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aphrodite生い立ち

本家のアイドルあみとアンダーグラウンドに棲息をする偽あみ。この真偽あみは生い立ちがまったく違っていた。


華やかなアイドル路線のカワイコチャン歌手。花よ蝶よとテレビに映るのがあみであるならばアンダーグラウンドにしか名前がないマガイ扱いは偽あみ。


この表裏にある女の子は互いに事務所が作り出した偶像であり仮の姿であったのかもしれない。


アイドルあみは田舎出身である。大都会東京とかけ離れた地方の寒村田舎の出身。


(あみのプロフィールの出身地は違う地名が紹介されている)


あみ小学の頃。田舎にテレビクルーがやってきた。滅多に余所者すら来ない田舎は大騒ぎとなっていた。


その田舎は大自然に恵まれ澄んだ空気もおいしかった。テレビクルーは大自然に囲まれた町の様子を住民ドキュメンタリータッチで撮影をするため訪れた。


テレビクルーはドキュメンタリー番組に出演させる子供エキストラを募集した。あみは学校のクラス仲間と一緒にテレビに映ることになる。


「おいっちょっと。見てみろよ」


学校の様子を撮影し始めたカメラマンはモニター画面を眺め目を細めてしまう。


「カワイコチャンがいるじゃあないか」


小学生のガキんちょ集団の中で光輝いている女の子。カメラワークのため肉眼で見るよりレンズを通すとあみの顔は小さく華やかに見え日焼けした素顔に白い歯が溢れた。


あみの特徴の丸顔はにっこりと微笑むとなんとも言えぬ魅力をかもし出した。


田舎の小学生らエキストラはジャガイモを洗うが如くである。片田舎のガキんちょらはいかにも逞しく野性的な感じである。その中にいた女の子があみだった。


学年のわりに小柄で細め。田舎の子供らは山や谷で自然と遊ぶため日焼けをし健康的な顔である。そんなジャガイモの子供らに混ざりあみは目立った。


ディレクターは急遽台本を変える。地元の女の子にマイクを持たせた。司会進行のタレントのアシスタント役に仕立てた。


マイクを持つあみは物怖じもせずハキハキとタレントの問いに答える。あみの生まれ育つ田舎を日本全国にテレビで宣伝をすることは幸せであった。


このテレビ出演が縁で後に芸能界入りをするのがアイドルあみである。


テレビ番組の収録後にディレクターは小学校の担任にあみの電話番号を聞く。


「お父さんやお母さんに話がしたいのです」


ディレクターとしては目鼻立ちがはっきりするあみを少し気になったようである。訓練をすればちょい役程度のコマーシャル子役さんにどうだろうかと。


直接にあみの母親には子役からテレビに出る可能性がある。片田舎で埋もれてはもったいない。

「あみちゃんはテレビ映りが素晴らしいですよ。ほんの少しですが番組のマイクもなかなかでした。しっかりとしたお子さんですね」

ディレクターは母親と直談判である。あみの母親は30手前でまだ艶やかさが残る美人と思われた。

「小学校はまだ子供だけどね。あみちゃんが成長をすればよいタレントになれますよ。お母さんもなかなかの美人さんですからね。いかがですか子役としてまずテレビ出演をされては。私の局にタレント養成学校があります。東京に上京されて本格的な訓練を受けませんか」

スリムな母親はびっくりである。学校から呼ばれて何事かと思えばいきなりである。


東京のテレビ局名で子役タレントになりませんか。


「あみちゃんがテレビに出るんですか。えっ仰る意味がよくわからないので。私はどうもオツムが弱くて」

母親もあみも何事かとよくわからない子役の話である。


あみの子役出演に反対したのが"父親にあたる"市会議員であった。

「おいっ。あみがテレビに出るって本当なのか。町の自然を宣伝する番組に町の小学生が出るらしいが。あみも映るのか」

市議は電話で強い口調となっていく。あみやその母親が少しでも人前に出ることを市議は忌み嫌う。

「何っ!あみが子役になるって。本当のことか。健康的なお嬢さんは子役に最適だと言われたのか」

街中の夕食会からの電話では埒があかない。今からクルマでそちらに向かうと勝手に携帯を切る。


数時間後、あみの母子家庭に市議は現れた。

「こんな市会が忙しい時になんてっこった」

市議は余計な問題を持って来るなっと母親に文句を。続いてあみに意見を求める。

「あみはテレビに出たいのか。子役になってコマーシャルに出たいのか」


たまにしか姿を見せない父親。あみを赤ん坊の時から一度も抱いたことのない父親の腕を見て黙ってしまう。父親は怖く近寄り難い存在であった。

「そのテレビディレクターに言われたのか。このあみのどこがタレントに向いているんだ。こんな片田舎の子供が子役になる?冗談じゃあないぜ」


市議は鼻っから相手にしないつもりであった。東京のディレクターに悪い冗談を言われただけだ。片田舎の女の子相手に好きなことを暇潰しに。


「調子に乗ってテレビに映ったりして大丈夫なのか。こんな片田舎の娘がテレビに出て目立ったないことはないさ。いずれ俺の名前が世間に出たりするんだ」

父親は口を尖らせて母親に"子役は断れ"と威圧をする。

「悪い冗談だ。そのテレビ局のディレクターとは確かな奴か。適当なことを言って騙されていないだろうな」

騙されていないか。いつでも敵を陥れ選挙に勝ちたい市会議員という狭い世界。対立をする市議の陰謀の可能性を疑ってしまう。

「だからすぐ断れ。あみみたいな女の子がタレントなんかなれやしない」真っ向からあみを反対した。


母親はわかりましたとその場でディレクターに電話を入れた。市会議員はあみが娘であることを世間に知られたくはない。狭い田舎であるからあみとの父娘関係を知らぬ者はいないと言うのに。


