。かなりのプレッシャーがこちらにくる」アイドルを育てることが夢でこの世界に飛び込んだマネージャーである。ブルッとひとつ武者震いである。
マネージャーは音楽関係者に悉くあみをプッシュして回る。
「新人賞を戴けませんか。あみ本人も努力をしております。将来性のある歌手を目指しております。何卒贔屓にお願い致します」
名刺を配り名前の売り込みに大忙しである。
「あみちゃんが忙しくしているが僕自身もフラフラになりそうだ」
アイドルもマネージャーもフラフラ。
秋が深まりゆく頃である。売れっ子あみの疲労はピークを迎える。マネージャーのスケジュール管理も虚しくあみは風邪をこじらせドラマの収録の最中に熱を出して倒れてしまう。夏バテの要素は否定できない。
「すいませんマネージャーさん。少し横になれば楽になれると思います」
ゼイゼイしながらあみは気丈夫さを見せ根性でその日の収録は収める。
現場のスタッフからかなりの同情を集めた。
ドラマは後日収録の吹き替えが可能だが鼻声は歌に影響である。歌番組はすべてキャンセルした。
あみのスケジュール調整は不可能となりドラマ収録は同じ事務所の女優に代わる。あみが復帰しだい交代ができる代打であった。
だが歌謡番組は代打はダメである。マネージャーはこればかりは地団駄を踏む。
「毎週出演する歌番組のヒット順位がかなりダウンしそうだ」
苦労をしてヒットチャートを挙げてきたのに。
「かといって無理に鼻声で収録させてもなあ。番組のスタッフさんに迷惑掛ける」
アイドル歌謡は抜きつ抜かれつの熾烈な世界である。
風邪でダウンしたからと言って"待った"しない。あみが歌番組に出ない間にいくらでも似たようなカワイコチャンはわきあがってくる。
病床のあみもマネージャーも気が気ではない。
「あみちゃんの穴埋めはデビューしたばかりの女子高生か」
マネージャーはイライラである。あみのような同じカワイコチャン歌手やアイドルが出現なら危険である。
ファンは浮気してしまう。マネージャーは心配をしあみの不出演する歌番組を眺めた。
年末の紅白まで人気は持つだろうか。
病床ではあみは弱気を見せない。心配するマネージャーや付き添いの母親に弱音をまず吐かない。
「すいません。すぐに元気になります。だってこんな大切な時期に歌えないなんて(悔しいわ)」
あみはヒットチャートが気掛かり。ライバルのアイドル歌手は容赦なくあみに襲いかかってくる。
疲労から風邪をこじらせ肺炎の疑いありの体調だった。入院をし医者に掛かり休養を与えるも偏頭痛や冷え症など夏休み前の健康体に戻っていかなかった。
「マネージャーさん。お休みをいただいてありがとうございます。しっかり寝ました。もう大丈夫です。明日からバリバリ歌に踊りに頑張ります」
あみはカラ元気を見せる。これから紅白出場に向けて頑張って歌わなければならない。
「あみにはたくさんのファンがいるんだもの。頑張って元気にならなくちゃいけない。元気な姿を見せることでファンの皆さんは喜んでくれる。一晩寝たら大丈夫です」
ファンレターがあみのお見舞いではいけない。あみちゃん頑張っての悲しいものではいけない。
「私が悲観していたら心配されちゃうもん。アイドルは明るい太陽でなくてはいけません」
青白い顔であみはマネージャーに笑ってみせた。
事務所は年末に向けてドンドンとアイドルあみを歌手として売り込みに掛かる。
次に出す予定の曲は事務所も力を入れている。ヒットは間違いなしと踏み数々の歌謡大賞にノミネートさせそのままあみに新人賞を受賞させるつもりである。
「ヒット曲は夏のイメージソングだろう。年末の番組はビキニで歌うのはお門違い。見ているお年寄りから寒いじゃあないかと苦情がありそうだ」
NHKは特に年寄りの視聴率は貴重だった。自分の娘のような歌手に寒々さはいけない。
夏のヒットに便乗し二匹目の鯲を狙わせる事務所。取らぬ狸の皮算用は見事に吉となるか凶となるか。
あみが入院中に発売された新曲は出足が鈍かった。アイドルあみの新曲という大々的な宣伝も虚しくである。
売れ行きはあやしくヒットチャートをあがる可能性も薄く感じられてしまう。
「新曲はファンには受けないか。となると夏のヒット曲で新人賞を狙わせるわけだな。歌唱で売れたかビキニで売れたかあやしいけど」
夏のヒットは100%ビキニのあみである。マネージャーはどうしてもあみの歌唱力に納得はしない。
マネージャーは考える。年末にビキニあみを出せない。ならばゴージャスな毛皮を着せたらどうか。
髪を結いあげ和風的な衣裳を作らせる。ビキニに羽織らせてみる。
「あちゃあ。和服の下がビキニは世界が違ってしまうか」
マネージャーは自分を恥じた。
その他にも紅白のために様々な努力をしてみる。寒くても燦々と輝く太陽をあみに求めたい。中高生だけでなく年輩の方々にもファン層を拡大して可愛い妹と印象づけたい。
カワイコチャンのあみちゃんの良さをお茶の間に届けたい。年輩のファンまでつけばマネージャー冥利である。
夏の雰囲気の衣装にこだわるマネージャーは腕利きのスタイリストを探し相談し工夫してみる。
「あみちゃんに衣装を着せてやりたい。年末の紅白に夏を盛り込んで太陽のようなあみを演じさせたい」
マネージャーはファッションモード雑誌にまで目を通す。プロのスタイリストに満足を得られない。
秋も深くなるとアイドルあみは体調を戻しつつある。疑われた肺炎は運よく回避できた。医師からは完全に体調が快復し元気になるまでゆっくり自宅療養を申し付けられていた。
が売れた悲しさ。休んでいては埒があかない人気商売の性はそうもいかない。
あみは売れっ子アイドルである。人気だけが生命線の芸能世界。テレビに出ず休養するとあみ自身が一層気落ちをする要因になってしまう。
「マネージャーさん申し訳ございません。心配かけてしました。もう大丈夫です。早くファンの皆さんに御会いして歌いたいです」
回復にはもう少し時間が必要だ。あみは贅沢は言わない。1日でも早く現場復帰をしたい。あみはマネージャーにこれ以上休養をして迷惑は掛けられないと深々と頭をさげた。横にいた母親はオロオロとするばかりである。
あみが疲労で短期ながら入院休養をしている。その間にアイドル歌謡の構図は変わっていた。
あみが歌謡番組を休む前に司会者はあみの体調不良からの休養を手短かにファンに伝えていた。
「あみちゃん早く元気になってくださいね。スタッフ一同元気なあみちゃんをお待ちしております」
あみの回復を待つと司会者は数秒のコメントを残した。
さらに司会者は新人タレントを紹介する。歌えないあみの穴埋めを果たしてもらうニューフェイスである。
「とてもかわいいアイドルの登場です。うーん素晴らしいや。こんなにカワイコチャンは滅多に御目にかかれない。皆さん心の準備はよろしいでしょうか。新人さんの登場です」
司会者はにこやかにファンにアピールをする。移り気なファンは"カワイコチャン"という言葉に敏感に反応し新人タレントを注目する。
新人の歌が流れると同時に体調不良のあみは忘れた存在に落ちていく。
歌謡番組司会のこのベテランの紹介は絶妙である。どんなにつまらぬタレントもアイドルとしてブラウン管うまく登場をさせていく。
お茶の間の視聴者にはカワイコチャンのそれと信じこませる話術。司会者自身が思うことを直感的に話す。マイナスな面は見事にオブラートに包みアイドルの個性をそれはそれは心憎いまで引き出してくれる。
スタジオでこの番組を袖で見つめるあみのマネージャー。口唇をギュと噛みしめ完敗を認める。あみの座る座席を埋められた瞬間を見てしまう。
「悔しいがあみちゃんはヒットチャート10から脱落してしまうぞ。あんなポッと出の新人に負けてしまうなんて。ファンは復帰する日まで待つことはしない。目の前の新人タレントにアイドルを夢見てしまう」
歌謡番組に登場しないあみは病院で苦しむ。代わりに次々出てくる新人タレントが登場してにこやかに歌を披露していく。
ほんの僅かにあみが姿を見せないだけでアイドルという牙城は音を立てて崩れていく。翌週からパッと出の新人タレントはアイドルと呼ばれている。あみが居座るはずのアイドルのポジションに簡単にあった。
厳しい!悔しい!
