4 白薔薇の王子
乙女ゲームの世界では、王子様と結ばれるのはシンデレラだけと決まっている。
だって、乙女ゲームだから。乙女ゲームの世界では、プリンスと結ばれるのはプリンセスだけ。そういう決まり。
だけど、これは現実。
たまたま自分が前世の記憶を持って生まれただけで、そのほかは現実、ファンタジーじゃない。
だけど、この世界でも、王子と結ばれるのはエラだけなのだ。
それ以外は、アナスタシアが許さない。
そう決めた。
***
その少年の名を、フレデリックという。
……いや、この世界ではチャーミング、と言ったほうが正しいだろうか。
実をいえば、彼は、エラの結婚相手である。
つまり、王子、というわけだ。
――だが、しかし。
この王子には、ただひとつだけ、難点があった。
「殿下。また女性に対して失礼なことを」
「仕方ないでしょ苦手なんだから」
女人が苦手、という弱点が。
普通に考えてみれば、仮にも一国の王子ともあろう少年が、女人とうまく対話できないというのは、ただただ国の将来が心配である。新国王誕生までまだ日にちがあるとはいえ、そろそろ国王としての資質を試される時期だ。
非常に
「やばい」
金髪碧眼で、「白薔薇の王子」との異名をとるほどの人気っぷり。明るく奔放な性格なのに、初対面の女性に対しては、どうも口が悪くなるらしく。
先ほど会った、同じくらいの歳の少女――本人はまだ名前を知らないが――にも、何かと差別するようなことを口走った気もするし……。
「俺またやっちゃったかな? どうしようケイト!?」
必死にフレデリックがしがみつくのは、彼の専属護衛であるケイト・ジーニアスである。
無垢で華奢なフレデリックとは裏腹に、ケイトは背が高くやんちゃな印象を受ける。歳はフレデリックより二つ年上だが、幼馴染み同士なため相手の善し悪しは嫌というほど分かっている。
「さあねえ。まあフレッドの口の悪さはよおくわかってるつもりだったけど。……少なくとも、フレッドにはいい印象を受けなかっただろうね。あの表情からして」
ケイトは遠くを歩くアナスタシアの背を眺める。結局、その取引とやらも何が何だかよく分からないまま終わったし、フレデリックはあの少女にパンをおごらされた。なぜ断らなかったのか理由は聞かなかったが、まあ根は優しいのだ。純粋故に王子が――そう、彼はこれでも王子なのだが――国民にパンをおごった、そういうことにしておこう。
「それにしても、普段他人に弁償なんかさせないあなたが、なぜあの子にはあんな真似を? 初対面だったんでしょう?」
王子という身分の上、基本他人を大切にするフレデリックだが、なぜ庶民であろう彼女に弁償するよう命じたのだろう。
フレデリックはむう、と頬を膨らませると、さあね、とつんけんした様子で言った。
「自分でもよく分からない。ただ、なんとなく、あのまま逃がしちゃダメだと思ったの」
こんな気持ちは初めてだ。それが、ぶつかった少女へのものなのか、あのパンの少女へのものなのか、それはまだ判断できないけれども。
「ほお! 殿下も成長されましたね!」
急にパチンと手を合わせるケイトに、フレデリックは少々面食らいながらも、何が? と聞いてみる。
「もちろん、女性への恋情ですよぉ!」
恋情。
その二文字を聞いた途端、フレデリックは一気に頭に血を上らせた。
「はあ!? 何言ってるんだよお前は馬鹿なの!? 俺がいつそんなもの――」
「知らないうちに自分は成長してるものですよ」
そう、耳元で囁かれ、先ほどよりも顔がポッと赤くなる。
そんなもの、
「または、俗に言う一目惚れ、ってやつですかね」
時々彼は、自分を動揺させることばかり言う。しかしその様子を楽しんでいるようであっても、心は真剣だったりもする。
「ていうか、弁償ってあなた言いましたけど、どうやってしてもらうんですか? 彼女のことなんにも知らないのに」
あ。
そうだ。確かに、そうだった。
「……殿下? まさか、わからない、なんて言いませんよね? ね?」
はは、と乾いた笑いを浮かべるあたり、本当に何も考えていなかったのだなと、ケイトは悟った。
「えと……ど、どうしましょうか……」
――まあ、彼らしいと言えば、らしいのだが。