なぜ市会議員は反対なのか。なぜならあみは市会議員の妾腹の子供であった。

「旦那さま。わかっております。旦那さまに迷惑をおかけするようなことは慎みいたします。お怒りは収めてください。別にあみだってそんな夢のような話を信じているわけではありません」

母親はその場で市議に謝りディレクターに断りの返事をすると約束をした。

「そうか。ちゃんと断れよ。あみが俺の娘だと世間にばれて一番困るのは誰かよく考えてくれ」

母親は子役を断ると言いその場を収めておく。


市会の紛糾で忙しい市議はあみの家に泊まることなく本妻の元に帰っていった。


それからのあみはテレビ番組で大活躍をしさぞかし人気者ではないか。田舎の小学校のスター誕生かと思われたが大変な目に遭う。子供たちの視線は違っていた。

「あみは生意気なんだよ。なんでオマエだけがテレビにたくさん映るんだよ」

クラス1のガキ大将が威張り散らす。

「先生が言うにはクラスのみんなで大自然を紹介するって言ったんだぞ。テレビ見たらあみばっかりじゃあないか。まるであみのための番組だぞ。俺なんてほんの数秒チラッと映るだけだぞ。だからお母さんにバカにされたんだぞ」

あみに文句はガキ大将だけでなくクラスメイトからもヤンヤとあった。


普段はおとなしくて目立ったない女の子あみはこの時ばかりは攻撃をされてしまう。

「オマエなんかしたんだろ。裏で工作したんだろ。テレビ局に頼んでみましたって言えば。(あみの)お父さん市会議員に頼んでテレビに出たんだろ」

ガキ大将に詰め寄られあみは泣きそうになる。クラスメイトみんなからあみだけ特別扱いは許せないとガキ大将に同調をしていく。あみはクラスで嫌われ者のレッテルを貼られてしまう。


「あみは何も悪くないもん。お父さんなんて関係ないもん」

小学生の女の子あみはワアワア泣けてしまう。


田舎の仲良しクラスはあみを含めて何ら問題ないところであった。それがこの時を境にガラリと一変する。あみに対する嫌がらせが始まったのだ。


あみの体育館シューズがない。

(クラスメイトがわざと隠してしまう)


あみの机に入れた教科書が破れていたり、露骨な落書きがされていく。

(あみの父親は籍に入っていないことを敢えて書いた)


給食はあみには拷問である。給食当番にあみがなると嫌がらせのオンパレードだった。

「あみの配るオカズは汚いぜ。変な味がする。あみが汚いから毒でも入ったんじゃあないか。クラスに恨みがあるからわかんないぜ」

クラスのみんなが声に出して嫌がらせをした。


ナイーブなあみはいたたまれなくなる。泣き声を出して帰宅するとそのまま登校拒否となる。


クラス全員からの総スカンは小学生におよそ耐え切れるものではなかった。


母親は泣きじゃくるあみを温かく迎えた。学校でいじめに遭うあみを慰めた。

「あみちゃんのせいではないの。ごめんなさいね。悪いのはお母さんなの。あみちゃんは可愛い女の子だもの。決して悪い女の子ではなくてよ」


泣きじゃくるあみの長い髪を優しく撫であげて母親も涙した。


母親は市議にテゴメにされあみを生んだ。妊娠に気がつくのが遅く流産のチャンスを逸してしまう。


裕福な家庭に育つ市議には本妻がいたがなぜか子供はいなかった。


あみを生むと母親は市議の言うがままに妾に下ってしまう。いずれの日に本妻と別れ籍を入れたい。生まれたばかりのあみは認知をされ市議の養女となる。


だが市議は約束を守っていない。あみが育つ過程で本妻と離婚をする素振りはなくズルズルと年月が経過をしてしまう。


市議の本妻は街の実力者のひとり娘。婿養子に入る条件で結婚をし市会議員の椅子を得ている。ゆくゆくは市長か県議の椅子も約束をされていた。離婚などしたら市長どころか市会議員の身分まで剥奪されていく。


親の都合で娘のあみに余計な気を使わせてしまった。


母親はあみがこのまま田舎の小学校に通うことは重荷だと判断をする。母親自身も小学校の父兄から白い目で見られており辛い思いをしていた。


さらにはあみや市議はこの田舎は生まれ故郷だが母親には何ら関係がなかった。単に住んでるだけの田舎である。


「あみちゃんの学年も変わることだわ。あみちゃんが可哀想だから」

住み馴れた田舎に見切りをつけ東京に出て行こう。この決断には母親自身も妾の身分をおさらばしてしまう。長年つき従う旦那さまの市議とキッパリさようならを意味する。


母親は東京のディレクターに連絡を取る。すがる思いとはこういうことか。数日前に盛んにあみを子役にと誘ってくれたディレクター。

「あみちゃんの子役の件でございます。いつぞやは勝手なことから断りをしてしまいました。私親子で話し合いまして。もう一度考え直したのでございます」

母親からの連絡を受けたディレクターは大喜びである。テレビ局の片隅で思わずガッツポーズしてしまう。


「あみちゃんを子役にしましょう。お母さんよく決断をしてくれました」

ディレクターはすぐさま番組にあみを起用したいと思い巡らせる。

「実はね放映をしたあの大自然の番組は評判なんです。しっかりとした受け答えをしたあみちゃんはよかったなあ。シリーズの番組です。できるのなら出演をしてもらいたいと上層部も言うんですよ。渡りに舟とはこういうことです」

