4 白薔薇の竜騎士
このエレノアという登場人物を、アナスタシアはよく知らなかった。
本編に出てきたかどうかも覚えておらず、だがしかし、所詮は侍女なのだから、この物語に大きく関わってくることはないだろう。
薄桃色の髪に紫色の瞳。まず彼女を見て驚いたことといえば、その瞳である。この国には紫色の瞳の持ち主は珍しいため、最初は自分もまじまじと眺めてしまったものだった。しかし今考えたら普通に失礼なことだったので、ごめんなさいと心の中で謝った。
他に彼女について分かることといえば、可愛い、それくらいである。
エラほどまでではないけれど、胸元まで伸びた髪を二つに分けて結び、その綺麗な紫色の瞳がよく映えている。自分の知っている人の中では、二番目くらいに綺麗だと思う。
だがしかし、唯一気になるのは……。
「姫様? わたしの顔、何か付いていますか?」
――妙に、まだ幼い少女にしては背が高いのだ。
「え? いえ、何でもなくてよ」
お嬢様言葉には相変わらず慣れない。しかしそれよりも、彼女に対して疑問が浮かぶ。
まあ、わたしだって割と背も高いし、おかしくはないと思うけど。だけど、何だかね……。
少し肩幅も広い気がするし、少なくとも、今まで見てきた美少女とは、何かが違う気がする。
アナスタシアのいぶかしげな視線に気づいたのか、エレノアはああ、と両手で肩を叩く。
「わたし、運動をやっていたんです。それも、五年間。だからじゃないですかね、普通より背が高くて肩幅も広いんです」
「ああ、そういうことだったのね。理解したわ」
どうりで体格が引き締まっているわけだ。
アナスタシアも昔、家族とよく追いかけっこをして遊んでいた。その度に怪我をして、手当てをしてもらっていたのを今でも覚えている。
……と、それは「運動」とはいわないか。
そうこうしているうちに、やがて通路の奥あたりに、小さな扉が見えてくる。それが、通称「白薔薇の竜騎士」の控室だ。詳しいことは何も聞かされていないが、どうやら彼らはまだ結成されて間もないらしく、おまけにその多くが十五歳未満の少年だというのだ。
「まあ、騎士団といっても形だけですよ。彼らはこの国に留学で来ているだけで、専属ではないのです」
「え?そうなの?」
不意に告げられたその事実に、アナスタシアはあからさまに驚いた顔をする。つまり、彼らは正式な専属騎士団ではないということか……。
「ちょっと複雑なのね。まあ、頑張って覚えるわ」
***
騎士団と言われると、アナスタシアの場合、優雅で気品のある優しい男性を思い浮かべる。
主が危機の時には颯爽と駆けつけてくれて、あっという間に敵をなぎ倒していく。
そうして最後には、主の手を取って「お怪我はありませんか」と優しく微笑んで――
……いや、これはある意味恋愛小説の読み過ぎというべきか。
まあとにかく「白薔薇の竜騎士」も、そんな人たちだったら嬉しい。
そう考えながら取っ手に手をかけると、中からドゴンという大きな物音がした。その途端、勢いよく扉が開く。
「うおっ」
まだ若いその少年は、快活そうな見た目に金色の髪と翠の瞳をしている。アナスタシアより二つほど年下だろうか。
「あ、こらフレディ! まぁた上着を着ないではしゃいで」
横にいたエレノアが、少年に注意するよう言い聞かせる。
フレディと呼ばれたその少年は、むすっと頬を膨らませると、見知らぬアナスタシアに目を向ける。
……途端、睨むような視線を向けられたのは、気のせいだろうか。
「だれ、このひと」
両手を組んでこちらを眺めるその目には、警戒と怒りが感じられる。何もした覚えはないが、今彼は相当頭にきているようだ。
機嫌が悪いところ、申し訳ない。
「フレデリック殿下の婚約者の方よ。時期王妃となられるお方だから、失礼のないように」
時期王妃……そんな日は、多分来ないと思うけれど。
「へえ? ま、よろしく」
少し小生意気な少年だと思ったが、しかしここは年上らしく、こちらこそ、と笑ってみせる。
ぷいっと顔を背けられた。
……顔が赤かったことは別として。