マネージャーが地団駄を踏む。あみの名前がテレビから歌番組から消えかけてしまう。
「あみちゃんの名前が歌謡番組から消えてはいけない。なんとか話題をつくり復帰する日まで人気を持たせなくてはならない」
あみの敵は偽物あみだけでなくなる。事務所は焦り出す。マネージャーは悔しいと怒鳴り出す。
「紅白初出場が決まってからリリースするつもりだったけど」
あらかじめ用意したあみの新曲をこの時とばかりにリリースする。
(楽曲は一流のコンポーザーが担当だが編曲やオーケストラの音にマネージャー自身に不満があった)
「アイドルあみちゃんの名前は常にテレビから流されなければいけない。アイドルあみちゃんは常にお茶の間にいなければいけない。売名行為と言われてもテレビやマスメディアに名前を流しておきたい」
辣腕なマネージャーは焦り出す。彼がプロデュースするアイドルあみは国民的タレントを自負するプライドがある。そんな短期間休養ぐらいでブラウン管から消えるだなんて。
マネージャーの一存から見切り発信を余儀なくさせる新曲。あみ不在のままリリースを決めたは良いが売り込みに疑問が残る。
「あみちゃんのプロモーションビデオひとつでは勝負にならないか」
新曲の出足は鈍く売れないのである。可愛いあみはビデオで登場し歌うだけではファンは満足をしてくれない。ファンの心をグッとつかむに至らない。
「あみが入院していると思うからファンは動かないか。なまで歌えないことがネックなのか」
夏に出したヒット曲はあみの休養と平行して翳りである。これからヒットチャートを掛け上がる可能性はない。
だから新曲勝負とマネージャーは踏むも先行き不透明である。
マネージャーは溜め息つく余裕もなくなった。
「このままではいけない。年末のNHK紅白初出場まで人気を持たせなくてはいけない」
こんなことで息切れして人気が落ちていてはいけない。
辣腕マネージャーがついているアイドルあみである。事務所はマネージャーの腕にかけてもいる。マネージャーとして育て上げ築いた人気アイドルあみが崩壊してしまう。なんとかこの危機を乗りきりたい。
焦るマネージャーはイライラを募らせる。事務所に帰ると広報部長と供に盛んに頭をかきむしり人気挽回の秘策を練る。
「人気のあったアイドルあみちゃん。本人に落ち度もないのに人気下降させるものか」
事務所所属の歴代タレントの売り方を子細に検証し打開策を練る。
落ち目のアイドルあみを横で眺めるはライバルのアイドルたち。スタジオで親しくあみと接し顔を合わせるアイドルや歌手。そして各マネージャーたち。
休養で苦しむあみに誰も救いの手を出してはくれない。あみの容態を安ずることすらなかった。
そんな最中に休養あみは退院し歌謡番組に復帰を果たす。さして気にすることもない。きらびやかな衣裳を纏いスタジオの片隅にあみは佇む。
「あみちゃん緊張するかい。久しぶりのスタジオは雰囲気が違っているかもしれない」
マネージャーはあみを気遣う。病院のベッドであみが毎晩母親の前に涙したことは頑なに黙っていた。
番組の雰囲気はなんとも言えないものである。休養前にはアイドルあみちゃんとあれだけチヤホヤされていたのに。
「(歌手仲間の)みんなどうかしたの。前のように仲良くして欲しい」
タレント同士の冷たい視線があみの背中にチクチクと刺して痛い。スタジオ入りを果たした瞬間から一抹の寂しさが全身を襲いあみは耐えられなくなる。
アイドルあみちゃんは今はここにいない。過去に人気のあったカワイコチャンがいる。あくまでも過去の人。
スタジオの片隅で人知れず涙がこぼれてしまう。あみのシックな舞台衣装は華やかなドレス。微塵にも華やかさが仇になる。
過去のカワイコチャン
"人気絶頂"とはよく言ったものだ。あみはデビュー以来走りに走りアイドルの頂点に登り詰めたわけである。
カワイコチャン歌手。人気アイドルという誰もかれもが手に入れられない称号を得て芸能界の頂点を極めていた。
それが一転してしまった。頂点から落ち始めると急下降である。頭からの真っ逆さま急下降。
あみはギリシャ神話のイカルス失墜である。足の翼は蝋けつで太陽に近くなると熱溶して脱落してしまう。人気商売あみはまさにイカルスを地でいくようなものである。
華やかな衣装の女の子あみはスタジオの片隅で泣いて悲しめばよかった。芸能界の棲み家を失ったのであるから。
だがマネージャーは違う。悲しいからっと泣いても笑ってもくしゃみしてもならない。何をしても逆立ちしてもなんともならない。
「イカルスは太陽に近く翔んだから失墜をしてしまう。アイドルあみはそんなヤワな足蝋をつけていない。芸能界をしっかり見てきた僕がマネージメントをしている限り失墜なんて認めない。あみちゃんに無用な心配を掛けたくはない。マネージメント全般は僕の責任なんだ。カワイコチャンなんだからあみちゃんは人気者でなくてはならない」
片隅で泣くあみの肩を抱き上げマネージャーは考える。アイドルを作りあげることはプロである。次に打つあみの売り出しを考える。
マネージャーに浮かぶアイデアは芸能ニュースのトップを飾る"あみの話題"である。
「あみは子役で名を挙げたタレントさん。我が事務所から鳴り物入りでデビューをしている。何も歌だけであみちゃんがあるわけではない。賢いあみちゃんが芸能界に君臨する方法はあるはずだ」
多芸で賢明な女の子である。女優としてドラマ出演もクイズやバラエティなどもやらせたい。
「カワイコチャンだからとグラビアモデル並ににっこりだけで芸能界は生き残れない」
芸能界に長いマネージャーは数知れぬ落ち目なタレントを見てきていた。
あみの話題性とは何であろうか。起死回生なあみの売り込みとは何であろうか。
マネージャーは思索してみる。アイドルあみにある魅力を最大限引き出すものとは何であろうか。あみが退院の代わりにマネージャーが病院に行きそうである。
秋の終わり頃。あみは歌謡番組から姿を消してしまった。夏のヒット曲は秋に再生せず尻窄みでおしまい。二匹目の鯲を狙った新曲はさっぱり火がつかない。
歌がダウンしアイドルあみのファン離れは加速度を増す。事務所とマネージャーは気が気ではない。
「困った困った。暮れの紅白どころか歌謡新人賞のノミネートも印象が悪くなったぞ。なにか人気挽回のカンフル剤はないものか」
広報部長を中心とし事務所の会議は繰り返し開かれた。事務所は全面的にあみをバックアップの最中である。
「(あみ担当の)マネージャーさん。ちょっと小耳に挟んだんですが」
広報の女子事務員が言いにくそうに口を開いた。
秋にあみちゃんは病気療養から回復した。夏の過労がたたり入院を余儀なくされた。
「その入院の最中なんですけど」
会議室はシィ〜ンと鎮まり返る。女子事務員はあみの起死回生のカンフル剤を強烈に打ち込んでくるのであろうか。
こそこそと女子事務員が小声で話す。彼女にはどうしても告げたいことがあった。会議室には雲の上の存在社長も出席である。入社したばかりの身分では言葉を選びたくなる。
「私の知ることでございますが」
ポツリポツリと雨だれが落ちるかのように言いにくそうである。会議室は女の子の感じるままの感想を社長以下重役連中も聞いた。
「いいから話たまえ。社長がいようが重役がいまいが構わない。我がプロダクションの存亡に関わる重大なことなんだからね」
重役連中に言われると勢いがつく。顔を真っ赤にする女子事務員の話は"初耳"が大半だった。
会議にマネージャーは仕事に忙しく遅刻をした。アイドルあみのマネージメントを一切がっさい任されているマネージャーは途中から女子事務員の話を聞きく。
中程まで半分ぐらい聞いたマネージャーは首をかしげてあんぐり口を開けてしまう。
「そんなバカなことがあるか!」
女子事務員のボソボソの中身はこうである。
アイドルあみちゃんが倒れたため歌謡番組やテレビドラマに穴が空く。ならば(偽)あみちゃんを替わりに出演をさせて欲しい。アンダーグランドな世界に棲息する"偽あみ"がいよいよ表舞台に出ると期待する。
「私はアンダーグランドな(偽あみちゃん)が何らかの形で芸能界の表舞台に来るのではないかと思っていました。インターネットを開示していますとなんと言いましょうかアンダーグランドが闇社会なら」
インターネットの虚偽なる世界で辛うじて棲息をする偽者。本物が人気下降気味と見るやその地位にサラリと入れ替わってしまおうかと息巻く。
「インターネットの世界で恐縮です。私は見ていました。アイドルあみちゃんをこのまま引き摺り降ろそう。カワイコチャンはあみだけじゃあない。アイドルあみちゃんはもはや落ち目である。このまま芸能界から居なくなれ。だから応援しないように。そんなダーティなサイトが濫立したのを覚えています。アッ!すいません。別にあみちゃんをどうするとか言うつもりはありません」
女子事務員はペコリ頭を下げ言い過ぎを謝った。
アイドルあみちゃんはすでに古い。見飽きたファンが多い。彼女のアイドル時代はこの病気療養で終止符だ。ご苦労様でしたね。
代わってはアンダーグランドに棲息する偽あみちゃんがスクスク育ち芽をふいててくる。
今こそ真のアイドルに君臨するべきだ。いつまでもアンダーグランドの偽物で蔭の人気者ではいけない。
アンダーグランドな(偽)あみちゃん頑張って欲しい。
カワイコチャンはどこの世界にいても必ず最後にはスターダムに辿り着いてくれなくてはならない。
アイドルあみはつまらない。芸能界を辞めちまぇ〜お前の面なんか見飽きたんだよ。
大した知恵もないおバカなチャラチャラしたアイドルなんか大嫌いだ。
いつまでもテレビでバカ顔をして歌うな。あみ悔しかったら日本歴代総理大臣を10人言ってくれ。歴代天皇でもいいぞ。
アンダーグランドの偽物あみちゃんいらっしゃい。偽が人気者になる時代到来なんてロマンチックじゃあないか。日本史の下剋上か謀叛の匂いを感じる。芸能界も真の実力者が蔓延る時代になるんだよ。
お茶のデガラシ。見飽きたようなアイドルはさようならっ。
新鮮なアイドルさんいらっしゃい。いよいよ表舞台に登場したね。いいよいいよカワイコチャンはそのままだ。僕は貴女をしっかり応援しまっせ。
言葉を選ぶ女子事務員の発言にマネージャーは気絶寸前である。なんたる事実。アイドルあみの侮辱オンパレードではないか。
「なんだいこりゃあ。あまりにも酷すぎやしないか。インターネットの世界はエゲツナイぜ」
あみの誹謗中傷だらけ。偽あみ讚美が如実に甚だしく目につく。
マネージャーは立腹をしサイバー法の適応を要請しようかと顧問弁護士に相談したくなる。
「お待ちくださいマネージャーさん。この誹謗中傷は確かにやり過ぎだと思います。ですが冷静になられてくださいね。皆さん冷静に事実を判断されることを願います」
真っ赤になって上気を失うマネージャーをいさめたのは男の事務員である。
彼は女子事務員とあらかじめ示し合わせ会議にのぞんでいた。
「彼女の言う話はネット上での話であることを理解してください。まあ不愉快なことにウチのあみちゃんを散々に貶して喜びを味わう感じですけど」
この事務員は女子事務員に座りなさいと制した。