ディレクターはしゃぎ出した。

「正直に申してあみちゃんの評判は思っているより上なんですよ。司会したタレントも"子役になるならバックアップ"したいと申しております。いかがですか上京してもらえますか」


大自然がテーマの人気番組。田舎の野性味ある女の子あみが登場をした回は人気が高く毎回の視聴率よりも上昇をした。


ディレクターは電話口でゆっくりとこう言った。母親が聞き取れないかと心配をし繰り返しもした。


「子役として局は契約をします。ディレクターの私がすべての責任を持ちます。お母さんとあみちゃんの住居(マンション)の確保と当面の生活費用はテレビ局です。子役としての養成過程の学費ももちろんです」

母親は母親で東京で仕事が持ちたいと希望するなら就職の斡旋もしましょう。


母親はハラハラ涙を流しディレクターにお願い致しますとお礼をした。話がつくと母親はしっかりあみの手を握りしめた。


翌日の深夜までに母親は荷物を纏める。スヤスヤと眠るあみを見て深夜タクシーを呼んだ。

「市街地の駅までお願い致します」

簡単な衣服をトランクに詰めただけの母親。田舎から夜逃げを敢行したのである。


あみが起きていたら多少嫌がるかもしれないと危惧をした母親だった。


東京に出たあみ親娘はすぐディレクターの出迎えを受ける。

やあっよく上京してくれましたね。早速ですが我がテレビ局と子役タレント契約を締結していただきます」

母親はトランクから実印をゴソゴソと取り出した。

「あみちゃんはまったくのシロウトさんです。テレビ出演なんてまったくわからないと思います。しかし司会者のタレントさんがその才能を高く買ってくれています。番組はシリーズですからね」

東京でトランクを開くが早いかテレビ出演が早いかのあみである。


ディレクターは右も左も分からぬあみを局の制作担当ディレクターに会わせた。

「へぇこちらのお嬢ちゃんがかい。僕も大自然の番組は見ているんだ。ハキハキとした受け答えは大したもんだったね。あみちゃんはまったくのシロウトさんだったよね。大人顔負けな司会者振りはお見事さ」


あみを気に入った司会者タレントは最も喜びである。

「あみちゃん上京してくれたか。僕はね嬉しく思う。大自然シリーズ番組だからね。これからは僕と一緒に司会者をしてもらいたいなあ」

長年芸能界にいるベテラン司会者。子供の役割を見極めあみの使い途を真剣に考える。


母親は訳もわからずとにかく頭を下げて下げてテレビ局内を回った。


こうして子供のあみはテレビに出る機会を得て子役デビューをはかる。小学中学の間はこの司会者タレントの肝煎りで娘のような子役アシスタントで画面に登場をした。


スポット的にはコマーシャルにタレントの娘役で出演しカレーライスやハンバーガーを美味しく笑顔で食べて見せた。


あみが子役タレントになると母親はあみをマネージメントするステージママになる。母親は不慣れな芸能界に苦労はするが徐々に慣れていく。


母ひとり娘ひとりのあみ。東京では毎日大好きな母親と一緒にいられた。誰にも邪魔をされず親子水入らずで満足だった。

「あみは幸せなの。お母さんがいつもあみの横にいるのよ。あみはお母さんがいるだけでお腹いっぱい。大好きなお母さんだもん」

あみの子役台本に母親は読み仮名を振り台詞覚えを助けてくれた。また役柄の母親役の台詞も読んでドラマの練習にもなった。仲のよい母娘は田舎から夜逃げをして幸せを掴んだかに見えた。


あみは子役として順調に仕事をこなし中学を卒業する。コマーシャルの子役は評判であみが出演する商品は売れに売れた。


そんな子役あみも女らしく成長をし高校生になっていく。所属する子役の芸能プロダクションは小学中学までがタレントであった。女子高生は門外漢となるため新しい事務所を紹介してもらい移籍をする。あみと母親に莫大な移籍料が転がりこむ。幸せに見えた母娘に突然事件は振りかかる。


あみのマンションに電話がかかる。出たのは母親であった。


「もしもし」


電話口にあったのは忘れもしない旦那さま市議であった。

「ヨオッ〜久しぶりだな。お前の声が懐かしいぜ」

田舎を夜逃げして以来の市議の姿がはっきりと浮かんでしまう。母親は胸騒ぎを抑え切れない。


市議の電話は切羽詰まったものであった。田舎での市会議員選挙は多回当選を果たしいよいよ市長選挙に出馬をする時期に至ったのだ。


「俺も来月には市長さまにお成りあそばすのさ」


市長選挙出馬にはまとまった金がいる。本妻の実家が全面的に資金提供をしてもくれるがそれだけでは物足りない。市長選の対抗馬は金にモノを言わせるお坊っちゃまであるらしい。

