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「シンデレラ」なのに結ばれたのはまさかの姉でした  作者: 紅月エル
第一章 主人公を好きになったため悪役はヒロインと化す
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3 取引から始まる出逢い

――誰だ? この男の子。


 知り合い……ではないようだし、その身なりからして、少なくとも庶民ではなさそうだ。おまけに彼の隣には、腰に剣を携えた、屈強な男までいる。

 とりあえずここは、彼の意見に素直に応じるのが吉だろう。待てよ、と言われたのだから、帰るわけにもいかない。

 ……だが。

「エラ。あなたは先に家へ帰って。わたしは用事を済ませるから」

 え? と頓狂な声を上げるエラに、アナスタシアは笑って答えた。

「もうじき母様とドリゼラが帰ってくる頃よ。不仲なはずの二人がどちらも家にいないんじゃ、怪しがられるわ。ね?」

 くいっと首をかしげ、そうでしょ? と笑顔で言う。エラは少ししてから、ようやく物事を理解したように、そうですね、と相槌を打った。

「わかりました。あ、くれぐれも、無駄な騒動を起こさないでくださいね? アナスタシア様は短気だから――」

「わかってるわよ。ちゃんとパンも買って帰るから」

「絶対ですよ? パウンドケーキを作って待っていますね」

 最後に額にキスを残して、手を振りながら帰路へつくエラを見つめ、アナスタシアはふう、と一息ついた。くるりとドレスを翻してそちらを向くと、やはりそこには先ほどの少年が、硬い表情を変えずに仁王立ちしている。そして一体どうしたことか、二人の周りにはたくさんの野次馬が何事かと騒いでいて、これではまるで喧嘩騒動である。

「ああ、やっぱりわたしもエラと一緒に帰るんだったわ」

 半ば呆れた表情でアナスタシアが溜息を溢すと、不意に少年が、アナスタシアの前にぐいっと衣服を差し出した。それは水でびしょ濡れになっていて、ポタポタと水滴が落ちている。おそらく、先ほどエラとぶつかってしまったのだろう。

「えと……何かしら、これは? わたしに絞れと?」

 眉を吊り上げてそう問えば、少年はふっと、不敵な笑みを溢す。その様子にアナスタシアは不快な気分を覚えながらも、

「――それもいいが、まず一つ聞きたい」

 と言う彼の言葉に、耳を傾ける。

 しかし、次の彼の言葉には、さすがのアナスタシアも目を見張った。

「……これは、俺への当てつけか?」

「は?」

 いくら元いじめっ子のアナスタシアでも、見知らぬ他人に当てつけをするわけがない。第一、彼とは今会ったばかりである。いじめようにも、彼のことは何も知らない。

 そう、失礼を承知でも素直に言えばよかったものを。アナスタシアはただ黙っているだけで、それを否定しようともしなかったせいで、余計に不審がられてしまう。

「否定しないってことは、ほんとなわけ?」

 さほど変わらない目の位置に、彼の幼い顔がある。年はあまり変わらないように見えるけれど、乙女ゲームで言えば『可愛いけれど毒舌な小悪魔』的ポジションにいそうな雰囲気がある。その目の鋭さといったら、それはもう、乙女ゲームの小悪魔キャラそっくりである。

 アナスタシアは一度彼から目線を逸らし、それから気品のある、けれど全く笑っていない瞳を浮かべる。

「否定も何も、あれはただの事故ですもの。それに、わたしたちは初対面でしょう? 見知らぬ殿方に当てつけだなんて、そんな無謀なことは致しませんわ」


 だって、自分はアナスタシアだから。


「それとも何か、わたしに用でもあるのですか」

 きっと用なんてないのだろうとは思ったけれども、アナスタシアならこうするだろうと、あのゲームの中の彼女なら、こういう態度を取るだろうと、そう思った。

 ところが彼は、用はある、というのである。アナスタシアは意外と手強い、と内心呆れて彼を見る。

「さっきのことは見逃してやる。だから代わりに服を弁償しろ」

 弁償? とアナスタシアが言えば、彼はそうだ、と繰り返す。

「実際俺たちは初対面だし、とやかく言うつもりもないが、だがこのまま逃がすわけにもいかないからな。一応貴族に無礼を働いたわけだから」

 なるほど。やはり彼は貴族なのか。

 ……気に入らない。

 貴族だからって、庶民を見下しすぎてる。

「弁償だけで勘弁してやるんだから、感謝しろよな」

 ビシッと指を指して自慢げに言う彼に、アナスタシアはただ不快感だけを覚えた。初対面でこう感じるのも失礼だと思うが、可愛い見た目に騙された今までの恋人たちを可哀想に思う。

 それは、前世でひたすら乙女ゲームを攻略し続けてきたアナスタシアだからこそ、思うことである。


 だったら。


「なら、取引にしましょう」

 アナスタシアの唐突な提案に、少年はくいっと眉を吊り上げる。

 食いついた。

「わたしがあなたの服を弁償するから、代わりに王子殿下と一度だけ、会わせてほしいの」

「なぜ?」

「それが――母の願いだからよ。娘を王族と結婚させて実権を得る」

「随分とまあ、飛び抜けた考えだな」

「母はそういう人よ。少し考えが変わってるの」

 しかしこれも、エラと王子とを引き合わせる一つの得策だ。舞踏会で会って一目惚れ、より、以前から会っていて舞踏会で再会、というシチュエーションの方が、二人の距離がグッと縮まるだろうと考えたからである。

「別に、今すぐとは言わないわ。でも、王子殿下と引き合わせたい方がいるの」

「見合いの手引き、というわけか」

「頼んでくださる?」


 王子と結ばれるのは、この世でエラただ一人。他はアナスタシアが許さない。

 そんな思いを知ってか知らずか、少年は不意にあどけない笑みを浮かべてから、アナスタシアの翠の瞳を真っ直ぐに見つめるのだった。


「まあ、いいだろう。王子殿下は、気前のよいお方だからな」

 


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