ご苦労様でした。貴女の役目は終わりました。下がってもらって結構です。後は僕ひとりで大丈夫ですから。
「僕はこの誹謗中傷は同じ人間がコンスタントに書き込みをしていると断言します」
女子事務員と違ってハキハキと物を言う。かなり自信があるようだ。
「インターネットの疑いがあると申します根拠ですが」
この事務員は毎日数回インターネットでネットサーフィンを行う。当方プロダクション所属のタレント・歌手・女優の人気動向をチェックするために。
所属するタレントは世間からどのくらい人気を得て支持されているかインターネットなら簡単に知りえるからである。
「各々所属のタレントさん全員のファンを監視することができましたらベターなんですけどね。検索機能でヒットする件数が高いタレントさんから日頃チェックしています」
そのヒット数字が軒並み高いタレントはアイドルあみである。所属するタレントは20〜30人余。歴代所属タレント・歌手・女優の中でもあみのフアン支持は断トツであった。
「人気も実力もあみちゃんはアッパレでございます。デビュー間もなくでアイドルのカテゴリに入ったあみちゃんでございました。
子役から転身のタレントデビューからは日の出の勢いでしょうか。彼女の努力とあみちゃん本人の個性的な魅力に通じるものがあります」
あみの人気のバロメーター。そのまま事務所の収入に結び付く。
あみはアイドルの階段を一歩一歩確実に踏みあがるかと思われた。
「確かにアイドルあみちゃんとして芸能界に君臨するかと思われましたが」
そこに現れたのが"偽あみ"という正体のわからぬアンダーグランド。
「社長さまや取締の方は偽者の存在その後詳しく知らないかと思います」
どこの誰が何をするのかわからないのが芸能界という競争社会。
「我が広報部としましては偽物はどうせすぐに消えるさと軽く考えておりました」
(偽)あみちゃんはキワモノである。物の数に入らぬくだらない亜流な存在。取るに足らぬ泡抹的なモノと判断をし無視を決めこむ。
会議途中に社長は周りの取締役に意見を求めた。
「偽あみちゃんが現れたのは驚きだったなあ。まあ敵ながらアッパレというしだいかアッハハ」
社長は偽物という存在。ショービジネスの道としては成功したんじゃあないかと笑い飛ばした。
広報も社長のように笑いこの"偽モノ"は消えると判断をした。事務所では気になる偽あみちゃん出現ではあったけれど。
「偽物の初お目見えの写真だけなら我が事務所のあみちゃんそっくりでした。カワイコチャンの円らな瞳までもです。ウチのあみの写真を勝手に使われたと判明しました。肖像権を侵害されパクられたということですね」
この時点で広報は偽物の存在を顧問弁護士に相談をする。
「この偽モノの出現は芸能界では珍しくはありません。毎日テレビには物真似芸能人が出て賑やかです。真似ることも芸のうちですよ」
アイドルやタレントの物真似芸能人の存在は目くじらを立てることもなし。むしろ人気の目安バロメーターともなっている。
「ところがですね偽あみちゃんは違ってしまいましたよ。物真似は物真似として認知されていますからね。ただそれは微笑ましき芸能人ならの条件ですよ」
会議内に確かになあっと同調の意見が流れる。
「偽あみちゃんはウチのあみちゃんをアイドルとして尊敬をしてません。かと言ってライバル、同じ土俵に立つアイドルとも言い難い。となりますと厄介な存在にしかなりませんね」
アイドルあみを食い物にしのしあがる。キワモノとしてのアンダーグランドにいる厄介な存在。
「物真似を決めこむならねぇ。アイドルのあみちゃんに憧れているから似せています。物真似をしますからとか一言ぐらい挨拶のメッセージをくれなくてはいけません」
挨拶もないのは非礼である。
「こちらもね我々に対して偽物が好感度が高いなら対処のしがいもありますけど。残念ながら不遜なことのみが伝えられてしまいました」
挙げ句の果てに病気療養のあみに"刄"を歯牙のように向けてくる。
「刄は表現が大袈裟でしょうかね。とにかくあみちゃんがテレビに出ないを良いことに邪悪なことを仕掛けていましてね。裏で様々なオイタを繰り返されては迷惑でございます」
その偽物キワモノがアイドルに君臨したい。本物のあみに成り代わり芸能界のアイドルになりたいとのしあがる。
アンダーグランドな世界からの脱却。ひたすら陽の目を見たいとあの手この手を施していく。
「社長さん重役の方々。安心をして下さい。ウチの大切なあみちゃんを我々はしっかり守ってあげます。アンダーグランドなキワモノに情報操作で牛耳られてはたまりません」
スナイパーのごとく真のあみを狙い撃ち。目立つところで撃沈されるような不様なことはさせない。
マネージャーは会議の最中ずっと無言である。現実にあみのマネージメントを担当している。その人気に翳りありを肌身で感じていた。
「担当のマネージャーさん。わかっていますようにあみちゃんの業務業績は芳しくありません。病気療養からは歌もドラマも数字的にダウンは免れませんね。そこで疑問点がわくわけなんですが」
歌が売れないのはなぜか。子細に分析をしデータを集めてみる。
「簡単に言いますと売れないような情報操作があった可能性が大なんです」
会議はどよめいた。この零細企業中規模な事務所でもいくらか歌手を抱えている。爆発的なヒット曲からは程遠いが多少売れて赤字にならない程度ばかり。
事務所所属歌手でヒットチャートを駆け上がったのはあみひとりと言っても過言ではない。大抵の歌手は赤字が出でてしまい歌えば歌うほど先細りだった。
「その情報操作とは聞き捨てならぬ。確証はあるのか。ついでに君に質問だがアンダーグラウンドからの操作とやらがなかったらあみちゃんの新曲は売れるのか。もしそうなら一刻も早く解除してもらいたい」
歌謡担当広報部長は我慢が出来ない。ヒットするならどんなことでも仕掛けてやりたい。身を乗り出さんばかりに喰ってかかる。
事務所で唯一の売れっ子歌手あみである。いわばドル箱スターが新曲で不調だとは認めたくはない。広報部長は新曲の宣伝広告にズブズブ費用をかけていた。
売れっ子あみちゃんならいくらでも元は取れると算段してのゴーサインである。
「売れない理由があれば教えて欲しい。あれだけの人気アイドルあみちゃんがいきなりの不調になった理由があるのならだ」
広報部長は売れっ子アイドルの面目躍如を保ちたい。ドル箱はドル箱のまま年末のNHK紅白まで人気を継続をさせなくてはいけない。
会議を聞くマネージャー。怒りで腕がブルブル震えたら止まらない。
あみが人気低落はアンダーグランドである。陰であれこれと画策をしたからと既決された。
今をときめく人気アイドルあみに偽物がこそこそ二匹目の鯲を掬いに来る図式は我慢ならない。
偽物はアイドルあみのパクりを最大限に利用し表の世界に出てくる。それが正統派あみのアイドル路線を邪魔し立ちはだかろうとする。究極にあみにスリ代わって"アイドルになろう"とする。
「この会議では今までは偽物について黙っていました。うーんどうしようかな。公にし存在を認め必要かどうかですけど」
真偽あみの今の関係を逐一発表は有効かどうか事務所も悩みである。
アンダーグラウンドの話を聞いた取締役は痺れを切らす。
「何を歯痒いことを言うんだ。偽物の存在自体迷惑そのものじゃあないか。苦労してウチのあみちゃんが売れたことに勝手に便乗なんかして。この際だ。なんでもかんでもぶちまけてしまえ。こちらとしては肖像権や営業権を侵害をされ訴訟をしたいくらいだ」
取締役の一言に会議の堰は切れた。発言を控えていた広報や歌謡宣伝広告担当から怒りが飛び交う。
「偽あみを無視していては先に進めない。"もはや"でない。即刻にあみが売れなくなるは我が事務所の死活問題に発展する。暮れの新人賞獲得にどれだけの金が掛かると思っているんだ」
アイドルあみの新曲CDは初版プレスから在庫がだぶつきてんやわんやである。今のところ返品の動きはないが売れっ子アイドルあみちゃんが倉庫で泣いてしまう。
「わかりました。すべては我が事務所のためにでございますね。わかっております。私個人かなり悩んで躊躇いでした。仰れと言われては何も隠すことも御座いません」
会議のテーブルにサアッ〜と真新しい資料が配布される。用意されたのは極秘書類の一部である。
「なんだねこれは」
取締役らは怪訝そうに書類の表紙を捲ってみる。
『偽あみの実態』(興信所)
配布書類はマル秘の赤字がくっきり印字。会議室の照明は全灯から1/3に間引き暗く落とす。部屋には鍵が掛けられた。新人事務員は廊下のドアの前に立たされる。これからの会議は誰にも盗み聞きをされぬようにと監視役である。
「偽物あみの資料の説明をいたします。興信所は知ってのとおり我が事務所とは長年の付き合いでございまして。信頼は間違いのないものでございます」
照明が落とされオーバーヘッド掲示に資料の一部が映し出される。会議室に一種異様な雰囲気が漂い始める。
『偽あみのプロフィールとそのアンダーグランドなプロダクションの実態』
いち早く敵の実体の内容が知りたいと広報部長や宣伝広告部長は心臓が踊った。
資料によるとアンダーグラウンドは公的な会社目録に名を連ねない弱小な芸能プロダクション事務所である。興信所の調べでは表向きは布団寝具販売会社となっていた(登記簿より)。
芸能活動は先代の布団販売社長の息子が始める。当初はグラビアモデルやレースクィーンを派遣する女の子ばかりのマネキン業種。それがすぐに行き詰まり。質のよいモデルが集まらず業績は悪化の一途となり銀行からの借り入れもままならなくなる。
儲けの薄いマネキン業に見切りをつける。利鞘の高い裸業界に転出をしていく。
このヌード転向の際に従来所属のモデルやアイドル志向の女の子は裸は嫌と退職し契約を打ち切る。
大半の女の子は夢が破れてしまいと東京を離れた。
「モデル業の渦中は大手プロダクションに人材派遣もしていたらしく。事務所は辞めて大手に移ったモデルもいたようです」
離散する中に勇ましく事務所に残る者もいた。アイドルになりたい。明日のカワイコチャン歌手になりたい。どうしてもタレントになるんだと上京し契約した女の子。それが後の偽あみのマネージャーである。
もはやこの事務所からアイドルになれない。キラキラ光る衣裳のカワイコチャン歌手は夢である。すでに20歳を越え今から新規移籍しカワイコチャン歌手でデビューとは甚だ虫が良すぎた。
そこで20歳のアイドル崩れはスパッと夢追いに見切りをつけ事務所の裏方スタッフになることを決意する。
明日のスターを作る。キラビヤかなアイドル歌手を作る。街にいるアイドル志向の女の子をスターダムに押し上げたい。
だが所属をする事務所はすでに違っていた。アイドルとは程遠いいかがわしき裸産業に足を踏み入れてしまう。ニッチもサッチもたち行かぬ状態。
ここで仕方なくヌードモデルをスカウトし雑誌にシネマに供給をするマネージメントに手を染める。
彼女は元来マネージャーとしての手腕ありで事務所の売上に貢献する。アイドルもヌードモデルもファンに見てもらうことは同じこと。仕事であると割り切った。
キラキラした衣裳で愛嬌を振りまくのがアイドル。