「金を出せとは言わないさ。一時的に選挙資金に使いたいだけなんだ。当選をしたら利子をつけて返済をしてやる」

あみの莫大な移籍料をどこかから聞きつけ選挙資金に流用して欲しい。


市議はとにかくまとまった金が今欲しいとかつての女に泣きついた。

「あみは俺の娘なんだぜ。わかっているだろうな」

あみは市議が認知をし養女として戸籍に入る。


田舎から夜逃げをした際に市議は父親として娘あみの行方をまったく探さなかった。それがテレビでちょくちょく子役のあみが出演を果たすと父親としての顔がムズムズし出す。


名前が売れると子役は儲かるのであろうかと懐事情が気になってしまう。

「あみはうまく子役に化けたな。毎日テレビに顔が出ているじゃあないか」


あみは儲かっているんだろ。ファンからあみちゃ〜ん、あみちゃ〜んと声援を受けているんだからかなりの売れ子タレントだぜ。


これを皮切りに市議からの電話はちょくちょく続く。とにかく選挙資金に困っている。あみの実の父親が困っているんだ。実入りのよい娘が資金援助をしてくれるのは当たり前のことだ。それも一時的に貸してくれるだけでいい。寄越せとは言わない。


選挙資金のために金の工面をして欲しい。市議の言う金額があまりに大きく母親は困ってあみに相談をした。


移籍料を全額支払ってしまえば市長選挙は充分に戦え当選を手にすることもできる。

「あみちゃんどうしましょう。市長選挙に"お父さん"は出馬するの。お父さんが市長選挙に勝つために資金がどうしても必要なんだって」

市議からの電話は日増しにエスカレートをしていく。あみと直接話がしたい。あみに代われば、あみの口から援助がもらえる。


金さえ手に入れたら勝ちさと実の父親は見込んだ。


「お母さんはどう思うの。お母さんがいいって言えば私は構わない。だってお金の管理はお母さんが全てしてくれているもん」

あみは移籍料の大小など気にもしない。


ただ母親が市議にグダグタ言われて暗い顔になることが嫌だった。

「うん。あみちゃんには悪いけど」

移籍料の中から市議に流用することを了承をした。


あみが金を出すと知り父親は喜んだ。選挙の軍資金が一刻も欲しい市長候補。さっそくに現金を取りに行くという。片田舎から東京へ市会のスケジュールを無理矢理組み換え旅費を浮かせて取りに行くと返事をした。


