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「シンデレラ」なのに結ばれたのはまさかの姉でした  作者: 紅月エル
第一章 主人公を好きになったため悪役はヒロインと化す
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6 決戦へのカウントダウン

 いよいよ明日、決戦の舞踏会が開かれる。

 この日のために生きてきたと言っても過言ではないほど、アナスタシアは常に努力を重ねてきた。

 これまでの努力が水の泡にならないよう、徹底的に予定を積まなければならない。


「まあ、だからといってわたしがするようなことは、何一つ残っていないけれど」


 あとはすべて、あのフェアリーゴッドマザーが仕上げてくれる。

 自分に任された仕事は、エラを傍で支える。それだけだ。


「見てアナスタシア! 綺麗なドレスだと思わない!?」


 寝台の上でぴょんぴょん跳びはねるドリゼラは、新調したオレンジのドレスを手に笑顔である。自分も新しい赤いドレスを広げてみた。

 胸元には薔薇があしらわれていて、多分これを着れば、自分も普段より数倍綺麗に見えるだろう。

 しかし、アナスタシアの心は、どこか上の空だった。


 ――いよいよ、明日でわたしの役目も終わり。


 最後に残されたガラスの靴のイベントは、自然な流れで結局、エラは王子と結ばれるわけで。

 どうせあの靴も自分には合わないわけだから、もう何もしなくても、エラは幸せになれるのだ。

 だが……どうも、腑に落ちない。

 

 明日でエラを幸せにする作戦も終わりを迎えるのかと思うと、何だか。


「つまらない」


 王子とエラが結ばれたら、もう自分には何もすることがない。

 エラと堂々と会うことも、なくなってしまう。


 だったら、今日から、エラから一時も離れないで過ごせばよいのではないか。


 ……いや、そうじゃない。


 そういうわけではないのだ。


 ずっとエラと一緒にいればいい、それは少し違う。

 この世界は、エラを中心に回っている。

 エンディングを迎えたとして、じゃあ、そのあとは?

 もちろんあのゲームは、エンディングを迎えたら終わり。

 続編は……出ていただろうか?

 確か、持参金が底を尽きて、続編は買えなかった気がする。いや、出ていたかどうかも定かではない。

 そこからの記憶がないのだ。

「何よ。舞踏会を前に考え事?」

 バシッと、後頭部をクッションで殴られる。

 一気に考えていたことが飛んで、アナスタシアは何すんのよと叫んで自分のクッションでドリゼラに殴りかかった。


***


 決戦まで数時間を切った。


「ああ、楽しみねぇ! もしかして、王子様と一緒に踊れたりしないかしら!」


 エラに着替えるのを手伝ってもらいながら、ドリゼラが夢見がちにきゃあっと叫ぶ。

 確かに、自分もそんなことを考えたことがあった。

 王子様と結ばれたらどんなにいいだろう。一度でいいから、プリンセスになってみたい、と。

 けれど、今考えてみたら、それはただの妄想に過ぎないのだ。

 王子様と結ばれるのは、この世でエラただ一人。

 その考えは、今も変わらない。


 もし自分が王子と結ばれるようなことがあったら。

 ……その時は多分、ごめんなさいと言って断る気がする。


 強引に結婚を迫られない限りは。


「わー! アナスタシアがかわいいわ!」


 ドリゼラの大きな声に一瞬びくりとし、あ、終わったんだ、と今さら気づいた。


「……かわいいです」

 ドリゼラに聞こえないよう小さな声で、エラが囁いた。

 改めて、鏡で自分の姿を見てみる。


 亜麻色の長い髪は編んで団子にされていて、耳元の髪はふんわりカールして垂れている。

 赤いドレスは胸元に薔薇の飾りがたくさんついていて、腰から下半身にかけて柔らかく広がっている。

 翠の目は化粧でいつもより大きく見え、さすが美少女は手も器用だ、と思った。


「きれい……」


 昔は、エラと一緒にいると自分が惨めに思えて、そんな自分の容姿が大嫌いだった。

 でも、今こうしてエラと並んでみても、自分は惨めだとか、大嫌いだとか、そういう気持ちは湧かなくなっていた。

 ……それがエラのおかげなのか、自分は彼女の傍にいると決めたからなのか、理由は分からないけれど。


***


「じゃあシンデレラ。留守番をお願いね?」

「わたしたちは行くからぁ。部屋の片付け、ちゃんとしておくのよぉ?」


 ……決戦の舞踏会まで、あと二時間。


「わたしの部屋もよろしく頼むわ」


 今になってこの口調をつくるのは、少し躊躇われるけれど、けれどすべてはエラのためだ。

 エラのためなら。


「きちんと、掃除しておいてよね」




 シンデレラが乗るほどの豪華な馬車ではないけれど、十分、それは素敵だった。

 ――まあ、本心は、エラと一緒に……

 いや。そんな日は、悪役の自分にはきっと、来ない。


 でも。もう、少し。

 あともう少しだけ。


「エラと一緒にいたかったなあ……」


 きっとこれからは、自分に幸せな日々なんて、来ないから。


 だってこの物語の主人公は、いつだって、綺麗で優しい、エラただ一人なのだから。


 アナスタシアは、瞬間、ぶんぶんと頭を振り、よし、と両手で拳をつくる。

 いや。今は、そんなことを考えている場合じゃない。

 舞踏会まで、エラと一緒。

 舞踏会まで、あと。



「――さあ、決戦の始まりよ……!」


「――さあ、決戦の始まりだ……!」



 『シンデレラ』にはない、新たな物語の始まりまで。


 あと、数時間。

 


 


 

 



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