裸一貫の決意から妖艶さをいかに美しく見せるか。それがヌードル。
ビジネスと割り切れば裸女商売も彼女にしてみたらなんのこともなかった。いかんせん逆境に強い女は筋金入りである。
田舎からの上京は大変な決意をしている。アイドルがダメならホイホイと帰省をすることは許されない。
意地でも何でもこの業界で成功をしてやると意気込みは強い。
裸女事業は簡単に軌道に乗るかと思われたがダメである。新規参入者がヌードグラビアで事務所を経営するはライバルが乱立し過ぎる。
危ない橋を渡りアンダーグランドな世界に埋没し裸事業の営利を追求する。危険が高まれば高くなるほど実入りは上がった。
時を同じくして先代社長の蒲団寝具稼業はまったく振るわず。業績悪化をし赤字を計上している。この会社の累積から息子の次期社長はよりアンダーグランドな世界で手っ取り早く稼ぐ安易な道を歩んでしまう。
「AVビデオの世界へ」
核心に触れようかの会議が長くなってしまった。
「皆さん会議が長くなって恐縮です。少し休憩しましょう」
暗い会議室がパッと点灯される。ドアの鍵が開けられ女子事務員がコーヒーとショートケーキをテーブルに用意した。
「コーヒーを飲みながらで結構でございます。手元の資料を見ていただけますか。偽あみといういかがわしき存在がいかに作られたか。さらにはどうしてこの世に出たか。諸悪の根源たる仕掛人はすべてこの写真の女マネージャーだと判明しております」
オーバーヘッドに女マネージャーの顔写真が映し出される。偽物作りに手を染めさぞかし悪どいイメージの女だろうかと思われた。
だが本人は細面でスリムな可愛らしい女性だった。
「ホホォ〜君っ見たところかわいいお嬢さんじゃあないか。田舎から上京するのがウチの事務所だったらよかったぞワッハハ」
取締役が冗談を飛ばした。
やり手の女マネージャーの経歴。今まで手掛けたマネージメントの数々。会議に報告されていく。
「この資料を見る限りなかなかの手腕を持つマネージメントをしている。敵ながらアッパレじゃあないか。まともにアイドルタレントを任せてもそこそこに芸能活動ができるんじゃないか」
人との付き合いを重要視する芸能界である。苦労を知りコミュニケーションを身につけているマネージャーはうってつけ存在であった。
「まあっそんなにも褒めてやることもないが。それはそれとして(偽あみ)なんとかならないか。ウチのドル箱スターあみちゃんがこんなキワモノにいつまでも顔に泥を塗られてはたまらない」
こちらの芸能プロダクションのアイドルあみは人気があるあみとして君臨していく。偽あみに不快感を与えられてもびくともしない地位を確立したい。
至極当然だと会議は納得をする。
「ええっ仰る通り。あみちゃんが不動の地位を保っていただければなんです」
だが悲しいかな。あみはデビューして日数も少ないタレントだった。これから歌にドラマにいかなる可能性があるかわかってもいない段階である。
あみ自身が芸能界でフラフラしてはいけない。
「仰るように偽はいけないんです。アイドルあみちゃんのパクリッを商売にするなんて許せないんです。タレントの肖像権を著しく侵害しています。こととしだいによっては訴訟の対象になります」
事務所は偽物が登場をすると弁護士に相談した。訴訟を起こし偽物退治を綺麗にしたい。
ところが弁護士からは司法に委ね裁判沙汰となると芸能界はちょっと様子が異なると助言をされた。
「偽物がいては芸能活動に支障がでる。だから訴訟し辞めさせたい。ですが被害者であるとしても良からぬ噂が蔓延るのがこの業界なんです」
顧問の弁護士は芸能関係に熟知をしている。
「実は芸能界の真偽対決訴訟はゴマンとございます。大抵は珍しくもないようで芸能ニュースにさえならないんですね」
真偽の区別。本物と偽物。真が偽を訴えた判例は数多くあり必ずや勝訴をし損害賠償も発生していた。
「そう裁判所は我々に勝訴をくれるんです。負けたなどという事案はよほどでございます。ですがその勝ちは真のタレント側になんらメリットがないんです」
裁判の勝者は芸能界の勝者とはならないらしい。重役たちはヘェ〜と怪訝な顔をする。勝訴したら負けた偽物の相手をしなくて済むのではないか。
「つまりですね。端的に申しまして勝訴の恩恵がないんですよ。裁判は勝ちました。しかしそれだけの話なんです。これは由々しき問題なんですね。勝訴公判をしてこのタレントが人気を回復したか。偽物から解放されてスターダムにあがっているかと申しますと」
ダメである。裁判沙汰を展開したイメージ強く語られむしろ悪くなるが堰の山。
「タレント人気は回復しなくて落ちてしまうんですね。移り気なファン心理は理解し難いものがあります」
ここに2〜3人のタレント訴訟を例にあげた。
「偽物相手に怒り訴訟を起こすような器量の小さいタレントはつまらない。応援しても見損ないますでしょうか。いかなる偽物が出現をしても頑ななる無視を決め込むが善でした」
タレントを物真似されウフフッと笑い飛ばしましょう。ホトボリが覚めるを待つことにしましょう。いずれか偽物に飽きる時はやってくるものです。
芸能界の真偽問題はガチャガチャ文句を言わずである。共存共栄を目指し仲良しでいきましょう。痺れを切らせたら負けとなる。
真偽のあみは似た顔をして両者がテレビや雑誌に登場をしてくれる。
偽りは"モノマネ芸人"というカテゴリーにピッタリ収まりの世界だった。
だからお茶の間ファンは二種類のあみが楽しめ二重に喜びとなる。
「参考までに申し上げます。真偽問題の(肖像権)訴訟は大小とあります。大きなのは人気絶頂のアイドル物真似訴訟。小はグラビアアイドルの雑誌アイコラでしょうか」
様々な肖像権や商標法違反訴訟の事例はその場でインターネット開示された。
"○○似の歌手登場"
"○○似のアイドル"
"○○似のタレント"
"あの"○○似が秘密のベールを脱ぐ"
モノマネという範疇に入って芸人をしまえば問題はなくなるようである。偽物は偽物としての社会的地位をお茶の間に浸透させ生きてていく。
例えばお笑い芸人は有名人の声帯や生態模写で認識ならば後は簡単にテレビ電波を占拠できタレントであると言われた。
物真似をしてもらい落ち目なタレントが息を吹き替えした例もあるのが芸能界だった。
「そういえば最悪な訴訟がございましたね。テレビ番組でお笑いのネタにされて怒った俳優です。物真似を誇張されイメージが悪くなる。トレンディ俳優の俺をバカにするなと訴訟をしました。
トレンディな俳優はダメージを喰うと思い不快感でした。これは例え勝訴になったとしても事務所はどうなるのでしょうかね。他人事ながらその後が心配になるなあ」
トレンディ俳優自身がメディアを通し偽物に不快感を表す。俳優の機嫌を損ねないため事務所は俳優に追従をしている。
そして事務所は訴訟を起こし芸能ニュースや週刊誌は待ってましたとばかりに騒ぎ立てられた。書かれた真偽記事はいずれもトレンディ俳優に不利である。俳優の器の狭さが際立つとして非難されていた。
「芸能界は人気商売です。フアンの皆さんがあっての世界ですからね。なにかとややこしい司法が芸能界に介入は芳しいことはございません」
偽あみの女子マネージャーはトレンディ俳優の訴訟公判を傍聴していた。マネージャー繋がりで彼と親交があったのだ。ゆえに訴訟判例まで目を通し子細に調べ尽くしている。
「備えあれば憂いなしとも言いますけどね。偽物は敵ながらアッパレはアッパレです」
真偽訴訟は最後の手段である。できるならば芸能界の掟に従い穏便に済ませたい。
偽物は偽物として人気を博し社会的地位をお茶の間から確約し知らぬ間に浸透されている。
「偽物としての人気はバカにはできませんね。これは誰が決めるというものではなくてフアンが群がるものでしょうか」
」
事務所としては偽あみを生かしておく方針である。
アンダーグランドな存在を軽く見てはいけない。無闇に毛嫌いをして暴力沙汰に発展されては困る。
「この女マネージャーの考え方戦略はかなり複雑で巧妙なんですね。偽あみを裸が売りのAV女優にするとアンダーグラウンドの世界で宣伝しデビューさせています」
アンダーグラウンドが分かりにくいため当時のいかがわしい雑誌の切り抜きが公開された。
「偽物あみちゃんは裸を出しておりません。うちのあみちゃんのパクり写真集を発売しただけ。素直に申し上げてアイドル路線でございます」
この偽物パクり写真集は事務所の社長から重役が目を通した。見事なまでのコピー作品。さらに(真)あみの写真集より材質が豪華本なるもの。
「実際のところアンダーグラウンドな女マネージャーはこの偽物の女の子を脱がせていません。少なくとも興信所の報告にはスタジオを使いビデオ撮影の日程はあがっていません」
ファンの心理を煽るだけ煽り偽あみちゃんに同情を寄せさせる作戦を取る。
偽物あみちゃんは可愛らしいから脱がすことはして欲しくない。
「お願いだから脱がせたりしないで。本物のあみちゃんじゃあないんだけど裸にはならないで」
なんとも言えぬ悲痛な叫びがフアンから響いて来そうである。
「男性心理として(偽)あみを脱がせてはいけないんですね。それはなぜか。(本物)あみちゃんが脱いだに等しい衝撃でしょうから」会議室にどよめきがあがる。真偽あみを巧妙に利用した知恵ある戦略ではないか。
「アイドルあみは清純派なんです。繰り返しますが間違っても肌を露出しヌードになるなんてことはあり得ません。我が事務所からもヌードで売り出すことは禁止でございます」
アイドルあみちゃんのヌード。フアンならずとも見たいけど見えないで欲しいあみのヌード。
永遠に見えないなら偽物で我慢します。偽物あみで我慢をする。
ヌードにならないアイドルあみの代用品は充分に価値がある。裸が拝めるのなら何もあみに拘る必要もない。
真偽のあみを前にしてフアンは迷う。偽物をアイドルあみの代用として選択をすることはやぶさかではない。
ここまで会議を黙って聞いていた(あみの)マネージャーは天を仰いだ。マネージャーは苦労をしてアイドルあみを売り出している。
今までの地道な営業努力の対価として栄光をつかみ清楚なお嬢様のイメージを中高生に的をしぼり定着させた。なのにアイドルに必要な清潔感もいっぺんに吹っ飛んでしまう。
「フアンは偽物にあみちゃんを求めてしまうのではないでしょうか。極端なことを言えば栄誉に傷がついてしまいます」
取り返しのつかない事態回避のため偽物に気をつけないといけない。
この時点にいたり会議は頓挫を見てしまう。アイドルにヌードはあってはならぬものである。裸を売り出されたら清純派の看板は虚しく風に靡いてしまいそうだった。
偽物あみから敵の女マネージャーからいくらでも挑戦的なメッセージは来る。
「アイドルあみちゃんのファンの皆さん。間違えずに"あみちゃん"を応援してください。真偽の見極めをしっかりしてあみちゃんの応援をしましょうね」
偽物には注意しましょう。
真のあみちゃんは可愛いらしくて歌が上手なんです。
真のあみちゃんは裸になりません。
あみちゃんを応援してくださるフアンの皆様の期待を裏切れません。
「アイドルあみの人気は崇高なものです。偽アイドルの人気もですよ。うーんこっちの人気はわけわかんないや」