期日のその日。母親の携帯は鳴った。


「もしもし」


聞き慣れない男の声である。男は手短に説明をする。


田舎の市会議員の代理である。私設秘書と思って結構である。金を取りにいく市議は急用が入り市会を抜け出ることができなくなった。

「ついては私が秘書としての役目。現金を受け取りに参ります。なお選挙での裏金にあたりますから御内聞に極秘にしてもらいます。受け渡しの場所と日時を申し上げます」

最後の方はヒソヒソ声になりよく聞き取れなかった。


母親は指定された場所へボストンバッグひとつで出向く。一千万ぐらいは女の手に軽々持つことが出来た。


待ち合わせの喫茶店。母親がキョロキョロして座ると見知らぬオーバーコートの男が現れた。帽子にサングラス。完全武装か素顔も年齢も不詳であった。

「あみちゃんのお母さんでございますね。市議より電話を受けた者でございます」

市議から依頼をされ現金を受け取りに来たと断る。


母親の前で小さな紙切れを取り出す。

「市議への借用書でございます」

男はボストンバッグを改めたいと札束を数え出す。

「確かに一千万ですね。ついては」

借用書には"二千万円也"と倍の金額を書き込んだ。

「倍額なのは返済をされる際に利子込みというわけでございます」

母親の前でさらさらと借用書を書く。達筆な筆跡で手渡した。

「ありがとうございます。これで市議もなんとか市長になれるでしょう。今回の市長選挙は激戦となります。金はいくらあっても不足しますから」

男はボストンバッグを抱え込む。出されたコーヒーには口もつけずスルリッと喫茶店から出ていく。


要件が済むとタクシーを拾いあみの待つスタジオに向かう。


リーンリーン


携帯が鳴る。丁度よいタイミングであった。着信名を確認すると市議である。母親は現金の受け渡しのお礼であろうかと携帯に出た。

「もしもし私だ。今東京駅に着いた。スケジュールが込み込みでね。予定より遅れてしまった申し訳ない。今からそちらに向かう。テレビ局のスタジオだったな」


母親は血の気がサァ〜と引いてしまう。目の前が一気に暗くなりタクシーの中で倒れてしまった。


手にした携帯から聞こえるのは怒る男の声。


どうしたんだ。何があったんだ。


返事をしろっ


男の怒鳴る声だけであった。


タクシーは困ってしまう。警察に連絡した後に気絶した婦人を病院へ連れていく。

「奥さん大丈夫ですか」何度呼び掛けても意識が戻ってこない。こんなところで死んでもらったら迷惑である。


病院に着く母親。救急治療の医師は貧血と過労からではないかと診断をする。すぐ集中治療室へ担ぎ込まれ点滴を受けた。


警察からの連絡は持ち物で身元がわかりあみのマネージャーにいく。


「あみちゃんのお母さんが倒れたんですか。わかりました。すぐ救急病院に向かいます」

あみのマネージメントを事務所の人間に頼み駆けつける。

「お母さん。しっかりしてください」

あみ自身スケジュールを空けることができたのは数時間後。顔を真っ青にして病院へ向かうことになる。


警察は母親の持ち物を検査した。

「タクシーの話からは携帯を話して気絶をしたそうです」 


マネージャーが警察に事情を聴かれる。単に気絶をした御婦人だけであったら何ら事件とはならないはずである。


警察官が事情を聞く間に刑事が呼ばれてやってくる。

「お母さんは確かに疲労困憊です。娘さんが子役から女子校生タレントに転身したばかりなんですよ。諸事情が重なり心労となった気がします」

マネージャーは母親は昔から健康に不安があったと付け加えた。


警察官から刑事に変わる。マネージャーは同じ話を繰り返した。


タクシーの話はいかがですか。


タクシーの中で携帯を掛け気絶をしたんですね。


刑事はじろじろとマネージャーを眺める。何やら疑いの目を向ける。


母親の持ち物はマネージャー立ち会い任意で検査された。


ハンドバックから借用書が見つかる。刑事はマネージャーに聞く。


こちらはなんですよ。かなりの金額が書き込みになっています


刑事は犯人を問い詰めるサツの顔が浮き彫りになる。マネージャーの顔つきを見逃しはしない。


マネージャーはそんな大金は知りませんねと首を捻る。


遅れて到着をした娘のあみに同じ質問をした。刑事はあみにも疑いの目をする。


それは…


あみは顔色を変えた。刑事はサッと踵を返す。


あみちゃんは娘さんですね。エッと驚いた。コマーシャルで見る女の子がそこにいるではないか。


テレビでいつもにっこりしているあみちゃんですよね。


刑事の頭にカレーライスのコマーシャルシーンが浮かんだ。家族団欒楽しく食べる娘役のあみ。美味しい美味しいと食べる子役あみのイメージが浮かんだ。


母親の携帯を刑事は鑑識に回す。電話番号から着信相手を知りたくなった。


「警部。鑑識から連絡がありました」


母親がタクシー内で話す携帯の相手が特定出来たのだ。

「オッ(相手は)市会議員さん。あみちゃんと母親との関係はどうなんだ」

刑事はマネージャーに心あたりはあるかと訊ねた。


刑事の尋問を横であみは聞いていた。どうやら刑事さんはバッグに残る高額な借用書が引っ掛かり気になるようだった。

「刑事さん。市会議員は私のお父さんです。実は今日、お母さんがお父さんにお金を渡すことになっていました」

高額2千万円が書き込まれた借用書。そこには市会議員の名前ではなく(微妙に一文字異なる)"偽市会議員"の名前があった。達筆で明記されちょっと見た程度では判明がつかない。


(パクリを)やられたな。


2千万も詐欺でやられたわけか。


刑事は母親の気絶の原因が朧げながらわかりかけていた。


警察は早速携帯に残る市議の番号に問い合わせをしてみる。

「もしもしこちらは警視庁でございます。市議さんの携帯でよろしいですか。あみちゃんのお母さんについて2〜3お聞きしたいことがございます」

警察からの連絡を受けた市議は愕然とする。

「ええっあみの母親は知り合いでございます。本日私は東京で再会をする予定でございました」


突然母親の携帯が途切れどうなってしまったか心配をしていた。


なっなんですって!2千万を(母親は)盗られた可能性があるんですか。


携帯を握りしめたまま市議はヘナヘナとその場にシャガみこんでしまう。


あみの母親は詐欺に引っ掛かった可能性が高い。銀行から現金をおろしたことは確認済み。携帯で呼び出され喫茶店に行ったことも確認されている。呼び出された携帯番号は警察が確認したが音信不通であった。


高額な現金が何者かに盗まれたとわかる。市議は事情がわかって気落ちし腰が抜けてしまった。一刻も早く選挙資金を投入しなくてはならない。対抗する市長候補者より先手先手で弾丸(金)はぶちこまなければならない。早いもの勝ちが(金)弾薬選挙戦である。このままでは落選の浮き目を見てしまう。選挙戦に負けの目をこの瞬間に見そうだと思い立ち上がる気力が失せてしまった。


マネージャーは警察からの説明にことのアウトラインを知る。

「そうか。あみちゃんの事務所移籍料を父親の市議に渡そうとしたんだね。2千万円は大金だね」


刑事は詐欺事件だと認識をする。マネージャーに告訴しますかと聞く。

「現実に2千万はなくなってしまったわけですからね。どうするあみちゃん。刑事さんに任せるかい。お金が戻って来なければ困ってしまうからね」

マネージャーはお願い致しますと刑事に頭をさげた。


この告訴が後に大変なことになってしまうとはあみもマネージャーも想像がつかなかった。


市議はあみからの大金を予定していたが手に入らずのまま市長選挙戦に突入をした。本妻からの資金援助はあったもののである。対立候補者はなりふり構わず派手に(金)弾丸を撃ちまくり"当選"の勝利を掴む。


市議は次点落選の浮き目を見て沈んでしまった。残ったのは大量な借金と明日から身分は"無職"という肩書きだった。


選挙費用の借金は本妻の実家が全額被る形となる。落選をしたらただの人だが問題は洪水のごとく噴出をする。

「お前は役に立たぬ男だ。長年金の力で市会議員をやらせてやったのに。市議をいいことに威張り散らかしやがって」

本妻の(養)父は怒りである。落選の原因は人柄にあるとしたらしい。

「こんな片田舎の市会ぐらい自由に出来なくて何が市長だ。甚だ茶番じゃあないか」

仁徳のいたらなさが落選の因だと婿養子を責めた。さらに追い撃ちをかける。


「おいきさまっ。これはなんだ。はっきり説明をしてみろ」

養父は一枚のざらざらした紙切れを懐から取り出した。


何が書いてあるのかと首をかしげ薄いわら半紙を見た。


アッ!