「あ、エレノア。おはようございます」
寝起き、だろうか。もう午後を過ぎた頃だが、服が散らばった寝台のほうから、少年が歩いてくるのが見える。
これまた十四歳くらいの、金髪碧眼の綺麗な少年だ。
大きな窓から差し込む光に照らされ、髪の毛がより一層輝いて見える。フレディとはまた違った雰囲気で、どこか優しさを感じる。
「お客さんですか?」
その丁寧な口ぶりに、アナスタシアはハッとして頭を垂れる。
「あ、アナスタシアです。どうぞよろしく」
「ボク、エリダヌスっていいます。気軽にエリスって呼んでください」
随分と大人びた子だなあと思った。雰囲気や物言いからしてもそうなのだが、彼を取り巻くその空気すら落ち着いて見えるのだ。
あの子とは、何だか仲良くやれそう。
どちらかというと子供っぽいアナスタシアだが、まあ、頑張ろう。
「ったく、ざけんじゃねーよ! なんで僕が洗濯しなきゃなんないわけ!?」
「そんなこと言ったって、今日の洗濯係はキングでしょ」
「家事はヴィル専門だろうが」
「確かに得意だけど、決まり事は決まり事。これ常識」
何やら喧嘩勃発のようだ。気になって目を向けたが、しかし瞬間、目の前に人が飛び込んできた。
……寝台から、ジャンプ、したのだろうか。
べしゃっと、音を立てて、転がっていた服の上に倒れる少年。
「あ、ねえちょっとフレッド! んもう、服ぐしゃぐしゃにしないでよぅ……」
先ほど口喧嘩を起こしていた一人が、フレッドという名の、これまた変わった明るそうな彼に近づく。
なるほど、この少年は割としっかりしたタイプで――確か名を、ヴィルといったか――みんなをまとめる中心的存在、といったところか。
いや、ちょっと待って。
一回、状況を整理してみよう。
未だ自分を鋭い視線で睨みつけているこの少年が、フレディ。
寝間着姿のまま窓辺で読書しているのが、エリダヌス。
服の上で寝そべっているのが、フレッド。
そのフレッドに説教中なのが、ヴィル。
そして先ほどヴィルと口喧嘩をしていたのが、キング。
……で、いいのだろうか。
とりあえず名前と状況を把握して、ふう、と息をつくと。
「――ただいまぁ。……ん? どちら様ですか?」
不意に背後で声がして、アナスタシアは心臓が飛び出るくらい驚いた。
まだ一人、いたのか。
……だが。
女の子?
かと思うほど、綺麗で透き通った白い肌にふわりとした白金の髪。その右側の髪の毛には薄く黒っぽいメッシュが入っている。
そのかわいらしさにぽーっと見とれていると、気がついた。
彼女の周りに、たくさんの小動物がいることに。
「うわっ」
リスが自分の肩に乗っかってきて、びくりと震えた。普段動物とふれあうことがなかったため、動揺と恐怖で怯える。
「あ、ごめんなさい。この子たちすぐに逃げちゃうので」
ぺこりと礼儀正しく頭を下げる彼女を、アナスタシアはじいっと眺めてしまう。
一瞬女の子、かと思ったのだが。
違った。
体つきは華奢だが、その声は紛れもなく、思春期の男の子のものである。他の子より少し高いくらいで、声だけ聞けば男の子だと思うだろう。
それほど、彼女、いや彼は、中性的な見た目をしていた。
「ディア。顔を洗うくらい部屋の中でしたらどう? 動物が寄ってきて洗えないでしょう」
そう、エレノアが声をかけると、ディアは、なんとも可愛らしい、その満面の笑みで言うのだった。
「――いえ。おれは、人間も動物も大好きなので!」
***
その変わり者の集まりのような騎士団「白薔薇の竜騎士」は、この国からほど遠い、フェーゼント帝国というところから来たという。
結成されて間もないその騎士団は、十三歳以上の優れた能力を持つものだけしか、入団を許されていない。
そして、その厳しい入団条件を見事クリアした彼らは、つまり、優れた人材というわけだ。
初対面からぶっ飛んでいる彼らに、初めは動揺を隠せないアナスタシアだったが、彼らがすごい人間であることに変わりはない。
その、後に歴史的に名を刻むことになる騎士団の名を、正しくはこう言う。
「白薔薇の竜騎士」――ウェタ・ウィリア。