敵ながら心憎い仕掛けがしてある偽物あみの売り出し。アンダーグラウンドの世界に身を投じる女マネージャーは一枚も二枚も上である。
アンダーグラウンド偽物の存在は踏みつけられても殴られ蹴られてもビクともしない。確固たる信念がそこにあった。
ワルはワルとしての覚悟があるようだ。
「この女は侮れません。正直に申しましてかなりの強者と認めざるをえません」
"真と偽のあみ"を植木に例える。
木の根からの栄養をもらい幹から左右に見事な枝ぶりができる。
「右左の枝葉は同じように滋養を受け成長し綺麗な花を咲かせます。ところが根からの栄養分が少なくなり両枝均等に滋養されなくなりますと」
左右枝は少ない栄養を自分にだけ引っ張りたいと互いに争い出す。枝に宿る美しい花を維持しようと躍起になる。栄養の行き渡らない枝葉と花びらは他の枝葉花びらを枯らせてもその美しさを保ちたい。
「近々アンダーグラウンドに蠢く(偽)あみは牙を剥出しこちらに向かって参ります。こちらはこちらの正統派の意地がございます。しっかりと挑戦を受け止めたいと思います」
偽物はその正体を表す。
偽物としてアンダーグラウンドにいつまでも甘んじていない。
非合法世界にあえいでいるつもりはない。
アイドルあみは滋養(人気)を断ち枯れ落ちる。
「皆さん世界史は得意でございましたか。アショカ王のハンムラビ法典に"目には目を""歯には歯を"という復讐法がございます」
アイドルあみがボサッとしていたら撲られた。
アイドルあみが顔面をパチンとやられた。
やられたらやり返せ
撲られたなら二倍三倍にして復讐をしてやれ
「中国では諸子百家がございます。孫子の兵法にある『敵を知り己を知る。さすれば百戦危うからずや』敵を見極めた対策を持たねばならない。
「会議が長くなり失礼しました。こんなに長く話すつもりは毛頭なかったのでございますが」
子細に偽物を調査してみたら熱が入り過ぎた。
「社長っご安心ください。芸能界はルールある世界であると見せつけてごらんにいれます。及び重役の皆さん。我が事務所の宝物アイドルあみちゃんは負けたりしません。紛いは知らぬうちにこの世から消えてもらいましょう」
不倶戴天の決意を露にし事務所は全社をあげアイドルあみをバックアップしていく。
会議のしめっくくりは意気消沈するマネージャーが中心となる。
なにかとあみを売り出す打つ手打つ手が後手に回り失敗をしていた。
「アイドルのマネジメントは大変は大変なんです。普通のアイドル戦略キャンペーンを展開するだけで売れるかどうか暗中模索ですからね」
演歌歌手ならば演歌フアンの老若男女に歌一本で。
ドラマ女優は演技そのものとうまくイメージ通りの役柄に嵌まれば勝負となる。
いずれにせよフアンに他のタレントさんよりもうまいと唸らせることがポイントになる。
がアイドル戦線は違う。移り気なアイドルフアンの心理はつかみにくい。暗中模索になり五里霧中で光を探り当てなくてはならない。
「苦難の道アイドル路線に偽物が邪魔をし介入をはかるわけですから」
いかに努力をしてアイドルあみをマネジメントしているかを事務所に知ってもらいたかった。
目にうっすら涙を浮かべるマネージャー。会議で指名をされると息巻いた。
「もちろん(偽物に)負けません。私はあみちゃんをスターにすることが仕事なんです。スターダムへの道を邪魔されてしまった?いえいえ。そんなことでへこたれません。負けていたら私はマネージャー失格ですよ。社長以下皆さんの激励どうもありがとうございます」
マネージャーは目頭をハンカチで押さえた。深々と社長に向かい頭をさげる。
「よしっ頑張ってくれたまえ。君の手腕は折り紙つきだ。我がプロダクションの存亡は君の腕にかかっている。ホープとして期待している」
頑張ってくれよっとコックリ相槌をひとつした。
重役からも重ねて"頑張ってくれっ。君のマネジメントの手腕に期待している"と檄が飛んだ。
重役たちはそれと別に来春の株主総会が心配になる。チラッと脳裏を不安がかすめ長い極秘会議は終わった。
アンダーグラウンド偽あみのいかがわしい芸能事務所でも時同じくして会議は繰り広げられていく。
「アッハハッついにギブアップしたようね」
夏からの疲労でアイドルあみが倒れ休養したと知り女マネージャーは高笑いをする。
「もともと健康に不安があったんですけどね(真)あみちゃんは。倒れるまでアイドルなんかして大丈夫でしょうか。なんでしたらウチの事務所名義で"あみちゃん大丈夫ですか。お歌がダメなら偽あみちゃんが代わりに歌いましょうか"。大変な親切心からお見舞いの電報を送信して差し上げてもよろしくてよアッハハッ」
偽あみの事務所は女マネージャーは活気づく。今がチャンスとたたみかけてくる。
「あみが倒れているのよ。今が真偽あみの逆転という願ってもないチャンスなのよ。今を千載一遇と言わなければいつを言うのよ。ギャハハッ運が巡って来たわね」
女マネージャーは高らかに笑いこけた。まさかこんなチャンスに恵まれるとは夢にもである。
どう見てもアイドル面をした"醜い豚"に最大なる攻撃を喰わせたい。こちらからの攻勢を畳み掛けてやるわと鼻息は荒い。
偽あみにどんどん営業を入れていく。真偽あみの区別がつかない仕事を積極的に入れてみる。このあたり女マネージャーの巧妙さが光る。
「テレビにあみは姿を見せない。歌謡番組はほとんどが生中継なの。だから録画番組でない限りカワイコチャンあみはアップデートされない」
倒れたあみは病院で唸っている。真偽あみの"真"はそこにいない。その笑顔は一瞬にしてお茶の間から消えた。
あみが倒れたことは芸能ニュース・ワイドショーで連日報道をされた。お茶の間のファンはあみちゃん可哀想ね。早く容態が回復し元気になりますようにと願う。
あみが同情的なアイドルに成り下がる。頑張ってね、早くテレビに復帰してね。
移り気なファンはいつまでもアイドルあみに固執はしない。すぐに新しくテレビ画面に登場をする"ニューフェイス"次のアイドルに目がいく。テレビに出ないあみは1日1日過去の遺物と化していく。
「お茶の間でテレビを見ていてイライラはしないの。あみ以外いくらでもカワイコチャンは登場をするから」
女マネージャーはインターネット芸能サイトをクリックしアイドル最新情報をキャッチする。
芸能サイトでわかることはあみの人気がガクンと低下する傾向だった。
元来病弱な面があるようで不健康さは憧れのアイドルにはなれず。その資格すら剥奪されてしまう。
「あみちゃんがテレビでみたいファンはイライラしている。人気下降の意味はアイドルあみに飽きた可能性もある」
あみが人気アイドルでなくなった。テレビに姿を現さないことが不思議でなくなる日。そうなると偽物あみは存在感が薄められてしまい"裏社会"の甘い汁が吸えなくなってしまう。
パソコン画面をじっくり眺めイライラが積もる。
「あみのファンはもっとコアなものなのよ。こんなインターネットで投稿されたあみの画像や映像を見てあみに満足していくようなことはないはずよ。フゥ〜まだ過去の遺物に至らすには早いなあ」
敵ながらも真あみは常に人気アイドルでいてくれなくてはならない。真偽の両者のあみは互いに牽制しているからこその間柄なのだ。
あみ人気低下を芸能サイトで確認。あみファンのどこの世代があみから離れていくか検証しながら次なる手を考える。
「テレビに映らないあみちゃん。病院のベッドでウンウン魘されている可哀想なアイドルあみちゃんは姿を現さない」
テレビで見たいなぁ〜あみちゃん。なんなら"偽物あみちゃん"でもいい。アイドル"あみちゃん"がみたい。健康的で爽やかなアイドルのあみちゃん。
「よろしくてよ。アイドルあみちゃんが見たいというのね。リクエストに応えてあげますわ。ちょっと困ったことだけど偽ちゃん」
あみちゃんに逢えるのですから問題はない。
「だから"アイドルあみちゃん"のピンチヒッターを見せてあげますわ」
あみ離れをするヤング世代を調べる。アンダーグラウンド(非合法)に生息する偽あみちゃんをズバリ世代にぶっつけてやる。
非合法な世界で偽あみは生きている。こちらは風邪もひかず体調管理もしっかりしている。
裏社会で蠢くキワモノたち。
なにも偽あみだけが日陰の世界で蠢いているわけではない。陽の当たる表社会に出たい。いつでも悪徳の芽を葺き地表に顔を出してみたい。
地表に出るために重石を外し蓋を開けさせたいとそのチャンスを虎視眈々と狙う。
「チャンスは待つものでなくてよ。こちらから願って作るものなのよ」
偽あみは女マネージャーの裁量から風俗関連雑誌にバンバン登場をする。風俗雑誌のグラビアは健康的な笑顔を振り撒くカワイコチャン"偽物"あみちゃん。
事務所から進んで(あみそっくりな)肖像を選び掲載させていた。雑誌を手にする風俗愛好者は"健康的なあみちゃん"を感激して見る。アイドルこそ元気でなくてはならないと暗に言い含めていく。
風俗雑誌掲載は様々に波紋を呼ぶ。
「こちらの風俗雑誌はウチのあみを掲載しているのかなっ。無断掲載の可能性あるわね。真偽あみのどちらにしても掲載契約書を取り交わしていない気がするわ。こんなちんけな風俗雑誌だもん。ちゃんと調べなくちゃ」
不法行為は見逃すことはまずできない。アンダーグラウンドな闇の世界にある身分ゆえ不法を犯す者は許せないようである。
リーンリーン
電話が鳴る。女子事務員が出る。要件は"あみ似"タレントの出演依頼だった。
深夜のバラエティ番組に偽物あみちゃんを偽物てして出演させたい。真あみちゃんはダウンをしている。"偽物あみちゃん"が真あみちゃんのような真似をしてバラエティに出演してほしい。
「あみちゃんファンからリクエストがありました。偽物でもよいからあみちゃんの姿を見たいと申しています。フアンはそれを願っています」
番組ディレクターは手短かに出演依頼を申し出た。
「ご要件は承りました。折り返し担当のマネージャーからご連絡さしあげたいと思います。出演依頼ありがとうございます。当社のタレントは他にもございます。よろしくお願いいたします」
丁寧に所属タレントの粒揃いを宣伝し電話を切る。
偽物の逆襲はここから始まる。偽物あみのポジションがホンモノの地位にたどり着く前兆であった。
テレビ出演依頼を受けた女マネージャーはニッコリである。
「偽物として出演して欲しいですの。アッハハ。これは愉快なことね。真あみがダメだから偽あみで我慢しましょうなのね」
折り返し女マネージャーは出演を承諾をする。
「いいわよ偽物を出して差し上げますわ。ただしギャラは3倍になるの。需要供給のバランスは3倍に4倍になっていくの」
深夜枠ならばB級タレントC級落ち目タレントぐらいの二束三文なギャラ支払いである。それを強気に高額を吹っ掛けてみた。
番組ディレクターは少し口ごもる。頭の中では一般の素人扱いで出演程度だった。
深夜番組の当日である。女マネージャーはしっかり言い含める。深夜番組での立ち居振舞いを伝授をする。
「これがチャンスよ。あなたもアイドルになりたいと願っているはずね。いいことしっかり私の言うこと聞いてちょうだい。私の言うことを守りさえすればいいのよ」