紙切れは選挙ではよくある怪文書のそれだった。印字の悪い粗悪な文字が乱雑に踊る。文面にあみの父親はこの市長候補者の市議である。


判明しにくい写真だが市議とあみは親子である証拠として似た顔であると説明してある。


「おいオマエには娘もワシも知らぬ隠し子があるのか。どうなんだはっきり言え。この写真の娘はテレビで見かける子役だろ。オマエが妾に産ました子供なのか。本当はどうなんだ」

養父にはまったく頭があがらない市議は婿養子の身分。言われるままに押し黙ってしまう。

「ワシは支援者から嫌味のごとく怪文書を突きつけられた。キサマにはこの悔しい思いをわからないだろう。おいっわかっているのか。婿養子の分際で姻外子を作って生意気な奴だ。おい答えろっ」

市議は踏んだり蹴ったりである。


当選確実視された市長選挙にもう少しの得票で落ちる。長年隠した子あみは養父と本妻にばれてしまう。あみの母親から貰えるはずの大金はプロの詐欺団に盗まれる。


「おいっキサマ!我が家系に泥を塗りやがったなあ。娘の婿に相応しくない野郎だ。キサマなんか離婚だ。養子縁組みは白紙にしてやる。とっとと出ていけ。キサマの好きな(おんな)だろうとなんだろうととっとと行け。何処にでも消えてしまえ。キサマの面なんか見たくもない」

養父の怒りはとどまることをしない。ガミガミと凄い剣幕であった。

「キサマの作った選挙の借金はキッチリ支払ってもらう。オマエの実家に全額を請求をしてやる」

市議は手足をもぎ取られ身ぐるみもすっかり剥がされ離縁された。泣くに泣けない窮地に陥る。


家を追い出された市議は何ら取り柄もないつまらない中年であった。さらにはこれっと言って親しげな友人や人脈があるわけでなし。市議を務めていたが何か技術や資格があるということもなかった。


これから就職をするにもプライドがありおいそれとはしたくない。そこで思いついたのがタレントをしている実の娘あみであった。

「あみなら東京で羽振りがいいじゃあないか」

今や女子校生タレントとして大金を稼ぎ出し飛ぶ鳥を落とす勢いであった。

「あみを頼りにしたらよいさ。実の娘なんだ。父親のひとりぐらいなんとかしてくれるだろう」

無為徒食の中年は芸能人の娘があるんだからなんとか職にありつけると算段をする。早めに上京し売れっ子タレントの娘にすがることにする。


あみのマネージャーの携帯が鳴った。発信を見ると事務所からである。

「もしもし。済まないがよく聞いてくれ。何度も言いたくないがあみの番組リハーサル中に電話などしないでくれないか。こちらは遊んでいるわけではないんだ」

事務所の女の子はいきなりマネージャーに叱られてしまう。

「あのぅ〜事務所に面会したいという方がいます。あみちゃんの"お父さん"という方がおいでになっています」 


マネージャーは呆気に取られた。本番中に面会をしたい。この過密スケジュールのタレントに父親が逢いたいと事務所に訪ねてきている。しかも何ら連絡もなく非常識にであった。

「あみちゃんの父親は間違いないんだろうね。この子は複雑な家庭環境育ちなんだけど」

マネージャーは母親から実の父親については聞いてはいた。正直に言って遭わせたくはない父親であった。


事務所の女の子がなかなか埒のあかぬ電話をしている。横にいた父親は業を煮やす。

「済まないが私に電話を代わってくれないか。あみの父親だよっ私は。父親と言えば、あみに遇わせるのが筋であろう」

女の子がグズグズしている。短気な市議はイライラが募る。なにせ東京迄の旅費で所持金も底を尽きそう。早くあみに援助を貰わなくてはならない。

「電話の相手はマネージャーさんなのか。いいよ代わってくれ。直接に私が話す」

父親は強引に女の子から電話を取りあげた。


マネージャーは緊張する。あみのなま番組がまもなく始まる。


頭の中はあみの台詞がうまく話せるかどうか。マネージャーはカンニングペーパーを手にしながらハラハラしている。


こんな本番に訳のわからない電話などガチャンと切りたくなる。

「あみちゃんのお父さんでございますか。いつもお嬢さんにはお世話になっております」

父親はネチネチと喋り出す。マネージャーの都合など考えることなど微塵もない。


娘のあみに代わって欲しい。娘に直に話がしたい。


父親がわざわざ田舎から上京をしている。娘に会いたいがためである。


「わかりましたお父さん。もう少し後から電話していただけませんか。目下あみちゃんは本番の最中なんです」


父親はマネージャーの話に不服である。本番だから電話を切れ。父親は邪険に扱われカチンと来る。


テメェ〜誰にモノ言っているんだ。おい父親が娘に逢いたいと言っているんだ。テメェ何の権限で娘を隠しやがるんだ。


事務所に響きわたる大きな怒鳴り声。その場にいた女子事務員は飛行機の騒音のごとき耳を塞いだ。


父親からの電話にマネージャーは不愉快である。いくらあみの父親とはいえ非常識この上もない身勝手な言い訳である。


マネージャーは立腹する。(はらわた)が煮えくり返る。しかし相手は大事なアイドルあみの父親である。


父親と名乗るが態度はいたって横柄である。大切なタレントの身内と喧嘩をするわけにはいかない。この場はグッと堪えるだけである。

「父親だぞ俺は。娘に逢いたいんだよ。"オマエ"ごときにあれこれ命令される筋合いはない」

市議の身分の習性のまま威張り散らす。ひと度目下だと判断をすると召し使い扱いをする。


あみはどこのスタジオにいるんだ。こちらから会いにいく。出演の番組名を教えろ。マネージャーごときの分際がごちゃごちゃ抜かすな。


今にも殴りかかりそうな物言い。マネージャーは堪忍袋の緒が切れ携帯を切ってしまう。


父親はどうしてもテレビ局に行かねばならない。あみを捕まえぬことには埒があかない。事務所の女の子を嚇しスタジオを知る。

「早く教えろ。手間取らせやがって。まったくサービスの悪い事務所だぜ」

捨て台詞まで吐く悪態振りだった。


テレビ局のスタジオではあみの出演は無事終わる。マネージャーはあみの台詞覚えがあやふやで散々に心配をしていた。

「ふぅ〜なんだかんだとうまく誤魔化したよ。さすが子役歴の長さはダテじゃあないなアッハハ」

あみにお疲れ様を言い次の仕事に向かおうかとする。


あみが控えに戻り化粧を落とそうかとする。


リーンリーン


スタジオ内線が鳴る。

「ハイっあみです」

内線はスタジオ受付からであった。タレントのあみに面会したい人が来局をしている。面会の約束をしているかどうか確認をしたい。なんか事情のありそうな怪しげな人だがいかがしようか。


「私に面会ですか」


化粧を落としながらあみはマネージャーを呼んだ。わけのわからない人を近づけてよいわけがない。

「あみちゃんに面会したい人がいる?もしもしお電話代わりました」

マネージャーはもしかしてっと思った。


あみの父親は強引にスタジオにまで押し掛けて来たのだ。


「面会ってあみちゃんのお父さんだ。実は本番中にも面会したいと電話があったんだ」

マネージャーはなんとか理屈をつけてお引き取り願いたくなる。ルールを守らぬバカは嫌いである。


我が儘な父親は受付嬢では話にならないと見切りをつけた。

「娘の居所ぐらい自分で見つけてやる」

スタジオだろうとテレビ局であろうとお構いなしである。各フロアの案内を見てテレビ番組制作現場を探りあてる。

「マネージャーがいった番組はこれだろう。バラエティのタレントがわんさか参加している」

スタジオの正面にタレントの写真と名前が並ぶ。バラエティに常連のお笑いタレントに混ざりあみの名前もあった。

「フゥ〜やっと見つけたぜ。早くあみに銭貰わなくては夕飯にもありつけないぜ」

許可もなくスタジオに侵入をしてしまう。

「すいませんすいません。どちらの方ですか。許可証を提示してくれませんか」

番組アシスタントディレクターは両手でスタジオ入りを阻止をした。


昨日まで市議だった男。何を言われても何をされても堂々としたものである。ひたすらあみの父親だと連呼して"許可証"を得てしまう。


あみのいる控えにドタドタと入ってしまう。所持金が底をついてしまいニッチモサッチもいかぬ事情は恥じも外聞もなかった。


「あみ久しぶりだな。お母さんは元気にしているか。いやあっまったくここに来るまで苦労したよ」 

いきなり控えにドカッと入った。あみの驚きやいかにである。


こうして父親は上京をしてあみにまとわりついていく。気がついたら母親と寄りを戻していく。端からみたら"親子3人水入らず"の微笑ましい生活である。


「そうかオマエはあみのステージママさんなのか。なるほどなあ」

母親がタレントあみの世話をやくのなら父親はもっと遣り甲斐のあるマネージメントをしてもおかしくはない。


あみの元に転がりこむと事務所にあれこれチャチャを入れたくなる。

「あみの所属プロダクションは大丈夫なのか。聞けば大した事務所ではないそうだな。もっとでっかい事務所に所属してやらないとあみのタレント価値は低いままだぞ」


父親は暇に任せて事務所にマネージャーに口出しをしていく。

「あみ専属のマネージャーがショボいぜ。やり手ならもっと稼げれるはずだ。コマーシャルの契約料やドラマ出演料が安すぎだ。本当は事務所があみからピンはねしているんじゃあないか」