深夜番組はお色気と笑いがメインである。生真面目な歌謡番組やお茶の間で喜ばれるドラマ女優はいらない。偽物あみちゃんはアンダーグラウンドからである。そこに出てきたのは笑いが取れる極みなる"キワモノ"という存在。だから深夜番組に出演をする権利を得たのである。
深夜番組の司会者は人気お笑い芸人だった。プロデューサーの意図は如実にわかってしまう。
女マネージャーはウフフと含み笑いを繰り返していた。
「そのキワモノとしての偽物あみちゃんの期待を裏切るの。いいことわかっているかしら。私の言う通りにすべてあなたはやるだくなの」
事務所の片隅に偽物あみは押し込まれる。マネージャーからの入れ知恵を授かるために特訓を受ける。
マネージャーの一言一言に素直にコックンと頷く偽物あみちゃん。マネージャーの意気込みはヒシヒシ伝わる。
「お願いします。私はなにをすればよろしいのでしょうか」
勝負を決める。テレビ出演でことの集大成を成したい。
「あみちゃんはもう少しはにかみながら頷くのよ。もっともっと恥ずかしい気持ちを全面に出してちょうだい。テレビ目線はあみのクセなの。本当にあなたは真なるあみに成りきるのよ」
あみの仕草。
あみの笑顔。
あみの頷き。
手足の動き。それはすべてあみであった。偽物あみはいかにして本物あみに化けるか。研究訓練でそれを可能にしたい。
「テレビ出演は一度の勝負。この深夜番組出演であなたのパフォーマンスは充分にファンに伝えてしまうの」
悪魔は3回真剣勝負をする。偽物あみは1回の勝負にすべてを賭ける。
今の時代、視聴者はテレビを録画をしそのままインターネットに流してしまう。流された番組は繰り返しファンに開示されいつまでも残っていく。
偽物あみちゃんは番組に一度出演しただけで宣伝効果は良かった。
「すべては深夜番組収録日ですわ。いかに偽物が本物より優秀であるか見せつけてやる必要があるの」
女マネージャーはこの出演を千載一遇のチャンスと考える。またとない好機と位置づける。
アンダーグラウンドの闇社会。ここに潜む輩たちはいつか表社会に芽吹きたいと願っている。
深夜バラエティー番組。司会者のお笑い芸人が楽屋裏にやってくる。初出演が決まったタレントたちに番組でのネタ合わせを頼みにくる。
芸人らしく笑顔を絶やさず。マネージャーに頼みをする。
「始めまして。ようこそ私のバラエティー番組に。初出演していただきありがとうございます。さっそくですが私のスタイルで番組は進行いたします」
偽物はマガイ品でありキワモノである。お笑い芸人からそれらしき言動をして欲しいと希望である。キャラクターをお笑いに乗せてバラエティー番組を盛り上げていきたい。
「今のところアイドルのあみちゃんは休養しています。あみちゃんのキャラクターでバラエティーに臨んでいただけたら」
アイドルあみのフリをして欲しいと注文であった。
「司会者の僕としましては偽物あみの雰囲気は出すことなく、真なるあみそのもので貫き通して欲しいんです。会場のお客さんにも"退院をしたあみちゃん"のそれでバラエティーを突き通していただきたいのです」
真偽あみの"真あみ"はバラエティー番組で復活していく。出演者のテロップにわざわざ元気な"真あみちゃん"のイメージビデオを流す。
司会者がバラエティーの趣旨を伝えればディレクターが口を添える。番組進行の台本はしっかりと構成されていた。
「私の方からあれこれはございません。つまり先生(お笑い芸人)がおっしゃるには視聴者にドッキリを仕掛けたいというわけです。ご理解願えますか」
マガイなるアンダーグラウンドの輩が偽物あみである。
見た目のとおりアイドルあみのパクりで視聴者の前に出て欲しい。
「わかりました。(バラエティーは)視聴者にドッキリ(驚き)を企てたいという趣旨でございますね」
女マネージャーは丁寧にディレクターに応対をする。
若手ディレクターはテレビ局のエリートで同族企業の直系にあたる。この男に気に入って貰えたらタレント活動に損はない。
「こちらのバラエティー出演依頼のございましたタレントは我が事務所のホープでございます。番組の流れを敏感に感じ取りディレクターさまの意に添うよう努力致します。なにぶんにもテレビは経験が浅いので至らぬこともあるかもしれません」
女マネージャーに促され横に座る偽物あみちゃんはペコリっと頭をさげた。真あみのそれを真似ての挨拶だった。
バラエティー番組に出演をするタレントなどモノの数に入らない。切れ者一ツ橋出身の同族ディレクターは偽物という薄い存在など鼻から相手にせずである。
話の節々にバカにする態度が見え見え。偽物など芸とは程遠いパクりにはたいしたものは期待しない。
「テレビは経験が浅いのですか?(バラエティー程度だが)大丈夫ですか。お笑いタレントは出来ませんか。できないなら困りますね。台本を少し軽減させておきましょうか」
この手のバラエティー番組。台本をパラパラと見る。さして難しい場面やセリフなどありはしない。バラエティーは個性的な発言が許されている番組。出番など軽減されたらたまらない。
スタジオの片隅でヘラヘラ笑うカワイコチャンB級タレントで終わってしまう。
その他大勢のタレントに埋もれていては情けないのである。街でスカウトした素人娘でもお笑い芸人と一通りのやり取りはやれるのである。
言われた女マネージャーは"カチン"と来る。素人娘に見られてはお門違い。ディレクターの言う通りにバラエティーの台本を軽減してくれたらカメラの前に映るチャンスはほとんどなくなってしまう。
お笑い芸人の気に入りとなりお笑いの渦を巻きあげる。うまくバラエティーの雰囲気の中に溶けてくれたらそれでよしである。
キワモノはキワモノとしての定められた位置がある。"偽物"を視聴者に悟られぬように。
差し足、抜き足、忍び足。しどけなく、したたかに、真偽の疑いを持たれぬように。
ディレクターは真あみを演じられないのなら違う事務所のお笑い芸人を出演させると言い放つ。まだ番組収録は始まっていないというのに。
「大丈夫ですか。出演依頼はディレクターの僕が決めたので責任があります。出来ないのでしたら出来ないと言ってくださいませんか」
マネージャーの目の前で携帯を取り出そうかである。
言われる立場からはカチンとなる。ディレクターの高飛車な言い口に怒り。プライドを傷つけられて頭に湯気が立ち上ぼりだった。
出来るも出来ないも。アンダーグラウンドな闇に棲む我々を甘く見られてはバチが当たる。
偽物のあみが欲しい。あみを擬装できるのは芸能界にはこの娘しかないというのに。
女マネージャーはプリプリ怒り顔でスタジオ隅で見学をする。同族系ディレクターを頭からドカンっとぶん殴りたくなる。
ディレクターはなにごともないように番組を進行させる。台本片手にお笑い芸人の機嫌を取りながら。
スタジオには満員のお客さんが詰めていた。お笑い芸人の人気のおかげであった。
お客さんの手にはバラエティー番組パンフレットがある。
「へぇ〜あみちゃんが出演者になっているわ。ちょっとちょっと。あみちゃんって入院中じゃあなかったかしら。お昼のワイドショーで病院にいるとかやっていたのよ。変ねぇ〜もう病気は大丈夫なのかなあ」
「アイドルってさあっ。なにかと話題を振り撒くのが商売なんだよ。あみちゃんもゆっくり休養入院している場合ではないんだよ。熱があろうが頭から湯気がのぼろうがテレビに出なくちゃ。ファンは待ったなしだから」
「あみちゃんって本当は入院じゃあないんだよ。ワイドショーは嘘っぱちなんだ。今からバラエティーに出演をするくらいなんだからどっこも悪くないんだよ」
「想像だけど。あみちゃんってファンに隠していることがあるんだよ。だから入院中と偽ってしばらく姿を消す必要があるんだ」
お客さんの話題はアイドルあみばかり。他にも売れないアイドルや落ち目タレントも出演するというのに目もくれない。
ざわざわとする観客席。本当にあみは出演してくるのであろうか。芸能ニュースワイドショーは番組収録中に倒れたというあみである。
「芸能人がさぁ〜(入院中だというと)妊娠中という」
勝手気儘なファンであろうか。あみ休養の真相は妄想となり果てしなく広がってしまう。
スタジオ収録時間が迫る。ヘッドフォンを首から垂らしたディレクターがスタジオ内を足早に駆け抜ける。
観客席にも緊張感である。これからの収録で自分の姿がテレビに映るのだ。
ディレクターが時計を見る。右手を大きく振る。
スタジオ内の照明がパッと一瞬消え暗闇が広がる。
いきなり点滅する。
ディレクターが観客席に拍手を強要する。お笑い芸人がマイク片手に現れる。極めて明るくいかように人気者としてオープニングトークを発する。
観客席は一気に爆笑の渦に包まれていく。お笑い芸能人は観客席に向かい個性的な話題を振り撒き続ける。
当代テレビ人気者の真骨頂を展開し笑いを取る。観客席を乗せるとバラエティー番組ゲスト出演者に目を向けひとりひとりに紹介の挨拶を繰り返す。
深夜人気バラエティー番組収録はスタートした。
「皆さんこんばんは。夜も更けて来ました。昼間の疲れを癒すためガンガン笑ってもらいましょう」
絶妙な司会ぶりで番組はスタートをする。お笑い芸人のテンションは高まり観客席は常に笑い声が響きわたる。
番組収録は進む。
「さてコマーシャルの後は新コーナーに移ります。ちょっと驚きのゲストがこちらに来ていますよ。あまりに驚いてね、腰をドカンっと抜かすことだけは勘弁してねアッハハ」
スタジオ内に番組スポンサー(飲料水)のスポットコマーシャルが流れていく。同時に観客席に宣伝用のドリンクが配られる。ドリンクのラベルにはお笑い芸人のにっこり笑う顔があった。
「皆さん味わって飲んでくださいね。粗相に飲むとバチが当たります」
コマーシャルの時間はたっぷりあるようで新コーナーのためスタジオ大道具が整えられている。
椰子の木や海の図案。燦々と光輝く太陽と浜辺のそれが用意された。そこには急ごしらえの夏があった。
バックグラウンドミュージックがしなやかに流れてくる。よく聞いてみるとアイドルあみのヒット曲である。
あみの曲を聞き観客席はざわめく。出演者にいよいよあみが来るかなと期待されていく。
それが現実に目の前のものとなれば信じられない光景が展開をする。
コマーシャルが終わり司会者はマイクを握りしめる。いつもと変わらぬにこやかな風情で観客席に向かい新コーナーを紹介する。
「私のドリンクはいかがですか。さてお待たせしました。今夜の特別ゲストを紹介しましょう」
バックグラウンドが音量をあげてくる。スタジオに夏の雰囲気が漂う。
灼熱の太陽がギラギラ光輝く。スタジオに健康的なビキニのお嬢さんが現れた。
あっ!あみちゃんだ
観客席はどよめく。アイドルあみの登場は驚きをもって出迎えた。
まさかっあみちゃんが本当にいるなんて。
ワイドショーでもインターネットサイトでもアイドルあみは入院中。夏場の無理がたたりダウンをしているはず。
観客席は半信半疑な様子となる。あみちゃんはなぜスタジオにいるのか。
観客席の横でディレクターが手を振りかざす。登場をしたあみに拍手を強要をしていく。
あみちゃんに拍手をお願い!