金が絡むと父親は黙っていられない性分らしい。


日頃はあみのマンションでゴロゴロ暇を潰す父親。テレビであみがコマーシャルに出たりするとインターネットで親会社の株価動向を検索し景気の良さを予測する。

「この会社はあみのおかげで株価が高騰していやがる。コマーシャル契約の更改を申し出なくては損をする」

直接に会社のコマーシャル広報担当に電話を掛けてしまう。

「はっ広報担当でございます。えっあみちゃんのお父様でございますか」

あみのコマーシャルで商品が売れ株価があがる。


誰のお蔭かわからないか。


「さようでございます。お嬢ちゃんあみちゃんのコマーシャルが大変に評判よろしくて。当社といたしましても喜びでございます」

父親はそこでバックマージンを請求をした。あみと事務所との契約料だけでは不足する。父親の立場からも上乗せが当たり前だ。

「お父様にマージンでございますか。当社とプロダクションとの年間契約以外にでございますか」

あみの父親として当然なことだ。所属事務所には内緒でマージンを頼む。そんな大それた金額でなくても気持ち程度(100万〜200万)でよい。


結局暇な父親はあみの契約するコマーシャル会社全部にタカることになる。


すぐさま苦情は事務所に入る。

「ウチのあみちゃんのお父さんがですか。ハイッこちらでは何も聞いてはいません。なんとか詐欺の一種かもしれませんね。ハイッハイッ事情を調べて見ます」

苦情(クレーム)の電話は後を断たない。すぐさま事務所で問題化する。

「何っあみの父親は実在するのか。訳のわからぬ詐欺師のシワザかと思ったら」

取締役やら重役は呆れ返る。

「担当マネージャーを呼んでくれないか。直接あみちゃんに聞いてみたいがな。とりあえずはマネージャーからだ」

父親は大変な悪党となる。重役らに呼び出されたマネージャーも辟易ぶりをぶちまけた。

「あの父親は困りますよ。私のマネージメントに難癖をつけたりあみちゃんの撮影スタジオに顔まで出すんですから。黙っていることはなく注文をつけたがりましてね」

ドラマの撮影では台詞と役回りに平気で口を挟む。


マネージャーにあみのスケジュール管理が納得いかないと文句である。


重役らはなんとか父親をしたい。芸能活動に無関係な父親がテレビ局スタジオに出入りをしないよう禁止命令をしたい。

「ところがマネージャーの私なんか小バカにしていますからね。注意したら怒鳴ることもあります。正直あの悪役顔を見ると虫酸が走りますから」


重役は仕方がないなっ。父親を事務所に呼んでくれ。こちらから直接注意を促しておく。


後日呼び出された父親は面白くはない。コマーシャル会社からマージンも取れず腹の虫が疼く。

「なんだと偉そうに言いやがる。事務所に来いだと。俺を呼びやがって。弱小なくせに生意気な事務所だ」

半ば喧嘩腰で乗り込んできた。

「何っあみのスタジオにチョロチョロするなっだと。冗談じゃあないぜ。俺は実の父親だぞ。父親が娘の仕事ぶりを心配をして見学して何が悪い。オマエら頭がおかしいんじゃあないか」

重役はあまりの傍若無人ぶりに閉口した。


こりゃあダメだ。いずれあみちゃんの芸能活動に厄介なトラブルを巻き起こす。重役は父親に毎日プラプラしていないで仕事を探してはいかがかと諭す。

「いや仕事はあみのマネージメントをしますよ。実の娘は可愛くてたまらないですからな」

あみの担当マネージャーを外して欲しい。代わりにマネージメントをしたい。担当のマネージャー程度の力量ではアイドルのマネージメントは役に立たない。

「あのマネージャーはヘボだな。あみのスケジュール管理から契約料の締結と下手にしか見えない。元市議の俺ならもっとうまくやれる。しっかりしたマネージメントができる」


開き直りか本気なのか。


重役は困り顔である。ズブのシロウトが口出しする芸能活動ではない。自信過剰もここまで来ると病気ではないか。

「あみのマネージメントは俺に任せてくれ。身内の俺がやればあみだって喜びだ。今のような過密スケジュールにならずゆったりとした芸能活動になる。契約料の見直しは真っ先に取り掛かる問題だ」


父親は弱小事務所の分際でいちいち文句を言うなと重役に対して偉丈高である。大人しく聞いた重役も堪忍袋が怪しくなってしまう。

「お父さん。あなたの仰りたいことは充分にわかりました。ついては我が事務所の活動方針に意見があるということですね」

長年この芸能の世界で生きている業界人に意見を言うとは大した度胸である。

「お父さん。我々はあなたに勧告をいたします」


二度と我が事務所のアイドルタレントあみに近寄ることはしないでもらいたい。父親であるとかの身内を他の場所で公言もしてはいけない。


あみは事務所所属のタレント。あみという肖像権も商標権もあり闇雲にあみの名前を語られては困る。


「なっなんだとっ。人が黙って聞いたいたら。ペラペラと好き勝手なことを言いやがる。おい重役とはそんなに偉そうなのか。零細プロの分際で偉そうだな」

短気な父親は思わず立ち上がり重役を威嚇する素振りを見せた。一瞬にして険悪なムードが漂う。対応をする重役はドア近くにいる秘書に目配せをした。


暴力を振るうならば警察に通報しなさい。ただし重役は空手の有段者。大学時代はかなりの規模の大会で堂々と優勝をしている。


「俺が娘の名前を出して何が悪い。実の娘だぞ。好きにして何が悪い。重役なんとか言え」

ドンとテーブルを叩く。出された陶磁器コーヒーカップがカタカタと音を立てた。


重役は落ち着き払い父親を追い払うの一言を告げた。

「あみちゃんは当社の大切な商品です。横槍を入れて芸能活動や本人の人気が低下するような真似はしてもらったら困ります。厳重注意が受け入れられぬならば弁護士を通してあなたを排除しざるをえませんね」


なんだとコノヤロウ〜


父親はテーブルを飛び越え重役の胸ぐらを掴んでしまった。


ドア陰の秘書はすぐさま110番に通報をした。


胸ぐらを掴んだ父親はグイッと重役を殴りつけようとしたが。


ウグッ痛ぁ〜い


腕を逆十字にガチっと決められ身動きができない。しめあげの度に骨がキシキシ悲鳴を挙げた。


威力妨害罪の父親は警察に現行犯逮捕。そのまま取り調べ室へ直行する。


元来から叩けば埃の出る父親は元市議である。通報をした重役から警察にその男には余罪がかなりある。というのもあれだけ他人に威張り散らす不遜な態度。必ずあっちこっちでトラブルを生じている可能性が高い。徹底的に叩けとハッパを掛けた。こうして厄介な父親は退治をされる。後に余罪が発覚し書類送検をされてしまう。市議時代の特別横領罪発覚。利権の口利きなども暴露をされて禁固を喰らうハメとなる。


塀の住民となって貰いあみと母親には平和が訪れることになる。


一方の偽あみはどんな生い立ちであろうか。


(偽)あみは地元の裕福な家庭に生まれ育つ。祖父の代(戦前)までは地元の名士と呼ばれ遠縁には国会議員や県会議員がきら星のごとくいた。父親は国立大学法科出身の司法書士で人望も厚く信頼もあった。

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