アイドルあみちゃんが登場したのですよ。万雷の拍手で出迎えてください。
スタジオの真ん中にアイドルあみは立ち止まりヒット曲を歌い出す。
※実際には唄わずに口パクである
ビキニ姿のあみは精一杯に踊り"歌い上げて"みせる。
なんら説明もない観客は病み上がりのアイドルあみちゃんに感心の目を向けて様子を見守るばかりだった。
スタジオのアイドルあみは歌い上げて頭を下げる。マイクを"両手でかわいく握りしめたカワイコチャン"あみがそこにいた。
司会者は観客席に向かい拍手をし登場をしたアイドルに近づく。
「いつもだけどいい感じで歌い上げだね。ようこそ我が(バラエティー)番組にいらっしゃいました」
司会者は笑顔を振り撒き特別ゲストに声を掛ける。
アイドルとして新コーナーの大切なお客様として。
「普段はバラエティーに出演しないんだよね。売れっ子歌手だから歌謡番組しか出演しないんだったよね」
司会者は観客席の反応を逐一気にしている。
アイドルあみがなぜここにいるのか。深夜バラエティーの収録スタジオに売れっ子がどうしているのか。落ち目のアイドルがいるのなら理屈はよくわかる。
観客席からは暗疑心を投げつけられる。場違いなバラエティーに登場をした売れっ子アイドルに対しあんぐり口を開ける。
"アイドルあみ"を見る。
女子高生などは目をパチクリしてしまう。なぜバラエティーに深夜番組に売れっ子が出演なのか理解できない。しかし目の前にはアイドルが笑顔を振り撒きそこにいる。
事実と現実を把握できない様子である。
司会者は"アイドル"に向かい"意味深な言葉"を常に放つ。あらかじめ脚本に書かれたシナリオを読みそのままを受け入れる。司会者として番組を進行するのみである。バラエティーの司会業は五年を数えていた。
「はいっバラエティーは初めてですの。緊張しています。どうぞよろしくお願い致します」
司会者に対しての挨拶は深々と頭をさげ(真)あみのしぐさをする。アイドルあみのそれであることは一目瞭然。
司会者は質問に言葉に慎重である。特別ゲストの女の子はあみの偽物であることは観客席にわからないように注意をしていく。
少しでも長く番組の中で真偽あみを勘繰られないようにする。司会者も同罪でアイドルあみを偽装する術を駆使をする。
「緊張していますか。ひょっとしたらバラエティーは苦手かな。歌手や女優さんはバラけた雰囲気は苦手な方もいるからね」
お笑い芸人は物腰柔らかに特別ゲストとのトークを展開をする。
観客席からは"あみちゃん""あみちゃん"と声援が飛び交う。アイドルあみの熱意なファン。応援する姿は普段の歌謡番組そのものとなっていく。
※あみファンの声援はディレクターがアルバイトで雇う大学生たち。それらしく仕込んだ"やらせ"である。
新コーナーは進行する。お笑い芸人の絶妙なトークがスタジオを爆笑の渦に巻き込む。スタジオに呼ばれたレギュラー出演者たちは司会者の意のままに代わる代わる司会者に話題を提供しバラエティー番組は盛り上がっていく。
頃合いを見はかり司会者は度々"アイドルあみ"に質問を投げ掛け話題を振る。
視聴者が聞きたいアイドルあみの秘密。深夜の今だから話せるアイドルあみの恋愛感。
司会者はお笑いを交え番組を進行させる。話題の節々には"あみちゃん"を挟み"あみちゃん"の注目を観客席から集めさせる。
収録番組は進行し時間が半分ぐらいになる。お笑い芸人はピタッと話を止めてしまう。
「ちょっとカメラさん。収録やめてくれるか」
かなり横柄な態度を示す。なんら不満なことが収録最中にあったと言いたい素振りをする。
笑いを止められた観客席は戸惑うばかり。収録は爆笑に次ぐ爆笑で進んでいた。"中止"の意味がくみ取れない。
司会者は手を大きく振り収録は中止だっと息巻く。スタジオ袖にいたディレクターを呼びつける。
「おいっ!これでいいんか。改めてたずねるがお前の台本のままでいいのか」
怒り声は静まりかえるスタジオにガンガンと響きわたる。観客席もスタジオにいるレギュラータレントもポカンとしている。なんだかわからない展開はなんとかして欲しい。
困惑したディレクターはコマーシャルスポットを流すことを音響に命じお笑い芸人に駆け寄る。
ふたりは2〜3険悪なムードで会話を交わすと控えに入ってしまう。
「これは俺の番組だぞ。俺が長年苦労をし築きあげた我が子同然なバラェティだぜ。納得しない番組はいくらお前の意向でも制作するのは考えもんだな。台本を見て俺もこの企画に一旦は納得していたが現実に収録をすると考えが変わったよ」
偽物あみを本物アイドルあみで"収録番組の中"押し通す。観客席もレギュラーのタレントにも真偽は知らせずに。
ディレクターは呆れ返るばかりだ。人気あるお笑い芸人の我が儘がでたなっとうんざりする。
バラエティーの制作会議で真偽あみの企画は決まった。本日の初回に偽物あみを登場をさせ視聴率の数字を見てみたい。それから今後も偽物を出演者に加えるかどうか決めたい。
最近マンネリ化をするこの深夜バラエティー番組。新たなるお笑い企画の目玉にしようと制作スタッフもお笑い芸人本人も納得してのスタジオ収録である。
「今更御託を述べられても困るけどね」
ディレクターとお笑い芸人はスタジオから姿を消す。
コマーシャル音楽スポットが流れるスタジオ。満員の観客席やタレントたちは手持ち無沙汰となる。
なにしろ司会者のお笑い芸人はヒステリーで我が儘が有名である。自分の気に入らないことがちょっとでもあれば即刻つむじを曲げてしまう。
芸人は年齢こそ若い(25歳)が大学を出て下積み生活の苦労もなし。いきなり売れっ子の逸材だった。
人気があがると連動し深夜看板番組を受け持ちスポンサーにも恵まれそれなりの視聴率が取れていた。いわば天狗である。
「偽物はいかんな。台本を読み返したら全面的に視聴者を騙すわけだ。本物のあみちゃんは休養入院をしているというのに」
芸人の我が儘は困ったものだ。ディレクターはたかをくくる。ダラダラと好き勝手な意見だけを言われる。
「聞きたいがあみちゃんの所属事務所は了解を出したのか。おそらくもらっていないだろ。あちらの事務所にしたら不快感以外のなにものでない」
バラエティーであろうがなかろうが非合法な存在はちょっと考える。
タレントを真似た偽物を肯定するのは心外なんだ。人気芸人やタレントは肖像権がしっかり保護されていなければ芸人そのものが困る。
人気が出て物真似されるのは有名税のひとつかもしれない。お笑い芸人が人気タレントを物真似ならばそれなりの対処もあるしユーモアで済むかもしれない。
タレントの物真似番組もちゃんとある。物真似され一流芸人と認めてもらえたと見ることもある。視聴者から需要が見込まれているゆえに物真似芸人は活動の場である。
真偽あみの場合を物真似芸人と比較をしてみる。一笑に伏すお笑いの物真似と事情が違っている。
「この際だが言わせてもらうよ。ゲストに呼んだあの偽物あみちゃんの女の子。ありゃあなんだい」
お笑い芸人は幅広く芸能界を熟知する。B級な芸能ニュースでもバラェティの笑いに活用をしている。
「アイドルあみちゃんのパクリッとしてあの場所に座りたいんだろ」
お笑い芸人が怒り顔をしクダクダいい始める。ディレクターに向かい責任の一旦は番組編成を主導したお前にあると言い寄る。
スタジオ控えは険悪なムードに包まれていく。我が儘なこのお笑い芸人にしてはいつものことだった。
ディレクターはうんざりとする。こんなチンケな芸人などいくらでも代わりはいるぜと思う。
「編成会議中は先生(お笑い芸人)もいらっしゃいましたよね。今さら心外な企画であると苦情を曝されても困ります。バラエティの中心は先生であるのですから我々スタッフ一同はそれなりの協力をしているつもりですけどね」
気紛れ芸人が番組収録途中に癇癪が破裂をしている。当然諌める役割にテレビ局のディレクターであるのだが。
「なんだとぉ!きさま誰にモノを言っているんだ。誰のおかげで視聴率が取れて名ディレクターとなったんだ」
芸人は毒づいた。同族系のボンボンに芸人の苦労など微塵もわかるまいと高飛車である。
我が儘芸人の真骨頂は全開となり怒りの矛先はディレクターだけにしぼる。
「俺の冠番組だぞ。すべての企画は俺が納得してはじめて許されるんだ。俺がくだらん。企画は悪い見直しだと文句を言ってなにが悪いんだ」
真偽あみの扱いをどうするかでディレクターと揉めていく。控えでの戦争は火がついたばかりである。
それに比べたらスタジオは穏やか雰囲気である。緊張感溢れるお笑い芸人がいないことが和みを呼ぶ。
「やれやれね。また始まってしまったわ。この深夜番組は人気があるようだけど」
レギュラー出演をする女性タレントがぼやく。
お笑い芸人の人気におんぶに抱っこで深夜枠にバラエティ番組を持たせてもらう。スタート当初は芸人見たさに視聴率がアップをした。さらには若い芸人が孤軍奮闘する姿は視聴者からも物珍しさが募り安定した深夜の帯番組として定着をしていく。
番組は順調なものだが問題は山積みとなる。
「あの芸人さんの番組私物化が始まるの。ゲストにくるタレントさんは自分の気紛れで呼びつけてからかいながら番組を進行するの。ゲストに呼ぶということは好きだからなんだけど」
バラエティー番組はお笑い芸人とゲストとの軽妙なやりとりが生命線。ゲストとの会話や本人の売りにちょっとでも食い違いが生じるならばバン!と顔色を変える。
「いきなり怒るのよ」
ゲストが悪い。
「バラエティー番組にふさわしくない話をしたから」
品位に欠ける。
「司会者の意のままに番組が遂行しない」
司会者が不適切な発言と判断をする。ゲストが悪いと怒鳴り散らすありさまである。
番組収録は中止になる。局のスタッフはあわててお笑い芸人の機嫌を取り繕うことに業務は移る。
大抵の場合に芸人の我が儘にスタッフが折れて台本を書き直し時間を開けて録り直しである。
いきなり名指しでダメと言われた若いゲストたち。これから売れていくデビュー間もないタレントなどは顔をひきつらせながら笑い謝罪に徹する。
その場で一部始終を見守る観客席の心情など微塵も考えない。
スタジオの控えで戦々恐々とお笑い芸人が不平不満をディレクターにぶちまけ最悪の状態である。
一方のスタジオ。
番組の中心にいるはずの"アイドルあみちゃん"が矢面に立たされる。
観客席とレギュラーゲストにいるタレントたち。興味の先はアイドルタレントの顔をしたキワモノに向けられる。
あなた何者なの。
その場にいたタレントのひとりがボソボソといい始めると嫌疑の目は一気に降り注がれていく。
あみちゃんなの。本物のアイドルあみちゃんなの。
あみちゃんなら、あみちゃんですわっの証拠を見せてちょうだい。
疑いの目がタレントたちから向けられた。
あなたはいつも風俗雑誌に登場をする"偽物あみちゃん"じゃあないの。
観客席もざわめく。そう言えばおかしいな。アイドルあみちゃんと身長が違っていないか。本物あみちゃんはもう少し小柄な女の子だったような気がする。
タレントの中に本物のアイドルあみと面識のある女性も数人いた。面識と言っても人気アイドルにはおいそれと近寄れない取り巻き連中の群衆程度だった。
「ねぇあみちゃん。私とどこでご一緒したか覚えていらっしゃいますか。つい最近のことだけど忘れたかしら」
タレントらはあえて高飛車な発言を繰り返した。
深夜バラエティ番組のメインゲスト。番組のエンターテイメントとして迎え入れられた女の子は奇異な目でじろじろ見られる。
今偽物あみはまさに四面楚歌である。スタジオにいては危険すら感じる。
メインゲストの女の子の素性は司会者からの紹介でアイドルあみである。
味方であるはずのお笑い芸人とディレクターがいない今、顔を赤くしゲスト席で黙ったままである。陽気で明るいはずのアイドルあみの面影はそこにはなかった。
あなたは偽物のあみちゃんだ。
その場にいたタレントらは疑いの目を鋭く投げつける。おかしいな女の子は偽物であると決めつけた。
「あみちゃんなら」
タレントらは口々に本物の証拠を言いなさいと詰め寄る。
「あみちゃんではないわね」
スタジオは騒然である。収録バラエティ番組は偽物あみの裁判所となる。
「ところであなたは誰なの」
偽物あみ露見し素性が気になってくる。だったらその席に座る女の子の中身は誰になるの。
女の子は黙っているだけで済まなくなる。スタジオ内の雰囲気はあみの偽物という汚名で固まり埒があかない。
満員の観客席から男が席を立つ。先ほどあみちゃんとでかい声援を浴びせた"やらせ"の大学生である。
つかつかっとスタジオ内に歩み寄る。両手を広げたりしてオーバーなアクションをひとつ披露する。
ちょっと待ったあ〜
メリハリのある声だった。
「あみちゃんをもういじめないでください。あみちゃんは病気を押してわざわざこの人気番組に出演をしてくれているんですよ」
それを寄って集って偽物だ、キワモノだと決めつけて。
「僕はあみちゃんがデビューして以来の大ファンです。あまりにあみちゃんが可哀想でたまらない。皆さんあまりにも酷すぎるじゃあないの。か弱い女の子をなんだと思っているんですか」
仕込みの大学生は大袈裟に鳴き声を挙げ嘆く。女の子の横に近寄るとあみちゃんの身になってみたらどうなんだと息巻く。
見事なまでのパフォーマンスを披露していく。偽物だと決めつけた観客席は半信半疑となり再びざわざわとする。
偽物あみではないのか。椅子におとなしく座る女の子。病気のために多少アイドルあみちゃんと異なる印象になるのであろうか。
ざわめきは波となりうねりに変わる。
"似て非なるアイドルあみちゃん"
"いやいや本物であるかもしれない。大学生の言うとおり病気が原因であみちゃんの様子が少し違っているかもしれない"
賛否両論となって疑惑は振り出しに戻ってしまう。
鳴き声を挙げ大学生は盛んにあみを庇い倒す。
「僕のあみちゃんをいじめないでください。可哀想にあみちゃんは震えてしまっています」
あみのファンが本物であると公言である。スタジオに蔓延する疑惑を払拭する努力をしていく。
大学生を信じてみようか。学生は一ツ橋である。
ゲスト椅子に黙って座る女の子は顔面蒼白であった。
スタジオ内にスポンサーのスポットが次々流され商品も配られる。観客席は待たされ退屈するも様々にプレゼントが提供をされまんざらでもなかった。
番組制作ディレクターがスタジオに現れる。我が儘な芸人の子守りを済ませたばかりで激しくやりあった後である。顔は硬直し興奮いまだ覚めやらずである。
「皆さんお待たせいたしました。収録番組の途中で申し訳ない」
深々と頭をさげる。番組進行の台本に手を加えたため編成会議をしていたと説明をする。
「先生(芸人)もしばし手直しが必要ではないかと意見をいただきまして」
ディレクターは苦々しい顔をわざと作ってみせた。
スタジオはざわざわしている。肝心要の司会者はまだ再登場を果たしてはいない。
控えでの鳩首会議はどうなったのであろうか。番組編成のやり直しはなったのか。
真偽あみの扱い。
お笑い芸人司会者、偽あみを暴露してドッキリ芸能人としてお笑いを誘いたい。
番組ディレクターは真偽の偽を封印して、本当にアイドルあみがそこにいる"騙され"を貫き通してもらいたい。なぜならば今回の収録だけで偽物あみはおわりではない。
バラエティーの醍醐味、引っ張れるだけ引っ張りたい。番組にいる女の子はあみちゃんである。だから視聴率に跳ね返したい。
現在のあみは病院で休養である。アイドルあみをみたいファンは偽物だと疑ってもこの深夜のバラエティ番組を見なくてはならなくなる。
あみは日本中探してもここにしかいない。真偽あみのどちらかと判定を試み目の色を変えても"偽物あみ"で満足をするしかないのである。
「止揚というやつさ」
仕掛人のディレクターはスタジオの片隅で腕組みをする。
司会者は憮然としてスタジオに戻る。鳩首会議は自分の我が儘を通すことができなかったようだ。
司会の椅子に座るとドリンクを運ばせる。怒りと不満で喉はカラカラである。
「ちくしょう。面白くないぜ。こんな不承知な番組をやってられるかい。そんなディレクターの言いなりになるなんて。ちくしょう」
お笑い業界では第一人者の自負が芸人にはある。どんなつまらないゲストが呼ばれて笑いのテンションが下がろうとも盛り上げてしまう自信はある。
いかに落ち込んだ場面に遭遇をしても笑いの才能と踏んできた場数で爆笑の渦を巻き起こしてみせる。
「俺はお笑い芸人だ。タレントのランキングが低い男だと見くびるなよ」
グイッと飲み干すドリンクはまったく味覚がなかった。
ディレクターがスタジオのスタッフに収録録画の確認をする。番組再開のサインが出るまでもう少しである。
ムカムカは収まらない。犬猿の仲ディレクターが今からバラエティーを取り仕切るのかと思いますますである。
ゲストに座る女の子をチラッと眺める。この小娘の料理をめぐり言い争いをしているのだ。斜に構えジロジロと。なんたらまがい物は胸くそ悪いんだ。
女の子と目を合わせると露骨に胡散臭い顔をする。
「皆さんお待たせいたしました。収録を再開いたします。先生よろしくお願いします」
観客席に拍手を強要しスタートである。観客席の反応は鈍く固い雰囲気が漂う。
ディレクターのキューが出る。カメラが回り収録となりお笑い芸人はニコニコである。先ほどの不機嫌さなど微塵もない。見上げたプロ根性である。
「今夜のスペシャルゲストあみちゃん。2〜3日前にちょっと体調を崩しファンの皆さんに心配を掛けたんだね。どう体調は」
芸人は長いコマーシャルを挟んでの収録再開というスタンスを保つ。
お笑い芸人はシーンと鎮まり返る観客席を気にしていく。どうにも収録前の雰囲気に程遠い。お笑いは観客のドヨメキと笑い如何に掛かる。
「そういえばあみちゃん」
ゲストの女の子に話を振る。無難な話をレギュラーの女の子としても観客席の笑いは絶望的とみた。
笑い取る術をあきらめシリアスな方向に転換をはかる。
「チラッと聞いたことがあるんだ。アイドルあみちゃんの"偽物あみちゃん"がいるみたいなんだよ。たまりませんなあ"偽物"が芸能界のそこらここらでバッコしていては」
スタジオは観客席からはヒィ〜と悲鳴が聞こえそうである。
司会者自ら"偽物あみ"を告白してしまったようなものである。
スタジオの控えでモニターを眺める偽物あみの女マネージャー。司会者の一言から背筋がピリッと凍りつく感覚を味わっていた。
「なにも拠りによって。いきなりこの場で暴露をしなくてもよいでしょうに。番組企画の段階では偽物あみをあくまでも貫くとディレクターから聞いたわ。あくまでアイドルあみのまま出演をして欲しい。狐を被り収録を終えると決めたはずよ」
番組ディレクターに苦情を言いたくなる。偽物の暴露は番組出演契約書と違うではないか。
女マネージャーはこの人気バラエティー収録をステップに大々的にテレビに出る腹づもりである。
偽物あみを徹底的に本物あみとして売り出す。アイドルあみの化けの皮が剥がされ飽きられる日まで徹底的にやりたい。
スタジオは偽物あみに注目である。お笑い芸人は容赦なく真偽のほどを迫ってくる。獲物を狙う黒豹とはかようなものである。
番組ディレクターに苦情を言いたくなる。番組出演契約書と違うではないか。
女マネージャーはこの人気バラエティー収録をステップに大々的にテレビに出る腹づもりである。
偽物あみを徹底的に本物あみとして売り出す。化けの皮が剥がされファンに飽きられてしまうその日まであみという肩書きにすがりつく。
モニターの中は女の子に注目が集まる。アイドルあみの偽物が、偽物についてどう答えるか。
「ええっ私あみのそっくりさんのことでしょうか」
偽物さんには偽物のなにか事情があるのではないでしょうか。アイドルの私としてはそっくりさんは微笑ましいもので、お友達になりたいくらいです。
なかなか優等生的な答えを出した。
「お友達になりたいですか。ヘェ〜なかなか言うなあ。じゃあこちらのスタジオに"あみちゃんという物真似さん"が来たら握手してあげるかな」
皮肉の効いたトークに陥る。
ディレクター主導の編成会議では真偽を問うことなくアイドルあみとして番組は構成されると決まっていた。
女の子はドキドキしながらアイドルあみを演じていく。"アイドルあみ"としてゲストの座にあるのだっと自分に言い聞かせていく。
バラエティ番組の収録は失敗する。ディレクターは時計を眺めエンディングのキューを送る。
観客席とレギュラー出演タレントたち。終了のキューとともにドッと疲れが出てしまう。番組に拘束されなくなると足早に帰っていく。
満員の人が疎らになっていく。収録が失敗をし盛り上がってこない。番組スタッフは一様に暗い顔を付き合わせモニター画面を見つめる。
控えに陣取るはお笑い芸人である。満足しない収録をしムカムカと怒りは収まりがつかない。一触即発険悪なムード再開である。
「くだらない企画を考えやがって。なんで偽物を好き勝手に呼んだんだ。気色悪いったらありゃあしない。あれがすべてだぜ。呼んだディレクターが悪い。芸も笑いもなにもまとまりがつかない。あいつが悪いんだ。諸悪の根源が一緒にいたんじゃ、たまったものじゃあない」
身近にいた付き人に悪意を持って当たり散らす。冷蔵庫を開け缶ビールを取り出しプルタップを強引に押す。
「お前もそう思うだろ。そう思ったら今からぶん殴りに行ってこい。二の句が告げないまで撲ってボコボコにしてやれ。あんなバカがいるからあのテレビ局はショボいんだ」
喉ごしの液体は冷たいだけで胃袋に直行してしまう。付き人はしぶしぶドアを開ける。たいして暇を潰すこともないが外に出て行った。
スタジオから退散したのは芸人だけではなかった。
女マネージャーと所属する偽物あみは局が用意したクルマに乗り込む。スタジオの駐車場から顔を出すとファンが取り巻く。
「あみちゃんですね。あなたはあみちゃんですね」
あみとわかっていたらサイン色紙を出すのがこの手のファン心理だが。
声を掛けるファンは疑う視線を投げつける。
マガイ品はとっとと消えてくれ。
偽物はいらない。お笑いの携帯模写はアイドルあみちゃんには必要ない。
クルマの中で女の子は悔しさが滲み出る。番組収録中から心臓はバクバクしっぱなし。
「マネージャーさん。私っもう嫌です。こんなこといつまで続くのですか。もう限界なんです。普通の女の子に戻りたいです」
アイドルに憧れた子供時代。まわりから可愛い女の子ですねとチヤホヤをされて歌手になりたい。笑顔の素敵な女の子はタレントになりたいと願った。純情可憐な女子高生の青春が思い出される。
「私っこんなことするつもりはなかったんです。嫌なものは嫌って言えば良かった」
美容整形は不承不承だった。たまたまアイドルあみに似ているから